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孤狼の血 その5

 一文字司と野水明。歳は野水の方が十近く上だが、実戦経験でいえば司の方が遥かに上だ。


 たとえ相手が自分よりも遥かに大きくても、その強みを発揮されるよりも先に打撃を当てるか、関節技を使って敵を打倒する。先手必勝、電光石火が、体格的に男に劣ると自ら自覚する司の戦い方である。


 しかし、その戦法が通用するのは〝まともな人間〟だけ。どこぞのヒーローのように極端に痛みに強い者や、それに準ずる者には通用しない。


 つまり、パワードスーツ着用者は司にとって最悪の敵といえた。


 いくら相手の攻撃を捌き、巧みにカウンターの一撃を入れようと、〝クォーター〟の出力程度ではクロカブトの装甲は破れない。関節技に持っていこうと、力で無理やり外されることは目に見えているのでそもそも使用できない。


 戦いが始まった時点で司はほとんど詰んでいた――が、彼女の目は勝利を信じて疑っていなかった。


 ――大丈夫だ。勝ち筋はある。


 超至近距離において乱打の応酬が続いた後、司は大きく後ろに飛びのいた。乱れた呼吸をひと息で整え、集中力を高める。一撃も入れられていないから身体のどこにも痛みは無いが、精神・身体共に体力の消耗が激しい。長くは続けられないなと、司は冷静に分析する。


「彼女を追わないでいいのか?」


 司は体力の回復のため時間稼ぎを図る。「お前を倒してからだ」と淡々と答えた野水は、拳を構えながら司に向けて歩み出す。


 ――当たり前だが、休む暇すら与えてくれないか。


 それならいいさと覚悟を決めた司は、野水に向けて走り出した。対する野水はその場に足を止め、両腕で顔をガードしながら腰を落としてどっしりと構える。司の一撃を装甲で受け止め反撃を入れるという、クロカブトの防御性能に頼った戦法、この戦いにおいての最適解。


 ――好都合だ。


 左拳を強く握りしめた司は、親指に仕込まれたスイッチを入れ――走り込む勢いを利用してクロカブトの腹部に拳を叩きこんだ。


 瞬間、爆発。〝クォーター〟の左腕にあたる部分が剥がれ落ちると同時に、貫くような強烈な衝撃が野水を襲う。その光景を見た司は、勝利を確信して僅かに口元を緩めた。


「性能限界を超える速さに加え、火薬の爆破による単一方向への衝撃。一度きりの大技。タチバナ店主曰く、〝ダイナマイトパンチ〟。本来、このような派手な真似は好きではないのだがな。効いただろう?」


 地面に伏せた野水を見ながら勝ち口上を並べた司は、安堵の息を吐く――が、勝負はまだ終わっていなかった。〝必殺技〟を受けてなお、野水は立ち上がったのである。


「……ああ。確かに効いた。確かに痛い。でも、終わってない」


「まさか――」


 驚きが司の思考と動きを一瞬止める。それを察知した野水は瞬時に司に駆け寄ると、お返しとばかりに彼女の腹部へと正拳を放つ。司は咄嗟に装甲の残った右腕でその一撃を受けたがあっさりと押し負け――その拳は難なく彼女の鳩尾へ到達した。


 無論、司も敵の攻撃をただで受けるほど経験がないわけではない。彼女は野水の拳に合わせ大きく後ろへ飛んだが、それで衝撃の全てを受け流せたわけではなく、強い痛みが彼女を襲った。胃の内容物が全て喉まで込み上げてきて、たまらずマスクを脱いだ司はそれを地面にぶちまける。直前に飲んだコーヒーと、既に液状になったプロテインバーの混合物が、コンクリートに広がる。


「効いただろ?」と今度は野水が勝ち誇ったように言う。素早くマスクを被りなおした司は、「そうでもないさ」と強がりを吐きながらなんとか立ち上がった。


 ――こちらに残った戦力は右腕のみ。もう一度同じ場所を打てば今度は通るだろうが、向こうも馬鹿ではない。そう簡単には打たせてくれないだろう。それに、少しでもズレが生じれば、奴はまた立ち上がってくる。


 翔太朗は言っていた。あの男は警官だから、戦うことになったら柔道の投げ技に注意しろと。しかし、未だ投げられるどころか掴まれてすらいない。恐らく、パワードスーツを着ていては、細かい動作が出来ないのだろう。


 だが、投げることは出来ないとしても、奴が柔道家ならば――。


 必至に考えを巡らせる司に、野水は「ひとついいか?」と訊ねた。


「いいだろう」


「お前、なんでヒーローなんてやってるんだ?」


「昔は憧れ。今は、そうだな……目の前の困っている誰かを助けるため。私はそれを〝正義〟と呼んでいる」


「……俺が知ってるヒーローより比較的まともらしいな」


「そうだろう? 良き友に巡り合えたおかげだ」


「そうか。……俺も、そんな奴と会いたかったな」


「会ってるさ。もっと親しくしておけばよかったな」


「……そうか」


 ふたりの間にそれ以上の会話は必要なかった。


 左腕をだらりと下げて、腰の高さで切り札の右腕を構えた司は、ボクシングのような軽いステップで野水に近づく。野水は先ほど攻撃を受けた箇所を右腕で庇いながら、左拳を顔の辺りで構えて待ち受ける。


 ――狙うは一点。外せば終わり。やるしかない。


 互いの拳が届く制空権。先に仕掛けたのは司だった。


 大きく後ろへ拳を引いた司は、野水の腹部へ向けて真っ直ぐそれを突き出す。


 防御ごと貫くつもりかと判断した野水はあえてその一撃を受け、その上で反撃するために深く腰を落として痛みを覚悟する。


 司の拳が当たる――が、今度は先ほどのような爆発は無い。不発。理解と同時に野水は構えていた左拳を司の顔面に向けて放つ。


 しかしそれこそが、司の狙いだった。


 素早く自らの右腕を引いた司は、迫る左腕を両手で掴みながら野水へ背を向ける。そのまま左腕を掴んで固定し、攻撃に移ったことで体勢を崩した野水の身体を背負う要領で持ち上げ、迷うことなく地面へ叩きつけた。


 一本背負い。クロカブトの出力ならば、無理やりもがけば難なく脱出できただろう。しかし、柔道を習ってきた野水の中にある本能が、技の途中でもがくなどという〝危険な行為〟よりも、〝安全に投げられることを選んでしまった〟のである。


 身体に感じた衝撃は微々たるものであったが、あまりに突然投げられたことに動転した野水は、コンクリートの地面に背中を預けたままほんの一瞬頭が真っ白になった。


 躊躇ない司の下段突き――〝ダイナマイトパンチ〟が、野水の腹部を襲ったのはその直後のことだった。


 爆発。そして静寂。〝クォーター〟が剥がれ落ち、司はただのファントムハートへと返る。野水が気を失うと共に、クロカブトの機能が完全に停止するのを確認した司は、痛む腹部を押さえながらその場に五体を投げ出した。


「……しんどい」


 そう呟いた後で司は、「これではまるで翔太朗ではないか」と勝手にひとりで恥ずかしくなった。


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