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第32話 その男

文章及びストーリ評価、ブックマークを付けてくださった方々、本作をアクセスしてくださった方々、本当にありがとうございます。

増える数字を眺めるのを楽しみに本作を書いています。



「貴様は……」


 ハクは、自分の目の前に現れた男を見やる。

 その姿は紛れもなく、ハクがブラックドッグと遭遇した時に、間に割って入った男。

 ハクは、眼を細め、その男に話しかけようとした。

 しかし、僅かに開いた口は、当主達の怒声によって塞がれる。


「お前、今更どの面下げて俺達の前に姿現しやがった!!」

「引け。貴様に、陛下の護衛など、務まるはずがなかろう」


 真っ先に声を上げたのは、レヴァナントとルシファ―。

 2人は、殺気を隠そうともせず、自身の武器に手をかける。

 他の当主も同様に、男への反発をあらわにする。


「この地を去るがいい。……ダユ!!」

「ダユ?」


 ヨルムンガルドは、魔法陣を展開しながら、その男の名を叫んだ。

 叫ばれた男の名に、ハクは僅かに肩を震わせ、ムクは俯いた。

 ダユとは、ムクが口にすることを許さなかった名であり、ウンディーネの、夫。

 ウンディーネが泉に縛られる原因となった男であり、ウンディーネが最初に助けを求めた男。

 自分の真名を呼ばれたその男は、口角を釣り上げ、笑った。


「おいおい、随分な言い草だな。……今まで、呑気に魔王様を見張っていた当主様方なら、俺が何をしてきたか、分かっているだろう?」

「……っ」

「感謝くらい、されてもいいはずだぜ」


 ダユは、肩を竦め、わざとらしく語った後、7人の当主を冷たく見下ろした。

 ダユの言葉に、レヴァナントは歯噛みし、ミカエルは眼を逸らす。

 ただ、酒呑童子だけが、冷静にダユを見つめていた。

 当主を黙らせた後、ダユは王座の正面へ移動し、ハクとムクへ向け跪いた。


「お久しぶりでございます、お二方。不遜ながらこのダユ、貴方様の護衛の任を承りたいと考え、参上した次第でございます」


 紅いダユの瞳は、ハクを貫き、ムクを歪ませる。

 ハクは、隣で俯くムクの肩を抱きながら、ダユを嘲笑した。


「……随分と、悪趣味な奴だ」

「褒め言葉ですか?」


 ハクの嗤いを受け、ダユは悪戯に言葉を返す。


「認識遮断など、俺にとってはただの呼吸のようなもの。見事な物だったでしょう?」

「あぁ、虫唾が走る程にな」


 人型のダユを目の前にした途端、ムクはハクの袖を掴んだ。

 ダユは、『自分が何をしてきたか』当主は理解しているという。

 当主達はそれを否定せず、むしろ肯定ともとれる沈黙で場を満たした。

 それは即ち、今までも、ダユがハクとムクのそばにいたという事。


 ハクは一度、ムクの幻覚を見ている。

 それも、ウンディーネの泉まで導いた後、跡形も、魔力の痕跡さえも残さず消える幻覚。

 神経がすり減り、疲弊していたとはいえ、ハクをだます程完璧なムクの幻覚。

 それは、ハクとムクに、最初から共に寄り添っていた存在にのみ可能な行動。

 2人に頻繁に接触していたのは、ウンディーネ。

 しかし、ウンディーネは泉から出ることはできず、ハクに幻覚を見せた素振りもない。

 そこから消去法で導き出される、もう一匹の存在。

 2人が出会った日、罠から逃がし、家の中へ招き入れた、子兎。

 白く、紅い眼をした子兎、キャンバス。


 キャンバスは、兎にしては不可解な点が多かった。

 留守番を任命されても、たびたび家の外へ出ていること。

 子兎では、決して自力で扉を開けることはできない。

 加えて、前後左右、長さの異なる足。

 伝承上の『ダユ』と特徴が通ずる。

 そして、ダユは『紅い眼』。

 キャンバスもまた、綺麗な『紅い眼』をしていた。

 だが、ムクはキャンバスが子兎以外の魔物である可能性は否定していた。

 しかしムクは今、ダユを目の前にして、ハクに縋り付いている。

 ムクに、先代魔王に微塵も自信を悟らせない程に高度な認識阻害。

 ハクに、現魔王に本物だと信じて疑わせない程に高度な幻覚。


(キャンバスこそが、ダユ本人……!!)


 ハクは、目の前で笑うダユを見下ろし、そう断じた。


「使いどころ、たくさんあるだろ?」


 ハクの断じた結論は、間違っていない。

 それどころか、完璧な正答であった。

 だが、問題は、ダユが有益か否かにあった。


「ダユ」

「はい」

「認識阻害の範囲は」

「俺がやろうと思えばどこまでも」


 ――ムクへの無礼に関して眼を瞑れば、有益


「他者へ、かけることは」

「できる」

「何人までだ」

「精々、3人」


 ――有益


「気配遮断は」

「心臓に等しい」


 ――有益


「幻覚の精度は」

「現実に等しく」

「範囲は」

「王国を狂わそう」


 ――有益


「お」

「できる、してみせよう。……必ず」


 ハクは、ダユの力量を推し量る様に、問いを投げかけ、そのたびに有益か否か、判断していく。

 ダユは、間髪入れず答え続ける。

 ハクがダユの大体の能力を把握し始めた時、趣向を変えた言葉を投げかけようとした。

 しかし、ダユは、ハクの7つ目の問いを遮り、断言して見せた。

 数秒、ハクとダユは、視線を交わらせ、その瞳の奥を覗き込む。

 ダユの瞳は強く炎が灯り、真っ直ぐ、揺らぐことが無かった。

 偽りはない、と判断した時、ハクはダユへ嗤った。


「……先読み、か。まるで忍者だな」


 ――有益


 ムクにも聞こえぬほど小さな声で、ハクは言葉を漏らした。

 ハクは、ダユへ最後の判決を下す。


「いいだろう。貴様を、我の護衛役に任命してくれる」

「……御意」

「魔王様!!」


 ハクは頬杖を突き、自身の前で跪くダユを見下ろしながら、言い放った。

 晴れて役職付きとなったダユは、真剣な顔つきでハクへの忠誠を誓う。

 魔王の決断に、当主達は悲鳴を上げた。


「無益な存在ではない、と断じたまで。我の前で、その忠誠を曲げてみろ。即刻、貴様の首を切り落とす」

「肝に銘じましょう」


 ハクは、つま先をダユの首へ向け、忠誠の重みを増幅させる。

 しかし、ダユは怖気づくことなく、ハクへ微笑んで見せた。

 ダユを鼻で笑ったハクは、当主達へと視線を戻し、問うた。


「異論は?」

「……何故、ダユなのです」

「貴様も、理解しているのだろう? 人間界で、我たちを護衛していたのは他でもないダユだ。であれば、他に適任などいるはずがない」


 誰もが沈黙する中、ヨルムンガルドは口を開いた。

 下手を打てば己の首が飛ぶ状況で、ヨルムンガルドだけは異論を、疑問を述べた。

 その行動を評価し、ハクはヨルムンガルドの疑問に答える。


「過去に何をしでかそうと、我はその力量を掬い取りたい。魔物であれば、手を汚すことでしか生きられぬ境遇のものも少なくはないだろう。だからこそ、我は、これを護衛として使う」


 ハクは、跪くダユを見下ろし、自分の方針を述べた。

 ヨルムンガルドは顔を顰めはしたものの、それ以上、疑問を投げかけることはしなかった。


「……さて」


 ダユを自分の前から退かせ、ムクを落ち着かせたハクは、仕切り直すように声を発した。

 当主達の間には、未だしこりがとれぬように、沈黙が満ちていた。


「貴様らにも、役職を与えねばなるまいな?」

「「「!?」」」


 瞬間、当主達に緊張が走る。

 ハクは、チェスの駒へと手を伸ばしながら、嗤った。


    ***


 会議を終え、大広間から7人の当主が去った。

 ただ広いだけのその空間には、ハクとムクだけが取り残されていた。


「ムク」

「……」


 ムクは、ただ俯いていた。

 ハクの呼び声にも反応することなく、俯いていた。

 その白く美しい髪を撫でながら、ハクはムクを呼び続けた。


「ムク」

「……」

「ムク」

「……」

「ムク」

「……」

「ム、」

「ハク」


 何度目の呼び声か。

 ハクの声を遮る様に、ムクが名を呼んだ。

 ハクは、ぴたり、と口を閉ざし、ムクを見下ろす。

 ムクは相変わらず俯いたままで、ハクの顔を見ようとしなかった。

 それはまるで、気付きたくなかった現実から眼を背けているようで。

 ハクの眼には、ムクの姿が痛々しく映った。

 ハクとムクの間には、ほとんど物理的距離は無い。

 にもかかわらず、ハクには、無限に空間が置かれているように感じられた。

 ハクには、何故ムクが俯いているのかが、理解できなかった。


(我は、魔王になった。もう、ムクに守ってもらう必要はない。なのに、どうしてムクは、そんなに悲し

そうに俯いている……?)


 相変わらず、ムクは顔を挙げない。

 ハクは、悩んだ末に、今度は優しく、ムクの名を呼び、頭を撫でた。


「ムク」


 優しい声色、優しい手つき、優しい温度。

 もはや懐かしさすら感じるそれに、ムクは堪らず顔を上げた。


「ハ、……ッ!」


 ムクは、視線を上げ、顔を上げ、ハクの顔を見た。

 ハクは、『笑っていた』。

 会議中にも、ハクは何度か『嗤っていた』。

 だが、その笑みは、ムクの知るものではなく、酷く歪んで見えた。

 その笑みに温かさは無く、その手に温かみは無く、その声は温かには響かない。


「どうした? ムク。我は、魔王になった。もう、ムクに守られる必要もない。もう、ムクを傷つけることもない。ほら、笑ってくれ。我に、我だけに、笑ってくれ」


 ハクは、ムクの小さな頭を撫でていた手を、ムクの柔らかな頬へ移動させ、その感触を確かめる。


「何故なら」


 ムクは、歪んだハクから眼を離すことができず、ただ硬直していた。


「我達は、2人で『魔王様』なんだ」


 ハクは、ムクへ向け、優しく嗤った。

 その笑みに、ムクの背筋は凍りつく。

 もう、元のハクはいない。

 もう、優しく笑ってくれない。

 もう、優しく名を呼んではくれない。

 もう、温かな手で撫でてはくれない。


「一緒に、人類を、殲滅するぞ」


 もう、二度と、


「我が、ムクを傷つける全てを、壊してやろう」


 純粋に、愛してはくれない。

 ムクは、傷つき歪み捻じれたハクを見つめる。

 壊れ物を扱うように、ハクは『優しく』ムクを抱きしめる。

 ハクは、腕の中にムクがいるという事実に、幸福感に包まれる。

 ムクは、自分がいる腕の中は元のハクのものではないということに、絶望感に苛まれる。

 ハクに抱かれ、ムクは人知れず、一筋の涙を流した。

 その涙にすら、ハクは気付くことは無く。

 ただ、嗤う。


「あぁ、我の可愛い(いとしい)ムク」




ハクの口調から、無理してる感がありましたら作戦通りです(`・ω・´)キリッ


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