第45話 スルト
スルトは大剣を構え、ムク達女性3人へ眼を向けた。
3人を睨みながら、スルトは、ハンデだと言わんばかりに言葉を告げた。
「非戦闘員の女、子どもは下がっていろ」
冗談などは混じっていない、純性の言の葉。
それは、スルトの戦闘における信念にも似たものであった。
だが、その言葉に女性陣は僅かに肩を震わし、瞳を光らせた。
「生憎、だけど」
「ここに、非戦闘員の者など、おりませんよ」
ムクは魔力を滾らせ、ウンディーネは胸に手を当て一歩前へ歩み出る。
その拍子に、自分を囲むように魔法で水を発生させながら。
酒呑童子は、片手で大剣を振り回して見せ、力一杯大剣を地面へと叩き付けた。
轟音と共に地面が割れ、ヒビはスルトの足元にまで及ぶ。
自分の足元を見下ろし、スルトは唸って見せる。
「……なるほど。で、あれば一切の手加減は必要なし」
大剣を握り直し、スルトは改めて5人を見比べた。
スルトと5人の間には、しばしの沈黙が訪れる。
神経を研ぎ澄ますように睨み合い、己の得物に手をかける。
戦いの幕は、魔王によって切って落とされる。
「水よ、燃え盛る炎に、制裁を」
伸ばした手から発動した魔法により、大量の水がスルトへ向け発射された。
渦を巻く様に勢いをつけて襲い掛かる波に、だがスルトが動じることは無く。
両手で握る大剣を、大きく振り下ろした。
「ふんっ!」
振り下ろされたと同時、大剣は炎を吐き出す。
業火に焼かれ、波は2つに切り分けられた後に蒸発する。
「ぬるい」
スルトは眼を光らせ、ギロリ、とハクを睨みつける。
掠るどころか体力を削ることすらできなかった己の魔法に、ハクは肩を竦めた。
「やはり、威力は半減か」
「詠唱も、悪かった」
横から、ムクも口を挟む。
ハクは、未だウンディーネから正式な許可を得ていない。
それに加え、ハクの口にした詠唱は、ウンディーネの好みではなかった。
故に威力は落ち、精度は劣る。
それを確信した上でハクはあえて水属性魔法を放った。
蒸発し、霧散した水蒸気で酒呑童子の姿を隠すために。
「はああ!」
飛びだした酒呑童子は、真っ直ぐスルトへ大剣を振り下ろす。
すかさず大剣を己の腕で受け止めたスルトは、酒呑童子を弾き返した。
「ふんぬ!」
衝撃波と共に後方へ大きく跳んだ酒呑童子。
着地と同時にスルトを睨みつけ、ニヤリ、と笑った。
「む」
瞬時にしゃがんだ酒呑童子の背後から飛び出したのはダユの短剣。
全身を岩石で覆われているスルトは、唯一眼球だけが岩ではない肉体であった。
自分の両目めがけ飛ぶそれを、スルトは大剣を振り回すことで振り落す。
「うおぉ!」
「チッ、やっかいだな」
「あらぁ? もう打つ手がないのですか?」
地面に突き刺さる短剣に、ダユは舌打ちをする。
それを見て、酒呑童子はダユへ煽る様に声をかけた。
体勢を立て直す人型種当主に、ダユは新たな短剣を握る。
「そんなわけないだろ」
「そうですよね」
舌なめずりをしながら、酒呑童子はスルトへ視線を投げる。
酒呑童子の隣へ立つダユはスルトを睨みながら短刀を構えた。
互いに合図を出し合うように、2人は跳びだした。
「さぁ、みなさん。鎮火を!」
ウンディーネは後ろから魔法を発動する。
合間を縫うように放たれた魔法は、スルトの体を濡らす。
「ウンディーネ! 一緒に」
「えぇ、共に」
ハクのそばを離れたムクは、ウンディーネの隣へ走り寄る。
2人は背中を合わせ、魔法を重ね合わせる。
「ウィル・オー・ウィプスの名の下に。彼のものへ、電撃を!」
「さぁ、みなさん。あの電撃に我らの加護を!」
同時に発動された魔法は互いに交わり、溶け合う。
ムクから放たれた電撃は一直線にスルトへ向かい、ウンディーネの魔法がそれを包み込む。
感電した水が、スルトを襲う。
先に酒呑童子とダユの相手をしていたスルトは、その魔法を避けきることはできない。
それを悟った巨人は、力の限り大剣を振り回した。
「ぬ、うおおぉおお!」
受け止めた酒呑童子の体を弾き、ダユを退かせる。
自分めがけて跳んでくるその魔法へ、スルトは|濡れた体で濡れた大剣を振り下ろした
《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
すると真っ二つに斬られた魔法は大剣の炎で蒸発させ切ることができず、スルトの体に水がかかる。
剣先から、水から雷が伝わり、スルトの体を這い上がる。
「ぐ、うあぉぉおお!!」
身体を蝕む電気に、堪らずスルトは唸り声を上げた。
よろめくスルトに追い打ちをかける様に、ダユが短刀を投げ酒呑童子が大剣を持って斬りかかる。
痺れた体はいう事を聞かず、スルトの体に刃が突き刺さる。
「くっ、あぁあ!」
無闇に大剣を振り回し、スルトは周りにいる2人を追い払おうとする。
だが酒呑童子は剣を振るう手を止めず、ダユは的確な位置に短剣を突き刺す。
剣を握る手も覚束ないスルトは歯を食いしばり、苦悩の表情を浮かべた。
そこへ、ゆっくりと歩み寄りながら、ハクが詠唱を唱えた。
「我が声を聞け。我が憑代となるもの、我が血肉となるもの。我が名を聞き届け、その望みを叶えよ。我は世界を総べるものなり。我は世界を滅ぼすものなり。その岩肌を、その頑丈な鉄壁を、抉りて削れ」
途端にスルトの身体は霧に囲まれ、拘束される。
黒い霧は徐々にスルトの肌に触れ、その肌を削り始めた。
「ぐ、おぉお」
音を立ててスルトの岩を削る霧は、容赦なく幅を狭める。
無理やり肌を剥がされる感覚に、痛みにスルトは俯く。
大剣を強く握りしめ、全身に力を込め、吠えた。
「があぁああああ!!」
その声に、堪らず5人は耳を塞ぎ鼓膜を守る。
衝撃で地面は窪み、ひび割れる。
全身の筋肉を奮い立たせ、スルトはその身に降りかかる全てを払った。
「気合で、魔法を消したのか」
霧はスルトの体から剥がされ霧散し、身体を走る電気は体外へと追い出される。
その光景に、ハクは眼を細めた。
だがハクの言葉をウンディーネが否定する。
「いいえ、あれは無詠唱魔法です。おそらく、属性は、」
「があぁああ!」
しかしウンディーネが言葉を言い切る前に、その声をスルトが遮った。
スルトは眼を見開き、瞳を光らせる。
両足に力を込め、両手で大剣を握り、炎を撒き散らしながら、スルトは突進した。
「たあぁあ!」
「フンッ!」
止めに入った酒呑童子は大剣を振るう。
突き進むスルトは大剣を振り上げる。
2人は衝突し、退け合い、弾き合う。
酒呑童子が顔を歪め、その腕を震わせた。
「がああ!」
もうひと押し、とスルトは声を上げ、同時に酒呑童子の大剣を弾き飛ばした。
驚愕し、大剣を眼で追った酒呑童子は、慌ててスルトに視線を戻す。
目線の先には、今まさに自分へ斬りかかろうとしているスルトがいた。
「っ!」
スルトの大剣は炎を吹く。
そんな剣で斬りつけられれば、これからのムスペルヘイム探索で足手まといになることは明白であった。
後ろへ跳ぼうと両足に力を込めるが、跳んだ先もまたスルトの間合い。
酒呑童子は迫りくる剣先に眼を見開いた。
「酒呑童子!」
瞬間、ダユは横から酒呑童子の体を抱き留め、スルトの手元へ短剣を投げた。
短剣を当てられたことでスルトの剣先はぶれ、僅かに酒呑童子を逃す。
酒呑童子を抱きとめたダユは間一髪のところで間合いから逃れ、ウンディーネの元へ着地した。
「無事か」
「……えぇ、おかげさまで」
ダユは視線だけを酒呑童子に向け、声をかけた。
その姿を、眼を見開いて眺めていた酒呑童子は、微笑みを浮かべ、簡単な言葉を返した。
得物を逃したスルトは、だが、止まることなく再度前進し始める。
前衛にいた2人が後ろに下がったことで、今スルトの目の前にいるのはただ1人。
「ハク様!!」
ウンディーネが悲鳴にも似た声を上げる。
そこにいるのは、魔法を使う為に歩み寄っていたハクただ1人。
だがハクは魔法を使う素振りも、避ける素振りも見せることは無い。
ただ真っ直ぐに、スルトを見返していた。
「ハク!」
「主!」
ムクとダユもまた声を上げ手を伸ばす。
突き進むスルトに、止まるハク。
容赦なく、スルトは炎を吹かせ大剣を振り下ろす。
ウンディーネは眼を瞑り、顔を背け。
ダユと酒呑童子は眼を逸らすことなく見つめ。
ムクは、立ち竦んだ。
振り下ろされた大剣はハクの首元へ突きつけられ、動きを止めた。
「……え?」
「……頃合いだ」
一向に聞こえない斬撃音に、ウンディーネはゆっくりと眼を開いた。
その光景に、4人は固まる。
スルトはハクの首に剣を突き付けたまま動きを止め、両者睨み合う。
数秒後、スルトは剣をおろし、そう呟く。
理解が追いつかないウンディーネは狼狽え、言葉を漏らした。
「どうし、て……?」
「我の運動不足解消と、汝らの体温調節の為だ」
その言葉に、スルトは答えを返し、元の位置へ戻った。
最初に対面した時と同じ場所に座り込み、スルトは地面に剣を突き立てる。
ただハク1人だけが把握しているその状況で、マントだけが風に吹かれ舞う。
「汝らはニヴルヘイムから来た体温で、そのままムスペルヘイムに立ち入るつもりだったのか?」
続けて、スルトが言葉を放つ。
説明する様に放たれた言葉に、漸く合点がいったように、ウンディーネは肩を揺らした。
ニヴルヘイムは氷の国。
外にいるだけで肌が凍りそうな寒さが特徴の国。
大して、ムスペルヘイムは灼熱の国。
そこにいるだけで燃えるような暑さに襲われることが特徴の国。
相反する2つの国に、なんの体温調節もせずに足を踏み入れるのは、たとえ許可証を持っている魔族でもただではすまない。
「それで……」
「あちきらは踊らされただけってことなのですね」
立ち上がった酒呑童子は、大きく溜め息を吐く。
飛ばされた大剣を拾い、肩に担ぐ酒呑童子は、徐にムクへと視線を投げた。
ムクは、ただ固まっていた。
ハクの背中を見つめ、ムクは立ち竦んでいた。
次第に、氷が解けたかのようによろめきながら歩き出したムクは、ハクの首元を見やる。
ハクの首元は、スルトの剣から発生する炎により、軽い火傷を負っていた。
吸血鬼の再生能力により、ゆっくりと修復されていくその肌に、ムクは顔を引き攣らせた。
「ハク……!」
揺れるマントを巻き込み、ムクはハクの背に抱き付く。
それは、ハクと同質の感情。
人間界で、無抵抗で嬲られるムクを見つめていたハクが感じていたものと同等の感情。
顔を擦りつける様に抱き付くムクに、ハクは力づくで引きはがす。
「あ……」
「どうした、ムク」
引きはがされたことによる胸の痛みで、俯くムク。
拘束を解いたことで動けるようになったハクは、振り返り、俯くムクを抱きしめた。
優しく引き寄せられ、ムクは眼を見開く。
頭を撫でられ、ムクは口にすべき言葉を見失う。
震える手でハクの服を掴みながら、その胸に寄り掛かった。
「な、でも、ない……」
「そうか」
ハクは、無理に理由を聞き出そうとはせずムクを抱きしめる。
ムクはしがみ付く様に、ハクに抱かれていた。
ふと、ハクはスルトに眼を向けた。
「お前、我の下に就く気はないか」
淡々と吐かれた言葉に、4人の肩は大きく動く。
スルトはゆっくりと顔を上げ、ハクを見つめる。
しばらく、沈黙が続き、その重い口が開かれる。
「我はこの世界がまだ赤子だった頃から門番をしている存在。ただ、国へ立ち入る者を公平にさばくだけの存在。我がここを離れることは無く。だが、1つあるとすれば、それはこの国の存命が危ぶまれた時のみなり」
返答だけを告げたスルトは再び口を閉ざす。
その返答に、ハクは眼を細め、嗤った。
ハクはムクから体を離し、代わりにムクの手を引く。
「行くぞ」
後方の3人へ声を投げ、ハクは足を踏み出す。
手を引かれるがまま、ムクも黙って後を歩く。
2人の姿を見、後方の3人もまた一歩踏み出した。
スルトの横をすれ違うその瞬間、再度門番は口を開いた。
「行くがいい、新たなる魔王よ。その先に、何があろうとも。汝には、その資格が」
5人は、門をくぐる。
迫りくる熱気を一身に浴びながら。
灼熱の大地へ、足を踏み入れた。
門番が裁いた5人は、その先へ進み。
門は再びその口を堅く閉ざした。
題名を変更しました。
前回の方がいい、という意見等々受け付けております。
読者様を混乱させるような真似をしてしまい、申し訳ありません。
これからも作品を読み続けていただけますと、とても嬉しいです。




