第26話 決壊
本文には、残酷な描写が僅かに含まれています。
苦手な方様に、後程簡単に文を纏めさせていただきます。
本日2話目の投稿です
「ムク……!」
自分を捉えたムクの瞳を見、ハクは顔を歪める。
互いに見つめ合う2人は、ムクに近づいてくる魔力の塊に気が付いた。
他の冒険者達には見えていないようで、何物にも憚られることなく、魔力の塊はムクにたどり着いた。
「ウンディーネ……」
ムクも、瞬時にこの魔力がウンディーネのものだと理解した。
精霊の魔力はとても濃く、これを受け取れば、ムクはこの村から逃げ切ることができた。
しかし、ムクは魔力の塊を見るやいなや、その塊に息を吹きかけ、自分の魔力でその塊を包んだ後、ハクへと贈ったのだった。
「ムク?」
ハクは眉を顰め、ムクを凝視する。
ムクは何も語らず、ただハクを見返した。
「殺せ!!!」
その時、男の声が響き、冒険者が剣山に結ばれた紐を切った。
「ハク」
ムクは、ポツリ、とハクの名を口にする。
そして、ムクははっきりと、正確に。
笑った。
ムクは、ハクに向けて笑って見せた。
「……っ!!」
今まで、僅かに眼を細めることはあった。
僅かに眼を見開くことはあった。
だが、正確に表情を出したことは、一度もなかった。
ムクは、ここに来て初めて、笑って見せたのだ。
「ムク!!」
今まで表情筋を使ってこなかったとは思えない程柔らかい笑み。
ウンディーネのような温かさと、優しさとを備えた笑顔。
その笑みは、ハクの手が届かぬうちに、血に染まった。
ザシュ。
ぐちゅ。
グサ。
ぐちゃ。
ザク。
めちゃ。
ガキャ。
ねちゃ。
下ろされた剣山は、執拗にムクの胸を貫き続ける。
剣山に結ばれた紐を引いては、離し。
処刑人の腕には血管が浮き上がり、全身から汗が噴き出す。
ムクの体は、徐々に見るも無残な姿へと変わっていく。
止むことなく貫き続ける剣山に、骨はむき出しになり、肉は液体へと変貌していく。
ムクの指にはめられた花の指輪は、枯れていた。
「「「殺せ!! 殺せ!!」」」
変わり果てるムクの姿を見て興奮する冒険者たちのコールは止まず。
ハクは、ムクの姿に、血にまみれた笑顔に、ズタズタに破れたドレスに、冷静を燃やした。
叫ぶこともできず。
泣くこともできず。
許容範囲を超えた感情に、身動きが取れず。
ハクは無意識に、魔力の塊へと手を伸ばした。
剣山は、ムクの体へ振り下ろされ続ける。
処刑人は交代しながら、中断することなく処刑し続ける。
この場に、人間はおらず。
ただ、人の皮を被った化け物だけが存在していた。
(あぁ……。こんな奴らに、ムクは、殺される……)
吐き気と眩暈がハクを襲う。
立っていられない程の動揺は、ハクの最後の理性を打ち壊した。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!)
「ムク……」
ハクにかけられた魔法は解ける。
魔法の水は蒸発し、煙を上げて散っていく。
ハクの煮えくり返った腹の底は、もはや押しとどめることはできず。
ハクは、処刑台を睨みつけ、魔力の塊を握りつぶした。
「……燃えろ」
途端、ムクの横たわる処刑台は火を吹き燃え盛る。
ムクの体は2つに分割され地面へ投げ出された。
驚愕する処刑人は後ろへ倒れ込み、冒険者は眼を見開いて燃えるステージを眺めた。
「な、なんだ!?」
「み、見ろ!! あいつ、銀髪だぞ!!」
動揺する人々の中から1人、ハクを指さして叫ぶ者がいた。
ハクにかけられた魔法はすでに解けていた。
銀髪に藤色の瞳。
この世界では、人間の容姿ではないハクの姿に、冒険者達は後ずさる。
「吸血鬼の眷属だ!! 殺せ!! そいつも殺せ!!」
「……焼けろ」
「え? ひ、うあああああああああ」
ハクを『眷属』だと叫んだ冒険者は、全身が焼け爛れた。
躊躇うことなく魔法を行使するハクは、次に、近くにいた冒険者へと襲い掛かる。
首元を食いちぎり、息の根を止める。
心臓を喰らい、息の根を止める。
首を捻じり切り、息の根を止める。
身体を2つに裂き、息の根を止める。
ハクの行動はどれも、人間の所業を超越したものであった。
「我が声を聞け。我が憑代となるもの。我が血肉となるもの。我が名を聞き届け、その望みを叶えよ。我は世界を総べるものなり。我は世界を滅ぼすものなり。散れ、全てを、破壊せよ」
ハクは、頭に浮かんだ詠唱を、躊躇うことなく口にする。
正常に発動した魔法により発生したのは、村を覆い尽くす程に濃い黒い霧。
「あ、あれは!!」
「闇属性の魔法だ!!」
「ああああああああああああ」
「いやだあああああああああああああああ」
「霧に触れるな!! 魂を持っていかれるぞ!!」
冒険者たちは逃げ惑う。
闇属性。
ムクもウンディーネも、詳細は告げなかった属性。
ハクに相性が良い属性を、ムクは教えなかった。
わざと、ムクはハクに教えなかった。
ハクには、今使っている魔法の属性は分からない。
しかし、どこか心地よさを感じるほどに扱いやすいことだけは確かであった。
「燃えろ」
「来るな、来るなああああああああああ」
ハクは、民家の1つも残すことなく燃やし尽くす。
処刑人は丁寧に自分の手で殺した。
冒険者は数が多いので魔法で殺した。
ハクの眼は、すでに光を失っていた。
ハクの頭からは、ムクのことは抜け落ちていた。
(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!!!)
村中は、まさに地獄絵図であった。
どこもかしこも火を吹いており、道には死骸が転がっていた。
ハクは、老人も、女も、子供も関係なく殺しつくしていった。
「来ないでえええええええ」
「あああああああああああああ」
「いやあああああああ」
ハクは、霧で村を覆い、徐々に範囲を狭めていくことで冒険者たちの逃げ場を無くした。
出口の無い村に、冒険者達は発狂し、ハクから怯え逃げ惑った。
「……っ」
一方で、焼け焦げた処刑台の裏で、小さく動くものがあった。
心臓を破壊尽くされなかった吸血鬼が、再生を始めていた。
「ハ、ク……」
ムクの体は元の幼い少女のものへと戻り、身体も1つに纏まっていた。
ゆっくりと首を動かし、ハクを見やるムクは、息を飲んだ。
「……っ!?」
空は赤く染まり、村は燃え、血飛沫が上がり続ける。
ハクは殺戮を繰り返し、眼を光らせる。
その姿は、普段の優しさ溢れるハクのものではなく、まさに魔王そのものであった。
「ハ、ク…。ハク……」
ムクはゆっくりと重い身体を動かし、地を這うようにハクへと近づいていく。
「……」
ハクは、ムクに気付くことなく、1人の男を執拗に殺し続けていた。
その男は、ムクの処刑を指示していた男だった。
首をもぎ、心臓をえぐり、腸を引きずり出す。
すでに息絶えたその男の死体を弄ぶハクは、無表情であった。
何の感情もなく、ただ、作業だけを続ける。
そんな姿を見て、ムクは堪らず、ハクの背中へ抱き付いた。
「ハク……!!」
「……」
ムクの声を聞き、ハクは僅かに動きを止めた。
しかし、死体を弄ぶ手を止めることなく、ムクの声も届いていなかった。
「ハク、ハク!!」
「……ムクを、返せ」
ハクは、最後に男の頭を握り潰した。
ようやく止まった手は血に染まり、衣服は赤く変貌していた。
呆然と空を見上げるハクは、自分に抱き付いている腕に気が付いた。
「ム、ク……」
「ハク、ハク、ハク……」
ムクは、ハクから離れることなく、その身体を抱きしめ続けた。
村は静まり返り、悲鳴1つ響いていなかった。
血の海に変わった村の中で、ハクとムクだけが息をしていた。
ハクは、自分の後ろにいる生き残りを仕留めようと振り返る。
「ハク!」
ハクは、ムクと他の人間の判別がついておらず、光の無い眼でムクを見下ろす。
構わず、ムクへと攻撃を繰り出そうとしたハクの前に、1つの魔力の塊が近づいてきた。
ハクが握りつぶしたはずの魔力の塊。
しかし、潰したのはムクの魔力のみであり、本体のウンディーネの魔力は健在であった。
「ハク!!」
ムクは、迷わずその魔力の塊をハクの目の前で割り、ウンディーネの加護を溢れさせた。
魔力の塊から溢れ出たのは、温かい光。
精霊の加護は、闇を消し、光を満たしていく。
光の眩しさに思わず眼を細めたハクは、その瞳に光を取り戻す。
「ハク」
「……ムク?」
ムクは、ハクの頬に手を添え、顔を覗き込む。
正気に返ったハクは、目の前にいるムクを捉え、涙を溢れさせた。
「あ、れ……」
「ハク。大丈夫だから、ハク」
「ムク、ムク……!」
止まることの無い涙に、ハクは顔を歪め、泣きじゃくる。
ムクは、ハクに寄り添い手を取る。
「行こう、ハク。私たちの、行くべきところに」
「どこに?」
「……ハクと私の、国に」
ムクはハクの手を引き、森へと導く。
ハクも黙ってムクに従い、ゆっくりと歩き始めた。
2人は、数十分、ただ黙って歩き続けた。
村を一度も振り返ることなく。
「ったく、困った主人だな」
森の影から、1匹の子兎が覗いていたことに気付くことは無く。
ムクはハクの手を引いて、ある場所を目指していた。
「ハク、ついたよ」
「ここ、って……」
ハクは、辺りを見回し、首を傾げた。
ムクが目指していた場所。
それは、普段葡萄を採りに行く時に通る、大蛇のいる土地だった。
ムクは、ハクの手を握ったまま、小さく息を吸い、命じた。
「我が名の下に命じる。ヨルムンガルド。この場に、姿を現せ」
それは小さな声だった。
小さく、透き通った声で告げられたその者は、地響きと共に現れた。
「お呼びでしょうか、我が主」
どこからともなく現れたのは、何時しか遭遇した大蛇。
この土地の主だというその大蛇は、ムクに一礼し、続いてハクに眼をやった。
「……目覚めてしまったのですね」
「うん」
ハクを一瞥した大蛇は、その眼を細め、悲しそうに声を漏らした。
ムクへと視線を戻した大蛇は、首をもたげ、2人を自分の体に乗せる。
「いいのですね?」
「うん」
半場放心状態のハクは、言われるがままに動いていた。
意味も分からず大蛇に跨り、ムクへと体を預ける。
ムクは眼を細め、ハクの姿を凝視した。
「……行こう」
「……掴まっていて、くださいね」
2人を乗せた大蛇は、ゆっくりと動きだし、一直線に海へと進む。
崖の上から迷うことなく海へ飛び込み、大蛇は海底を目指して泳いだ。
ムクはしっかりとハクを掴み、2度と離れぬよう、手を組んだ。
「行こう、ユグドラシル・ニヴルヘイムに」
――これは、世界を巡る、吸血鬼の物語である
ここまでがプロローグ、第一章に当たります。
長いプロローグでした。
書くの楽しかったです(--〆)




