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第24話 準備

本日2話目の投稿です


「なんで、なんで……!! 泉に、つかねぇんだよ……!!」


 ハクは傷ついた足を引きずり、周辺に生えている木々に体を支えられながら、森の中を彷徨っていた。

 ハクとムクが襲われたのは、泉からそう離れてはいない場所。

 だが、ハクはいくら歩いても泉には辿り着かなかった。


「くそ、くそっ!! 最後の、頼みの綱だってのに……」


 ハクは、自分の寄り掛かっている木に拳をぶつけ、怒りを分散させようとする。

 自分の無力さに絶望したハクは、急に体中の力が抜け、その場に倒れ込む。


「あぁ、俺は……。結局、何処に行っても、守りたいものがあっても、無力、なんだな……」


 脱力したハクは、必死に保ってきた意識を手放すことを選んだ。


「ムク……」


 ハクは、最後にムクの姿を思い浮かべる。

 初めて出会った時のムク。

 キャンバスに話しかけている時のムク。

 自分の腕の中で寝息をたてている時のムク。

 初めて自分の気持ちを伝えた時のムク。

 果実を摘んでいる時のムク。

 髪を切って初めてしっかり顔を見せてくれた時のムク。


「全部、全部、好きだったよ……」


 ハクの瞳から、透明な涙が零れ落ちる。

 霞んだ視界が、途切れかけたその時。


「ぴきゅ」


 白い毛の塊が、ハクの視界を覆った。

 ハクはゆっくりとその毛玉に手を伸ばし、正体を確かめる。


「……なんだ、キャンバスか」

「ぴきゅっ」


 触り馴れたその感覚に、ハクは確信を持ってその名を呼ぶ。

 キャンバスは、家で留守番をしているという事実さえ、頭から抜け落ちて。

 しかし、今ハクに話しかけているのは、紛れもなくキャンバスであった。


「ぴきゅ、ぴきゅぅ!」

「キャンバス……。俺は疲れてるんだ……。後で、遊んでやるから……」

「ぴきゅぅ! ぴきゅぅ!」


 キャンバスは、ハクの頭を叩き、襟元に噛み付く。

 まともな判断ができないハクは、キャンバスの行動が理解できず、そのまま眠りにつこうとする。

 何とかハクの意識を保たせようとするキャンバスは、ハクの耳元に口を寄せ、囁いた。


 ――起きて、ハク


 その声を聴き、ハクは勢いよく頭を上げた。

 ハクの顔は驚愕と困惑で満ちており、その眼は虚ろに空中を彷徨った。


「ムク……?」


 ハクの求める者はそこにはいない。

 だが、ハクの眼には、間違いなくムクの姿が映り込んでいた。


 ――ハク、こっち


 『ムク』は、ハクを導く様に、歩き始める。


「待ってくれ、ムク、ムク……!」


 ハクは、自分から離れていく『ムク』に手を伸ばし、重い身体を起こした。


 ――ハク、こっち


 木に寄り掛かりながら歩くハクを、『ムク』は呼ぶ。

 例え目の前に本物のムクがいたとしても、ハクの全身を駆け巡る激痛が消えることは無い。

 それでも、ハクは『ムク』を追いかけた。

 何かに縋る様に、ハクは『ムク』の後を追った。


「ムク、どこに、向かって……」


 『ムク』を追いかけながら、ハクは疑問を口にする。

 だが、『ムク』は答えることなく歩き続ける。

 もう一度、『ムク』に問おうと口を開いた時、ハクは飛び込んできた光の眩しさに眼を細めた。


 ――ハク


「泉……?」

「ハク様……?」


 ハクが細めた眼を開くと、そこには愕然としてハクを見つめるウンディーネの姿があった。

 目の前には、見慣れた泉。

 どれだけ歩いてもたどり着けなかった泉が、そこにはあった。


「どうして……?」

「ムクが、」


 戸惑いながら尋ねるウンディーネに答えようと辺りを見回したが、ハクにはムクの姿も、キャンバスも見つけることはできなかった。


「あ、れ……? 確かに、ムクが……」

「……」


 狐につままれたように、存在しない物を探すハクに、ウンディーネは僅かに眉間に皺を寄せた。

 閉ざした道から現れたハクを疑いながら、その身体にある傷を見つけたウンディーネは、今度は盛大に眉を顰めた。


「ハク様、その傷はどうされたのですか?」

「あ、これは……」

「ひとまず治療を。話はその後に聞きます。どうぞこちらまで」

「あ、あぁ……」


 ウンディーネは魔法を使い、ハクを補助しながら自分のそばまで導く。

 ハクを椅子に座らせた後、一度泉に沈み、1つの箱を手に浮かび上がった。


「私は、ムク様のように全属性の魔法が使えるわけではありません。ですから、回復魔法は使えませんが、お兄様が作り上げた薬を使えば、回復魔法と同じ効果がもたらされるでしょう」


 ウンディーネは箱の中から青い小瓶を手に取り、ハクへ笑いかける。

 瓶の中身を体中の傷口に塗り込みながら、ウンディーネはハクから事情を聴きだしていく。

 ハクは、ウンディーネに問われるがまま、1つ残らず情報を提供した。


「そう、ですか……」

「ごめん、俺のせいだ。俺が、無力だから……」

「いえ、ハク様のせいではありません。どうか、頭を上げてください」


 後悔と自責の念に駆られたハクは、治してもらったばかりの唇を再度、強く噛んだ。

 項垂れるハクに優しく話しかけながら、ウンディーネは無理やり微笑む。

 その微笑みに、ハクは尚の事後悔を増幅させた。


「ハク様は、何を望みますか?」

「ムクを助けたい」

「……何があっても?」

「あぁ。ムクを、助ける」


 ウンディーネは、ハクの意思を確かめる。

 力が無いと、懺悔したばかりにもかかわらず、ハクはムクの救済だけを望んだ。

 それがどれだけ愚かであるかも分かっていながら。

 揺らぐことの無い意志に、ウンディーネは困った様に笑い、泉の妖精を呼び寄せた。


「ハク様。私のいう事を、よく聞いてください」

「あぁ」


 ウンディーネは表情を一変させ、真剣な面持ちでハクに告げた。

 ハクもまた覚悟を決めたように、燃える闘志が覗く瞳でウンディーネを見返す。


「今から、ハク様にある魔法をかけます。この魔法は、ハク様の容姿を変えるものです。今のままでは、人間に混ざり込むことはできませんからね」


 この世界では人の容姿は茶髪、黒眼、白い肌で統一されている。

 一方、ハクの容姿は銀髪、紫眼、白い肌。

 共通しているのは肌の色のみで、間違いなく魔族だと疑われる容姿をしていた。

 それをカバーするために、ウンディーネはハクへ魔法をかける。


「この魔法は、水を媒介として容姿を捻じ曲げます。そこで、注意点なのですが、ハク様、決して冷静さを欠いてはなりません」

「平常心でいろ、と?」

「えぇ、その通りです。何を見ても、平常心でいてください。この魔法は、ハク様の心の温度に左右されます。ハク様の感情が高ぶれば、水はたちまち蒸発し、魔法は解けてしまいます」


 ハクの容姿を捻じ曲げる水は決して万能ではない、とウンディーネは告げる。

 怒ってはいけない、という条件は、今のハクにとっては無理難題に等しかった。


(俺は、ムクが冒険者達に嬲られる姿を見ても平常心でいられるのだろうか?)


 ハクは、一度考え込む。

 しかし、すぐに顔を上げ、ウンディーネの出す条件を飲んだ。

 現実よりも希望の方が勝った為に。


「わかった」

「くれぐれも、ですよ」

「あぁ」

「……では、魔法をかけます」


 ハクの顔を見て、腹を括ったウンディーネは、泉の妖精に手を伸ばす。

 泉の妖精は、手に持っていたポットから、少量の水を垂らし、ウンディーネへ差し出す。

 その水はすぐにハクの周囲に集まり、薄い膜の様にハクを覆い始める。


「さぁ、みなさん。……彼のものに、祝福を」


 ウンディーネの詠唱に合わせて、ハクの姿が変化していった。

 銀は茶に。

 紫は黒に。

 ハクの姿は、どの角度から見ても、紛れもない『人間』へと変化した。


「ハク様、具合はいかがですか?」

「なんともない。大丈夫だ」

「では、ハク様の設定を」

「設定?」

「何の事情もないのに、村の外から人が現れたら、不審に思われてしまうでしょう?」

「あ、あぁ……。そうだな」


 姿を変えたハクは、ウンディーネと共に自身の設定を作り上げる。

 何を尋ねられても、1つとして穴が存在しないように。


「覚えましたか?」

「あぁ。……多分。いや、大丈夫だ」

「傷の方も?」

「そっちもなんともない。薬のおかげだな」


 ハクは、立ち上がって足を持ち上げて見せる。

 表情にも余裕が見え、傷は1つ残らず修復されていた。


「それでは、準備はいいですか?」

「あぁ。ありがとう、ウンディーネ」

「いいえ。……ムク様を、よろしくお願いします」

「勿論だ。行ってくる」


 ハクは、ウンディーネに礼を言い、そのまま振り返ることなく泉を後にした。

 ウンディーネは深く頭を下げ、ハクを見送る。

 遠のくハクの背中を眺めながら、ウンディーネはムクの言葉を思い出す。

 ハクが魔法の鍛錬をしている間、ムクとウンディーネが、互いに寄り添いあっていた時。

 ムクが、ウンディーネにだけ告げた言葉。


 ――私とハクがここからでたら、ウンディーネは、泉への道を閉ざして隠れてて


 ムクが襲われると分かっていながら泉を後にした理由。

 それは、ウンディーネの安全の為であった。


「……私は、卑怯者でございますね」


 ムクが泉に残り続ければ、ウンディーネの身も危ぶまれる。

 そのことに感づいたムクは、自分の身を差し出すことで、ウンディーネを危険から遠ざけた。


 ――ウンディーネは、私の、大切な人だから


 ムクからウンディーネへ向けられた、初めての感情。


「大切、などと、初めて言ってくださいましたね」


 微笑むウンディーネの瞳からは、留めることのできなかった涙が溢れ出す。

 泉の妖精は、ウンディーネの異変に、どうにか慰めようとウンディーネの周りを飛びまわる。


「次に会う時は、もう、お二人は元のお二人ではないのでしょう」


 ついさっきまで、共にいたハクとムクの姿を思い浮かべ、ウンディーネはついに笑っていることができなくなり、泣き始める。


「ムク様、ハク、様……!!」


 閉ざされた森の奥で精霊が泣く。

 姿を変えた人間は吸血鬼を奪還すべく村へ急ぐ。

 捕らえられた吸血鬼は虚ろな目で世界を眺める。

 精霊の泣き声を、子兎だけが聞いていた。




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