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第36話 ルサールカ


「そこにいる、元魔王様の魂となら、交換してあげる」


 ルサールカは、下卑た笑みでムクを見つめる。

 その解に、ムクは眼を開き、ハクは敵意をむき出しにした。

 吸血鬼は不死身の存在。

 だが、それは心臓の数による能力であって、魂による効果ではない。

 最強の吸血鬼であるムクでも、魂を抜かれればその身体は死に至る。

 それを理解しているハクはムクの肩を抱き、自分の元へ引き寄せる。

 『我のものだ』と主張するその行動に、ルサールカは僅かに機嫌を傾けた。


「じゃあ、これはこのまま天に返さなきゃ」


 ウンディーネの壺に寄り掛かり、ルサールカは言い放つ。

 悪戯に壺を傾け、中身を溢そうとする。

 ルサールカの悪戯に、ダユは眉間に皺をよせ、すかさず短刀を投げた。

 どこからともなく取り出されたその短刀はルサールカの頬を掠り、背後に置かれた小ぶりな壺に突き刺

さる。


「……魂をよこせというのなら、俺のをやろう。ウンディーネを、渡せ!!」


 ダユはその声色を強め、ルサールカにすごむ。

 自分の頬を伝う血液に、ルサールカは動揺し、小ぶりの壺から漏れ出す魂に、発狂した。


「あ、あぁあ、ああぁぁぁああぁああああ!!!!」


 頭を抱え、よろめくルサールカは、血の涙を流し、割れた壺へと歩み寄る。

 素早い手つきで壺の中から魂を取り出し、代えの器に魂を保管する。

 漏れ出した魂は僅かで、器の中にはまだ丈夫な魂が漂っていた。

 その様子を見て、徐々に冷静さを取り戻したルサールカは、3人の方へ振り向き、ダユを睨んだ。


「なんてこと、してくれるのよ! 私の大切なお友達を、勝手に傷つけるなんて!! 貴方の魂なんかい0らないわ!! それに、先にウンディーネを捨てたのは貴方じゃない!! 今更取り返そうったって、もう遅いんだから!!」


 ルサールカの言葉には感情が乗り、その態度は落ち着きを払っていた。

 頭では冷静さを取り戻しているが、その心は取り乱したまま。

 ルサールカを眺め、ハクはその姿を鼻で笑った。


「あわれだな」

「……なんですって?」


 ハクは遠慮も無しに自分の感想を発した。

 その言葉に、ピクリ、と肩を震わせ、ルサールカはハクを見る。

 綺麗な髪を逆立て、豹変していくルサールカに眼もくれず。

 ハクはムクへと問うた。


「ムク、アレが何を感じているか、分かるか? 何を思ってウンディーネの『魂』に執着するか、何を思

ってこの場にある魂を失うまいと振る舞っているか、分かるか?」


 唐突に質問を投げかけられたムクは、一度洞窟内を見回し、ルサールカの姿を眺めた。

 ハクは答えを急かすこともせず。

 ダユは短刀を構え、警戒を怠らず。

 ルサールカは、2人のやり取りに、身構えた。

 ムクは、ルサールカを真っ直ぐに見つめ、口を開く。

 ハクは、わざとムクの口から言わせた。


「……寂しい?」

「――」


 ムクは、首を捻って言葉を紡ぐ。

 幼気な少女から発されたその言葉に、ルサールカは声を詰まらせた。

 魔族間でムクは『心を持たない魔王』として有名であった。

 ただでさえ、地位の高い吸血鬼。

 そんな存在に、見ないようにしてきた心の底を見破られ、ルサールカは屈辱と嫌悪に苛まれる。


「よくわかったな」

「ん」


 ハクは、正解を導き出したムクの頭を優しく撫でる。

 嬉しそうに眼を瞑り、ムクはハクの手を受け入れる。

 ハクの手に自分の手を添え、ムクはルサールカを見る。

 俯き、拳を震わせる彼女を見て、ムクは僅かに顔を歪める。

 ムクの心には靄がかかり、胸が痛む。

 ニヴルヘイムでハクを見た時に感じた違和感とはまた違ったそれに、ムクは強くハクの手を握った。


「……違う」


 ルサールカは、ポツリ、と声を漏らす。

 震える自分の手を眺め、ルサールカは怯えたように肩を竦めた。


「違う、違う、違う、違、う。そんなんじゃ、ない。私は、寂しくなんて、そんな、こと」


 身体を支えられなくなり、ふらつき始めたルサールカは、ウンディーネの壺に寄り掛かる。

 独り言をつぶやきながら、ルサールカは、ふとウンディーネの壺へと視線を送った。


「ウンディーネ様……」


 震える手で壺を抱き、ルサールカは落ち着きを求める。

 壺に額を寄せ、俯くルサールカは、思い出すように、気持ちを落ち着けるように言葉を吐き出していく。


「ウンディーネ様は、こんな私に、毎日のように、話しかけてくれて。同じような服を着ていても怒らず、褒めてくれて。私の髪を、褒めてくれて。毎日、毎日、会いに来てくれて。私のお友達を見ても、批判しないで、くれて。すこし、困った顔を、見せただけで。ウンディーネ様がいたから、私、寂しくなんて、なかったのに。なのに、貴方が、ダユが、ウンディーネ様を捨てたから。ウンディーネ様の魂は、天に返さなくちゃ、ならなくて。だから、だから、だからだからだから」


 怯えた声で吐き出される言葉の数々に、ムクは悲しそうに唇を噛んだ。

 ダユは、短刀を握る力を更に強くし、ルサールカを睨む。

 一度、言葉を切ったルサールカは、最後に自分の本音を紡いだ。


「だから、せめて、私が、ウンディーネ様の最後を、看取りたくて」


 一層か細い声で呟かれたそれは、ルサールカの本心。

 彼女は、寂しさを指摘された程度で震えるほど、か細い存在。

 若くして死んだ悲しさや寂しさが集まって作られたルサールカは、本心を探るのでさえ1人では不可能な、不器用さを持ち合わせていた。

 本心を吐きだし、立ち上がったルサールカは、その金の瞳を光らせた。


「……なのに、いきなり現れたダユが、ウンディーネ様を返せだなんて。身勝手だわ。ウンディーネ様は、毎日泣いていたのに。壺から漏れる声を、私は毎日聞いていたわ。ずっと、ずっと、飽きもせず泣いていたわ。悲しくて、辛くて、苦しくて。ウンディーネ様は泣いていたわ。だから、私は、ウンディーネ様を、こんな男に渡したりなんてしない!!」


 突如、ルサールカは髪を振り乱し、ダユへと襲い掛かった。

 間髪入れず、ダユは短刀を投げるが、ルサールカの髪に振り払われ、無意味に終わる。


「……っ」

「絶対に、許さない!!!」


 ルサールカは、ダユの首元へ噛み付こうと飛び掛かる。

 持ち前の反射神経でルサールカを軽々と躱したダユは、ハクの前へと着地する。

 美しかった少女は、獣に豹変し、地べたへ這い蹲る。


「ダユ、ダユ、ダユ!!」


 ただ、ダユへの恨みで動く彼女に、もはや言葉は通じない。

 息を荒げ、眼を光らせ、髪を逆立てる。

 精霊としての気高さも、優雅さも見当たらず。

 ルサールカには、ただ、『ウンディーネ様への愛』だけが残っていた。


「さぁ、波よ。彼らに、制裁を」

「主!」


 その時、ルサールカが魔法を発動させた。

 ルサールカを起点に発生した荒波は、真っ直ぐ3人の方へと向かってくる。

 咄嗟に、ダユは後ろを振り返り、避難させようと試みる。

 しかし、ハクはその場から動かず、真っ直ぐにその波を見つめた。


「主!!」

「……波よ。我らの前に、その道を」


 ダユがハクに向かって叫んだ時、ハクもまた魔法を発動させた。

 途端、ハクの前から、水が消えた。

 正確には、水が割れ、岩肌が露わになった。

 ルサールカの魔法によって発動した荒波もまた分割され、壺をなぎ倒していく。

 一瞬だけ、現れた岩肌は、即座に水の中へと消えていく。

 もとに戻った水を眺めながら、ハクは感触を確かめる。


「水属性、使えたの?」

「ウンディーネには許可を取っているようなものだ。そうでないなら地上に戻った時に取ればいい」


 ハクは、厳密には、ウンディーネに許可を取ってはいない。

 にもかかわらず、ハクが水属性の魔法を使えたのは、ウンディーネの加護を受けていることが要因であった。

 魔法を無断で使った場合、その威力は半減する。

 炎属性の魔法を使い、この法則を理解していたハクは、ルサールカの魔法を受け止めるのではなく、受け流すことにで身を防いだ。

 余裕の表情で自分の魔法を躱されたことにより、ルサールカは強く歯噛みする。


「ダユ」

「ここに」


 ハクは、ダユの名を呼び、尋ねた。


「ルサールカを退けるにあたって、何か案はあるか?」

「……壺を奪う、くらいしか」

「愚兎め」


 ダユは本来、暗殺要因であり、戦闘には向かない。

 加えて洞窟内は開けており、身を隠す場所がなかった。

 仮に壺を奪い洞窟の外へ走ったとしても、ルサールカが洞窟外でも行動が可能な場合、勝ち目がなかった。

 ルサールカに、明言されている弱点は無く、今の状態は手詰まりに近かった。


「1つ、賭けに出るか」

「ハク?」


 ルサールカから放たれる魔法を躱しながら、ハクは呟く。

 不穏な空気に、ムクは不安そうにハクを見上げた。


「ダユ、ムク。多少危険な橋ではあるが、何処まで命を投げ出せる?」


 3人は一度ばらけてもすぐに固まり、そばを離れぬ様、行動する。

 ハクの問いに、ダユは即座に言葉を返す。


「主、いや、ウンディーネの為であれば、このすべて、差し出そう」

「……投げないけど、ハクになら、任せる」


 ムクもまた、自我の籠った言葉を返した。

 2人はハクの言葉を一部改編し、そのまま返しはしなかった。

 それを聞き、ハクはニヤリ、と口角を上げる。


「良いぞ。それでこそだ」


 3人は小さな反撃を返しつつ、ハクの案を飲み込んでいく。

 ルサールカには悟られぬ様、魔法を発動した瞬間の騒音に乗せて意思疎通を繰り返す。

 何度かの攻防を繰り返した頃、ようやく全員に伝わったハクの案に、ダユは冷や汗をかく。


「それって、俺次第だったりします?」

「戯け。我の護衛であれば、それくらい歌いながらこなすくらいの余裕を持て」

「スパルタかな……?」


 ダユは不満を漏らし、ハクが瞬時に却下する。

 覚悟を決める様に、ダユは無理やり口角を上げ、嗤って見せる。


「主のお心のままに」

「私は、いつでも」


 2人の用意ができたことを確認し、ハクはムクを抱きかかえる。

 ダユもまたハクとムクの前に立ち、ルサールカと対峙する。


「ムク」

「うん」

「ダユ、ダユゥゥゥ!!!」


 ルサールカは、目の前に立つダユを睨み、魔法を展開していく。

 それに合わせて、ハクはムクへと合図を出した。

 ムクは即座に魔法を解除する。


「なっ!?」


 洞窟に入る前、ムクが発動した光属性の魔法を解除することで、洞窟は暗闇に覆われる。

 普段、暗闇で過ごすルサールカといえど、光の中である程度活動すれば、暗闇に対応できなくなる。


「行くぞ」


 怯える様に辺りを見回すルサールカは、魔法を発動できなくなる。

 その隙を突き、3人は作戦を開始した。




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