第3話 契約
「吸血鬼? お前が?」
「そう」
疑う青年に、少女は口を開けて鋭く尖った牙を見せつける。
上顎に2本、綺麗に生えた牙は、透き通るほど白く、まるで一度も使用したことがないかのようであった。
「吸血鬼って、龍種よりも下位の存在だろ?」
「違う。龍種よりも上。最上位の存在」
言い切って見せる少女に、青年は尚疑うように眉を顰める。
青年の態度に、少女はこの世界の『吸血鬼』についての詳細を伝えていく。
長い髪を持ち上げ、首筋に残る噛み跡を見せつけながら。
「吸血鬼は、永遠を生きる」
淡々と語っていく少女に、青年は口を挟むことなく聞き手に回る。
語り終えると同時に髪を下ろし、噛み跡を隠す少女は、青年の視線に自分の視線を合わせた。
「本当に、吸血鬼なんだな?」
「そう」
ようやく納得した青年は、少女に最終確認をする。
溜め息を吐き、その場から動こうとしない青年に、少女は更に距離を詰めて瞳を覗き込む。
「どうして逃げないの?」
「は?」
不思議そうに、少女は青年へ尋ねた。
あまりの近さに、少女から眼を逸らせない青年は僅かに顔を顰めた後、少女の肩を優しく押した。
「とりあえず近いから」
「どうして?」
話を聞かず、体を乗り出してくる少女。
青年は1度溜息を吐いた後、辺りを見回し告げた。
「どうにも、お前のそばを離れたら生きていける気がしなくてね」
青年の言葉に、釣られて少女も森へ眼を向けた。
まだ明るい昼間、にもかかわらず木々の合間からは魔物の気配がしていた。
息を殺し、こちらの様子を窺っている魔物は、決して泉の方へ立ち入ろうとはしなかった。
「襲ってこないのは、多分お前が吸血鬼だからだろうし」
「……」
一人で結論付ける青年を、否定するわけでもなく少女は何かを見極めるかのようにただ見つめていた。
青年は少女に眼を戻し、自分の着ていた、元の世界で言う『ブレザー』に当たるものを少女の肩にかけ
る。
「いい加減、何か着てくれ」
少女にとって、青年の服は大きすぎるが、体を覆い隠すには丁度いいサイズであった。
少女は青年の服に眼を落とし、言葉を紡ぐ。
「あなたは、どこから来たの?」
「さっきも言ったが、日本だ」
少女は、未だ理解しきれていない青年の本性を尋ねる。
だが、返された言葉に思い当たる土地は無い。
青年の瞳に嘘の色は無く、少女は首を傾げ、問いを重ねていく。
「そんな国、世界に存在しないはず」
「あー、この世界じゃないからな」
「世界が、違うの?」
「んー、異世界っていうか」
「言葉は、分かるの?」
「あぁ、元の世界で使ってた言葉とほとんど同じだ」
「あなたの容姿は、元と今で変わっているの?」
「いや、何一つ変わってねぇよ。残念ながら」
「……異世界、召喚?」
少女は、自分の持つ知識の中から青年の立ち位置を割り出していく。
最後に思い当たった言葉に、青年は眼を見開き少女を見下ろす。
「異世界召喚、可能なのか?」
「できる」
確認するように問う青年に、少女ははっきりと断言して見せる。
その返しに青年は合点がいったように項垂れた。
「どうりで、何も変わってねぇわけだ」
溜め息を吐き、頭をかく青年を、少女は何もせず凝視する。
ふと、顔を上げた青年は、少女の表情に注目し、突然その柔らかい頬に触れた。
「お前、笑ったりしないの?」
「はなひへ」
挟むように頬を掴まれ、少女は喋りずらそうに声を上げた。
すぐに手を離した青年は、少女の顔を見つめ続け、自分の指で自分の口角を上げて見せた。
「ほら、こうやって。にー」
「にー?」
青年の真似をして、少女も自分の口角を自分の指を使って無理やりあげて見せる。
しかし、補助付きであるというのに全く変わらない少女の表情に、青年は手を下ろさせる。
「俺が悪かった」
失礼な発言にも気を悪くすることなく、少女は青年を受け入れる。
あまりにも起伏の無い少女に、青年は不安を抱え始める。
「お前、感情とか、ある?」
「多分、ない」
憶測でも言い切った少女に、青年は口をつぐみ、二人の間に沈黙が流れる。
考え込む青年は、恐る恐る少女に尋ねた。
「月並みだけど、心は?」
「同じく、ない?」
疑問形がついたが、やはり否定しているという事実に、青年は絶望したような表情をした。
「表情、変わりやすい?」
「俺はな! お前が変わらなすぎる!!」
地面に拳を叩き付け、オーバーリアクションで答える青年にさえも、少女は何も変わらない。
青年は、強く拳を握った後、何かを決意したように少女を睨み、叫んだ。
「なら、俺がお前に心を教えてやる!」
「私、に……?」
青年には、自分の発言か声量か、どちらかに反応した少女が僅かに眼を見開いたように見えた。
少女の肩に手を置き、青年は続ける。
「俺はこの世界の事をよく知らないから、お前が俺に教える。どうだ?」
「別に、構わない」
青年の言葉だけを受け取り、首を傾げながら、少女は同意する。
少女の反応に、青年は小さくガッツポーズをとり、少女に笑って見せる。
「なら、契約成立だ」
「……」
少女にとって、青年の笑顔は太陽よりも眩しいものであった。
青年は徐に立ち上がり、少女へと手を伸ばした。
「お前、名前は?」
「『ムク』」
少女は、ゆっくりと手を伸ばし、青年の手を取る。
その小さな手を掴み、青年は少女を勢い良く立ち上がらせる。
「俺は、『ハク』だ。よろしくな、ムク!」
青年は、再度少女に向けて笑って見せる。
憂いを帯びていた少女の瞳には、明るく、愛おしい程温かい物が映っていた。
「よろしく、ハク」