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第20話 魔法


「だから、こう」

「だーかーらー!! わかんねぇっての!!」


 翌日昼下がり、2人は泉へ出向き、ウンディーネと共にランチを楽しんだ後、魔法について口論を展開していた。


「……ハク、才能ない?」

「お前の教え方が悪いんだ!」


 ムクは、お手本としてハクに詠唱無しの魔法を見せていた。

 本来、魔法には詠唱が必要で、詠唱を省略するには、高度な技術と膨大な魔力と知識が必要であった。


「ムク様、ハク様は初心者ですので、詠唱有りの魔法をお教えするのが最適でしょう」

「そうだぞー」

「……」


 痴話喧嘩を笑顔で眺めながら、ウンディーネが口を挟む。

 ウンディーネに同意し、腕を組みながら頷くハクに、ムクは少々機嫌を損ねた。


「それで、何故ハク様は炎属性の魔法を習得しようとなさっているのですか?」

「ん? ムクが炎属性が一番俺と相性がいいって」

「……え」


 ハクの言葉を受け、ウンディーネは静かにムクへ眼を向ける。

 何かを訴える様に、ムクは黙ってウンディーネの瞳を見返す。


「そう、ですか……」

「何?」

「いえ、なんでもありません。習得まで、頑張ってくださいね」

「おう」


 ハクは、何かを隠そうとする他人に深く踏み入ろうとしない。

 その性格を利用して、ムクとウンディーネは堂々と互いの心中を探り合う。


「それで、詠唱って?」

「魔法と魔術、両方の発動に必要な言葉のこと。たとえば」


 ムクは、人がいない方向へ向けて右手を伸ばし、口を開いた。


「……燃えろ」


 ムクの声に反応する様に、泉の周辺に生えていた一本の木が突然火を放ち、燃えた。

 徐々に大きくなる炎に、ハクは顔を引き攣らせる。


「ムクさん、なんで燃やしたんですか?」

「……? 分かりやすい、でしょ?」

「死ぬわ!!」


 ハクは、燃え盛る木を指さして叫ぶ。

 炎はすでに周辺の草木に燃え移り始めており、大事になるのは明らかであった。

 首を捻るムクに説教をするハクと、何故怒られているのか分からないムク。

 2人を眺めながらにこやかに笑い、ウンディーネはハクを宥める。


「大丈夫ですよ、ハク様」

「ウンディーネ? ……あ」

「私は、泉の女神ですから」


 自分の存在を再認識させたウンディーネは、燃える木々へ向き直る。

 自然と泉から妖精が浮かび上がり、ウンディーネの周りに集まっていく。

 ウンディーネは両の手を広げ、告げた。


「さぁ、みなさん。……鎮火を」


 穏やかに紡がれた言葉に応じ、泉は揺らめき、妖精は木々を囲むように散った。

 妖精の手には水でできた大きな一枚のシルクのようなものが持たれていた。

 一枚の布を、燃え盛る森に被せるようにして手を離した妖精は、ウンディーネの元へ帰ってくる。

 全ての妖精が自分の傍へ帰ってきたことを確認したウンディーネは、一度だけ、指を鳴らした。

 すると、燃える木々を覆っていた水の布ごと、全ての炎が水滴となって弾け飛んだ。

 弾けた水滴は空を舞い虹を作る。

 正確に鎮火したことを確認したウンディーネは、一歩下がりながらムクへとバトンを渡す。


「ムク様、仕上げを」


 ウンディーネの魔法を眺めながら、再度腕を伸ばしていたムクは、ウンディーネの言葉を聞き、今度は土属性の魔法を発動させた。


「大地に、祝福を」


 ムクによる魔法の発動を感知した森は、光を放ち自身の修復を始める。

 燃え焦げた部分を光が覆い、細胞を活発化、成長させることで修復させる。

 たちまち元の姿へ戻った森を眺め、ハクは口を開いて驚愕し、その場に固まっていた。


「……すげぇ」

「このくらい、当然」

「ですので、いくら無茶しても大丈夫ですよ。そのために、ムク様がここを練習場所に選んだのですから」


 微塵も謙遜する素振りを見せず、ムクとウンディーネはハクへ言葉を投げる。

 ここまでの一連の流れを受け、ハクは再認識した。


(こいつら、人間じゃねぇ……!!)


 もちろん、ハクが初めて出会った時からムクとウンディーネは人間ではない。

 それでも、改めてそう思わざるを経ない程、ハクの受けた衝撃は強かった。


「じゃ、ハクもやろ?」

「無理無理無理」

「無理じゃ、ない」


 自分の腕を引っ張るムクの瞳を見ないように顔を逸らしながら、ハクは力の限り抵抗する。

 初心者、とウンディーネも口にしたはずなのに、ムクの指導には容赦のかけらもなかった。

 自信を根底から折られたハクは、泣きながらウンディーネに助けを求める。


「ハク様、何も最初から大型魔法を習得しろと言っているのではありませんよ」

「本当……?」

「えぇ。ゆくゆくは、あれくらいの力を身につけられるように練習していきましょう」

「うぅ……。ウンディーネが女神に見える……」

「ハク、それは失礼」


 女神に対して無礼を働くハクを戒めながら、ムクはハクの腕から手を離した。

 そして、話題は詠唱に移っていく。


「詠唱って、よく分からない言葉じゃないんだな」

「うん」

「あと、長くない」

「それは、属性によって変わりますね」


 ハクは、2人の魔法を見て、感じたことを述べていく。

 ハクの感想に応じて、2人は順番に説明を重ねる。


「詠唱は、基本的に日常用語でできてる。『燃えろ』とか、『鎮火を』とか」

「属性によって、言葉遣いは異なります。これは、属性を司る精霊の性格から来ています。炎属性は命令口調。水属性は物腰柔らかに。風属性は少々強気。土属性は大地を敬うように、と。そのような感じになっていますね」


 2人の説明を、ハクは頷きながら聞いていく。

 ハクの熱心な態度に、ウンディーネは嬉しそうに笑いながら補足した。


「ハク様の持つ『複雑で、長文』の詠唱のイメージは、闇属性が一番近いのではないでしょうか」

「闇属性?」

「精霊・シェイドが司る属性でございます。彼の言い回しは、少々、理解しがたいところがございますので、ハク様のイメージと合致することでしょう」


 ついでだと言う様に、ウンディーネはハクに知識を吹き込んでいく。

 ウンディーネがハクの相手をしている間に、ムクは持ってきていた籠から、ランタンを取り出し、机の上に置いた。


「いいよ」

「では、ハク様。実践と行きましょう」

「え? もう?」


 ムクの合図を受け、ウンディーネはハクを促し、基礎を教え込む。

 姿勢、声色、心構え。

 魔法を発動する際に大事な要素を簡単に指導し、ハクは見よう見まねで体を動かす。


「あのランタンに、火をつける」

「詠唱は?」

「詠唱は、人によって違う。心に浮かんだ言葉を、口にするだけ」


 簡単そうに、ムクが告げる。

 最後の最後でお手本が存在しないことに気づき、ハクは顔を顰めた。


(心に浮かんだ言葉……)


 ランタンの中には、細い蝋燭が一本立っている。

 蝋燭の芯、紐部分に焦点を当て、ハクは右手に神経を集中させる。


「魔力は、意識しなくていい。ただ、集中するだけ」

「大丈夫ですよ。ハク様なら、きっと」


 ハクの耳にはもう、2人の声が届いていなかった。

 集中力を高めたことにより、外界の音が遮断され、ハクの世界には自分とランタンだけの閉ざされた空間が出来上がる。


(ランタンに、蝋燭に……。火を、点ける)


 ハクは眼を閉じ、言葉を連想していく。

 大きすぎず、小さすぎず。

 炎に関する言葉で、命令口調。

 数秒、考え込んだハクは、ゆっくりと眼を開き、言葉を紡いだ。


「……灯れ」

「「!?」」


 ハクの口にした言葉に、ムクとウンディーネは驚愕する。

 何故なら、その言葉が完璧な正答であったから。

 詠唱には、これでなければならない、と確定している言葉は存在しない。

 ただし、『これを唱えれば絶対に成功する』言葉は存在していた。

 絶対の詠唱は、属性を司る精霊でもすべてを把握しきれておらず、その存在すら知らない者も少なくは無かった。

 ハクの唱えた言葉はこの部類に当たり、ムクとウンディーネは成功を確信した。


「どう、だ……?」


 ハクは眼を細め、蝋燭の先端を見る。

 期待と不安の混じった6の瞳に見つめられる蝋燭の芯が、揺れた。


「ハク、やったね」

「ハク様!」


 詠唱から数秒後、ランタンに、確かな火が灯った。

 暖かな光を放つランタンは、ハクに悪戯をするように発動を遅らせ、笑うように火を揺らす。


「やっ、た……?」

「えぇ! おめでとうございます!」

「おめでと」


 実感がわかないハクに、ムクとウンディーネは大きく体を動かし祝福する。

 ウンディーネは泉から出ず、その場で拍手を送る。

 ムクは、無表情のままハクに抱き付いた。

 魔法とは、魔術を習得した後、長い期間の訓練を経て習得する物であり、初心者が一度で成功させられるものではなかった。

 しかし、そんな事実を知らないハクは、2人の喜びようを大袈裟なものと受け取り、しかし、嬉しさで顔を綻ばせた。


「よっしゃあ!」




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