第9話 寿命
「で? 俺はどこで寝るって?」
「ここ」
「寝れるか!!!」
2人は、たった1つのベッドの前で、討論を繰り広げていた。
ムクは子兎を抱いたまま、ベッドを指さす。
ハクは、オーバーリアクションでそれを拒否する。
「いいか? お前は女の子! 俺は男! ここから導き出される答えは!?」
「……一緒に寝てもいい」
「違う!!! 真逆!!!!」
近所迷惑として、魔物が大群で襲ってきても文句を言えぬ程大声で叫ぶハクは、ムクをなんとか説得しようと知恵を振り絞る。
着替え終え、寝る準備を済ませたムクは、眠たそうに眼をこすり、ハクの言葉を半分聞き流す。
「お前女の子!! 少しは自覚持って!!」
「ハクは、私と寝るの、嫌……?」
「嫌じゃないけどぉ!! むしろ喜ぶべきことだけどぉ!!」
「じゃあ、寝よ?」
「でもダメなの!!! なんか、こう、ダメなの!!」
「むー……」
ムクは不満そうな声を漏らし、子兎を撫でる。
理解されない不幸から、ハクは顔を両手で覆い嘆き悲しむ。
「いいから、寝よ」
「ダメ!!!!」
いい加減、眠さがピークに達したムクは、ハクをベッドへ促す。
しかし、断固としてハクは動こうとしなかった。
堪忍袋の緒が切れたムクは、子兎を抱えたまま片手を前へ伸ばし、魔法を発動した。
「……寝るの!!」
「うわっ!!??」
突如として動き出した掛布団が、ハクの身体を捕らえ、ベッドの奥へ押し込んだ。
逃げ道を塞ぐようにムクがベッドの中へ入り、ハクに抱き付く。
「ちょ!?」
「寝るの」
子兎は、すかさず枕元へ避難し、2人の様子を眺め始める。
自分に抱き付く少女を剥がそうともがくハクに、ムクは更に強く抱き付いた。
顔を赤らめ、表情を引き攣らせたハクは、観念したように叫ぶ。
「わかった!! 分かったから!! 寝るから!! 離れて!!!」
「……わかった」
しぶしぶ、ムクはハクを解放する。
溜め息を吐き、目の前に寝転がる少女に、ハクは視線を送る。
ムクの顔は、近くで見るとやはり整っており、髪が長いことで隠れているのがもったいない程であった。
「やっぱ、美人だよな……」
「何?」
ふっくらと柔らかそうな小さい唇が動き、金糸雀の如く美しい声が言葉を奏でる。
思わず顔が熱くなり、眼が釘付けになるその容姿。
ハクは、慌てて視線を逸らし、にやける口を懸命に堪える。
「……っ、なんでもねぇよ」
「そう」
ハクは、ムクに背を向け、壁と見つめ合う形で睡眠を取ろうとする。
寂しそうに、ハクの背中へ寄り添うムクに、ハクの心臓は跳ねあがった。
「もう少し、離れねぇ?」
「これがいい」
「そう、ですか……」
諦めたように、溜め息を吐くハクに、ムクは俯く。
子兎は、一足早く寝息を吐き始め、安らかな寝顔を見せる。
2人は、しばらく眠れぬまま、重い沈黙を過ごす。
「起きてるか?」
「うん」
「そうか」
耐え切れず、ハクが声を上げると、ムクは静かに答える。
会話があるわけでもなく、途切れた言葉に、静寂が2人を包んでいった。
「なぁ」
「何?」
ふと、ハクがムクへ声をかけた。
2人は、顔を合わせぬまま、言葉を交わす。
「吸血鬼って、死ぬのか?」
「……死ぬよ」
「寿命で?」
「寿命もある。けど、大体が人間に殺されて」
「そうか」
話題としては重い内容に、2人は短い言葉を重ねていく。
暗い部屋で、暗い話題は、恐怖をかき立てていった。
ムクは、ハクの着ている薄いシャツを掴み、手に力を込める。
ムクの変化に気付きながら、それでもハクは話題を変えず、更に深く話題を掘り下げた。
「お前は?」
「……寿命なら、あと1000年はある。人間に殺されるなら、心臓を全部壊されれば」
「心臓の数は?」
「……もう、分からない。けど、私を殺せる方法があるなら、多分1つだけ」
「何?」
容赦なく深追いするハクに、ムクは言葉を躊躇う。
1度、言葉を切り、ムクは顔に影を落としながら口を開く。
「……たとえば、剣山みたいなもので、私の心臓を貫き続ければいい」
「そうか」
ムクの答えは、想像するだけで身の毛もよだつほどに恐ろしいものであった。
剣山で体を貫き続けること。
それは、体が形を保たなく、肉ですら無くなった後も尚、その物体を貫き続けることを意味する。
そのような行動をやってのける者がいるならば、その者はもう正常な思考は持ち合わせないのだろう。
ハクの背中に頭をつけ、すり寄るように身を寄せるムクは、それ以上語らなかった。
「悪かった。寝る前にこんな話して」
「……うん」
自分のそばにいる少女に、眼を合わせることなくハクは謝罪する。
謝罪を受け入れ、身を寄せる少女は言葉短く。
「よいしょっと」
「え?」
唐突にハクが体を動かし、ムクと向き合う形を取る。
驚いたムクは声を漏らし、暗闇をも見通すその瞳でハクの顔を見つめる。
ハクは、ムクと眼を合わせることなく、無言でその小さな体を抱き寄せた。
「ハク?」
「よしよし」
突然のことに戸惑うムクに、ハクは優しく接していく。
小さな体を抱きしめ、長く伸びた白い髪をゆっくりと撫でる。
「大丈夫だから」
「何、が……?」
「さぁ? なんだろうね」
小さな子供をあやすように、ハクはムクの頭に顔を埋める。
ハクの身体は、高校生でありながら男らしく、細身でありながら、しっかりと必要な筋肉がついていた。
硬く、逞しい身体を押し付けられ、不覚にもムクの心拍数は上昇する。
自分で抱き付いた時とは違う感覚に、混乱を極めるムクは、ハクの心臓の音を聞く。
ゆっくりと、優しい音を奏でる心音は、ムクには子守唄のように聞こえた。
「おやすみ、ムク」
「……おやすみ、ハク」
今度は、重い沈黙に耐え切れず、言葉を重ねることは無く。
安らかな静寂に身を任せ、2人は夢の世界へと落ちていった。




