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第18話 世界情勢


「この世界には、大きく分かれて二つの種族が存在しています。魔族と、人です」


 ウンディーネは、1つずつ順を追って話し始めた。


「魔族と人の最大の違いは、その容姿。人は、茶髪に黒目、白い肌で統一されており、それ以外の容姿を持って生まれることはありません。それに比べ、魔族は、髪色、眼の色、肌色の全てが統一されておらず、多種多様な容姿を持って生まれます」

「俺は?」

「ハク様は、異世界のお方ですから例外ですね」


 自分の髪に触れて問うハクに、ウンディーネは優しく笑う。

 ムクは、話題に特に興味を示すことなく、ただ耳だけを傾けていた。


「基本的に、魔族の方が体内に含む魔力量が多く、比例して魔法が強力です。人の中に例外も生まれることがありますが、ここ数千年は現れていません」

「じゃあ、本当にレアな存在なんだな」

「えぇ。ただ、人から魔族に転身した場合、その者の魔力は莫大に跳ね上がることになります」

「なんで?」

「人の身体で、魔族の性能を受け止めきれない為、身体ごと作り変えられるからです」


 ウンディーネの話を聞きながら、ハクはムクへと視線を向けた。

 何も気にすることなく紅茶を楽しむムクに、ハクは1つの疑問を抱く。


(こういう話してて、気分悪くなったりしないのか)


 ムクは、人間から吸血鬼に転身した存在。

 故に、このような類の話題は、ムクにとってはタブーであるとも考えられた。

 しかし、ムクに気を悪くした素振りは無く、ハクはウンディーネへと視線を戻した。


「人は、5つの国を持っています。東西南北とその中央に1つずつ、大国を築き上げ、村などの小さな集落を統率しております。たとえば、ここ、エーデレスト王国では、国の周囲に壁を築き上げ、魔族の侵入を抑えています。壁の外には、冒険者ギルドがいくつかあり、魔族討伐への派遣は、ほとんどここから行われます」

「冒険者だけ、壁の外って、危なくねぇの?」

「魔族討伐を行える冒険者は、それだけ腕の良い者だけに限定されていますから」

「腕のいい、ね」


 ハクは、言葉の意味を考えながらムクを凝視する。

 今朝であった人間は、お世辞にも魔族討伐に長けているようには見えなかった。

 後遺症すら残さず全快したムクに、ハクは苦笑する。


「お察しの事とは思いますが、魔族と人は敵対関係にあり、長らく戦争状態が続いております」


 ウンディーネは、ハクの反応を窺いながら話を進めていく。

 ムクは、三人のティーカップに、タイミングよく紅茶を注ぎながら星空を眺めていた。


「どれくらい長く?」

「……およそ、3000年前から」

「そんなに?」

「えぇ。人による対魔族術式は年々強化されておりますし、魔族もまた同じ。互いが互いを牽制し合い、戦況はもはや泥沼状態。特に、魔王の指揮を持たぬ魔族は、全体の統率がとれておらず、作戦の立てようがないのです」


 言葉を重ねるたびに、ウンディーネの表情は曇っていく。

 ムクからも聞かされていた『魔王のいない魔王軍』についての話。

 魔族が暴走した結果である現状に、ウンディーネは自然と溜め息を吐く。


「3000年前は、魔王様が指揮を執っていたのです。しかし、500年前、突然姿を消した魔王様の代わりに、1人の跡継ぎが魔王の座に就きました。……その方は、まだ幼すぎた。戦争について何もわからない赤子のような存在に、魔族の中でも対立が起きてしまったのです」

「魔王派と、それ以外か」

「その通りです。魔王派の人間は少なく、中心となっているのは幹部以上の地位を持つ5人と、私達属性を司る精霊です。私達は、反魔王派から必死に新魔王様を隠し、それを好機に思った奴らは、魔王様の指揮無しで勝手に暴れまわり、戦況を乱しています」

「その新魔王は、今どこに?」


 ハクは、躊躇うことなく魔族の中に踏み込んでいく。

 ウンディーネは、一瞬言葉を詰まらせ、微笑んだ。


「すぐ、そばに」


 その微笑みは、優しく、何かを慈しむ様な笑みであった。

 ハクは咄嗟に振り向き、ムクを見つめた。

 特に会話による変化も反応もなく、空を眺めるムクは、ただの少女にしか見えなかった。

 ハクは今度はウンディーネを見つめるが、微笑みで躱されてしまい、真相は分からず仕舞いであった。


「なんか、一気に情報が入ってきた気がする……」

「そうですね。1度に理解するには、少し情報が多いかもしれません」

「あー、少し夜風に当たってくるわ」


 頭を抑えながら立ち上がったハクを、ウンディーネは引き留めることなく、泉へ手を伸ばす。

 泉の妖精を数匹呼び寄せ、ハクの護衛を任せる。


「くれぐれも、遠くへは行かないでくださいね」

「あぁ」


 泉の妖精を連れて、ハクは森へと出かけて行った。

 女2人だけ残った空間で、ウンディーネは葡萄を口へと運んだ。


「ハク様に、務まるのでしょうか」

「ハクなら、大丈夫。きっと、……魔族を、変えてくれる、よ」

「そう、ですね」


 ムクも葡萄を1粒つまみながら、強く断言する。

 ムクの豹変ぶりを想いながら、ウンディーネも弱く賛同する。


「ウンディーネ」

「なんでしょう」

「……ハクには、言わないでほしい」

「どこから、どこまで」


 ムクは、ティーカップを置き、真っ直ぐにウンディーネを見る。


「全部。最初から、最後まで。……ハクが、自分で気付くその時まで」


 無表情のムクの瞳には、決意の強さが映り込んでいた。

 ウンディーネの瞳もまた真剣そのもので、2人は互いに見つめ合う。


「本当に、いいんですね」

「うん」

「後悔は?」

「……しない」


 ムクの決心が揺らぐことは無く、ウンディーネの胸に深く刺さる。

 眼を細め、真意を見定める様に問うウンディーネに、ムクは無表情を以て答える。

 次第に、ウンディーネは困ったように笑い、椅子から立ち上がり、跪いた。


「……仰せのままに、我が主」

「うん」


 跪いた後、ウンディーネは立ち上がり、今度は嬉しそうに微笑んだ。


「ムク様の口から我が儘を聞いたのは、これが初めてですね」

「そう」

「えぇ。大変、嬉しく思います」


 嬉々として笑うウンディーネに、ムクは気まずそうに眼を逸らす。


「そんなんじゃ、」


 その時、2人の背筋を、何か、凍るほどに冷たいものが駆け巡った。


「「!!」」


 ムクは口を開けたまま呆然とし、ウンディーネの顔は青ざめる。

 2人は森へ続く道へと視線を投げ、頭を過ぎる最悪の魔物の名前を必死に振り払う。


「まさか、そんな!」

「ハク」

「ムク様!?」


 ムクは、ティーカップを乱暴に倒し、ハクのいる場所へと駆けた。

 ウンディーネもまた追いかけようとするが、足につながった鎖が鈍い音を立て、それを阻止する。


「……!! ハク様、ムク様どうか、どうか……。助けて、ダユ……」


 ウンディーネは、自分の無力さを嘆き、その場に崩れた。

 一方その頃、何も知らないハクは泉の妖精と共に森を散策していた。


「やっぱ夜の方が雰囲気あるな」


 ハクは、周辺を観察しながら森を歩く。

 泉の妖精たちは、自由にハクの周りを跳びまわり、迷子にならぬ様、道しるべを零していた。


「これじゃ、迷子になりそうだな」


 泉の妖精の苦労に気付くことなく、ハクは独り言を溢す。

 5分ほどただ歩き回ったハクは、急に方向転換をし、泉へと戻り始めた。


「そろそろ戻らねぇと、あいつらが心配するだろうし」


 自然と泉へと足が動くハクは、泉の妖精の道しるべに従って歩く。

 泉の妖精は、ハクの周りで踊っていたが、突然姿を消した。

 平穏無事に終わるはずだった夜の散歩は、唐突な終わりを迎える。


「あれ、妖精が……」


 ハクは、妖精が姿を消したことに気が付き、歩みを止めた。

 すると、ハクの背中に冷たいものが走った。

 それと同時に、ハクの背後から強い殺気が放たれた。


「っ!」


 たまらず、ハクは後ろを振り返り、殺気の正体をその瞳で捉える。


「……え」

「グゥウウゥゥ……」


 ハクの背後にいたのは、狼程の大きさの黒い動物。

 赤い眼をギラリ、と光らせ、狼とも犬とも見えるその身体は黒い毛で覆われており、不気味に揺らめいていた。

 ハクは、その動物から感じられる殺気に防衛本能が働き、ゆっくりと後ろへ後ずさる。

 しかし、その動物は一歩も動くことなく、ただ真っ直ぐにハクを睨みつけていた。


「なんだ、コイツ……」

「グゥウゥゥウ」


 呻き声を上げるその動物は、離れていくハクを追わず、その場に留まっているように見えた。

 ハクがその動物から眼を離さずに5歩目を後ろへ踏み出した時、突然、その動物が1歩前へ踏み出した。


「うわっ!?」


 驚愕したハクは、足元の木の根に躓き、無様に転んだ。

 頭を打ったハクは、すぐそばまで迫っているであろうその動物を恐れながら薄く眼を開けると、そこにはハクを庇うように立つ見慣れぬ男の姿があった。


「……え」

「……」

「グウゥウゥゥ」


 黒く長い髪を1つにまとめたその男は、紅い瞳が光ったように見えた。


「ハク!」

「ムク!?」


 背後から聞こえた自分の名を呼ぶ声に、ハクは驚いて振り向く。

 魔法を使うことも忘れ、息を切らして走ってきたムクの姿に、ハクは妙な安堵感を覚えた。

 しかし、すぐに目の前の不気味な動物を思い出したハクは、その動物へと視線を戻した。

 が、そこには、不気味な動物も、紅い眼を光らせる男もいなかった。


「あ、れ」

「ハク、無事?」

「お、おう……」


 そばに走り寄ってきたムクに、曖昧な返事を返しながら、ハクはもう1度先程まで動物がいた場所へ眼を向ける。

 動物も男も跡形もなく消え失せた後のその場所は、冷たい夜風だけが占領していた。


「今の、は?」

「ブラックドッグ。……不吉な、妖精」

「男は?」

「ハク以外、いなかったよ」

「え?」


 2人は、静かに泉へ帰る。

 大木の影に潜む、動物と男の姿を見落として。

 不気味な森は、呻き声を上げる様に音を立てていた。




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