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スター誕生 その2

 それから程なくしてクサい百白は去り、家には俺と田山のふたりだけが残された。空のマグカップ3つを片付け、リビングへ戻ってくれば、田山は座る場所をソファーへと移し、何が楽しいのか笑みを絶やすことなくじっと俺の顔を眺めている。次に口を開いた時、「あなたのオーラは血のように紅い色をしていますね」とか、わけわからんことを言い出しそうな雰囲気である。


 しかし、ある程度は覚悟していたことだが、ロクに会話をしたことがない相手が同じ空間にいるのはやはり気まずい。女だから尚更だろう。これが一週間も続くと考えると既に嫌になった。


 こんな話受けるんじゃなかった。というか、今になって考えれば、アイツがホテルでも取ってやればよかっただけのことである。一度了承した手前、言い出しづらいところではあるが、明日辺りに電話をしてそう提案してやろう。


 そんな考えを巡らせつつ、俺は「田山」と呼びかけた。


「家の中、案内してやる。まあ、別に案内するほど広くはないんだけどな。ほら、風呂とか、トイレとか」


「ああ、どうもです」と軽く答えた田山はひょいとソファーを立つと、俺の側に寄りながら言った。


「ていうか、莉緒でいいですよ。しばらく一緒に暮らすんですし。どうせわたしもあなたのこと翔太郎さんって呼びますし」


 ずいぶんと親しげというか、距離感の詰め方が雑な女だ。さすが、あの百白の親族なだけある。


 案内といっても、この面白みもない家ではせいぜい洗面所と風呂とトイレくらいしか周るところがない。1分ともせずリビングまで戻ってきた俺は「以上だ」と宣言した。それを受けた莉緒は「どうもでした」と頭を下げてソファーへと戻る。司と同じく、あそこを自分の定位置にしたとみえる。アレには妙な女を引き寄せる魔力でも込められているのだろうか。


そんな風に思っていると、ふとあくびが込み上げてきて、その後を眠気が追いかけてきた。そういえば、今日はコイツに叩き起こされたんだった。今はまだ9時前。もう一眠りしたところでバチは当たらないだろう。


 俺は「まあノンビリしてくれ」と言い残し、寝室の扉へ手をかける。そこへ莉緒から声が掛けられた。


「ねぇ、翔太郎さん。翔太郎さんって、お仕事はなにされてるんですか?」


「なんだ。百白から聞いてないのか」


「はい、サッパリ。サラリーマンじゃないんですよね」


 広義の意味ではサラリーマンでいいのだろうが、「具体的には何を?」と聞かれた時が困る。「ヒーローです」とは何となく言いにくい。それに、仮にヒーローであると名乗れば、百白と同じように「クサい」と一蹴されてしまう気がしてならない。


「夜の仕事だ」と俺は言ったが、これではあらぬ誤解を招きそうで、慌てて「合法的な」と後ろに付け加えた。なおさら危険な香りが増す言い方だったと気づいたのは、言い終えてからである。


「はあ」と莉緒は笑みを浮かべつつ首を斜めに振る。どう見ても納得していない様子だ。


「……その、警備員だ。守ってる。色々と」


「なるほど。じゃあ、ここなら安心ですね。翔太郎さんが守ってくれるから」

「……まあ、それなりにな」


 これ以上莉緒と喋っていてはボロを出してしまう気がしてならず、「腹減ったら適当になんか食っててくれ」と残した俺は寝室へと入り、さっさとベッドへ飛び込んだ。





 軽く睡眠を取り、目を覚ましたのが昼過ぎのこと。リビングへ行くと、先ほどと同じ姿勢でソファーに座っていた莉緒が、「おはようございます」と微笑みかけてきた。「昼はどうした」と訊ねると、「まだです」と返事があったので、キッチンにあったカップ麺を出してやったら少し不満そうな顔をされた。


「カップ麺は嫌いか?」


「嫌いっていうか、味は好きですけど……翔太郎さん、こんなものばっかり食べてるんですか?」


「昼……というか、朝食はな。夜は作る時もある」


「朝も昼もしっかり作ってください。栄養はキチンと摂った方がいいですよ。何かを守る職業なら」


 存外、口うるさいタイプの女だ。


 昼食を終え、落ち着かない時間をしばらく過ごした後、時刻は午後の3時を過ぎた。いつもより少し早かったが、家にいたところでしょうがないと思い、俺は支度を済ませて秋野邸へ向かった。家を出る前に、「バイトに行ってくる」と莉緒に告げると、わざわざ「いってらっしゃい」と玄関まで見送りに来てくれたのが、なんだか妙な気分だった。


 さて、四月を迎えて俺の生徒である秋野来華は無事三年生に進級した。進路希望調査票に『司ちゃんのプロデューサー♡』などと寝ぼけたことを書くこと以外は完璧な生徒なのでとくに驚きは無かったが、万が一にも留年なんてことになれば家庭教師をクビになることはまず間違いなく、そうならなかったのにはとにかく安心した。


 しかし、そうは言ってもこれからの一年を安穏と暮らしていけるわけではない。三年生ということは、今年の来華は〝勝負の年〟ということになり、ここで秋野一家にはちょっとした風が吹くことが予想できる。つまり、大事な一人娘をとりあえずは大学に行かせたい旦那と、大学なんか行かずに好きな仕事に就きたいという来華の戦争である。戦火による被害を受けるのはもっぱら俺だ。


 俺としては、「大学くらいは行っておいた方がいいんじゃないか」という旦那の意見に賛成だが、面と向かって来華にそう言うと機嫌を損ねる。だからまあ、本来ならば何も言わずにそっとしておけばいいという話なのだが、そういうわけにもいかない事情があって、つまり俺は旦那から、「来華を説得してくれないか」と依頼を受けたわけである。


 スポンサーの意向は無下には出来ない。来華からはぐちぐちと文句を言われる。板挟みになることはまず間違いない。


 これから始まる前途多難の日々にため息していると、ほどなくして秋野邸へ到着した。秋野夫人から「庭の桜がそろそろ散ってしまうから是非ともご覧になっていかれて」と嬉しい言葉を頂戴しつつ家に上がり、二階へと続く階段を昇って、来華の部屋の扉を二度ノックすると、ドタバタと音がした後、「いいよっ!」と返事があった。


「入るぞ」と言いつつ扉を開いたその瞬間――飛来する影が三つ。軽く躱したその傍から、脳天目がけて振り下ろされる一撃。


 ……それを右手で軽く受け止めると、奇襲攻撃の主である来華は口角を上げてニッと笑ってみせた。額に巻かれたハチマキには、『ジャパン必勝』と書かれている。どこから持ってきたんだ、アレは。


「やるね、センセーっ! わたしの思ってた通りっ!」


 振り下ろされたテニスラケットを来華から奪い、続けて背後に点々と転がるボールを拾い上げた俺は、部屋の扉を後ろ手に閉めて大きく息を吐いた。


「……なにやってんだ、来華」


「なにって、特訓だよ特訓! わたしが卒業したらセンセーも司ちゃんと一緒にヒーローになるんだから常識でしょっ!」


 はじめて聞いた世界の常識にやや戸惑っている俺を余所に、来華は声高々に続ける。


「もうわたしが高校生でいられる時間は少ないんだよっ! ヒーローのトップとして世界に躍り出るには細々と活動しているんじゃダメなのっ! はじめての活動で一気に話題を持っていくようじゃなくっちゃいけないのっ! というわけでホラ、特訓っ!」


「……来華。俺は一応、家庭教師のためにここまで来て――」


「心配ご無用っ! 宿題は終わってるし課題だって授業の合間に仕上げてるから問題なしっ! てことでまずは、腕立て1000回からスタートだよっ!」


 まったくもって涙が出るほど〝素晴らしい生徒〟である。


 ああ、長い一年が始まる。





 家庭教師という名の筋トレ地獄が終わったのは6時過ぎ。ダルい身体を引きずって歩く帰り道の道中、コンビニへ寄って適当な弁当を買い、家まで戻ると鍵が開いている。そこでようやく、今日から家にやって来た居候の存在を思い出し、俺はコンビニに戻ることも考えたが、面倒なのでやめにした。弁当は莉緒に食わせて、俺はまたカップ麺でもいいわけだ。


 そんなことを考えつつ玄関扉を開けると同時に、食欲をそそるショウガの香りが漂ってきた。リビングへ向かうと、莉緒が「おかえりなさい」と言いながらキッチンから顔を出す。


「冷蔵庫の中のもの、勝手に使っちゃいました。いいですよね?」


「おう」と答えつつキッチンを覗けば、鍋にスープが煮立っているのが見えた。冷蔵庫で眠っていた余りものの野菜と、これまた余りもののひき肉を使った肉団子のスープである。


「驚いたな。作ったのか」


「ええ、まあ。あとはチキンソテーもありますよ。コンビニ弁当よりマシですよね?」


 莉緒は俺の右手にぶら下がっていたコンビニの袋をちらりと見て、いたずらっぽく笑った。


「とりあえず、お疲れ様でした、翔太朗さん。泊めていただくお礼だと思って、いっぱい食べてくださいね」


 そう言って微笑む莉緒の顔を見たのが、司来訪の20分前のことだ。


 夕食の前に軽くシャワーを浴び、着替えを終えてリビングへ戻るとテーブルにはスープとチキンソテーが用意されていた。こうやって皿に盛られているところを見るとなおさら美味そうにみえる。早速俺は食卓に着いたが、シェフである莉緒はといえばソファーに腰掛けており、食卓に着く素振りは感じられない。


「どうした。一緒に食わないのか?」


「ああ、わたしは翔太朗さんが残した分だけでいいんです」


 同じ空間に出会って間もない奴がいるだけでもなんとなく食いづらいというのに、そいつが食卓を共にしないのではなおさらである。俺は「そう言わないで一緒に食えよ」と誘ったが、莉緒は「いえいえ」と遠慮して譲らない。


 つまらんことで言い争っても仕方ないので、間違いなくこれから生まれる沈黙の隙間を埋めるべく、俺はリモコンを取ってテレビの電源を入れる。すると、たまたま画面に映ったのは、食事の邪魔をしないであろうニュース番組だった。芸能人のゴシップやら都内のグルメ情報やらに興味は無いが、まあよしとしてリモコンを箸に持ち替えたその直後、テレビの映像がぷっつりと途絶えた。莉緒がテレビを消してしまったのである。


「駄目ですよ、翔太朗さん。食事の時はテレビなんて見たら」と言ってにっこりと笑った莉緒は、リモコンを持ってソファーに腰掛ける。


「いいだろ別に。お袋かよ、お前は」


 席を立った俺は莉緒に歩み寄り、その手からリモコンを奪おうとしたが、莉緒は譲らずそれを脇の下に挟んだ。断固抵抗の構えだ。


「リモコン返せ。もしくは、俺と一緒に飯食え」


「どっちも嫌です。あ、でも、翔太朗さんと食事するのが嫌っていうわけじゃないんですよ。ただ、一緒の食卓に着くのが失礼にあたるかな、なんて」


「失礼でもなんでもないから来い。落ち着かないんだよ」


 そう言って俺は莉緒の腕を軽く引っ張るが、莉緒はソファーから動こうとしない。今度は少し強めに引くがやはり同じ。さらに強く引いてみると、体重をソファーの背もたれに預けるようにして抵抗した。よほど一緒に飯を食いたくないとみえる。馴れ馴れしい性格かと思いきや、妙なところで遠慮がちで、なんとも捉えがたい奴である。


「来い」「嫌です」の応酬がしばらく続き、痺れを切らした俺がとうとう両手で莉緒の腕を掴んで本気で引っ張りにかかろうとしたその瞬間――運命がやってきた。


「……おい、翔太朗。貴様、何をやっている」


 ドスの利いた声。そこに込められていたのは、怒り、憤怒、あるいは、それらを通り越した殺意めいた何かだろうか。


 俺は両手を挙げて降参のポーズを取り、リビングへ入ってすぐのところで呆然と立ち尽くしている司へ「話せばわかる」と弁明した。


「――父曰く、〝女子供に手を出す男にはとくに容赦するな〟」


 ああ、こりゃ駄目だ。とりあえず一発殴られとかないと話が始まらない。


 司は俺をソファーに押し倒し、固めた拳を弓を引くように構える。


「歯を食いしばれッ!」


 ここで話はようやく冒頭へ戻る。


 次に何が起きたのかは、わざわざ言うまでもないだろう。


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