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第12話 祝福

 ハクは頭を抱えのた打ち回り、ムクは無表情で泉に浸かる。

 ウンディーネは足を泉に入れたまま地面に腰掛け、笑顔で2人を眺めていた。


「フフフ、仲睦まじいですね」

「どこを見て言ってるんだ!!??」


 頬に手を当て、ウンディーネは感想を述べた。

 それを聞き、ハクは勢い良く起き上がり、ウンディーネに突っ込みを入れる。


「あら? 全体的に見て、でございますが?」

「やめろ!!」


 ハクをからかいながら、ウンディーネはムクの脱いだ衣服へ眼を向ける。

 何とか誤魔化そうと大きく身振り手振りをしながら話すハクに微笑み、ウンディーネは衣服を拾い上げ、穴の開いた部分を見て溜め息を吐く。


「また人間に襲われたのですね」

「うん」

「貴女様は……。もう少し、関心を向けられては?」

「……」


 穴を埋める様に、自分の手を衣服に当てながら、ウンディーネは意見を告げる。

 ムクは、ウンディーネの言葉を聞き、遠くを眺めていた赤い瞳にハクの姿を映した。

 無表情のまま、ムクはハクを見つめ、その姿に、涙を浮かべていた姿を重ねる。


「?」

「どうした?」


 何も言わず、ただハクを凝視するムクに、ハクとウンディーネは首を捻る。

 赤い眼を僅かに光らせ、ムクは徐に立ち上がった。


「……わかった」

「まぁ……!!」

「何が?」


 ムクは俯き、髪から水気を搾り取る。

 ポツリ、と呟かれたムクの言葉の意味を理解したウンディーネは眼を見開き、口を手で覆う。

 意味を理解しきれていないハクは、先程と反対方向へ首を捻った。


「本当に、えぇ……」

「だから、何が?」

「フフフ」


 ウンディーネは、嬉しそうに微笑み、体を揺らす。

 誰も正解を教えてくれない事に、ハクは顔を歪め、ムクへ視線を送る。

 ハクの視線に気付きながら、それを無視したムクは、ウンディーネから服を奪い取ろうと手を伸ばした。

 しかし、ウンディーネはムクの手を躱し、衣服を渡そうとはしなかった。


「あら、ムク様。このようなめでたい時に、このようなものを着るなど、品がありませんわ」

「別に、着られればいい」

「ダメです。……これは、私からのささやかな贈り物でございます」


 ウンディーネは、ドレスの裾を掴み、1つお辞儀をして見せた。

 ムクへ手を伸ばし、ウンディーネは空中で1つ円を描いた。


「……!」


 すると、泉の水が浮かび上がり、ムクの体を包み込んでいく。

 次第に水はムクの体に纏われ、真珠色の布へと変わっていく。

 ウンディーネの魔法により出来上がったのは、ウンディーネとは対照的なミニスカートのドレスだった。

 普段、素足であるムクの足には蔦が絡みつくようなデザインのサンダルが。

 濡れていたムクの髪は乾き、三つ編みを駆使し、綺麗に纏められ、飾りとして藤色の桜があしらわれていた。


「お似合いですよ」

「本当?」

「えぇ、とても」

「……ハク」

「え?」


 ウンディーネは、ムクの姿を見て優しく微笑む。

 不安そうに聞き返すムクは、ウンディーネの微笑みを見ても満足せず、今度はハクへ問いかける。


「似合ってる?」

「あ、えっと……」


 ムクはなかなか答えを出さないハクにドレスをよく見せる為、くるり、と1周回る。

 ふわり、スカートが舞いあがり、腰に着いたリボンが風になびく。

 ムクが1歩動くたびに、リン、と高く細い音が森に響き渡る。

 1回転では飽き足らず、滅多にすることの無い格好に、ムクは泉の周辺を歩き回る。

 不規則に動くムクの姿は、まるで泉の妖精が踊っているかのように可憐であった。

 靴から響く音、風に踊るドレス、光に照らされ輝く白い髪。

 舞い踊るムクの姿に、ハクは頬を赤く染め、ただただ見惚れていた。


「……綺麗だ」


 眼を細め、ムクを見つめるハクの表情は、優しく、柔らかく、愛おしかった。

 それは、聞いているウンディーネの方が照れてしまうくらいに。


「ムク様に、直接言われては?」

「え? ……そう、だな」

「あら?」


 ウンディーネは、ハクをムクの立つ方向へ促そうとする。

 その言葉を否定することなく、誤魔化すことなく、ハクはムクへ向けて歩き始めた。

 ハクの行動に驚き、ウンディーネはハクの背中を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。


「では、ハク様も然るべき格好に」

 

 ウンディーネは、ハクへ向け、ムクにかけた魔法と同じものを発動させる。

 泉の縁に立ち、森と歌うムクへゆっくりと近づくハクの姿は、一歩踏み出すごとに変化する。

 来ているブレザーをベースに、真珠色へと変わる衣服は、まるでタキシードのようであった。


「ハク」


 自分へ近づいてくるハクに気付き、ムクは振り返る。

 ムクはハクが答えを導き出すまでの時間を使い、昨日ハクから受け取った花を編んで指輪を作っていた。

 その指輪を手に首を傾げるムクは、とても愛らしいものであった。


「ムク」

「何?」


 ムクの目の前に立ち、ハクは1度言葉を区切る。

 風は息を潜め、森は歌を止め静まり返る。

 続く言葉を促すように、ムクはハクを見上げ、耳を傾けた。


「……好きだよ」

「……!」

「!!」


 ハクの言葉に、ムクは肩を震わせ、僅かに眼を見開く。

 ギャラリーもまた反応し、ウンディーネは声を上げぬ様口元を押さえ、風はムクの首元を通り過ぎた。

 ハクは、ムクの持っている指輪を受け取り、ムクのその細い左手の薬指に指輪をはめる。


「そういう姿も、すげぇ可愛い」

「ハク……」


 この世界に、薬指に指輪をはめることで婚約する習慣はない。

 意図を読めないまま、ムクは自分の指にはめられた指輪を眺める。

 冷静で、落ち着いているように見えるムクの態度に、ハクは溜め息を吐き、小さな体を抱きしめた。


「ハク?」

「ん?」


 ハクは、ムクの頭に自分の頭を乗せ、愛おしそうに頬ずりをする。

 ハクの行動を不思議に思ったムクは、瞳だけを動かし、ハクの顔を見ようとした。

 ムクは、ハクの行動と意味を理解できていない。

 故に、ハクの好意も伝わってはいなかった。

 それでも、伝わることがなくとも、ハクはムクが自分の腕に静かに収まっていてくれるだけで満足であった。

 2人を見守るギャラリーには、ハクの気持ちが痛い程伝わった。


「……そういうことでしたら、私ももう少しだけ、お手伝いさせていただきましょう」


 ウンディーネは、もう1度、2人へ魔法をかける。

 ハクの手には本革の手袋が、ムクの手には白い枯れた四本のバラでできたブーケが。

 更に、ウンディーネは泉に魔法をかけ、水でできた透明なチャペルを作り上げる。

 森は讃歌を奏で、風は舞い踊る。

 世界に祝福されるように包まれる2人は、互いに見つめ合う。


「ムク」

「何?」

「今は伝わってなくてもいいよ。ゆっくり、2人で感情を取り戻して、それから理解してくれれば、それでいいよ」


 ハクは、ムクの瞳を見つめ、自分の心中を伝えた。

 理解されない苦しみを、飲み込んだハクは、ムクの全てを受け入れる。

 寂しさや悲しさは微塵もないハクの瞳には、幸福だけが浮かび上がっていた。

 ムクは、自分の胸に浮かんだ違和感に気付く。

 自分の胸を押さえ、ムクはハクの胸に寄り掛かる。


「ハク」

「何?」

「……今の姿、かっこいい、よ?」

「っ!!」


 無表情のまま、ムクは、胸に浮かんだ違和感を吐き出す。

 ムクの口から出たその言葉に、ハクは肩を震わせ、泣きそうな顔で微笑んだ。


「……そうか」

「うん」


 自分の胸に寄り掛かるムクを、もう1度、優しく、それでいて強くハクは抱きしめる。

 ムクもまた、ハクの背中へ手を回し、弱く力を込める。

 水のチャペルは鐘の音を鳴らし、ウンディーネと森の木々は祝福の歌を奏でる。

 ハクは、そっとムクの左手を取り、細く白い薬指にキスをした。





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