第14話 子兎
ハクとムクは、ウンディーネの計らいにより、泉の妖精に護られながら家に向かっていた。
「ウンディーネとはどれくらいの付き合いなんだ?」
「えっと……、多分、500年?」
「長いなー……」
ムクは、ハクの手を離さず、自分の手に伝わってくる温もりに身を任せていた。
ハクは、目の前を踊りながら飛ぶ泉の妖精を追いながら、ムクに問う。
返された膨大な数字に、ハクは眼を細め遠くを眺めた。
「ウンディーネは、私の恩人」
「恩人?」
繰り返すように呟くハクに、ムクは1つ頷いて見せる。
昔を懐かしむように、目を伏せムクは語った。
「ウンディーネは、森で彷徨っていた私を拾ってくれた。……ここを教えてくれたのも、ウンディーネ」
ムクは、蔦をくぐり、自分の家が建つ広場を見渡す。
太陽が傾き、長めの影を作り、花は咲き誇る。
ハクは、家の横をながれる小川に眼をやり、ウンディーネの姿を思い出す。
「あいつ、泉から出られたんだな」
「出られないよ」
「え?」
ムクは、ハクを見上げ断言する。
ハクは、ムクの言葉に顔を顰め、ムクの話を思い返す。
「森を彷徨ってたところを助けられたんだろ?」
「うん」
「森に出てないか?」
「うん」
「ん?」
話を整理するほど、ハクの頭は混乱する。
頭を押さえ考え込むハクは、結論を見つけられず、ついにムクの記憶違いを疑い始めた。
「ムク、熱でもあるのか?」
「ないよ」
ハクは徐にムクの額に手を置くが、吸血鬼の肌は冷たく、逆に熱を吸い取られていった。
「冷た」
「吸血鬼は、冷たいよ」
ハクは、額から手を離し、ムクの顔を触る。
どの部分を触っても、ハクの手には、冷たい温度のみが伝わってきた。
「え、じゃあ、ウンディーネって?」
「ウンディーネは、前は自由に森を歩けた」
「前は?」
「うん。前は」
「今は?」
「今は、……泉から、出られない」
ウンディーネについて説明しながら、ムクはハクの手を強く握る。
力の籠るムクの手に、ハクは只ならぬ事情を察する。
黙って、ムクの手を握り返しながら、ハクは家の扉に手をかけた。
「ウンディーネには、好きな人が……」
「え?」
ポツリ、とムクは言葉を呟いた。
扉を開きながら、少女の話を聞き取れなかったハクは、ムクを振り返る。
聞き返そうと口を開くと同時、扉の隙間から白い物体が跳びだした。
「ぴきゅぅっ!!」
「わっ!?」
子兎はハクの顔に飛びつき、視界を塞ぐ。
驚いたハクは、バランスを崩し尻餅をついてしまった。
「んだ、この!」
「ぴきゅぅ! ぴきゅぅ!」
ハクは子兎を剥ぎ取ろうともがく。
しかし、子兎はハクの顔から離れず、爪を立てて無理やり張り付く。
「いってぇ!!」
「ぴきゅぅ!」
「離れろって!」
子兎の皮を引っ張り、ハクは顔からその小さな物体を引きはがす。
空中でなおもがき、子兎はハクの手から逃れようとする。
ハクは子兎を家の中へ戻し、溜め息を吐く。
「なんだよ」
「ぴきゅ……」
項垂れる子兎に、ハクは眉を顰めた。
ムクは、子兎の前へ進み出た後、しゃがみ、子兎を手に乗せた。
「寂しかった?」
「え?」
「ぴきゅぅ!!」
子兎を抱き、ムクは静かに語り掛ける。
ムクの言葉に驚愕したハクは、ムクを見下ろし声を漏らす。
心中を言い当てられ、嬉しそうな子兎は、1つ泣き声をあげムクにすり寄った。
「よしよし」
「ぴきゅぅ!」
ムクは子兎を撫で、ドレスに気を使いながら家の中へと入っていった。
子兎は甘える様に声を出し、心地よさそうにムクの手に撫でられる。
ムクと子兎を眺め、ハクは寂しげに笑う。
「本当に理解してるのかね」
扉に寄り掛かりながらムクを眺めるハクは眼を細める。
ドレスにベルト代わりに腰に巻かれたリボンが揺れ、ムクの可愛らしさを引き立てる。
家の中でも靴の音が響く。
その音は音楽の代わりとなりハクに安らぎを与えた。
「白まみれ」
白磁色の髪、真珠色のドレス、胡粉色の子兎。
3種類の白に包まれ、ムクの姿は無垢そのものであった。
「……愛いな」
クスリ、と笑い、ハクは扉を閉める。
ムクの後ろから子兎を見下ろし、ハクは子兎の頭を撫でた。
「だっこ、する?」
「あぁ」
振り返ったムクは、ハクに子兎を差し出す。
甘んじて受け取ったハクは、子兎をゆっくりと抱き上げ、その姿を観察する。
「ぴきゅ」
「優しく、ね」
ハクに子兎を預けたムクは、紅茶を淹れる為キッチンへと移動した。
ハクは、子兎を床に置き、遊ぶことにした。
「ほら、来い」
「ぴきゅ」
子兎は、ハクの周りを元気よく跳びまわり、たびたび躓いて転ぶ。
躓いては起き上がり、また転ぶ子兎に、自然とハクの口角が上がる。
「お前、歩くの下手だな」
「ぴきゅぅ!!」
「ハハハ」
あまりに何度も転ぶので、ハクは子兎をからかい始めた。
抗議する様に鳴き声を上げた子兎を本気にすることなく、ハクは悪戯を仕掛けた。
「ほれ」
「ぴっきゅ!?」
ハクが突然尻尾に触れたことで、子兎はひっくり返った。
腹を見せた子兎は、慌てて起き上がろうとして足をバタつかせる。
「ハハハ。起き上がれないのか」
「ぴきゅぅ!!」
ハクは子兎を抱き上げ、体勢を戻させる。
その拍子に、ハクはふと、子兎の脚に眼を留めた。
「お前、足の長さが……」
「ぴきゅぅ!」
「何?」
子兎を持ち上げ、ハクはその脚をまじまじと見つめる。
紅茶を淹れ終えたムクは、ティーカップを2つ持って戻ってきた。
ハクの言葉を聞き損ねたムクは、首を捻る。
「あ、ムク。いや、この兎、脚の長さがバラバラで」
「え?」
ハクは、子兎をムクに手渡す。
確かに、子兎の脚は、右前脚と右後ろ脚が長く、左前足と左後ろ脚が短かった。
ムクは自分の椅子に座り、子兎を膝に乗せてから丁寧に確認した。
「ぴきゅ!」
「これ……」
「俺のいた世界にも、そんな幻獣がいたんだよな……。名前は、確か……、そう」
子兎の脚を確認し、ムクは息を飲む。
ムクの反応に気を留めることなく、ハクは頭を悩ませた。
思い出した幻獣の名前を、ハクは笑顔で口にする。
「ダユ」
「っ!!」
「ぴ」
ハクの口から出た名前に、ムクはビクリ、と肩を震わせた。
子兎もまた耳を立て、反応を見せた。
「え?」
「ハク」
「何?」
ムクと子兎の反応に、ハクは首を捻る。
ムクは、冷たい声でハクの名を呼び、ハクは素直に答えた。
「その名前を口にしないで。……特に、ウンディーネの前では」
「? おう」
ハクに対して鋭く言い放ち、ムクは子兎を見下ろす。
子兎は、ムクの膝の上から動こうとせず、ムクの瞳を見上げていた。
「……まさか、ね」
「ぴきゅ」
無表情のままムクは子兎を眺め、その柔らかな毛を撫でた。




