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第40話 草の上


「いくぞ」

「はい」


 ダユはしっかりウンディーネの手を握り、その温もりから、絶対の安心感を伝える。

 ダユの導きに従い、ウンディーネは恐る恐る、足を踏み出した。

 今まで、ウンディーネを蝕んできた重い鎖の感覚はなく。

 その白く細い爪先は、静かに草の上に体重をかけた。


「……!」


 足先から伝わる懐かしい感覚に、ウンディーネは高揚する。

 1歩目とは違い、すぐにもう片方の足を伸ばし、地面に着地する。

 泉から離れても自身の身に変化が起きないことに、ウンディーネは歓喜する。


「あぁ、あぁ!! なんて久しぶりな、この感触!! あぁ……」


 溜息交じりに、ウンディーネは言葉を漏らす。

 喜びを隠さないウンディーネは、ダユの手を離れ、自由に草の上を踊る。

 水上とは違い、柔らかく温かいその感触に、自然と笑みがこぼれる。

 舞い踊るウンディーネの姿は、まさに精霊そのもの。

 釣られて泉の妖精も集まり、光を振りまいていく。

 終いには歌を歌いだす程に、ウンディーネは浮かれていた。

 ウンディーネの歌が周囲へ響く時、泉の中から、ハクとムクが頭を出した。

 耳に届いたその詩に、ムクは肩を震わせた。


「ウンディーネ……?」


 ムクは、相手を探すように、名を呼んだ。

 自分を呼ぶその声に反応し、ウンディーネはすぐさま振り返った。


「シャルルムック!」


 それは、眩しく、眼を瞑りたくなる程に綺麗な笑顔であった。

 ウンディーネはムクへと手を伸ばす。

 自分の真名が呼ばれたことに、ムクは眼を見開いた。

 それは、ウンディーネが初めてムクを真名で呼んだ瞬間。

 ムクは、瞳に涙を浮かべ、ウンディーネの元へと駆けた。


「ウンディーネ!!」


 迷わず、ムクはウンディーネの胸の中へ飛び込む。

 ウンディーネもまた、ムクの体を優しく包み込む。

 愛おしそうに、ムクの髪を撫でながら、ウンディーネは微笑む。

 彼女の胸元に縋りながら、ムクは幸せを噛み締める。

 諦めていた、ウンディーネの救済。

 ムクは、何もしようとしなかった。

 だが、ハクとダユが、ヨルムンガルドが、諦めてはいなかった。

 自分の手放しかけた幸せに、その温かさに、ムクは涙を止めることができなかった。

 ハクとダユは、2人を見つめる。

 抱き合う2人に、かけるべき言葉などなく。

 その姿は、ただそれだけで完成していた。

 男4人はそっと2人から離れる。

 安心したように溜め息を吐くヨルムンガルドを一瞥し、フェンリルは満足したように笑った。


「で、魔王様。そこのは?」

「!」


 フェンリルは、ハクの後ろを見つめ、眼を細める。

 陰に隠れる様に、そっと立っていたルサールカは、怯える様に肩を揺らす。


「洞窟から出られないんじゃなかったのか?」

「ウンディーネ様を縛る抑止力が消えた以上、私を洞窟に縛りつけるものは何もないわ」


 尋ねるダユに、ルサールカはそっぽを向いて答える。

 ルサールカを洞窟に縛りつけていたのもまた、抑止力によるもの。

 泉の中に住むルサールカは、ウンディーネの手助けをする可能性が高く、抑止力にとっては邪魔者でしかなかった。

 そこで、ルサールカを洞窟に縛りつけることでウンディーネの『魂』の監視を行わせ、逆らう気力を削っていた。

 敬愛する相手に対する申し訳なさと自己嫌悪で、ルサールカはウンディーネの前へ進み出ることができない。

 自分の体を抱く様に腕を回し、ルサールカは自分の姿を4人から隠した。


「こんな姿じゃ、ウンディーネ様の御前に出るなんて、できるわけない……」


 ルサールカのドレスは、先の戦闘により切り裂かれ、所々汚れていた。

 悔しそうに唇を噛むルサールカに、ヨルムンガルドは呆れたように言い放つ。


「それくらい、ウンディーネは見逃してくれますよ」

「それは、わかってるけど……!」

「ついでに修繕を任せればいい」


 肩を竦めるヨルムンガルドに、ルサールカは反論しようとした。

 だが、振り返りすらしないハクが、その言葉を遮る。

 鼻で笑うように、平然と言い放ったハクは、ふわり、とマントを揺らす。

 その行動は、まるでルサールカを3人の視線から庇っているようであった。

 ルサールカはハクの背中を見つめる。

 興味がない、とでも言うように、一度も振り返らないハクに、ルサールカは俯く。

 一度、拳を握り、身体に力を込める。

 立ち上がったルサールカは、ウンディーネのいる方へ歩みを進めた。

 ウンディーネとムクは、楽しそうに談笑を始めている。

 その空気を壊さぬ様、ルサールカは静々とウンディーネの前へ歩み出た。


「ウンディーネ様、私、……申し訳ありませ、」

「ルサールカ!!」


 俯いたまま、ルサールカは言葉を発す。

 ドレスの裾を掴み、弱々しい声で、ウンディーネへ謝罪しようとした。

 その言葉を、言い切る前に遮ったウンディーネは、笑顔でルサールカを受け入れた。


「よかった、貴女も無事だったのね……」


 ムクと同じように、ルサールカを優しく抱きしめる。

 ウンディーネの熱を直に感じ、ルサールカは大きく眼を開き、次第に瞳を潤ませる。


「申し訳、ありません」

「いいのよ、何も悪いことなど、していないでしょう?」

「ですが、ですが……! 私は、ウンディーネ様を救い出すことを、諦めて。ずっと、邪魔ばかり……」


 ルサールカはウンディーネにしがみ付き、心に溜まった後悔を、懺悔するかの如く吐き出していく。

 ウンディーネは、ルサールカの髪を撫で、全て言い終わるまで、優しく寄り添う。

 その行動が尚更ルサールカの涙腺を刺激し、溢れ出す水滴は留まることを知らない。

 子どもの様に大声で泣きじゃくるルサールカに、ムクも近づき、頭を撫でる。

 2人の大人にあやされる様に、ルサールカは2人へ抱き付いた。


「大きな子供ですね」

「ムクに子供などいない」

「言葉のあやですよ」


 ヨルムンガルドの言葉に、ハクが過剰反応する。

 軽くハクをあしらいながら、ヨルムンガルドは空を見上げた。

 ハク達の上空には、結界により外に出られない魂が浮かんでいた。


「あれは、どういたしますか?」


 ヨルムンガルドは、ハクに問う。

 空を眺めることもなく、ハクはダユを呼んだ。


「レヴァナントを呼べ。部下を大量に連れてきてやった、とな」

「了解」


 ハクの命を受け、ダユは1つの駒を取り出す。

 黒のポーン。

 ヨルムンガルドとフェンリルとは違い、ダユの駒は、歩兵であるポーン。

 チェスにおいて、ポーンには特殊なルールがある。

 相手の陣地最奥へ踏み込んだポーンは、どんな駒にもなれる。

 幻獣という性質を、ポーンに見立てたことによる配役だった。


「それから、ヴォジャノーイを捕らえて置け。ルサールカから逃げぬようにな」

「ハハハ、無理じゃないかなぁ」


 ハクの言葉に、フェンリルは本心からの笑いを上げた。

 ダユは、駒を地面へと落とす。

 すると、今度は地面から、当主が現れる。

 何の前触れもなく、突然生えた右手が、ダユの足を掴む。

 それから、左手、頭、身体、右足、左足。

 部位ごとに順番に地上へと現れ出たのは、死霊種当主、レヴァナント。

 ダユとペアを組まされた事に機嫌を損ねているようで、眉間には深い皺が刻まれていた。


「……」

「魔王様の御前ですよ」

「分かってるけどよ」


 ヨルムンガルドの言葉にも軽くしか反応せず、レヴァナントはダユを睨みつける。

 ダユはレヴァナントの視線に興味を示さず、ただウンディーネを眺めていた。


「レヴァナント」


 ハクは、一度はっきりと名を呼び、レヴァナントの視線を自分へ向ける。


「あれは、全てお前のものだ。好きにするといい」

「あれぇ?」


 ハクは、顎で上空を指し、レヴァナントへ示す。

 示されるがまま、レヴァナントは空を見上げ、魂を眺めた。

 漂うその火に、レヴァナントは口角を上げる。


「人使いが荒いねぇ。あれ全部統制するのにどんだけかかると」

「できないか?」


 ハクの評価を見直すレヴァナントに、ハクは挑発する。

 表情のない顔でレヴァナントを見つめ、それ以上の言葉を口にしない。

 魔王のその態度に、レヴァナントは更に口角を上げ、嗤った。


「3日。それだけあれば十分だ」


 指でその数字を見せながら、レヴァナントは宣言する。

 高らかに謳うレヴァナントにハクは、満足そうに笑った。

 ムク達3人は、談笑を繰り広げたまま、ハク達の様子には気付いていない。

 その様子を眺めた後、ハクはムスペルヘイムの方角へ、視線を投げた。


「……サラマンダ―」




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