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第10話 涙


「こっちだ!!」

「くそぅ!! まただ!!」

「いいから逃げるぞ!! 心臓を食われる前に!!」

「覚えてやがれ!!」

「覚えられたらたまったもんじゃねぇよ!!」


 簡易な装備で、簡単な装飾のみを施された剣を握り、男達は走り去る。

 吸血鬼へ向けて、罵声を飛ばしながら。

 振り返りながら、追われていないことを確認し、男達は村へ帰る。


「……ひでぇ」

「……」


 物陰に隠れていたハクは、大袈裟に顔を顰める。

 骨がむき出しになり、内臓が抉られたムクは、走り去る男達をただ眺めていた。


「……ん」


 ぐちゅり、と汚い音がする。

 飛び散った肉片、血液が動きだし、ムクの身体へ返っていく。

 ゆっくりと動く肉片は、ムクの体を這い上がり、中へと侵入する。


「うっ……」


 目の前の光景に、ハクは思わず手で口を覆った。

 それでも、ムクから眼を離すことなく、ハクは事の一部始終を見届ける。


「ハク、もういいよ」

「あ、あぁ……」


 身体の修復が終わり、ムクはハクの方へ振り返る。

 ハクの顔は青ざめ、生気が抜けていた。


「ハク?」

「……ムク」

「何?」


 ハクの異変に気付いたムクは、その場から動くことなく名を呼ぶ。

 首を傾げ、心配そうに名前を呼ぶムクは、どうしてハクがダメージを受けているのか、本気で理解していなかった。

 ハクは、小さくムクの名前を口にすることで、近くに呼び寄せる。

 ムクは、素直にハクの近くへ移動し、その青白い顔を覗き込んだ。


「……っ」

「わっ」


 胸元の破れた服を着て、傷痕1つない肌をのぞかせるムクに、ハクは堪らずその小さな体を力強く抱きしめた。

 ムクは、驚愕で声を漏らし、自分の髪に顔を埋めるハクを見る。


「ハク?」

「痛かっただろ?」


 ハクは、ムクの問いに答えることなく、問いを口にする。

 不満に思う訳でもなく、ムクはハクの状態を受け入れ、問いに対する答えを導き出す。


「ううん。大丈夫」

「本当にか?」

「うん」


 震えているようにも、泣いているようにも見えるハクに、ムクは僅かに眼を細める。

 ムクは、ハクの背中に手を回し、その細く真っ白な腕に力を込め、抱きしめ返した。


「いつものことだから」

「こんなのが、いつもの事なのか!?」

「!! ハク?」


 何気なく放たれたムクの言葉に、ハクは突然体を起こし、ムクの眼を見つめる。

 再び驚愕するムクは、抵抗することなくハクの眼を見返した。

 ハクの顔は醜く歪み、その藤の瞳には、恐怖と絶望の色が窺えた。


「こんなのが…!!」

「……? うん。昨日も、一昨日も、その前も、ずっと」

「……っ!! ムク……!!」


 淡々と、平然とムクは答えていく。

 少女から溢れる残酷な現実に、ハクは瞳に涙を浮かばせ、もう一度強く抱きしめる。

 ムクの体に配慮することなく、ハクはただ抱きしめる。

 普通の少女であれば、痛みで声を上げるであろうその両腕を、振り払うことなく受け入れるムク。

 それは、残酷な少女。

 人間ではないが故に、人間が何時どこで傷つくのかを理解できない残虐な少女。

 痛みを感じないムクの体は軋み、数か所で内出血を起こし始める。

 しかし、ムクが声を上げることがないが故に自分が彼女を傷つけていることに気付くことなく、ハクは少女を抱きしめ続ける。


「俺は……、こんなこと……!!」

「ハク」


 ムクは、自分に縋り付くハクの頭を、優しく撫でる。

 自分がしてもらったように、優しい手つきで撫でていく。


「ハク、泉に行こう?」

「……泉?」

「うん。水浴び、しよ?」


 ハクを自分の体から離し、ムクは彼の眼を見て提案をする。

 ハクの手を取り、ムクは泉の方向を指さし、ハクを誘う。


「あぁ……、そうだな」

「うん。行こう?」


 昨晩を経て、今日の朝を迎えた二人は、泉での水浴びの為に外へ出てきていた。

 だが、泉への道の途中で人間に襲われた為に、足止めを喰らっていたのだった。

 本来の目的を思い出したハクは、ムクに引かれるがまま歩き出す。

 ムクは、足取りの重いハクの手を引き、振り返ることなく森を進む。


「もうすぐ」

「あぁ……」


 水の匂いを感じ取ったムクは、ハクに合図を送る。

 俯き、簡単な返事で済ませるハクは、ムクの声をロクに聞いてはいなかった。

 ハクの視界は霞み、景色を上手く認識できていない。

 眼を閉じれば先程の光景が脳裏に浮かび、嫌でも眼を開かざるをえなかった。


「着いた」

「どこに…、っ!?」


 突然足を止めたムクに、ハクは頭を上げる。

 すると、視界に飛び込んできた大量の光に、ハクは眼を細めた。

 顔を逸らし、ゆっくりと眼を開きながら、もう一度景色を見ようと視線を投げた。


「ここは……!!」

「泉、だよ」


 そこには、昨日訪れた川と同じく、そこが見通せるほどに綺麗な水が溜まった泉があった。

 太陽の光を反射して白く輝き、鮮やかな緑に囲まれた泉。

 昨日、ムクとハクが出会った場所。

 ここがどこなのか、ようやく思い出したハクは、ムクに視線を落とした。


「大丈夫?」


 ムクもまたハクを見上げており、首を捻って言葉を投げかけてくる。

 泉の景色に、純粋なムクの姿に、ハクの視界は再び霞む。


「あ、あれ?」

「どうしたの?どこか痛いの?」


 ハクの瞳から溢れ出したのは、大粒の涙。

 驚き、戸惑いながら泣くハクに、ムクは無表情のまま声をかける。

 表情は変わらず、それでも心配が窺えるムクの顔に、ハクは顔を歪めて泣きだした。


「ム、ク……!」

「よしよし」


 膝を折り、泣きじゃくるハクを、ムクは優しく包み込むように抱きしめる。

 昨晩のハクを真似しながら、ムクはハクを抱きしめ、頭を撫でる。

 声を上げて泣くハクは、誰の眼を気にすることもなくムクの胸に頭を埋める。


「ムク、ムク……!!」

「ハク……」


 ハクの泣き声は、森へ轟く。

 木々は泉への道を閉ざし、2人を世界から隔離する。

 風は歌い、ハクの泣き声を世界から掻き消していく。

 泉には、現実とは対照的に、笑い合う2人の姿が映し出されていた。





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