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第25話 村


「こっち、か?」


 ウンディーネから恩恵を受けたハクは、1人森を彷徨っていた。

 大人数が歩いたために出来た道を辿り、ハクは村を目指す。


「あいつ等の目的がわからない以上、急がねぇと……」


 足早にハクは森を抜けていく。

 この1ヵ月の間、ハクが人里に近づいたことは一度もなかった。

 案内ができる者がいないせいもあったが、ハク自身が近づきたがらなかったからだ。

 目の前でムクを嬲る人間と、交流を持つ気は少しもなかった。

 この事実が、今、ハクの足を引っ張っている。

 ハクは歯噛みし、己の愚かさを悔やむ。


「くそ……。一度くらいは、村の様子を見ておくべきだった」


 ハクには、村の位置は分からず、ただ勘に頼って歩いていた。

 成人男性サイズの足跡を辿り、ひたすらに歩く。

 その時、ハクの横を、1つの魔力の塊が通り過ぎた。


「これ、ウンディーネの……?」


 ハクは、その魔力に親しみを感じた。

 本来は目に見えるはずの無い魔力が、ハクの眼にははっきりと映り込んでいた。


「ウンディーネの魔法越しだから、か?」


 ハクは、自分の右瞼に手を当て、宙に浮く魔力の塊を眺める。

 その塊は、ゆっくりと、ある方向に向かって動いていた。

 自然と、ハクはウンディーネの魔力の塊の後を追う。

 手がかりである足跡から外れた道を行く魔力の塊からは、得体の知れぬ安心感が漂っていた。


「ムク……」


 ハクは無意識にムクの名を呼ぶ。

 追いつけないその幻に、ハクは顔を歪ませる。

 ハクが魔力の塊を追いかけてどれくらいの時間が経ったか。

 ふと、気が付くと、ハクの眼には人間の姿が映っていた。


「……ここ、か?」


 ハクは、丘のような、僅かに土が盛り上がった場所から村を見下ろし、観察する。

 まばらに建つ民家の数々。

 中央には広場のようなものがあり、そこには人間が群がっていた。

 魔力の塊は、止まることなく広場の方へ漂っていく。


「あ、おい」


 ハクは一度踏みとどまり、しかしすぐに魔力の塊の後を追った。


「あの、すいません」

「あ? なんだ、兄ちゃん。見ない顔だな?」


 ハクは村の中へ入り、魔力の塊を追って広場に入った。

 状況の把握とムクについての情報収集の為、ハクは近くにいた1人の冒険者に話しかけていた。


「俺は最近旅を始めた者で、土地勘もないので森を彷徨っていたらこの村にたどり着いたのですが」

「おお、はぐれか。運が良かったな。この辺りは魔物が多いから襲われない方が珍しいぞ」

「えぇ……。つい先ほど、猪に似た魔物に襲われまして……」

「ガハハ! そいつは災難だったな!!」


 大きな笑い声を上げ、冒険者はハクの肩を叩く。

 この世界では、冒険者ではない旅人を『はぐれ』と呼んでいた。

 『はぐれ』には寛大な対応をする冒険者が多く、この世界初心者のハクにとって都合のいい設定だった。

 この冒険者もまた、ハクを怪しむことなく、情報を提供していく。


「これは、何の騒ぎですか?」

「あぁ、吸血鬼を処刑するんだよ」

「吸血鬼……」


 ハクは、僅かに動揺し、自分の感情を押さえようと胸に手を当てた。

 殺気を殺し、表情を殺し、人懐っこい旅人を演じる。

 ハクは、冒険者の言う『吸血鬼』について慎重に話しを掘り進めていく。


「この辺に住んでた吸血鬼がようやく捕まったってんで、今から公開処刑が行われるんだよ」

「一体どうやって?」

「王国から勇者が派遣されてな。その勇者がこれまた頭の切れる奴で、俺らに思いつかなかった方法を提

案してきたんだ」


 冒険者の口から出た『勇者』という言葉に、ハクは眼を細める。

 ハクと共にこの世界へ転移してきたと思われる極夜は、冒険者たちに『勇者』と呼ばれていた。

 その事実に、ハクは唇を強く噛んだ。


(間違いなく、ムクを殺そうとしているのは、極夜なんだ……)


 冒険者には見えない角度で感情を押し殺したハクは、再び旅人を演じ始める。


「吸血鬼は、俺でも見れますか?」

「なんだ? 吸血鬼を見た事ねぇのか?」

「はい。俺の住んでいた地域は、比較的魔物が少ない場所だったので」


 巧みに嘘を吐きながら、ハクは冒険者からできる限りの情報を引き出していく。

 しかし、動揺からか、結末だけを急ぐ。


「もっと近くに行けば見えるはずだ。ほら、あそこ」


 冒険者は、広場の中心の1点を指さした。

 そこには、木材で作られたステージに石のベッドが横たわり、ベッドの中心部上に巨大な剣山をぶら下げただけの簡易な道具が設置されていた。


「なんだ、あれ……」

「ありゃ、吸血鬼を殺す為だけに作られた処刑道具だ。あの剣山で胸を貫き続けるんだよ」


 テコの原理が用いられているであろう処刑道具は、まるでギロチンのようであった。

 処刑道具の用途を察したハクは、必死に自分を抑え込み、唾を飲み込む。


 ――……たとえば、剣山みたいなもので、私の心臓を貫き続ければいい


 ハクの脳裏に、ムクの言葉が蘇る。

 ハクがムクと出会った初日、ムクが自分の寿命について語った夜。

 ムクは確かに『この方法であれば死ぬ』と言った。


(……極夜!!)


 ムクの言葉を思い出したハクは、たまらず駆けだした。


「お、おい!?」


 冒険者の制止を無視し、ハクは人ごみをかき分け、最前列へとたどり着く。

 まだ処刑は始まっておらず、ムクの姿も見えなかった。


(あぁ、クソ!! いつも、いつもいつも!! 自分が正しいみたいな事言いやがって!! そうだよ、お前が正しいんだクソ!!)


 ハクは、自分の左腕に右手の爪を立て、必死に感情を抑え込む。

 極夜とムクに、接点は一切ない。

 しかし、極夜は、会ったこともない吸血鬼の殺害方法を完璧に編み出したのだ。


(お前ならできるよな!! あぁ、クソ!!)


 ハクの姿が僅かに揺れる。

 ウンディーネの魔法が解けかかり、ハクは慌てて冷静さを取り戻す。

 その時、1人の男の声が広場中に響いた。


「これより吸血鬼の処刑を始める!!」

「「おおおおおおお」」


 男の声に合わせ、冒険者たちは地響きのような声を上げる。


「くそ、もう……!!」


 ハクは目を凝らし、声の持ち主を探す。

 ムクの姿を瞳に捉えようと周囲を見渡すハクの眼に飛び込んできたのは、捕らわれた時よりも更に傷を増やしたムクと、それを取り囲む冒険者たちの姿だった。


「ムク!!」


 ムクは、冒険者に連れられ、ゆっくりと処刑台へと近づいてくる。

 その瞳は暗く、何も映してはいなかった。

 ハクは思わずムクの名を呼ぶが、周りの怒声にかき消される。


「吸血鬼を、処刑台に括り付けろ!!」

「「はっ!!」」


 何の手順もふまず、また懺悔すら許されず、ムクの処刑は進んでいく。

 ムクは手枷、足枷により拘束され、石のベッドに括り付けられる。

 抵抗することなく、成されるがまま、全てを受け入れるムクに、ハクは顔を歪めた。


「処刑人は配置につけ!!」

「「はっ!!」」


 男の指示により、冒険者の中から数名、ムクを取り囲むように並ぶ。

 1人が剣山に結ばれた紐に手をかけ、大きな刃物で紐を切ろうと構えた。

 ハクは動くことができず、呆然とムクを眺めていた。


「それでは、処刑を」

「お待ちください!!」


 ムクの処刑は、止まることなく進んでいく。

 男が処刑の合図を出そうと腕を振り上げた時、広場に声が響いた。

 広場中の人間の眼が、声の主に向けられる。

 そこにいたのは、まだ若い、華奢な女性だった。


「お待ちください、その吸血鬼は、私を救った恩人です!!」

「……何?」


 冒険者たちの眼が鋭く光り、女性を射抜く。

 屈強な冒険者たちに怯えながらも、女性は訴える。


「その吸血鬼は、10年前、罠に嵌った私を助けてくれたんです!!」

「そうか……」

「どうか、御慈悲を!!」


 女性の声に、ムクの首が僅かに傾く。

 その女性は、以前ムクが話題に挙げた、怪我をした少女本人であった。

 懸命に叫ぶ女性に、冒険者達は考え込むように黙りこむ。

 しかし、すぐに顔を上げた男は、冒険者達に命じた。


「その者は、吸血鬼に魅入られている!! 何を言っても吸血鬼の為にしか動かない痴れ者だ!! 即刻、排除せよ!!」

「「おおおおおお」」

「え、あ、いやあああああ」


 男の指示に、冒険者達は女性を抑え込み斬り付ける。

 女性の断末魔が響き渡り、真っ赤な血が広場を染める。


「他に、この吸血鬼を庇い立てする者はいるか!?」

「「殺せ!! 殺せ!!」」

「いいだろう。では、この吸血鬼に相応の処罰を!!」


 冒険者達は黙ることなく、ムクの死を望む。

 汚い怒声は止むことなく響き渡り、ハクは絶望したようにムクを見た。

 虚ろなハクの瞳が、ふと、ムクの赤い瞳に映り込んだ。


「……」

「ムク……」


 姿は変わっているが、ムクの眼には確かにハクの姿が映っていた。

 その瞬間、ムクの瞳に光が宿る。

 虚ろな瞳に、光が射した。


「ハ、ク……?」




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