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第31話 戦略会議


「人間界は、5つの王国によって統制されております」


 ヨルムンガルドが、地図を指しながら人間界について説明していく。

 ハクは、ヨルムンガルドの説明を聞きながら、チェスの駒を弄んでいた。


「その内の1つが、魔王様が1ヵ月を過ごしたエーデレスト王国。5つの国の中でも魔術に特化した王国です。まぁ、中堅と言ったところでしょうか?」

「その国なら、今大変なことになってるぜ」


 ヨルムンガルドは、一応、と言葉を選びながら解説していく。

 解説を聞いて、レヴァナントが嗤いながら口を開いた。


「魔王様が殺った後始末しようと思ってな、俺の配下を何人か送ったら、すでに国のモンが集まっててよ。そりゃもう大騒ぎよ。国が感づく隙もなく村を、冒険者を根こそぎ狩られて、犯人の手掛かりだってありゃしない。国民は見えない脅威に怯え、老人共は責任を誰に押し付けるかでもうお手上げ状態だ」


 レヴァナントは、心の底から人間を嘲笑う。

 肩を竦め、下卑た嗤いを浮かべながら、ハクに現状を報告した。


「因みに、配下を送ったのはいつの事ですか?」

「1時間後、魔王様が村を壊滅させてから、1時間後だ」


 ヨルムンガルドが、レヴァナントへ向けて問いを投げかけた。

 すると、レヴァナントは表情を引き締め、指を立てて答える。

 その答えに、ムクを覗くその場にいる7人に緊張が走った。


「いくらなんでも、早すぎるんじゃないかなぁ?」

「魔術に特化していることを考えると、村を常に観察していた可能性もありますが、それにしても……」

「あの村に、常に観察し続けるだけの価値は無いと思うよ?」


 口火を切ったのはフェンリル。

 呑気さを滲ませながら、フェンリルは言葉を紡いだ。

 続いて、ヒュドラが言葉を発するが、フェンリルが可能性を否定する。


「生き残りの可能性は?」

「ありえねぇ。見ていたんだから分かるだろ。その上、あの場所に生命反応は一切なかった」


 7人の当主は、口々に可能性を述べていくが、決定打になるような答えが導き出されることは無かった。

 その時。


「……1つ、言っておこう」


 ハクが、口を開いた。

 当主達はすぐに口を閉ざし、ハクへと視線を注ぐ。

 ハクは、強く拳を握り、ムクを一瞥した後、語りだした。


「あの場に、1人、いなかった者がいる」

「その者とは?」

「ムクを陥れ、処刑しようとした張本人であり、……我と共にこの世界へ召喚された『勇者』だ」


 ハクの言葉に、7人の当主は肩を震わせた。

 ハクは、極夜の名を敢えて出さず、伏せておくことにした。

 ムクを守り切れなかった未熟さと、極夜を仕留めることができなかった屈辱に、ハクは歯噛みした。


「人類側も、か……」

「エーデレスト王国ならば、理論上、召喚を可能にするだけの技術は揃っています」

「確かに、エーデレストに大規模魔法を発動した痕跡はあったが」

「なるほど、誘導するだけで自分は高みの見物か。……とんだ勇者様だな。どっちかっつったらこっち側じゃねぇか」


 ハクの話に、当主達は己の思いを隠すことなく暴露する。


 ――勇者は、最優先事項。


 その場にいる9人の、共通意思であった。

 しかし、ハクはどこか腑に落ちず、苛立ちが募り始める。


「じゃ、最初はエーデレストか?」

「混乱が起きている今が好機、というべきでしょうね」

「しかし、混乱が起こっているからこそ、兵力は増幅していると考えるのがよろしいかと」


 誰もがエーデレスト王国へ攻め入る算段を立て始めた中、ヒュドラが一石を投じる。

 纏まらない話し合いに、ヨルムンガルドはハクへと視線を送った。


「魔王様」

「「「ご決断を」」」


 ヨルムンガルドの声に合わせ、当主は一斉にハクへ決断を求める。

 ハクの苛立ちは止まらなかった。

 眉間に皺をよせ、ハクは2つの駒を手に取った。

 白と黒のキング。

 黒のキングは、地図に書かれたニヴルヘイムの上に。

 白のキングは地図に書かれたエーデレスト王国の上に。

 白のキングを置くとき、ハクはその手に力を込め、勢いよくテーブルに叩き付け、告げた。


「エーデレストは、最後に落とす」


 その時のハクには、鬼気迫るものがあった。

 殺気と、狂気と、怨念と。

 何人にも有無を言わさぬそのオーラに、当主達は、静かに魔王に従った。


「「「御身の、御心のままに」」」


 忠義を示す7人を、ハクは静かに見下ろした。

 そして、最大の注意事項を告げる様に、ハクは言葉を紡いだ。


「勇者には手を出すな」

「ですが!」

勇者アイツは、……我が殺す」


 ハクは、言葉に力を込める。

 ムクを強く抱き、ハクは当主達へ命令を下す。


 ――勇者に手を出そうものなら、容赦はしない


 自分の苛立ちを、ハクは目線で語る。

 わざわざ言葉にしなくとも、当主達は己の勘でハクの意思を汲み取った。


「承知いたしました。エーデレスト王国と勇者の件、全て魔王様に一任いたします」


 ヨルムンガルドは、ハクへ一礼し、全員の考えを統一する。

 異論を唱える者はおらず、全員が黙する。


「それじゃ、何処から行くんだ?」

「まずは……、ここからだ」


 結論を急かすレヴァナントを一瞥し、ハクは地図上のある場所を指示した。

 それは、


「……ニヴルヘイム、ですか?」


 今、この場所。

 ニヴルヘイムを指示したハクへ、ミカエルは疑問で首を傾げた。


「この国の、国力を増幅させる」

「ですが、力だけではもう人類の比ではありません」

「ヨルムンガルドに案内され国を見て回ったが、食物を育てている形跡がない。自身では食料を蓄えることができないということだ。これでは、長期戦に持ち込むことなどできない。そもそも、人間界へ乗り込んでから調達するのでは、手間が多すぎる」


 魔王の秘書であるヨルムンガルドが、わざわざ人間界で果実を守っていた理由。

 それは、魔界からの侵入者を排除するためであった。

 ニヴルヘイムには食物が無く、人間界から持ち寄るしかない。

 そのため、見張りもなく勝手に持ち出すことができれば、森は朽ち果て、食物はいずれ尽きる。

 そうして、狩場を広げねばならなくなり、いらぬ争いを招く。

 ヨルムンガルドは、そう言った出来事を防ぐために地上に留まっていた。

 これを見抜いたハクは、まず第一にニヴルヘイム内での食物の増産を提案した。


「しかし、今でも十分供給は間に合っています。ただ食物を増産させる、という理由では少々弱いのではないでしょうか?」


 魔族には、食事をしない種族があった。

 これは、魔力の消費と、食事方法が影響していた。

 ニヴルヘイムに住む魔族は、魔王が不在の間、戦地に赴くことは無く、魔力を消費しにくい。

 また、吸血鬼や死霊種の様に、人間を直接狩ることでしか正式な食事ができない者もいた。


「戦争を激化させるのだ。魔力不足を補うためのそれに、何の文句がある。言ったであろう。魔力を消費する長期戦において、食物不足は、自ら死地に赴くようなものだと。だが、確かに動きたがらない者もいるであろうな。なら、氷の土地でも食物を育てることに成功したものがいたなら懸賞金を与えることにするのはどうだ」


 ハクは、反対意見を取り入れつつ、新たな条件を提示する。

 戦地に赴くことを考えれば、食物不足は死活問題。

 当主達は、すぐにハクの提案を受け入れた。


「じゃあ、ひとまずこの件は、土属性に特化している僕に預けてほしいな」


 フェンリルは、手を挙げて自分の存在を主張する。

 ハクはヨルムンガルドへ目線を送る。

 嘘偽りはない、とヨルムンガルドは頷いてハクへ合図を送った。


「……いいだろう」

「やったー!!」

「不備なく、完遂できるのでしょうね?」

「勿論だよ。お兄ちゃんを信用したら?」


 フェンリルは、ヨルムンガルドの兄であり、邪神ロキの長男。

 ギロリ、と自分を睨みつけるヨルムンガルドに、フェンリルは意地の悪い笑みを見せた。


「魔王様が属性を司る精霊全員に挨拶して帰ってくるまでには、必ずね」

「……まて」


 軽く、フェンリルは自分に時間制限を付ける様に言葉を放った。

 その言葉を聞き、ハクは話を止める。


「精霊に、挨拶……?」

「えぇ。魔王様は全属性の魔法を使うことができますが、無条件で使えるわけではありません。貴方様が無条件で使えるのは闇属性の魔法のみ。他は、精霊からの許可が必要になります」


 フェンリルに変わり、ヨルムンガルドがハクへと説明をする。

 ハクは、ヨルムンガルドの説明を聞きながらムクを見下ろした。

 ムクがハクに『相性がいい』属性は炎だと告げた。

 だが、一言も『使える』属性については触れなかった。

 ハクが使ったのは闇属性と炎属性。

 つまり、ハクは炎属性を精霊の許可なく使用したことになる。


「魔王様は、すでに炎属性を使用していますので、精霊・サラマンダ―への挨拶は最優先事項となります」

「「……」」


 ハクは、ムクを見下ろし続ける。

 ムクは、ハクの眼を見ず、ただチェス盤を眺めていた。

 ハクは、ムクの様子とヨルムンガルドの説明に、大きく溜め息を吐いた。


「……いいだろう。我は急速に精霊への挨拶回りに取り掛かることにする」

「では、誰か護衛を……」


 ハクは頬杖を突きながら、今後の自分の予定を決めた。

 即座に決断した魔王に、ヨルムンガルドは護衛を選出しようと当主を見た時。


「俺がやろう」


 ハクとムクの座る王座の背後から、1人の男の声がした。

 ムクを含む当主8人に緊張が走り、全員が王座の後ろを睨む。

 その声に覚えがある当主達は、警戒態勢に入った。


「お前は……」


 ハクは振り向き、視線で声の主を追う。

 王座の後ろ、影が大きく揺らぎ、1人の男が姿を現した。

 ハクは、その姿に眼を見開いた。

 長い黒髪を一つに纏め、紅い瞳を光らせる。

 ムクとは違う瞳の色に、ハクは眼を奪われた。

 そこにいたのは、かつてハクの前に現れた、謎の男だった。




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