第33話 目的
「着きましたよ」
「あぁ」
ハクは、ムクの手を引き、ヨルムンガルドの上から降りた。
たどり着いたのは、いつかの果樹園。
太陽に照らされ葡萄の光るその場所に、ハク、ムク、ダユ、ヨルムンガルドの4人があった。
「ムスペルヘイムに行くんじゃないのか?」
「能無しは黙っていてもらえますか?」
「兎の方が、脳味噌多いんじゃね?」
「寝言は寝て言え」
ダユは、目的の炎属性を司る精霊がいる地ではなく、人間界に来たことに疑問を漏らす。
すかさず、ヨルムンガルドはダユへと噛み付いた。
ダユは嗤い、ヨルムンガルドは皺を深く刻む。
「炎を司る精霊は、ここにいるのか?」
「いえ、サラマンダーはムスペルヘイムにおります。ここには、別件で赴きました」
サラマンダー。
ウンディーネの弟にして、属性・炎を司る精霊。
灼熱の地、ムスペルヘイムに住み、最強の炎属性精霊と謳われる存在。
ハクがサラマンダーの許可無しに魔法を使ったため、至急挨拶へと赴かなければならなかった。
だが、ヨルムンガルドが3人を連れてきたのは、ムスペルヘイムとは真逆の人間界。
「ここには、ウンディーネに会いに来ました」
「……ウンディーネ?」
ヨルムンガルドが口にした名に、3人は静かに反応した。
ムクは、ウンディーネの縛られた泉の方角へ視線を送る。
ムクにとって、ウンディーネは何よりの気がかりであった。
ただ1つ、命令だけを残して置いて来た親友。
入口を閉ざしたウンディーネの、その在り方が気がかりであった。
「歩きながら、説明いたします」
ヨルムンガルドは、すぐに説明せず、泉へと向けて歩き出した。
ハクは、ヨルムンガルドの背中を睨み、黙って後を追う。
ムクもまたヨルムンガルドの後を追うが、ダユだけは動かなかった。
「ウンディーネ……」
ダユは、愛しの名を喘ぐように呟く。
自分が縛りつけた、苦しめた、裏切った相手。
ダユは、ウンディーネの泣き声を鮮明に思い出す。
――今更、何の用ですか
――分かってるくせに!! なんで! 今更……!!
――貴方に、会いたい!!
そのどれもが、ウンディーネの心からの叫び。
冷たくて、震えて、泣いているウンディーネの心。
ダユにとって、それは眼を逸らしたい現実だった。
自分の過ちは、己を砕く。
決して主人には見せぬ様、表情には出さないまま、ダユは苦しんだ。
ダユは拳を強く握り、出血するほど乱暴に唇を噛む。
俯き、足を踏み出さないダユは、前を歩く3人からおいて行かれた。
「ダユ」
その時、1つの声がダユを呼んだ。
「置いていきますよ」
ヨルムンガルドだけが振り返り、ダユの名を呼んだ。
ダユは、驚愕で顔を上げ、ヨルムンガルドを見つめる。
護衛役を鼻で笑い、ヨルムンガルドはすぐに前を向く。
決して、足を止めたわけではない。
それでも、ヨルムンガルドは、憎まれ口をたたきながらも、ダユの憂いを晴らした。
「……蛇って、面倒だねぇ」
「うるさい兎がいますが、処分いたしますか?」
「そうだな、丸焼きがいい」
「主!?」
ダユは、ヨルムンガルドへ向けた感謝を、嫌味で返す。
するとヨルムンガルドは喧嘩を買うように、言葉を繋いだ。
ハクもまた、2人の会話へ混じり、言葉を紡ぐ。
「いくぞ、ダユ」
「はやく」
「もたもたしないでくださいよ、兎のくせに」
3人は、振り返らず、歩みを止めず。
ただ声だけを後ろに投げ、ダユの前から遠のいていく。
ダユは、一瞬ウンディーネと瓜二つに微笑み、そして嗤った。
「やっぱり、蛇は蒲焼きがいいよな」
「ヨルムンガルドの、蒲焼き……」
「ムク様!?」
ダユは、3人にゆっくりと歩み寄り、ヨルムンガルドにお返しを食らわせる。
今度はムクがその言葉に反応し、無表情のままヨルムンガルドの体を眺めた。
「食いたいのか?」
「少し」
「ムスペルヘイムに行ったら、サラマンダーに作らせるか」
「魔王様まで!?」
ハクは、隣を歩くムクを見下ろし、尋ねた。
ムクは1つ頷きながら答えた。
素直に答えるムクに、ハクは愛しさを感じながら、ヨルムンガルドを眺めた。
3人の様子に、ヨルムンガルドは悪寒に襲われ、自分の体を庇うように腕を回した。
ムクは微笑み、ダユは嗤い、ハクはムクを眺め、ヨルムンガルドは恐怖で警戒心を強める。
強い魔力を放ちながら歩く4人を、森は静かに眺めていた。
森の木々からは、4人の姿がとても楽しそうに見えた。
「……説明に移っても、よろしいですか?」
ヨルムンガルドが、咳払いをし、声を上げた。
先程の会話はすでに終わっており、いつ説明を開始してもいい状況だった。
「いいだろう」
ヨルムンガルドは、わざわざハクに許可を取り、説明を始める。
その行動は、彼の忠誠の現れであった。
「今回、サラマンダーより先にウンディーネの元へ出向くのは……」
「ていうか、今更だけど、魔王が徒歩っておかしくね?」
「……子兎風情がよく鳴きますね」
ヨルムンガルドの言葉を遮り、ダユが首を捻った。
話の腰を折られたヨルムンガルドは、眉間に皺をよせ、怒りをあらわにし、肩を震わせる。
普通、魔王の外出となれば、地上は馬車、水中は海獣種、空中は飛行魔法が主流であった。
そのため、魔王が徒歩で移動するなど、まずあり得る行為ではなく、むしろ今まで疑問が飛び交わなかった方が不思議なくらいであった。
「レヴァナントから報告があった通り、今エーデレスト王国は魔獣の森に最大限の警戒をしています。冒険者ではなく、王国騎士団が見張りをし、森を歩き回っている。そんな中、乗り物を使った移動は、自分の場所をわざわざ宣言するようなもの。魔王様、ご理解いただけますでしょうか?」
ヨルムンガルドは、ダユの疑問を、ハクに対して回答する。
一度、自身へ視線を送った秘書に、ハクは肩を竦めた。
「そもそも、我は徒歩での移動を反対してはいない」
「恐れ入ります」
「俺も、反対はしてねぇけど?」
「子兎と魔王様では格が違う」
ダユに悪態をつくことを忘れず、ヨルムンガルドは微笑む。
口を開くたびに散々な扱いを受けるダユは、口を閉ざし、ついでに気配も消した。
「話を戻します。今回、ウンディーネの元へ行くのは、先に彼女の許可を得る為です。すでに周知の中ですから、許可を得るのは容易いでしょう。それに、魔王様が炎属性の魔法を使えたのは、恐らく彼女が肩代わりで許可を下ろしたのが原因でしょう」
精霊の兄妹は、精神の結びつきがとても強い。
精霊の中には魂を持たぬ者も多く、兄妹は体が分裂してできる。
そのため、元が1つの体であるウンディーネら兄妹は、兄妹間で役割をシェアすることもできた。
しかし、全ての行動を肩代わりできるわけではなく、精々、魔法使用の許可を代わりに出すくらいであった。
今回、ムクはウンディーネに複数の命令をしていた。
その中に、許可の肩代わりを意味する内容があったとしてもおかしくない。
「サラマンダーは、己が主と認めた者にしか許可を出しません。ですから、肩代わりした本人であるウンディーネに協力を依頼すれば、少しはサラマンダ―を説得しやすくなるでしょう」
ヨルムンガルドは、泉につながる道を開ける為、一度足を止めた。
今も泉への道は閉ざされており、限られた者しかその先に進む事はできない。
ヨルムンガルドは、平行世界を行き来する能力を持っており、その応用で、様々な結界を破ることができた。
「ダユ」
手さぐりに、林の中へ手を伸ばし、ヨルムンガルドは見えないダユへと声をかけた。
「私はまだ、あなたが護衛役を務めることを認めてはいません。ですから……」
ヨルムンガルドは泉への道を見つけ出し、手を伸ばした。
扉を開ける様に、軽く手首を捻り、ゆっくりと空間を押す。
「今日、私の目の前でウンディーネを解放して見せなさい。それが、私の出す条件です」
ヨルムンガルドが扉を開けたその先、そこに、懐かしいあの泉が見えた。
ウンディーネのいる、あの泉。
ムクと出会った、あの泉。
眩しい程に光が射しこむその泉の縁に、ウンディーネが座っていた。
「……? 誰か、」
「ウンディーネ……!!」
泉の入り口が開いたことに気付いたウンディーネは、4人のいる方へ振り返る。
ウンディーネの姿を捉えたムクは、堪らず彼女に抱き付いた。
バランスを崩しながら、ウンディーネはムクの体を抱きとめた。
「ムク様!?」
ムクは嬉しそうに微笑み、眼尻に涙を浮かべる。
ウンディーネは、驚愕で眼を見開き、やがて安堵の涙を流す。
「ムク様……!!」
「ウンディーネ」
ウンディーネはムクの体を強く抱きしめる。
彼女に答えるように、ムクはウンディーネに顔を寄せた。
「ご無事で……」
一度、ウンディーネはムクから体を離す。
ウンディーネは、ムクの顔を眺め、優しく微笑んだ。
ムクの安否を確かめる様に、ウンディーネはムクを優しく撫で、溜め息を吐く。
「うん、ハクが助けてくれた」
「ハク様に……?」
ムクの言葉に、ウンディーネは強い気配を感じる方へ顔を向けた。
黒い軍服を身に纏ったハク、人型をとったヨルムンガルドがそこにいた。
雰囲気が180度変わったハクの姿を見て、ウンディーネは悲しそうに顔を歪めた。
「久しいな、ウンディーネ」
ハクは、ゆっくりとウンディーネに近づいていく。
ヨルムンガルドはハクの後に続き、ウンディーネムクから離れ、跪いた。
「……お久しゅうございます、我らが主」
ドレスの裾をつまみ、ウンディーネは丁寧にお辞儀する。
それは以前までの、友人としての接し方ではなく、主従としての接し方だった。
ウンディーネの態度に、ハクは僅かに眼を細めた。
「お久しぶりです、ウンディーネ」
「本当にお久ぶりですね。ヨルムンガルド」
ヨルムンガルドが、ハクの一歩後ろからウンディーネへ挨拶をする。
一転して優しく微笑むウンディーネの裾を、ムクが優しく引っ張った。
「もう1人」
「え?」
ムクは森の方へと指を指した。
ハクとヨルムンガルドもそちらへ向き、ダユを待つ。
ウンディーネは目を凝らし、その存在を見つけ出す。
「貴方は……」
観念したように溜め息を吐き、気配遮断を止め、ウンディーネの前へ歩み出た。
太陽の光に照らされ、ダユの姿が浮かび上がる。
白いウンディーネとは対照的に、黒さが目立つダユ。
躊躇いがちに俯き、威勢を張る様に、嗤った。
「約束、守りに来たぞ。……ウンディーネ」




