第46話 サラマンダー
「「「……」」」
門番の試練を潜り抜けた5人は、ただ無言で歩いていた。
歩む道は、雑草の1つもない枯れた土地。
溶岩によって作られているようで、足場は柔らかく、踏み出すたびに形を変える。
先頭を行くのは酒呑童子とダユ。
その次にハクが、後ろにムクとウンディーネが続く。
稀に、土を踏むことがあるが、足元からじわじわと熱を伝える。
「……本当に許可証あってこれなのか」
「言わない、やく、そく」
ポツリ、とハクが言葉を漏らした。
それに対し、ムクがハクのマントを引っ張りながら声を返した。
スルトにより発行される許可証は、精霊の加護にも似た形であり、可視できるものではない。
故に効果を実感できず、不平不満を漏らす者も少なくない。
勿論5人もまた例外ではなく。
問題なく体を動かす事は出来るものの、無遠慮に体力、魔力は削られていく。
ウンディーネによる水の供給はあるものの、気力だけは留めることができず。
5人は無言を貫く。
「……サラマンダ―は」
「最奥付近、唯一、水が沸き出る泉にいると思われます」
「帰るぞ」
「主、最奥に過剰反応しないで……」
再び、ハクは言葉短く呟く。
今度はウンディーネが後ろからそれに答える。
するとハクは眉間に皺をよせ、踵を返そうとした。
すかさず、ダユがハクを押さえ、同情する様に言葉を吐いた。
マントを押さえられたハクは門へ戻ることができず、顔を顰めたままダユを見下ろす。
数秒、物言わず見つめ合う2人。
折れぬダユに、呆れたようにハクは大きく溜め息を吐いた。
「ムク」
「何?」
ハクは顔の向きを直し、ムクへと視線を下ろす。
素直に反応するムクに、ハクは徐に手を伸ばした。
「わ」
「主!?」
唐突に羽を広げたハクは、ムクを攫い空へと飛び立つ。
捕まえようと伸ばされたダユの手は宙を切る。
割れ物を扱うように、決して落とさぬようにしっかりとムクの体を抱きしめ、ハクはムクの顔を覗き込む。
突然のことにムクの鼓動は跳ね上がる。
覗き込まれたその顔に、ムクは慌てて眼を逸らした。
「どっちだ」
「多分、あっちだった、と思う」
「あそこか」
ハクの質問に、ムクは記憶を掘り起し、小さく指をさして答える。
示された方向に視線を投げたハクは、眼を細め泉を探す。
そこには、太陽の光を反射する何かがあった。
進むべき方角を掴んだハクは、迷わず羽を動かし空を飛ぶ。
「行っちゃいましたねぇ」
「走るか」
段々と離れていくハクの姿を地上から眺めながら、酒呑童子は呑気に声を上げる。
主を掴むことができなかった時点で腹を括っていたダユは、後ろを振り返りウンディーネへ手を差し出す。
「絶対に、落としはしない」
「……えぇ」
ウンディーネは静かにダユの手を取りその首に腕を回す。
来た時と同じように抱かれながら、ウンディーネは腕の中からダユを見上げた。
ムスペルヘイムまでの道のりを走っていた時よりも僅かに前傾姿勢になり、ダユは強く地面を蹴る。
実際、ムクとウンディーネは、そこまで強く暑さを感じてはいなかった。
ハクとダユが、2人を影で護っていた為に。
中間を歩くハクは、決してムクが影から外れぬように歩き。
先頭を行くダユは、その影をのばしてウンディーネを包み込み。
その行動に、2人が気付かないはずもなく。
密かに、ムクとウンディーネは顔を見合わせて笑っていた。
移動手段を変えた今でも、2人は自分の妻を太陽から護る為、動きづらい体勢を保ち続ける。
「……ありがとう」
ウンディーネはダユの胸に額を当てながら、ポツリ、と呟いた。
風の音でダユが声を拾えないことを知りながら。
空中ではムクが、地上ではウンディーネがコンパスとして働きながら、それぞれが目的地を目指す。
「魔王様は、魔族に成り立てというのもあって、空中の方が涼しくていいのかもしれませんね」
「ムク様を想って、という理由でもあるだろ」
「フフフ」
ダユと並びながら、酒呑童子は足を動かし続ける。
人間としての感覚が色濃く残っているハクにとって、徒歩でのムスペルヘイム探索は厳しく、体力を消耗しようと空中を飛んでいる方が心地よいものであった。
酒呑童子に返したダユの言葉に、ウンディーネは思わず笑みが零れる。
空を見上げ、遠くを飛ぶ蝙蝠の羽を見つめながら、ウンディーネは愛おしそうに微笑んだ。
「こうも熱いものに囲まれたら、流石のあちきも堪りませんね」
ハクとムク、またダユとウンディーネを見比べ、酒呑童子は肩を竦める。
それは、嫌味も皮肉も含まぬ純粋な感想。
鼻歌を歌いながら、酒呑童子はウンディーネの弟へ思いを馳せていた。
「暑くないか?」
「平気」
「そうか」
なるべくムクに日差しが当たらぬ様、ハクは体の角度を変えながら空を飛ぶ。
掴まったまま、地上を見下ろし続けていたムクは、覚悟を決めたようにハクを見上げた。
「ハク」
「なんだ」
首に回した腕に力を込め、ハクの意識を自分へ向ける。
ムクは、一度ハクが確実に自分へ眼を落したことを確認してから、喘ぐように口を開いた。
「私の事、どう思、」
「愛している」
一度、言葉を躊躇ってから、ムクは声を出す。
だがハクはムクの言葉を遮って解を返した。
その答えに、ムクはビクリ、と肩を揺らした。
ハクは前に進むのをやめ、空中に留まる。
絶対に落とさぬ様、また自分の意思の強さを直接伝える様に、ハクはムクを抱く力を強め、真っ直ぐに瞳を見つめた。
「お前を否定する全てを、殺し尽せるほどに」
その瞳に、揺らぎは無く。
赤い瞳は、闇を深める。
ムクは、ハクのマントを強く握り手を震わせる。
「どうした? 玉座でも言っただろうに」
「……なんでも、ない」
唇を噛み、俯くムクは、それ以上言葉を重ねない。
再び前進し始めたハクは、ゆっくりと高度を下げていく。
ハクの胸に寄り掛かるムクは、胸に降り積もる不快感に、無言で苛まれる。
「着くぞ」
気圧の変化でムクに影響がないように、ハクは更に慎重に羽を動かす。
ムクの抱き方を変え、自分の肩にムクの顔を置き、安定感を高める。
その時、ハクはムクの耳元で、小さく囁いた。
「また聞きたくなったら、何時でも言え」
「……っ」
それは、甘く危険な声。
大きく体を揺らしたムクは、しがみ付く様にハクの背へ手を回した。
ムクの行動に気をよくしたハクは、一度ムクの背を摩ってからその小さな少女を地上へ下ろした。
「ここか?」
「う、ん」
僅かにふらつくムクの手を引きながら、ハクは目の前にある泉を見つめた。
そこにあるのは、見事な泉。
人間界でウンディーネが縛られていた泉にも似た雰囲気のそれは、どこか寂しさがあった。
「主!」
背後から、ハクを呼ぶ声がした。
追いついたダユ達3人と合流したハクは、再度泉を眺める。
「……」
草木は生えておらず、代わりに岩肌が目立つ。
大きな岩が泉を囲み、足場が安定しない。
だが、泉の水は透明度が高く、底が見通せた。
並々と注がれたその水にハクが引き寄せられるように1歩踏み出した時。
「触るな」
どこからか、聞き覚えのない声が響いた。
まるで5人を脅すように、底冷えする声が周辺に浸透していく。
声の主を探そうと、辺りを見回すが、それらしき人影は見当たらず。
ハクが1歩、横へずれた瞬間、悲鳴にも似た声が上がった。
「いたああぁぁああ!!」
それは、ハクの足元から発生した声。
5人の視線はハクの足元へと集中する。
見下すように、冷ややかに、ハクは自分の足を見つめ、一向に退かそうとしない。
「退けよ!!」
すると、足場が揺れ、ガタガタ、と音を立てて岩が動き始めた。
仕方なく、足を退かしたハクは、声の主がいるであろう場所に視線を注ぎ続けた。
しばらくすると、岩陰から、ひょっこりと1つの頭が覗いた。
「ったく、いてぇ……」
「……トカゲ?」
それは、赤橙の色をした、1匹の蜥蜴。
その姿に、ハクは顔を顰めながら声を漏らした。
蜥蜴は首をもたげ、ハクを見上げる。
「……なんで魔王がいる」
「門番に通された」
不服そうに、蜥蜴は声を発す。
悪びれもなく、ハクはそれに言葉を返す。
ハクの答えを聞いた蜥蜴は、姿を揺らめかせ、人へと化ける。
「しかも、ダユまでいるじゃねぇか。どの面下げてきやがった」
盛大に顔を顰めた青年が、泉の縁へと降り立つ。
逆立つ金赤の髪に、戦闘服をまとった、端正な顔立ちの青年。
手には1本の槍が握られており、その先端からは炎がちらついていた。
顔を顰めていようともわかるその美形ぶりに、ハクは一瞬、眼を見開いた。
どことなくウンディーネと雰囲気が似ており、初対面でも姉弟であることが頷けた。
「テメェがウンディーネ連れてこねぇなら絶対に許可なんて出してやらねぇし」
舌を出し、警戒心を露わにする青年。
青年は、1人ずつ確認する様に、顔を眺めていく。
ハク、ムク、ダユ、酒呑童子の順で視線を移動させた後、漸くウンディーネにたどり着く。
ウンディーネは、青年と眼が合うと、嬉しそうに、楽しそうに笑って見せた。
その笑顔に、青年はウンディーネを2度見する。
「……姉貴?」
「お久しぶりですね、サラマンダー」
眼を見開き、驚愕を隠しきれない青年は、動きを止めた。
裾をつまんで挨拶するウンディーネは、弟の様子に、堪え切れない笑みを溢れさせた。
我に返った青年は、自分の言葉を振り返り、頭をかいた。
「姉貴の気配はしてたが、まさか本物とは……。てっきり、先代様かと」
「半分、あってる」
溜息を吐く青年に、ムクが簡単に挨拶をする。
サラマンダ―と呼ばれたこの青年こそがウンディーネの弟であり、今回の目的。
ムクと知り合い、というところに反応したハクが、黙ってムクを抱き寄せる。
「スルトには『魔王は通すな』って言ったのに……」
唸る様に言葉を吐き出すサラマンダー。
その言葉に、5人は顔を見合わせ、完答で切り返した。
「『我は門番なり』」
「『この国へ立ち入ろうとする者を公平に裁く存在』」
「『たとえ相手が魔王であろうとも不正は致さぬ』」
「って言われた」
「そうですね、サラマンダー?」
ハク、ダユ、酒呑童子は口角を上げて。
ムク、ウンディーネは微笑みながら。
返されたその言葉に、サラマンダーは再度眼を見開いた。
「なんで知ってる!?」
「当然だろう」
5人は、ムスペルヘイムに入る前にスルトと手合わせをしている。
拳を、刀を、魔法を交えた相手。
特にスルトに限っては、その性格を読み取ることは容易であった。
ニヤリ、と笑う5人に、サラマンダーは居心地が悪そうに抗議の声を上げる。
楽しそうな笑い声が泉周辺に響く中。
その地底を、ざらり、と何かが這った。




