第38話 ヨルムンガルド
本日2話目の投稿になります。
連続投稿は久しぶりです。
ハク達3人が洞窟を見つけ、探索を始めた頃。
地上では、ヨルムンガルドが人間の相手をしていた。
「こっちからだ!!」
「全員纏まっていくぞ!!」
ようやく、泉の方へ辿りついた王国騎士団の人間達の声が響く。
騒音を聞く様に、顔を歪めるヨルムンガルドは、上空を見つめる。
泉を中心に、森へ張られた結界は正常に働いており、異常は見当たらない。
そのことを確認したヨルムンガルドは、人間には眼もくれず、手に持つ駒を眺めた。
「いくぞ!」
「おぉ!!」
その間、王国騎士団は幾つかの班に固まり、統率を取る。
団長と思しき者が合図を出し、人間達が一斉に泉へ続く道へ足をかけた。
鎧から発せられる不快な音と共に結界へ触れた、その時。
王国騎士団が、一斉に消えた。
身体の一部、髪の毛だけでも結界に触れた人間は、一人残らず、その場から姿を消した。
「な、何が起こったんだ!?」
「これ……、結界か?」
「ひ、ひぃいぃぃいい!!」
味方の内、約半分が消えたことにより、人間達は統率を崩す。
不幸なことに、最初に泉へたどり着いたのは、最も練度の低い部隊であり、ヨルムンガルドの高度な結界に事前に気付くことができた者は1人もいなかった。
「じゃ、じゃあ、結界に触れた奴らは、どうなったんだ?」
慌てふためき、恐怖で右往左往する人間は、ポツリ、と疑問を漏らした。
この混乱は、別の場所でも起こっていた。
「ここ、は……?」
「あれ、俺達、さっきまで森の中に……」
エーデレスト王国郊外、ハクが滅ぼした村に、人影が多数。
ヨルムンガルドの結界に触れた者が、この場所に飛ばされていた。
腰を抜かす者もいれば、身体の無事を確かめる者もいる。
辺りを見回し、首を傾げ、次の行動を決めかねる。
この部隊は、ヨルムンガルド1人の手によって、行動不能に陥った。
「……愚かですね」
結界の中で、ヨルムンガルドが人間を眺め、そう溢した。
チェスの駒を握りしめ、ヨルムンガルドはウンディーネへと視線を移動させる。
ウンディーネは、結界の中で、身体を抱えうずくまっていた。
ひどく寒そうに、体を震わせ、青白い顔をしているウンディーネは、見るに堪えない様であった。
「食い止めるにも、限度があるのですよね」
結界は、ウンディーネが抑止力に飲み込まれるのを防いではいるが、『魂』の消費は食い止めることができない。
抑止力に精神を持っていかれなくとも、『魂』が尽きれば、ウンディーネはそこまで。
ヨルムンガルドが尽力することができるのは、抑止力を押さえることただ1つ。
他に何もしてやれない歯がゆさに、ヨルムンガルドは唇を噛んだ。
「しかし、今回は必要な場面はなさそうですね」
ウンディーネから眼を逸らし、ヨルムンガルドは再度チェスの駒へ眼を落とす。
黒のルーク。
ハクが8人の当主の役職を決める際、各自に配ったマジックアイテム。
ペアで持たされ、駒を砕けば相手の元へ転移させ、駒を地面へ落とせば相手を自分の元へ転移させるという代物。
ヨルムンガルドは、自分の相方を思い浮かべながら駒を眺めた。
ルークは、僧侶を意味し、また魔法使いを連想させる駒。
「……あの人には、合わないな」
相方とルークを比べ、その似合わなさに、ヨルムンガルドは微笑んだ。
出番がないであろう駒を仕舞い込もうと手を下ろした。
その瞬間であった。
ヨルムンガルドの体に痛みが走り、まるで鋭い刃物で切り付けられたように、無数の傷口が現れた。
「…ク、カハッ!!?」
ヨルムンガルドの体の至る所が裂け、血が噴き出す。
加えて、内臓がつぶれる様な感覚が襲い、眼がくらむ。
肺の中の空気は全て押し出され、呼吸がまともにできなかった。
立っていることさえ困難になり、ヨルムンガルドはその場に崩れる。
「魔王、様……」
その時、ヨルムンガルドは理解した。
ヨルムンガルドの結界は、透明度が高く、見破ることが困難な作りとなっている分、耐久度が低い。
一度結界を見破られれば、あとは結界を無効化されるのを待つしかない。
そして、結界に対する攻撃は、全て術者へと帰ってくる。
すなわち、ハク達の結界への攻撃が、全てヨルムンガルドへと向けられたのだ。
ハクに1つだけの注意点として伝えたのは、このことだった。
『結界を、極力傷つけない』
それを破るだけの何かが魔王の身に起きたのだ、とヨルムンガルドは理解した。
ヨルムンガルドは、地面を這い蹲りながら、必死に体を起こし、魔法を展開した。
「…ッハ、精霊よ、我の、意思に従い、て、汝の、力の、結界を!」
息を切らしながら、詠唱を唱え、ヨルムンガルドは地面を殴り付けた。
途端、身体を襲う圧迫感は消え、酸素が大量に体の中へと流れ込む。
「ガハッ!! ゲホ、ゴホ、ハァ……」
咳き込むように、ヨルムンガルドは胸を押さえ深く深呼吸をする。
自身を落ちつけようと自分の体を抱き、ヨルムンガルドは徐に人間達へと眼を向けた。
そこに広がる光景に、ヨルムンガルドは絶句する。
結界には触れず、森で待機していた王国騎士団の人間が、他の部隊を呼び寄せていた。
すでに結界が貼られていることは知れ渡っている様子。
ヨルムンガルドは、先程の傷で、瀕死に近い状態にあった。
王国騎士団は、数多の剣を構え、多数の魔法を発動させようとする。
身体が傷ついたことで、ヨルムンガルドの結界は弱まっている。
ただでさえハク達3人に加えウンディーネという負い目があるせいで、泉全体の結界へ力を回すことはできない。
今、この状況で王国騎士団の総攻撃を食らえば、ヨルムンガルドの命は、保証できなかった。
ヨルムンガルドは唇を噛み、拳を強く握った。
「……頼りたく、無かったのですが」
強く握ったその手にあるのは、1つのピース。
黒のルークはそこにある。
「背に腹は、代えられませんね」
多量の血が流れ、思考がうまく回らない。
ヨルムンガルドは、諦めたように笑い、黒のルークを天高く投げた。
投げられた駒は、宙に弧を描き、重力に従って地面へと落ちた。
「放て!!」
遠くで、人間の声が聞こえる。
ヨルムンガルドは体を起こし、地面へ落とされた駒へと手を伸ばし、渾身の力を振り絞って、彼を呼んだ。
「来い!!!」
眼を見開き、大声で、ヨルムンガルドは叫ぶ。
遠くで、魔法が展開されている。
(間に合わないか――!!)
悔しそうに、ヨルムンガルドが唇を噛んだ。
だが、次の瞬間、ヨルムンガルドの表情が一変する。
はるか上空から感じられるその熱に、自然と表情が緩んだ。
「大地と、泉に、世界を覆うその偉大なる生命に、大いなる祝福を!!」
高めのその声に反応し、泉周辺の森が大きく揺れた。
人間は周囲を見回し、結界への攻撃を止め、警戒態勢に入る。
すると、ヨルムンガルドの結界を囲うように、地面から轟音を立て、大量の木の根が生えた。
木の根は徐々に長くなり、人間達をなぎ倒して結界を囲っていく。
上空から高速で振ってくるその者は、木の根が結界を覆い切るのと同時に、ヨルムンガルドの眼前へ着地した。
「こんなことでお兄ちゃんを呼ぶなんて、まだまだだね」
ヨルムンガルドへ背を向け、彼はそう声をかける。
犬耳に大きな尻尾を生やしたその男。
フェンリルが、ヨルムンガルドを見下ろし、嗤った。
「来るのが遅い貴方に言われたくはないのですがね」
「急に呼びだしといて。ま、可愛い弟の照れ隠しとして受け取っておくよ」
ヨルムンガルドを眺め、フェンリルは意地悪く笑う。
フェンリルは自分の弟に治癒魔法をかけ、回復させていく。
魔法を使えるくらいに回復したヨルムンガルドを眺めてから、フェンリルはウンディーネへ視線を流す。
「……魔王様は、俺達の主に相応しいかい?」
「えぇ」
「俺の可愛い弟を、瀕死にさせたのに?」
唐突にフェンリルはヨルムンガルドに問う。
弟の答えに、フェンリルは一層声を低くし、眼を光らせた。
「……私も、まだ測り兼ねてはおりますが」
「だろ?」
「でも、きっと。……すぐに分かりますよ」
ヨルムンガルドは、ムクを除いた7人の当主の中で、唯一、魔法を使う前のハクに会っている。
懐かし昔を思い出すように、ヨルムンガルドは眼を細めた。
最初に出会った時、咄嗟にムクを守ろうとして、ムクの手を引いて走り去ったあの背中を思い出しながら。
「あとは、見守るしかないんです」
ヨルムンガルドは投げた駒を拾い、ウンディーネを見やる。
限界の近い彼女に、焦燥を感じるフェンリルを宥め、ヨルムンガルドは自分の主を想った。




