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第15話 名前


「でも、この兎も名前がないと、何かと不便だよな」

「子兎で、十分」

「いや、そうだけど……」


 昼食をとりながら、ハクは足元にいる子兎を話題に出した。

 ムクは、特に興味を持つことなく、ゆっくりと紅茶を口に含んでいく。

 相変わらず、感情を理解しきれていないムクに、ハクは苦笑する。


「やっぱ、名前があった方が嬉しいだろ。な?」

「ぴきゅぅ?」

「別に、いいって」

「そう言うなって」


 ハクは子兎に同意を求めようとして、あっさりと躱される。

 子兎の言葉を通訳するムクの言葉を、ハクは冗談として受け取り、名前を考えていく。


「何がいいかな……」


 腕を組み、ハクは頭を悩ませる。

 ムクは、自分の腕の中に子兎を呼び寄せ、優しく子兎の毛を撫でる。


「かっこいいのがいいよな……」

「……チーズ」

「え?」

「チーズ」


 ポツリ、とムクは声を漏らした。

 目の前に置かれたチーズの入った小皿を眺めながら。


「いや、それは……」

「じゃあ、サケ」

「食べ物から離れような」


 ハクは再び苦笑し、ムクの頭を撫でる。

 自分の提案を否定されたことを不満に思ったのか、ムクは目を伏せた。


「食べ物……」

「ムク、そのうち子兎を食料として見始めるんじゃ?」

「それは、ない。……多分」


 ハクの疑問を、ムクは自信なさげに否定した。

 その言葉に、突然子兎がムクの膝の上から飛び上がった。


「ぴきゅぅ!!」

「うわっ!?」


 子兎は、目的も無く飛び上がったため、テーブルの真ん中へ着地する。

 子兎が着地した場所には、果物を盛り付けた皿が置いてあった。


「ぴきゅっ!?」

「あぁ!!」


 果物の盛りつけられた皿はひっくり返り、子兎めがけて果物が落下する。

 衝撃に弱い果物は、子兎の体にぶつかるやいなや、弾け飛び果汁をまき散らす。

 真っ白な子兎の毛は果汁により染められ、色とりどりな柄を付けた。


「あぁ……」

「ぴきゅ……」


 ハクは、子兎を抱き上げ、テーブルの上から救出する。

 自分がしたことを理解しているのか、子兎は項垂れ、ハクの手の中で大人しく縮こまっていた。


「派手にやりやがって」


 ハクは、抱き上げた子兎の全身を眺める。

 窓から差し込む太陽の光に照らされ、子兎の体は白、紫、黄、赤、緑と、色とりどりに照り光った。


「なんというか……」

「「綺麗」」


 ハクの言葉に、ムクの声が重なった。

 ハクとムクは、互いに眼を合わせ、子兎に眼を戻す。

 美しく重なった感想に、ハクは思わず笑いが込み上げる。


「…フ、ハハハ!」

「何?」

「いや、何でもねぇ」


 突然笑い始めたハクに、ムクは首を捻る。

 ムクに対し、理由を答えることもなく、ハクは眼を細めて子兎を見つめた。


「よし。お前は、『キャンバス』だ!」

「……『キャンバス』?」


 聞きなれない言葉を、ムクは無意識に復唱する。


「キャンバスってのは、簡単に言うと絵を描くための布だな」

「……? それが、どうして子兎の名前に?」


 ハクの説明を聞いて尚納得の行かないムクは、答えを求める様にハクの眼を見つめた。

 ハクは、持っていた子兎をムクに見せつけるように差し出し、笑った。


「絵、みたいだろ?」

「……あ」


 子兎は今、果汁によって体毛を染め上げていた。

 キャンバスとは、ハクが元いた世界で、油絵を描く為に使う布のことを指していた。

 キャンバスは、大抵が白い。

 子兎の体毛は、純白。

 ハクは、果汁に染まった子兎の体を、キャンバスに例えたのだった。


「な?」

「うん」


 ようやく理解したムクは、同意を求めるハクに、1つ頷いて見せる。

 勝手に自分を呼ぶ声を、子兎は抵抗することなく受け入れていく。


「キャンバス」

「ぴきゅ」


 ハクは、子兎の顔を自分の方へ向け、1度名前を呼んでみる。

 すると子兎は、1つ、短く鳴き声を上げた。

 それを聞き、ハクは満面の笑みを浮かべる。


「よし!キャンバス!」

「ぴきゅ」


 嬉しさを抑えきれないハクは、もう1度子兎の名前を呼ぶ。

 子兎もまた、ハクの声に反応してもう一度鳴き声を上げた。


「よーし。じゃ、キャンバスの体、洗ってくるわ」

「あ、ハク……」


 ハクは、そのまま子兎を抱え、家の横を流れる小川へ向け走り出した。

 勢いよく飛び出したハクは、まるで少年の様に輝いていた。

 ムクは一人取り残され、開いたままの扉を閉めようと、立ち上がった。


「ハハハ!」

「ぴきゅぅっ!!」


 水を嫌がる子兎が飛び上がり、ハクは横で笑い転げる。

 玄関の扉から顔を出し、ハクと子兎を眺めるムクの顔は、どこかさびしそうに見えた。





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