第23話 勇者とハク
「じゃ、帰るか」
「うん」
切り落とした髪の処理をし終えたハクとムクは、家への帰路につく。
ウンディーネに別れを告げ、2人は泉を後にした。
「……どうか」
ウンディーネは、眼を細めて自分の主を見送る。
振り返ることなく進む2人を、祈る様に見つめながら。
「我が主に、女神の祝福があらんことを」
ハクとムクの姿が視認できなくなった頃、ウンディーネは自分の指先に口づけを落とし、自分の魔力の一部を、主へ贈る。
ふわり、と宙を舞う自分の欠片を一瞥した後。
ウンディーネは2人へ背を向け、静かに泉への道を閉ざした。
「……なんか、変」
一方でハクとムクは、ウンディーネが道を閉ざしたことに気付くことなく、家へ向かって歩いていた。
フードの中から覗く白髪を指で弄びながら、ムクはポツリと呟く。
「そうか?」
「うん」
不服そうなムクを見下ろし、ハクは首を傾げる。
ムクは間髪入れず肯定し、首を振って頭の違和感を拭おうとする。
「可愛いけどな」
「そういう問題じゃ、無い」
引きずるほどにまで髪を伸ばすには、最低でも約10年の月日を要する。
最低でも10年。
ムクには一瞬、ハクには長年。
それだけの時間を共に過ごしてきた髪を突然切り落とせば、それは大きな違和感になる。
「髪、切らない方がよかったか?」
「……これで、いい」
ムクの反応に、不安を煽られたハクは、足を止め、ムクの顔を覗き込むようにして尋ねる。
髪を切ったことで、フード越しでも表情がわかりやすくなっていた。
ムクは首を横に振り、ハクの不安を拭う。
「ハク」
「ん?」
今度は、ムクの方からハクを呼び止め、互いの瞳を見つめる。
ハクの袖を引っ張り、ムクは一言だけ、言葉を紡いだ。
「ありがと」
「いたぞ!!!」
「こっちだ!!!」
「……え?」
ムクの言葉に眼を見開いたハクは、続いて鳴り響いた声に、思わず辺りを見渡した。
するとそこには、毎朝ムクを襲撃していた冒険者達の姿があった。
冒険者は、毎日決まった時間にだけ襲撃に来ていた。
そのため、泉から帰る昼下がりに冒険者に遭遇したことは一度もなかった。
驚愕するハクは、咄嗟にムクを庇うように両手を広げ、ムクの前に立った。
しかし、ムクはハクを置いて、1人冒険者の方へ歩み寄った。
「ムク!?」
「ハクは、そこにいて。何も、しないで」
ハクの制止を振り払い、ムクは冷酷に告げる。
ムクが歩み出たことに警戒した冒険者は、冷や汗を流しながらゆっくりとムクを囲んでいく。
「ムク!!」
「ハク」
堪らず、ハクはムクの名を叫び、走り寄ろうとする。
ムクはハクの行動を阻止する様にハクの名を呼び、振り返った。
「……大好き、だよ」
「……っ」
たった一言。
ムクの口からその言葉が漏れた時、彼女の心臓を1本の剣が貫いた。
振り向いた顔には血に染まり、瞳からは光が消えていく。
1人の冒険者がムクに剣を突き刺した後、他の冒険者も同じようにムクに襲い掛かる。
ここまでは、毎朝と同じ光景であった。
だが、冒険者の手に握られていたのは鋭い剣ではなく、太い縄だった。
「ムク!!!」
乱暴に縛りあげられていくムクの姿に、ハクは堪らず悲鳴を上げた。
ハクがムクへと手を伸ばし、1歩足を踏み出した時、ハクの体は何者かの手によって捕らえられ、羽交い絞めにされる。
「……っ、あっ!?」
「お前には、ここで静かにしていてもらおうか」
ハクは、自分を拘束する手を振りほどこうともがき、囁かれたその声に動きを止めた。
身体をビクリ、と震わせ、ハクは恐る恐る自分の横にあるその顔に視線を向ける。
「お前、……極夜?」
「久しぶりだな、白夜」
ニヤリ、と口角を歪め、ハクに向けて違う名を口にする男。
ハクは眼を見開き、その男の存在を疑った。
(確かに、コイツは俺と一緒にこの世界に飛ばされていると考えてはいた。いや、それより、なんで今、ここに……!?)
ハクが『極夜』と呼んだこの男。
人間に擬態するためか黒髪は茶髪に代わっており、眼は元通り闇のように黒かった。
極夜の登場に驚愕を隠せず、困惑するハクは、冒険者達の声で我に返る。
「……ッ! テメェ、極夜!! なんでここに……!?」
「それは後だ。今は、あの吸血鬼を始末する」
「はぁ!? なんでそんな事する必要がある!!」
「……。ふむ」
自分の腕の中で暴れるハクに眼を落とし、極夜は興味深げに声を漏らした。
「お前、操られてるのか?」
「はぁ!? んなわけねぇだろ!! アイツが何したってんだよ!!?」
「何もしてないな」
「……はぁ?」
あっさりと肯定する極夜に、ハクは一瞬抵抗をやめ極夜の顔を見る。
極夜は、無表情のまま、声に力を込め、確信を持って言葉を放った。
「だが、今あの吸血鬼を始末するのが正しい」
「…っ、また、テメェは自分が正しいと思って!」
ハクは緩んだ極夜の腕を振りほどき、間髪入れず極夜に殴り掛かる。
ハクが自分の腕を抜け出したことに驚きつつ、極夜はその拳を軽く避けて見せる。
「なんだ? あの吸血鬼がいなくなったところで誰も困らないだろう?」
「困るんだよ!!」
「僕が困らないんだから、これが正しい」
極夜の行動に、迷いは無かった。
無闇に殴り掛かってくるハクを捕まえ背負い投げ、地面に組み伏せる。
容赦なく腕を締め上げられ、ハクは苦痛で顔を歪めた。
「くっ……!」
「これがお前の限界だよ、白夜。何の役にも立たないんだから、事が終わるまでただここに転がってなよ」
「極、夜ぁ……!!」
動きを封じられ、罵倒されても尚諦めないハクは、自分の上に乗る極夜を睨みつける。
抵抗を止めようとしないハクに、極夜は溜め息を吐き、腰に携えたナイフに手をかけた。
「全く、お前は」
「勇者様!!」
極夜がナイフを抜こうとした時、背後から1人の冒険者が声をかけた。
ピタリ、と動きを止めた極夜は、ハクを押さえたまま冒険者と会話を始める。
「全て終わりました! 無事、吸血鬼は捕獲できました!!」
「それはよかったです」
極夜に見せる様に、冒険者達は縛り上げたムクを無理やり立たせる。
ハクも限界まで首を動かし、ムクの無事を確かめようとした。
縄でつながれたムクは、捕縛までの間に無数の暴行を受け、体中の至る所に痣が見えた。
心臓部の傷は回復しているが、瞳は光を失ったまま、輝きを取り戻すことは無かった。
「……ッ!! あぁああ!!」
「その者は?」
「吸血鬼に操られ、正気を失っているようです。僕が手当てをしますので、皆さんは先に村へ戻っていてください」
「かしこまりました」
ハクは必死に極夜から逃れようともがくが、男子高校生の体重は並大抵の力で動かせるものではなく、ムクの姿が遠のいていくだけであった。
「テメェ!! 極夜ぁ!!」
「全く、手間取らせてくれるな」
冒険者の姿が見えなくなると、極夜は再度ナイフに手をかけ、ハクの右足にその鋭い刃先を振り下ろした。
極夜は続いて、ナイフをわざと揺らしながらハクの足から引き抜く。
この行動によって、ただ刺されるだけの時よりも傷口は開き、重症化する。
ハクは堪らず眼を見開き、腹の底から悲鳴を上げた。
「っ!!! あぁぁああぁあぁぁああ!!!!!」
「お前みたいなのは、こうやって痛めつけないと理解しないからな」
「くっ……、あ、あぁ、ぐぁあ……」
極夜はハクの上から退き、足を押さえてもがき苦しむ姿を眺める。
痛みにより、ハクは大量の冷や汗をかき、音が鳴るほど奥歯を噛み締める。
ハクの視界は霞み、音は遠のいていく。
「これで、追ってくることもできないだろ」
「極、夜……」
「身の程知らずの末路だな」
極夜は、足元に転がるハクの傷口を、容赦なく踏みつけた。
傷口を無理やり広げられたことにより、ハクは意識を手放しかける。
「ああああぁぁぁあああ」
「バカな奴だ」
痙攣をおこすハクを一瞥し、極夜は踵を返して冒険者の後を追う。
1人残されたハクは、血が出る程唇を噛み、息を荒げ、必死に意識を掴み続ける。
「ム、ク……、ムク……」
ハクの瞳からは、痛みからか、屈辱からか、一筋の涙が零れ落ちた。
ハクは、回らない頭を最大限動かし、ムクを救う方法を考える。
(ムク、ムク、ムク……!!)
――ありがと
ムクの、冒険者に襲撃される直前の言葉がハクの頭を過ぎる。
ハクは、ムクの感謝の意に気付き、顔を顰めた。
(ムクは、知ってたんだ。こうなるって。自分が、襲われるって。だから、あんなこと……。それなのに、俺は……!! あいつは、ムクは、俺と、ウンディーネを……)
ハクは、自分の考えを止め、ふと頭に浮かんだ名前を口に出した。
「ウンディーネ……」
痛む足を引きずり、ハクは匍匐前進の様に動き始める。
重い身体を無理やり動かし、ハクは来た道を引き返す。
「俺じゃ、ダメだ……。ウンディーネ、なら……、きっと、何か……」
ハクは、己の無知を知る。
ハクは、己の無力さを知る。
ハクは、己の愚かさを知る。
ハクは、己の罪を知る。
ハクは、ムクの罪を知る。
ハクは、僅かな希望を胸に、ウンディーネの待つ泉へと向かった。




