第47話 ムスペルヘイムの主
長い間、お待たせしました。
読者の皆さんに、盛大な感謝を。
「それにしても……」
酒呑童子は、顔に手をあて、まじまじとサラマンダーの体を眺める。
髪、顔、肩、腹、腰、足、顔。
順に眼を動かし、サラマンダーを見つめ続ける。
終いに、酒呑童子は体ごと曲げる様に大きく、首を捻った。
「思っていたより、……フェンリル似なんですね?」
最大限に、表現に配慮した酒呑童子は、獣人種当主に、サラマンダーを例えた。
彼女が思い浮かべていたサラマンダーの姿は、どちらかといえば、ヒュドラのような男性。
老人、とまではいかなくとも、しっかりとした筋肉と強敵のオーラを携えた男性。
『サラマンダー』の名前の響きから連想されるイメージ像と離れた現実に、酒呑童子は笑顔の下で唸る。
「フェンリル?」
一方でサラマンダーは、酒呑童子の口から出た名前に反応する様に、それを繰り返す。
その行動を不思議に思った5人は彼に視線を集中させた。
「フェンリルなら、俺のテル友だぞ」
「……は?」
思わず、ハクは顔を顰め、声を溢した。
当然のことを言ってのけたかのように、サラマンダーは表情を変えず。
むしろ、周りの反応を不思議そうに受け止めていた。
サラマンダーは、何処からともなく水晶のような、また水のような球体をとりだし、それに向かって話し始めた。
すると球体の内部が揺れ、ハク達がいる泉周辺とは異なった風景が浮かび上がった。
「……ん? あ、サラマンダーだ! 久しぶり~」
「おう」
「魔王様たちは、もうついた?」
「目の前にいるぞ」
球体の中へ現れたのは、ニヴルヘイムにいるはずのフェンリル。
呑気にテル友へ手を振る彼に、サラマンダーはハクの姿を認識させる。
魔王一行の姿を見て、安心したように笑うフェンリルは、サラマンダーと他愛ない会話を繰り広げていった。
「マジックアイテムですね」
弟の姿を眺め、ウンディーネは微笑みながらハクへ解説をいれる。
ハクが元いた世界でいうところの携帯電話の役割を果たすマジックアイテム。
特定の名は無く、通信機、テルアイテム等、様々な呼び方をされる。
その形は多種多様で、持ち主の望む形に姿を変える。
ウンディーネもまた、自らのマジックアイテムを取り出して見せた。
そこにあったのは、先程見たものと写し鏡であるかのようで。
ウンディーネのものは、完全なる水。
持ち歩ける水とでもいうべきそれは、純粋なウンディーネを体現しているかのよう。
対してサラマンダーのものは、氷に閉じ込められた水。
僅かに赤がさしているように見える氷は、決して汚すことの無いよう、清水を守っているようにも見えた。
何かを察したハクとムクは、眼を細め。
溜息を吐きながら、ダユは肩を竦め。
嬉しそうに微笑みながら、ウンディーネは弟を見つめた。
「シスコン……」
「ウンディーネ大好き……」
「お姉ちゃんっ子……」
「可愛い弟です」
4人は、それぞれの感想を、勝手に口にする。
何を言っても思っても、ウンディーネは照れたように、微笑んでいた。
それに気が付いたサラマンダーは、怪訝そうに眉を顰めた。
「なんだよ」
「貴方のアイテムは、そのような形をしていたのですね」
通信を終えたサラマンダーは、姉を睨みながら不服そうに尋ねた。
ウンディーネは、弟に笑いかけながら、テルアイテムを指して答えた。
首を捻りながら、サラマンダーは自分の手に持つテルアイテムを見下ろし、考え込む。
ようやく意味に気が付いたのか、サラマンダーは慌ててテルアイテムを仕舞おうとした。
慌てすぎたあまり、落としそうになりながら、何とか姉からアイテムを隠す。
「ち、違うからな! 勘違いするなよ、姉貴! 偶々、だ。思い浮かぶ形が無いから、偶々あんたのを真似ただけだからな!!」
「わかっていますよ」
「本当だぞ!」
頬を赤く染めながら、サラマンダーはウンディーネに、なんとか誤魔化そうと言葉を重ねる。
冷静さを欠いてまで説明しようとする弟に、ウンディーネは笑いを堪え切れず、肩を揺らす。
姉の反応に機嫌を損ねたサラマンダーは、大きく頬を膨らませ、顔を逸らした。
「シスコン」
「ウンディーネ大好き」
「お姉ちゃんっ子」
「うるせぇ!!」
それでも尚、面白がるように言葉を投げてくるハク達3人に、サラマンダーは炎を燃え上がらせて威嚇する。
まるで興奮した猫のような反応をするサラマンダーに、ウンディーネは終始微笑み続けていた。
「ムクのアイテムは、どんな形なんだ?」
「持って、無い」
ふと、ハクはムクを見下ろし、アイテムについて尋ねた。
2つ返事で答えるムクは首を振り、ハクを見上げる。
「必要、なかったから」
赤い瞳が重なり合う。
森の奥で、静かに暮らしていたムクに、マジックアイテムは必要が無い。
それを理解したハクは、優しくムクの頭を撫でる。
「ニヴルヘイムに帰ったら、一緒に作るぞ」
「うん」
ハクの大きな掌を受け止めながら、ムクは抵抗することなくハクの言葉を受け入れる。
楽しみだ、と言わんばかりに瞳を揺らし、ムクはハクに寄り掛かった。
「あぁもう! お前!」
突如、サラマンダーが大きく声を上げる。
今、場に満ちている雰囲気を拭うように、サラマンダーは大きく腕を振ってハクを指さす。
羞恥で顔を染め、歯を食いしばるサラマンダーは、ハクを睨みつけながら口を開いた。
「今日は、俺に許可を取りに来たんだろ!!」
「そうだが」
サラマンダーの問いに、ハクは当然、とでも言いたげに答えた。
相手が大した反応もしないことを不満に思ったサラマンダーは、更に大きく頬を膨らませる。
「姉貴にすら許可を取れていないような奴に、俺が許可を出すわけないだろ!」
「それは、私が貴方と一緒に許可を下そうと思ったからなのですよ」
「……へ?」
拗ねたように言葉を投げつけるサラマンダーに、ウンディーネが横から口を挟む。
その言葉に、サラマンダーは驚愕で眼を見開いた。
「どうせなら、貴方と一緒に、と思って」
「~っ」
微笑むウンディーネに、震えるサラマンダー。
拳を強く握り、肩を震わせるサラマンダーは、強く唇を噛む。
どこにもぶつけようのない怒りに、サラマンダーは頭を抱える他なかった。
「と、とにかく! 俺は、絶対に許可なんて出さないからな! 早く帰れ! 特に、……そこの2人」
意地を張る様に、サラマンダーは5人へ背を向ける。
言葉の最後に、ハクとムクを睨みながら。
サラマンダーの意図を汲み取れないハクは、首を傾げる。
「……ムスペルヘイムの主は、反魔王派だ」
丁寧に、自分の意思を分かりやすいように、サラマンダーは言葉を付け加えた。
拗ねていても、最後まで投げ出してしまわないその性格は、ウンディーネに似ているようにも見えた。
「あんたらが、長居していい国じゃない」
泉を見下ろしながら、サラマンダーは小さく呟く。
小さく見えるその背中に、ウンディーネは口を開きかけた。
「そうか」
だが、ハクの声がそれを遮る。
まるでサラマンダーの忠告を気にも留めていないような声。
それに、サラマンダーの苛立ちは、許容量を超えた。
「あんたなぁ……!」
「お前が、俺に許可を出せば終わる話だろう」
「どこから話聞いてなかったの!?」
全ての怒りをハクにぶつけようとして、見事に躱される。
転んだように、身体の力が抜けたサラマンダーは、岩の上から滑りそうになる。
槍を地面に突き立て、体勢を立て直す。
だが、槍の先から伝わる振動に、サラマンダーは、すかさず魔法を展開した。
「下がれ!」
「!?」
地面を燃え上がらせながら、サラマンダーは叫んだ。
その声と同時に、地面が揺れる。
咄嗟に、ハクはムクを、ダユはウンディーネを抱えようとするが、一足遅く。
岩の隙間から生えた触手に、ムクとウンディーネは絡め捕られる。
「ムク!」
「ウンディーネ!」
「姉貴!!」
「シャルルムック様!!」
酒呑童子が大剣を振り下ろし、サラマンダーが槍を投げる。
だが頑丈な触手に刃は通用せず。
いともたやすく跳ね返された2人の武器は宙を舞う。
「遅かったか……!」
槍を手元へ引き寄せながら、サラマンダーは歯噛みする。
ムクとウンディーネに絡みついた触手は、2人の華奢な身体を容赦なく締め上げる。
地面の揺れは治まることは無く、何処からともなく、音が轟く。
「臭う、臭うぞ……!! 魔王の臭いだ。あの、忌まわしき魔王の臭いが……!!」
泉の周辺を囲むように、大きく亀裂が走る。
数多の触手が姿を現し、4人を取り囲んでいく。
地形を変えるほどの大きさを持つそれに、サラマンダーは唾を飲む。
「この国の主であり、国名にすらなった怪物、ムスペル……!!」
地面を抉り、耳を塞ぎたくなるほどの音と土埃を連れだって、それは姿を現した。
不気味なほどに大きな瞳で、怪物はハクを見下ろす。
身体が竦む程の怪物に、ハクが与えられた感情はただ1つ。
憎悪。
ムクを傷つける、傷つけた、傷つけようとすることへの、憎悪のみ。
ハクから漂う雰囲気に、ダユとサラマンダーは冷や汗を。
酒呑童子は、舌なめずりを。
「あぁ、臭う!! 忌々しい魔王めが……!!」
地響きのような声で、怪物はハクを威嚇する。
だが、それさえも物ともせず、ハクは無意識に魔法を展開する。
「返せ。それは、俺のものだ」
「ぬぅ!」
それは、魔王の貫録とでもいうべきもの。
見た者、聞いた者、感じた者すべてを怯ませるその覇気。
ハクが獲得したそれに、ムクは眼を見開く。
「ぬぅあぁぁああ! 忌々しい! 汚らわしい! 魔王風情がぁあ!!」
怪物は、声を振り絞る様に、轟音を振りまく。
一瞬、怯んだように見えた化け物は、激情し、触手をハクへと振り下ろした。




