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第30話 魔王と当主


「揃ったか」

「はい、ここに」

「全て?」

「えぇ、魔王様の望むがままに」


 王座に座るハクとムクの周りには、ヨルムンガルド含む、選抜された高位種族の魔物の姿があった。

 細かな分類の魔物を、大まかに纏め上げた8つの種族の当主。

 全ての魔物から実力を認められた強豪。

 当主達は、王座と、1つのテーブルを囲むように立ち並ぶ。

 テーブルの上には、二枚の世界地図とチェス盤。

 当主8人、魔王に視線を注ぎ次の言葉を待ちわびる。


「まず、確認しておこう」

「なんなりと」

「魔王とは、誰のことだ?」


 秘書であるヨルムンガルドが魔王の疑問を全て払拭すべく言葉を交わしていく。

 手すりに肘をつき、背凭れに寄り掛かるハクは、言葉を放った。


「無論、」

「「「貴方様でございます」」」


 ハクの言葉に、ムク以外の七人が声を揃え頭を垂れる。

 ムクは無表情のまま、王座から七人を見下ろす。


「違うな。我と、ムクが魔王だ。心に刻め」


 当主たちの答えを、ハクは一蹴する。

 ムクを引き寄せ、見せる蹴る様にそう言い放った。


「「「御意に」」」


 当主達もまた予測していたのか、ただただ返事を返す。

 自分を魔王と仰ぐ七人を冷たく見下ろし、ハクは続けて問うた。


「先代の魔王は?」

「そこにおります」


 ハクの言葉に、ヨルムンガルドは一歩前に出て答えた。

 ヨルムンガルドは王座のへと手を伸ばし、1人の少女を指し示した。


「吸血鬼当主。いえ、先代魔王、シャルルムック・ローガン・ユグド・ヴァンプ様」


 ヨルムンガルドの口から出た名前に、ハクは横目でムクを見る。

 シャルルムック・ローガン・ユグド・ヴァンプ。

 ムクには似合わぬ、だが、どこか雰囲気のあるムクの正式名称。

 真名を明かされても動じていないように見えるムクの睫毛が、僅かに揺れた。


「魔王様の妻であり、吸血鬼当主のシャルルムック様こそが、先代、第5代目魔王様でございます」

「5代目……」


 ヨルムンガルドの言葉に、ハクはムクを一瞥した。

 澄ましたように、無表情を取り繕うムクは、冷ややかにヨルムンガルドを睨む。

 ムクは今まで、ハクに対しウンディーネと共謀して自分の身分をひた隠しにしてきた。

 にもかかわらず、自分以外の口から真実を明かされることは、ムクにとって未体験の屈辱であった。


「なら、ムクとウンディーネの言う先代は?」

「4代目でございましょう。シャルルムック様の、義兄君(あにぎみ)に当たるお方です」


 ヨルムンガルドは、一切躊躇うことなく、『先代魔王』について赤裸々に暴露していく。

 ハクは、一片の動揺も見せることなく、ヨルムンガルドの話を飲み込んでいった。

 ハクは、ムクの口から、兄がいたことも、魔王であることも、吸血鬼当主であることも、はっきりと聞いたことは無かった。


「……」


 自然と、ハクの眼つきが険しくなっていく。

 驚愕ではなく、苛立ち。

 自分に、今まで何も話さなかったムクとウンディーネへの苛立ちが、ハクの中に降り積もる。


(少しでも、話してくれていれば。ムクを人間共に渡す事なんて無かったのに……)


 ハクの苛立ちは、殺気にも似たオーラを放つ。

 しかし、魔物達は1人としてハクの異常を指摘しなかった。

 ただの人間が魔王として即位してから数時間。

 上位の魔物に囲まれながら、負けず劣らないオーラを放つことができることこそが、魔王にふさわしい証拠であったが為に。


「『ムク』が愛称であるなら、貴様らの名も、本名ではないのか?」

「答えかねます」


 ハクは、苛立ちを抑える為に話題をすり替えた。

 すると、今まではっきりとした答えしか口にしなかったヨルムンガルドが、ここに来て初めて口を濁した。

 ヨルムンガルドの言葉に、ハクがピクリ、と眉を動かす。


「何故だ?」

「我々当主の名は、代々襲名制でございます。ですが、この中には初代も混じっているのです」


 吸血鬼3代目当主、シャルルムック・ローガン・ユグド・ヴァンプ。

 龍種2代目当主、ヒュドラ。

 海獣種初代当主、ヨルムンガルド。

 悪魔種初代当主、ルシファー。

 有翼種初代当主、ミカエル。

 獣人種初代当主、フェンリル。

 人型種6代目当主、酒呑童子。

 死霊種12代目当主、レヴァナント。


 8人の当主の内、実に半分が初代当主であった。

 故に、彼らの名は襲名による称号でもあり、本名でもある。

 ヨルムンガルドでも、本名とも偽名とも断言することはできなかった。


「なるほどな」

「ご理解が早くて助かります」


 ハクが言葉を飲み込んだことを察したヨルムンガルドは、静かに一礼する。

 ハクは、ヨルムンガルドの説明をもとに、顔に手を当てて考え始めた。

 数秒、思考を巡らせたハクは、1つ、名を呼んだ。


「レヴァナント」

「ここに」


 ハクに呼ばれ、死霊種当主は一歩前へ進み出る。

 茶鼠の髪に黒い瞳。

 元が人間であることを窺わせる見た目の男は、静かにハクへ微笑んだ。


「これは、名前ではないな?」

「その通り、ただの分類名だ」


 レヴァナント。

 アンデットの中でも特に生前と姿に全く差異が無い状態で死に戻った存在を指す総称。

 他の当主とは異なり、元の存在がいない名であった。


「そもそも、我等死霊種は一度死んでいる。大半の奴らは、自分の名なんてとうの昔に忘れているさ」


 レヴァナントは、肩を竦め、自傷気味に答えた。

 魔王相手に敬語を使わないレヴァナントを、ヨルムンガルドはきつく睨みつける。

 ヨルムンガルドの扱いに慣れているのか、レヴァナントは気にする様子もなく、再度ハクへ向けて笑って見せた。


「酒呑童子」

「ここにおります」


 続けて、ハクは人型種当主の名を口にした。

 大広間に高めの女性の声が響き、1匹の鬼が前に進み出る。

 深紫の長い髪を高い位置で1つに纏め、赤橙の瞳を潤ませる。

 彼女の姿を1言で表すなら、まさに『妖艶』であった。


「貴様だけ、名の種類が違うが」

「そうでございますね。あちきだけは、東洋の名でございます」

「これは、本名なのか?」

「そうなりますが、称号として承るのなら、真名の語尾に酒呑童子がきます」


 鬼人である酒呑童子は、そもそもの血筋が他と異なり、性能も大きく変わっている。

 それ故に、他の人型種を押しのけて当主に成り上がることができた魔物。

 6代目の彼女もまたその力を受け継いでおり、未だ衰えることは無い。

 無理やり本名に酒呑童子の名を付けることができるが、大抵の当主は、自分の力を増幅させる目的で真名を捨て、『酒呑童子』を2つ目の本名として受け入れる。


「そろそろ、よろしいですかな?」


 ハクの言葉が途切れたころを見計らい、1人の老人が進み出た。

 老人、と言っても、見た目が老いているだけで、背筋は綺麗に伸び、瞳には確かな光が宿っていた。

 龍種2代目当主、ヒュドラ。

 2代目ではあるが、魔族の中でも古株の1人。

 9の頭を持ち、頭の数だけ異なった人格を持つ。

 人格ごとに姿が異なり、老人である今の姿が本来のヒュドラの人格。

 燕尾服を着こなし、真っ直ぐな瞳でハクを見る。


「なんだ」

「そろそろ、正式な魔王になるための、儀式をと思いまして」

「人間のままじゃ、正式な魔王にはなれないもんねー」


 ヒュドラの言葉に同意する様に、もう1つの声が発せられた。

 獣人種初代、フェンリル。

 ハクと同年代か、それより下の見た目の男。

 獣耳と尻尾が生えており、あどけなさの中にどこか凶暴さが覗いていた。


「魔王様、ここには高位魔族がそろっております。どうぞ、お好きな物をお選び下さい」


 ヨルムンガルドが2人の言葉を引き継ぎ、自分達を見回す。

 龍、海獣、悪魔、天使、獣、鬼、死体、そして吸血鬼。

 ハクに突きつけられた選択肢は8つ。

 自分の種族を選択する前に、ハクは全員に確認を取る。


「……お前たちは、おれが魔王で、相違ないのだな?」

「勿論でございます、魔王様」


 ハクの言葉に、即座に反応したのは、有翼種初代当主、ミカエル。

 金色の髪に天色の瞳。

 純白の羽を生やした天使は、ハクに見惚れるかのように恍惚とした笑みを浮かべた。


「この世界に来て1ヵ月で2属性の魔法を操り、ただ1人で冒険者の村を壊滅させたその実力。疑う余地などどこにありましょう」


 ミカエルの言葉を肯定するかのように、他の当主も頷き、忠誠を誓う。

 冷ややかな目で当主を眺めた後、ハクは、視線だけをムクへ向けた。


「それとも、人間を止めるのが怖いのか?」

「レヴァナント!」


 答えを言わないハクに、レヴァナントは嗤う。

 魔王に対する不敬を正すように、ヨルムンガルドがレヴァナントの名を呼んだ。


「……戯け。我の答えなど、とうの昔に決めてある」

「……え?」


 ハクは、答えを告げる代わりに、ムクへと手を伸ばし自分の方へ抱き寄せた。

 突然、前触れもなく抱かれたことで、ムクは思わず声を漏らす。


「我は吸血鬼を選ぶ」

「ハク……?」


 ハクは、ムクの瞳を見つめ、自身の答えを告げた。

 ムクは驚愕で眼を見開き、揺れた瞳でハクを見つめる。


「でも、吸血鬼よりも、他の、」

「我は、お前と同じ、吸血鬼がいいんだ」

「……っ」

「決まりましたね」


 混迷するムクをよそに、7人の当主は身を引いた。

 ハクはムクを首元へ導き、自身の首を晒す。


「後悔、しない?」

「あぁ、絶対に」


 最終確認、とムクは再度ハクに確認を取る。

 ハクは間髪置かずムクの問いに答え、その小さな体を強く抱きしめた。

 ムクは、眼を細め、唇を噛む。

 数秒、ハクに身を預けたムクは、覚悟を決めたようにハクの首へ牙を立てた。


「……ッ!!」


 鋭いムクの牙は、容易にハクの皮膚を裂き体内に侵入する。

 電流の様に全身を駆け巡る痛みに、ハクは僅かに顔を引き攣らせた。

 時間にして10秒、ムクはハクに噛み付くのをやめ、ハクの首元から離れる。


「……っ、あ、っく!!」

「……」


 体内に侵入してきた抗原に、汗が拭きだし、血管が浮き出る。

 血液は沸騰し、眼は焼ける。

 ハクは、全身を作り変えられる痛みに震え、強く唇を噛んだ。

 8人の当主は、魔王の変化を見守る様に沈黙する。


「あ、ぁあああああああああああああ!!!!!!」


 魔王の悲鳴が城中に轟いた時、ハクの背中から、黒く大きな蝙蝠の羽が生えた。

 藤色の眼は、吸血鬼の象徴である赤に変化し。

 微笑みを絶やさなかった口元には、ムクと同じく、2本の牙が生えた。


「おめでとうございます、魔王様」

「「「おめでとうございます」」」

「これで貴方様は、正式な魔王として、この世界に君臨したことになります」


 7人の当主は、一斉に跪き、祝福を述べる。

 ムクは、どこか憂いを帯びた瞳でハクを見つめた。

 ハクは俯きながら左手で顔を覆い、息を整える。

 8人から見えない角度で、ハクは静かにその赤い瞳を光らせた。




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