第39話 決着
今回はいつもより長めです。
対ルサールカ編決着。
お見逃しなく!
「そんな方法があるのなら、私が、とっくに……!! でも、例え『魂』を返しても、抑止力がウンディーネ様を食い殺してしまう!!! あの方を、救い出す方法なんて……、あるわけない!!」
壁に貼り付けられたまま、ルサールカは叫ぶ。
彼女の涙が水中に浮かび、溶け込み、消えていく。
3人は、途端にかけられて水圧に這い蹲り、必死に空気を求めた。
口を開けば、体内に押し入ってくるのは水分のみ。
ハクの意識が薄れるのに、そう時間はかからなかった。
ダユはハクへ眼をやり、ハクもまたダユを見る。
眼球が飛び出し、内臓がつぶれる。
肺は破裂し、鼓膜は破れる。
ハクは、今出せる僅かな力を使い、自分達へ魔法をかける。
その魔法が命綱となり、心臓が潰れずに動き続ける。
骨が折れた腕を必死に伸ばし、ダユは手さぐりでハクを引き寄せようとした。
瞬間。
3人は、水圧から解放された。
瞬時に、ハクは他2人へ回復魔法をかけた。
吸血鬼である二人は心臓さえ無事であれば生きながらえるが、問題はダユ。
幻獣は、吸血鬼には劣るが、それなりに高い生命力を持っている。
が、潰れた内臓が即座に回復するような能力は持っていない。
最初に起き上がったハクは、他2人へ強めの回復魔法をかけ続ける。
続いて立ち上がったのは、ダユ。
ムクは這い蹲ったまま、なかなか動きださなかった。
ウンディーネの壺のそばで横たわるムクを一瞥し、ハクはルサールカへ言葉を投げかける。
「あるのだとしても、お前はその可能性に賭けるつもりはないんだな」
「あるわけないものに、気安く、ウンディーネ様を賭けることなんて、できるはずないじゃない!!」
ルサールカにはどんな言葉は届かない。
彼女は、既に諦めてしまっていた。
それは、ウンディーネへの敬愛からくるもの。
高潔なウンディーネをこれ以上汚したくないという、恋慕にも似た感情から来るものであった。
「お前、洞窟から出られないだろ」
俯くルサールカに、唐突にダユが声をかけた。
「……それが、何」
「自分じゃできないから、諦めたのか。自分じゃウンディーネを救えないから、自分以外がウンディーネの恩人になることを是としなかったから、諦めたのか」
「……ッ、そんなんじゃ、ない!!」
ダユは、ルサールカの心底を見透かすように、眼を細めて言葉を重ねる。
ダユの声を聞くことすら苛立ちに感じられるルサールカは、ダユの言葉に怒りを湧き立たせていく。
「私じゃなくてもいい!! 私じゃなくていいから!! あの方を、ウンディーネ様を!! 助けたかった!!!」
「なら、なんで俺達にウンディーネを預けない?」
「――」
怒りに任せ叫んだルサールカは、続いて紡がれたダユの言葉に、眼を見開いた。
口を開けたまま、発すべき音を見つけられず、喘ぐように唇を震わした。
ダユがルサールカの矛盾を指摘している間に目を覚ましたムクは、壺の影からルサールカを見つめていた。
ムクの眼には、ルサールカが常時震えているように見えた。
「そ、れは……、だって、貴方は、ウンディーネ様を……、だし、それに、その、……え?」
傍から見ても、明らかにルサールカは混乱していた。
困惑と混迷と。
瞳を揺らすルサールカは、ちらり、とウンディーネの『魂』が入れられた壺を見る。
その一瞬、壺のそばにいたムクと眼があった。
「あ……」
「……本当、に?」
「ッ!!」
首を捻るムクに、ルサールカはとうとう言葉を失った。
握った拳を開き、指先を震わせる。
泣きそうに顔を歪めながら、ルサールカは息を吸う。
ルサールカの脳裏には、ウンディーネの鮮やかな笑みが思い出されていた。
優しく笑いかけてくる、ウンディーネ。
それとは対照的に、泣き叫ぶウンディーネの声が、頭から離れない。
『魂』から響く泣き声に、ルサールカは唇を噛んだ。
「……それで、も。それでも、私は、貴方だけには、ダユにだけは、ウンディーネ様を任せる訳には、いかないの!!」
再度、自分の意思を体へ染み込ませるように、ルサールカは拳を握る。
顔を上げ、ルサールカは断言した。
「あわれだな」
ルサールカの結論に、ダユはポツリ、と言葉を漏らした。
それを皮切りに、ムクは真っ直ぐ、ルサールカへ短刀を投げる。
ルサールカは、自分の服が破れることも気にせず、大きく体を動かし、身体を張りつけていた槍から逃れ、短刀を避ける。
そのまま、ダユへと直進するルサールカは、その憎き名を叫んだ。
「ダユゥゥウウゥゥ!!!」
最初から、ルサールカの狙いはダユ1人だった。
3人が初めて洞窟に足を踏み入れた時から、ダユ中心に攻撃を仕掛けており、魔力が切れ、追いつめられた今でも、ただがむしゃらに、ダユだけを見ていた。
ルサールカは大きく跳ね、ダユの首元へ噛み付こうとする。
牙を剥いたルサールカが眼前まで迫った、その時。
ダユが、ニヤリ、と口角を上げて嗤った。
「!?」
「あぁ、つくづくお前は、あわれだな」
途端、ダユの姿が歪み、霞む。
段々と露わになっていくその姿に、ルサールカは眼を剥いた。
ダユの姿が揺らめき、ハクへと変わった。
「認識操作……!?」
動揺したルサールカは、だがその勢いを止められず、ハクへと手をかけようとする。
自分へと伸ばされたその手を睨みながら、ハクは魔法を放った。
「燃えろ」
瞬時に、ルサールカは理解する。
何故、ダユが炎属性の魔法を使えたのか。
何故、執拗にムクが短刀での攻撃ばかり繰り出してきたのか。
何故、ハクが、説得を試みたのか。
その全ては、中身が違う故に。
破れたルサールカの衣服に火が付き、全身を包み込む。
「あ、ぁああ、あぁぁぁあああぁあ」
大きく膨らんだ炎は、ルサールカを焼き殺すには至らない。
それでも、時間稼ぎには十分であった。
「ダユ!」
ハクは、自分の従者の名を呼んだ。
それと同時に、壺のそばにいたムクの姿が揺れ、ダユへと変化していく。
ダユはウンディーネの壺を持ち上げ、叩き割った。
飛び出たウンディーネの『魂』を、ダユは口に含み、すぐさま地上を目指して走り出す。
「待、て!!」
水中であるが故、すぐに鎮火した炎を振り切り、ルサールカはダユを追おうと駆けだした。
火傷した体を無理やり動かし、ダユへと手を伸ばす。
ハクの姿が歪み、ムクへと変化する。
ムクは、ダユへと魔法をかけた。
「風よ、突風よ。その者に、大いなる栄光を!」
瞬間、元々俊足であるダユがさらに加速する。
それだけでもすでにルサールカがダユに追いつくことは困難であった。
追い打ちをかける様に、ダユは、姿をくらました。
「あ、あぁぁあああ!!!!」
ダユを見失ったルサールカはその場にへたり込み、頭を抱えた。
見るに堪えないその姿に、ムクは眼を逸らす。
しかし、ハクは飽き足らず、最後にルサールカを絶望の淵へ突き落した。
「我が声を聞け。我が憑代となるもの。我が血肉となるもの。我が名を聞き届け、その望みを叶えよ。我は世界を総べるものなり。我は世界を滅ぼすものなり。その全てを、破壊せよ」
ハクが発動させた魔法により、大量の黒い霧が発生する。
霧は散り、並んだ壺全てを破壊していく。
壊れた壺からは、魂が抜け出し、天へと昇って行く。
「あぁああ!! 私の、お友達が!!」
ルサールカが手を伸ばし、魂を掴もうとする。
だが、彼女の手から魂はすり抜け、留まろうとはしなかった。
「どうして……? 私が、間違ってたの……? やっぱり、私が悪いの……? ウンディーネ様を見捨てたから……? こんな私だから、夫も、ウンディーネ様も、離れていくの……? 私は、どうしたらよかったの……?」
消えていく魂を見つめ、ルサールカは大声を上げて泣き出した。
両手で顔を覆い、涙を流し、不満を漏らす。
その姿は、とても小さく、どこかウンディーネと重なった。
「あわれ」
「……ッ、貴方は、哀れ哀れうるさいのよ!」
ポツリ、と感想を漏らしたハクに、ルサールカは噛み付いた。
悔しそうに歯噛みするルサールカに、ハクは嗤った。
「ルサールカ。『あわれ』の意味を知っているか」
「不憫だ、とか、同情とかでしょ」
「まぁ、大方はそうだが」
不服そうに答えるルサールカに、ハクは適当に言葉を返す。
ハクはムクを引き寄せた後、ルサールカに答えた。
「古語で言うならば、『かわいい』だな」
「……!?」
突然のハクの言葉に、ルサールカは動悸を起こした。
混乱するルサールカを前にして、ハクは鼻で笑う。
「もっとも、貴様の場合は、可『哀』い、だがな」
ルサールカを嘲笑したハクは、ムクへと視線を戻す。
ムクの頭を撫で、ハクはその姿を愛しそうに見つめる。
「ムクは、可『愛』いだ」
片目を瞑り、ムクは甘んじてハクの手を受け入れる。
目の前で繰り広げられるその光景に、ルサールカは肩を震わせた。
「私の前でいちゃつかないで、このバカ魔王!!」
2人を指さし、ルサールカは憤慨する。
頬を膨らませ、両手をバタつかせ、全身で怒りを表現した。
一通り怒りを発散し終えたルサールカは、今度は体育座りになり、しょげ始めた。
「どうせ、どうせ……。私は、傍から他者の幸せを眺めているしかないのよ……」
「忙しい奴だな」
感情の起伏が激しいルサールカを眺め、ハクは呆れたように声を漏らす。
その呟きをしっかりと聞いたルサールカは、更に大きく頬を膨らませた。
ハクはムクの頭から手を離し、一歩前へ進み出た。
「ルサールカ」
「何よ、もう、ほっといてよ……」
「俺の下へ就け」
ハクの申し出に、ルサールカは眼を開いてその顔を見た。
無表情なハクの顔からは何も読み取れず、ルサールカは眼を細める。
「そうすれば、国1個分、お前にお友達をやることも造作もないぞ」
指を立て、平然と言い放つハクに、ルサールカは呆気にとられる。
返事をしかねているルサールカに、ムクは一言添えることにした。
「……ヴォジャノーイも、いる、よ?」
「ヴォジャノーイが!?」
ムクの言葉に、ルサールカは大きく反応する。
ヴォジャノーイ。
ルサールカの夫であり、水の精。
今はニヴルヘイムに住んでおり、大広間に集合した魔物の1人でもある。
「どうする?」
ハクは、ルサールカに結論を急かす。
即答はせず、ルサールカはたっぷり間を取った後、笑った。
「いいわ。貴方の下についてあげる。お友達、いっぱい頂戴ね?」
「いいだろう」
ルサールカの返事に、ハクは嗤い、ムクは安心したように微笑んだ。
ムクはルサールカに手を貸し、その傷を癒す。
この時が、初めてハクが自分の力で配下を手に入れた瞬間だった。
一方で、ダユは地上目指して水中を駆けていた。
ムクの魔法により、加速したダユの体は、水を裂き進み続ける。
ウンディーネの『魂』を口に含んだことで、ダユの中にウンディーネの記憶が流れ込む。
それは、最も強くウンディーネに刻まれた記憶。
ダユが、ウンディーネを罵倒した記憶。
ダユに手を引かれ、ウンディーネは泉へと足を運んだ。
それは満月がとても綺麗な夜だった。
泉に映った月を眺め、ウンディーネは幸せそうに笑う。
だが、ダユの表情は重く、硬いものであった。
心配そうに、ウンディーネがダユへと手を伸ばす。
その時、閉ざされていたダユの口が開いた。
――お前などと、出会わなければよかった
――低俗な、精霊風情が
ダユの口から飛び出た言葉に、ウンディーネは眼を見張る。
状況を理解できずに狼狽えるウンディーネは、泉へと飲み込まれる。
ダユへと手を伸ばすも、それが届くことは無く。
ウンディーネは泉に縛りつけられた。
その時のウンディーネの感情が、波の様にダユを襲う。
胸が軋み、眼尻が熱く、呼吸が苦しい。
ダユが口にしたのは、簡単な罵倒。
だが、愛する者に放つことを考えたダユにとって、それは精一杯の罵倒であった。
自分の罪を、再度映像で見せつけられたダユは顔を歪める。
それでも、ダユは一心に泳ぎ続けた。
来た時とは異なり、ダユの体が地上へ出るのに1分もかからなかった。
「……!!」
地上へ飛びだしたダユは、即座にウンディーネへと駆け寄る。
青白い顔で、水上に横たわるウンディーネは、既に虫の息であった。
「ダユ!」
「おっそーい」
帰還したダユに気付いたヨルムンガルドとフェンリルは、手を出すことを止め、結末を見届ける。
ダユの気配に気づき、薄く眼を開けたウンディーネは、隣に座るダユに、笑いかけた。
「ダユ……」
『魂』が消えかかっていることで、存在を上書きされかけているウンディーネの体は透け、か細く、頼りなくダユの眼に映り込む。
ダユは悔しさで唇を噛む。
だが、すぐに表情を切り替え、ダユはウンディーネに優しく微笑んで見せた。
「ウンディーネ」
心の底から愛しそうに、ダユはウンディーネの名を呼ぶ。
ウンディーネもまた、心底嬉しそうに微笑んだ。
そして、ダユは、横たわるウンディーネに、優しくキスをした。
唇が触れ合い、ぬくもりが伝わる。
ウンディーネは眼を見開き、一筋の涙を流した。
ダユは、口移しにウンディーネの『魂』を返上する。
唇を離し、ダユは、ウンディーネに告げた。
「俺と、結婚してくれ」
それは、優しく、愛しく、切なく笑うダユの、ウンディーネに対する2度目のプロポーズ。
ウンディーネは、瞳いっぱいの涙を浮かべ、笑った。
「はい」
2人は幸せそうに、どちらからともなく、再度唇を重ね合った。
瞬間、ウンディーネの身体が光を放つ。
ウンディーネの胸元に2つの光が現れる。
2つの光は、ぶつかり、溶け合い、混ざり合う。
1つの光へと形を変えていくそれは、段々と見えなくなり、ウンディーネの中に消えていった。
気絶したように、ウンディーネが眼を閉じる。
数秒後、息を吹き返したウンディーネは、ゆっくりと、その瞳に光を取り戻した。
「ん……」
苦しそうに唸り、ウンディーネは重たそうに瞼を開いた。
空を見上げ、辺りを見回し、ウンディーネはダユを捉えた。
「ダユ……?」
ウンディーネはその名を口にし、事の重大さに気づいたように眼を見開いた。
手で口元を押さえ、ウンディーネは静かに涙を流す。
「ウンディーネ……」
「ダユ!!」
ダユは、愛しそうにウンディーネを見つめ、くしゃり、と笑った。
堪らず、ウンディーネは体を起こし、ダユへと抱き付いた。
「覚えてる、覚えています……!! 触れられる、貴方に、触れられる……!!」
泣きながら、ウンディーネはダユにしがみつく。
ダユもまた、力強くウンディーネの体を抱きしめた。
いつの間にか抑止力による攻撃も止み、泉にはいつもの穏やかな空気が戻っていた。
ダユは、再度結婚を申し込むことで、新たな魂を作り上げ、元の『魂』の欠けた部分を補おうとした。
それにより、抑止力はウンディーネへ手出しができなくなり、ウンディーネもまた以前の記憶を引き継いだまま存在していた。
「愛してる、ウンディーネ」
「愛しています……」
2人は一度体を離し、ダユはウンディーネの頬に手を添える。
添えられた手を、ウンディーネは両手で包み、優しく微笑む。
2人は引き寄せ合うように、唇を重ねた。




