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第22話 不穏

久しぶりの投稿になります。

お待ちくださった読者の方々に盛大な感謝を。


「燃えろ!」


 ハクの声に合わせ、魔物の形をした木材が火を吹く。


「いい調子」

「だろ?」


 自分を褒めるムクの声に、ハクは得意げに笑う。

 ウンディーネは、いつもの様に、微笑みを浮かべながら2人を眺めていた。

 ハクがこの世界へと召喚されてから、約1か月の月日が経った。

 特に大きな出来事があるわけでもなく、それなりに平和な日々を過ごし、ハクはこの世界に馴染んでいた。

 毎朝の様に泉へ訪れては体を洗い、魔法の特訓。

 午後は食料を調達するため森へ出かけ、魔物と格闘する。

 ムクが人間に襲われている時間だけは、慣れることは無かったが。


「ハク」

「なんだ?」


 毎日森を駆け回っていることで、ハクの足腰は鍛えられ、1カ月前よりも頼もしく瞳に映り込む。

 ムクは、そんなハクの姿を眩しそうに見つめ眼を細めた。


「なんでも、ない」

「? そうか」


 ハクから視線を逸らし、ムクは少し寂しそうに俯いた。

 首を傾げ、ハクは魔法の鍛錬へ戻る。

 今は、春から夏へ移り変わる季節。

 暑さから袖を捲るハクを、ムクは静かに見つめていた。


「ハク様、随分と上達いたしましたね」

「うん」

「……」


 ウンディーネは、そっとムクのそばに寄り添い、声をかけた。

 ムクはそっけなく言葉を返し、ウンディーネは寂しそうに、それでいてどこか嬉しそうに微笑んだ。


「何か気になりますか?」

「……ハクは、もう、私がいなくても、大丈夫?」


 優しく問いかけるウンディーネに、ムクはその赤い瞳を揺らし、問い返した。

 その表情に、ウンディーネは眼を見開き、何かを察したように顔を歪めた。


「何か、見えたのですか?」

「……」

「そう、ですか」


 魔族は、長く生きると特異体質を習得することがしばしばあった。

 これは、本人が望んでいない物を習得する場合が多く、大抵は能力を持て余してしまう。

 ムクの場合、数個の特異体質を習得しており、その中に『未来視』が含まれていた。

 ウンディーネ曰く、『人間に襲われる未来を回避するためのもの』。

 しかし、常に未来が見えているわけではなく、稀に、映像が頭の中へ流れてくる程度であった。

 今回のムクの反応を見、ウンディーネは未来視によるものだと判断した。

 何も語らないムクに、ウンディーネは泉から体を乗り出し、ムクの肩に頭を乗せた。


「ムク様……」


 泉に浸かっていたにも関わらす、一切濡れていないウンディーネの髪は柔らかく、果実の香りがした。


(ムク様は、変わられた。私では、何も変えてあげることはできなかったのに……。ハク様は、僅か数日で、ムク様を変えてしまった。折角、ハク様と出会ってこうも変わられたのに、あぁ、なんてこと……)


 ウンディーネには、ムクが何を見たのか分からない。

 それでも、ムクが何を考えているかは、なんとなく理解できた。

 感情が分からないムクでは、自分の考えを伝えることはできない。

 だからこそ、勝手に感情を読み取ってそばに寄り添ってくれるウンディーネの存在が、何よりもありがたかった。


「ウンディーネ」

「はい、なんでしょう」

「ハクは、1人でも、大丈夫……?」


 ムクは再度、言葉を変えてウンディーネに尋ねた。

 ムクに寄り添いながら、ウンディーネは言葉を探す。


(……簡単に、肯定することもできるでしょう。でも、もし、答えを間違えたのなら、ムク様は消えてしまうのでは?)


 ウンディーネの思い描いた『消える』は、様々な意味を含んでいた。

 どんな言葉をかけても、『何か』は確実に消える。

 その事実を頭で理解していたウンディーネは、黙って言葉を探す。

 ただ、ウンディーネは、悩むようで悩まなかった。


「えぇ、きっと」

「……そ、」

「壊れてしまうでしょうね」

「……え」


 続いたウンディーネの言葉に、ムクは声を漏らす。

 ウンディーネははっきりと断言した。

 今、笑っているハクは、見る影もなくなる程に壊れると。


「ムク様が何を見たのかは、私にはわかりません。それでも、ハク様は、ムク様が消えるその瞬間を目撃したならば、確実に、壊れてしまうでしょう」

「……うん」


 普段と同じ微笑みで答えるウンディーネに、ムクはただ返事だけを返す。

 2人はどちらからともなく自然に手を合わせ、繋いだ。


「ウンディーネ」

「はい、なんでしょう」


 ムクは、静かにウンディーネの名を呼ぶ。

 こちらを振り向くことなく、鍛錬に励むハクの背中を眺めながら。


「――」


 その小さな口から紡がれた言葉に、ウンディーネは大きく眼を見開いた。

 微笑みを維持することができず、ウンディーネは瞳を潤ませ、唇を噛む。


「あとは、よろしく、ね」

「……我が主の、御心のままに」


 ウンディーネは大きく身を乗り出し、優しくムクを抱きしめる。

 横から抱きしめられたムクは、ただ自分の肩に回された腕に手を添えた。

 互いを支え合うように抱きしめあう二人は、静かに瞼を閉じる。

 風に吹かれ、2人の長い髪は宙を舞い、互いに絡まり合った。


「ムク、そろそろ帰るぞ!」


 身体を寄せ合う2人に、ふいに声がかかった。

 鍛錬を一通り終わらせたハクが、2人へと歩み寄る。

 ハクの髪もまた風に吹かれ、ふわりと靡く。


「あら、ハク様、随分と髪が伸びましたね」

「あぁ、ちょっと鬱陶しい」


 ハクの顔を見たウンディーネが、ふと気づいたように声を上げた。

 ハクはウンディーネの言葉を肯定し、自分の髪を指で弄ぶ。


「でしたら、ここで切っていきませんか?」

「え?」

「弟達の髪をよく切っていましたから、慣れているんですよ」


 少しお待ちを、と言い残し、ウンディーネは泉の底へと沈んでいった。

 ハクはムクの隣に立ち、ウンディーネの帰りを待つこと数分、ウンディーネは一つの箱を持って浮かび上がってきた。


「おかえり」

「こちらを使います」


 ウンディーネは箱を開き、ハクに中身を見せた。

 そこには鋏、鏡、櫛など、水で作られた散髪に使う道具が収められていた。


「これ、水でできてんのか?」

「えぇ、切れ味は抜群でございます」


 触れると、ひんやりと冷たいその道具に、ハクは感嘆の声を上げる。

 椅子に座ることを勧めてくるウンディーネに、ハクは迷うようにムクを見た。


「大丈夫なのか?」

「……多分」

「多分かぁ」


 躊躇うハクを気にせず、ウンディーネは淡々と準備を進めていく。

 楽しそうに準備をするウンディーネの表情に、ハクは溜め息を吐き、諦めたように椅子に座った。


「ちゃんと格好良くしてくれよ」

「勿論でございます」


 ハクの髪を梳かしながら、ウンディーネは優しく微笑む。

 まだ不安要素が残っているハクは引き攣った様に笑い、ムクへと視線を送る。

 ムクは元から興味が無かったかのように、鏡を見て遊んでいた。


「では、いきますよ」

「あ、はい」


 逃げ場のない現状に再度溜め息を吐き、ハクは肩の力を抜いた。

 静かな森に、髪を切る鋏の高い音が響き渡る。

 規則正しく鳴り響く鋏の音に、ムクは顔を上げハクを見る。


「大丈夫だよ」

「そうかぁ?」

「うん」


 徐々に短くなっていくハクの髪を眺めながら、ムクはハクに声をかける。

 自分の足元に落ちた髪を眺めながら、ハクは信用していないように言葉を返した。

 一際大きく鋏の音を響かせた後、ウンディーネは笑顔で告げた。


「失敗しました~」

「嘘でしょ!?」

「はい、上手く行きましたよ」


 驚愕で声を上げつつも、鋏を恐れて振り返れないハクに、ムクは鏡を差し出した。

 急いで鏡を覗き込んだハクは、そこに移りこんだ自分の姿に安堵した。


「なんだ……。割と大丈夫だ……」

「お戯れ、お許しください」


 鋏を机に置き、ウンディーネはハクに対して一礼する。

 ムクと最初に出会った頃より僅かに短い髪は、綺麗に整い、爽やかな雰囲気に見えた。


「ありがとう、ウンディーネ」

「この程度でしたら、いくらでも」


 優しく微笑むウンディーネに礼を告げ、ハクはふとムクに視線を送った。

 長く伸びたムクの髪を見て、ハクはムクに提案した。


「ムク、髪切ってもいいか?」

「私の?」

「あぁ」

「いいよ」


 自分の前髪に触れながら、ムクはあっさりと承諾した。

 断られると思っていたハクは少々面喰い、ムクの顔を見つめた。


「ハクが切るの?」

「あ、あぁ……」

「分かった」


 ムクは、鋏をハクに手渡し、大人しく椅子に座る。

 ウンディーネは馴れた手つきでムクの髪を梳かし、前準備を済ませる。


「どんな髪型がいいとか、あるか?」

「特にない」

「後ろは切らない方がいい?」

「こだわってない」


 お任せで、と注文を受けたハクは、苦笑した後、前髪から切り始めた。

 ゆっくりと、ウンディーネとは異なる手つきで切り進めていくハクは、自分の好みで刃先を操る。

 ムクは特に心配する様子もなく、瞼を閉じて事が終わるのを待つ。


「っし、できた!」

「まぁ、なんと可愛らしい!!」


 数十分後、大きく鋏の音を鳴らしたハクは、終了を告げる。

 ムクの顔を覗き込み、ウンディーネは両手を合わせ驚嘆の声を上げた。

 眼を開けたハクは、差し出された鏡を見て、僅かに驚きを表情に浮かべた。


「前髪……」

「もうちょい長い方がよかったか?」


 前髪は眉毛の上で切り揃えられ、サイドも合わせて短く切られていた。

 ハクが元いた世界で言うところの『姫カット』という切り方だった。

 後ろ髪は腰周辺でバッサリと切り揃え、以前の重たい雰囲気を一蹴していた。


「髪、軽い……」

「とても可愛らしくていらっしゃいます」


 ムクは、鏡を置いて立ち上がり、くるり、と1回転して見せた。

 髪を半分近く切り落とされたことで、数キロ軽くなった頭に、ムクは踊る様に歩き回る。


「ハク様は器用なのですね」

「器用って言うほどでもねぇけどな」


 ハクはムクへと歩み寄り、右手を差し出した。

 ハクを見上げるムクに、ハクは優しく微笑んだ。


「可愛いよ、ムク」


 ハクの言葉に、ムクは僅かに眼を見開き、静かにその手を取った。


「……うん」

「うん」


 ハクの右手に、ムクの左手が重なる。

 小さく、細いムクの手に、ハクは優しく口づけを落とした。

 表情の変わらないムクに、ハクはニヤリと口元を歪ませ、突然ムクの体を持ち上げた。


「それっ!」

「わっ」


 お姫様抱っこをし、ムクの体を抱えるハクに、ムクは驚愕の声を漏らす。

 落ちないようにハクにしがみつくムクに、ハクは嬉しそうに笑う。


「軽いな」

「軽く、無い」


 眩しい程の笑顔を浮かべるハクに、ムクは眼を細め、これからの出来事に胸を痛める。

 何も知らないハクは、ただ、幸せそうに笑っていた。




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