第4話 孤狼の血 その1
一連の事件の黒幕は、他でもない藤堂だった。
現職の警察官が――そればかりではなく今話題の〝特装隊〟の隊長が、犯罪者予備軍に凶器を提供して騒動を起こすように誘導していた。このニュースは瞬く間に日本中を駆け抜け、大きな議論を呼んだ――ということにはならなかった。予め継枝さんが警察内外に手を回し、マスコミに情報が一切でないようにしていたのである。
この手回しの速さは、つまり継枝さんが藤堂に対してはじめから疑いを持っていたということであるが、しかしそれも仕方のないことと言えた。あちこちから証言が上がっていた〝怪しい男〟の特徴――ニヤケ面というのが一致するのはさておき、相手の個人情報を握り、脅しをかけて従わせるというのは、石山だけではなく俺に対しても使っていた手口である。昔からあくどいことを平然とやっていたというのは、簡単に予想できる。
犯罪者・藤堂が行方不明になったことにより、警察内部が混乱に陥ったのかといえばそうではないように思える。内部事情はわからないが、外側から見ればむしろ、色々と順調に進んでいるようであった。
特装隊の隊長には即時で後任が着いた。同時に、〝特別相談役〟なんて胡散臭い人物――つまりは俺がその任を解かれた。各都道府県に隊の設置が半ば決定したというニュースが報じられた。そのトップとしては継枝さんが噂されている。藤堂がいなくなってから物事の歯車の動きがすこぶる良い。あの男の存在がどれだけ邪魔だったのだろうか。
季節はもう三月終盤。明るいうちは上着を着ていると暑いくらいになってきた。桜のつぼみは花開くところもあり、こうなってくると必然的に「出会いと別れ」という言葉を連想してしまう。
去る奴、残る奴、そして来る奴。三種類の人間が悲喜交々であちらこちらへ行ったり来たりとせわしない季節。
そんな日々とは無関係のところにいる俺は、いつの間にか普段通りの生活に戻っていた。特装隊としての仕事も無く、藤堂の野郎は音信不通。夕方になると来華のところへ家庭教師に出向き、夜にはヒーローをやって小悪党を捕まえる。特装隊という枷が外れた今、平穏無事な俺のヒーロー生活を邪魔する奴はいない。
さてその日、俺はマスクドライドでコーヒーを飲みながら、八兵衛に任せたスーツのメンテナンス作業が終わるのを待っていた。
天気は晴天。暖房なんてものは無用の長物の気温。窓の外を眺めれば、背の高いマンションが青の中にそびえている。
不機嫌な女店員が煙草を気だるげに吹かしながら、客のいない店内を見て「平和ね」と呟き、俺はそれに「だな」とだけ答える。前進も後退も無い三百六十五分の一。
日常の中にひとつだけ混じる異物を挙げるなら、それは百白が俺の隣の席に座っているという点だろう。あの一件があって以来、百白はしばしばこの店に顔を出すようになった。本来ならば追い出してやりたいところだが、協力して貰った手前、そうそう邪険には出来ない。しかし、ガラガラの店内にも関わらず、毎度のように俺の隣に座ることだけはいつか注意してやらねばならないだろう。
「本郷クン。今度、ボクが出演するバラエティ番組で地元の友人とお酒を飲むコーナーがあってね。是非ともキミに出て欲しいんだけど――」
「断る」
「そこをなんとか――」
「断る」
「出てやりゃいいじゃないの。世話になったんだろ、あんた」
背後から突然聞こえてきた覚えのある声。反射的に振り向くと、そこにいたのは予想していた通り藤堂であった。愛宕と百白のふたりが藤堂の正体を俺に訊ねる声が聞こえるが、答えている余裕は俺にない。俺の足りない頭では、今ここでどうするべきか考えるのに精いっぱいだったからだ。
「……よく人前に出ようと思ったな、お前。警察に追われてるんだぞ」
「だっておれ、悪いことしてないもん」
「信じると思うのかよ、それを」
「信じてよ……とは、言える立場じゃあないわな」
「うへへ」と笑った藤堂は、後頭部をぽりぽりと掻きながら俺の隣に座る。その横顔からは、何を考えているか読み取ることは出来ない。
「本郷。今日おまえに会いに来たのは、協力を頼みたいからだ。真犯人は別にいる」
「お前じゃないとすれば、誰なんだよ、その真犯人ってのは」
「継枝警視正だよ」
「……冗談だろ? なんであの人がそんなことするんだよ」
「こんなこと冗談で言うと思うか?」
瞬間、藤堂の纏う空気が明らかに変わった。頼りない、気の抜けた炭酸水みたいに無用だと思っていたような男が、一瞬にして獣になった。そんな気がした。
「……断る、って言ったらどうするんだ?」
「そん時はそん時だ。ひとりでもやるよ」
「脅して、協力させればいいんじゃないのか。初めて会った時みたいに」
「脅してやらせるにゃコクすぎんのよ、この件は」
そう言うと藤堂は俺の飲んでいたコーヒーカップを勝手に自分の手前に持ってきて、一口含んだ。気づけば纏う空気は元の通り、〝頼りない男〟へと戻っている。
表情でわかる。恐らく、藤堂は嘘を吐いていない。継枝さんが犯人だと言い切るだけの何かがあるはずだ。しかし、コイツに協力する義理は微塵も無い。おまけに、協力したところで何か見返りがあるわけでもない。それどころか、コイツに手を貸せば俺だって捕まりかねない。
警察を敵に回すなんて、百害あって一利なし。
……わかってるにも関わらず、それをやろうなんて、俺もよほどの馬鹿だ。
「わかった。協力してやる」
「詳細も聞かないで、そんなこと言っちゃっていいの?」
「いいんだよ」
俺は自分の発言を既に後悔しながら舌打ちした。
「どうせ、詳細を聞いたら断りたくなるんだからな」
〇
「単刀直入に言おう。おれはハメられたんだ」
一件目の事件後。「一定時間動いた後で機体が停止するように細工されていた」という情報を岬から得た藤堂は、無視出来ない違和感を覚えて独自に捜査を開始したらしい。
機体の出所、何故そのような細工がされていたのか、機体を渡した男の正体、そもそも男は何故そのようなことをしたのか等々。
ロクな手がかりも無く、人員も自分ひとりしかいないために捜査はかなり難航したらしいが、二件目の事件が起きた後で犯人の動機にピンときたんだとか。
「判断材料が多かったから難しく考えすぎてたんだな。はじめからもっと単純に考えればよかったんだ。この事件で一番得をしたのは誰かって。で、それが継枝警視正だった。そう考えれば、一件目の事件に使われた機体が暴れ過ぎないようにストッパーが掛かってたのも、二件目の事件のパワードスーツがわざわざ解決後に爆発したのも、全部納得できる話だろ?」
継枝はかねてより、ヒーローの力に頼らざるを得ないこのご時世を不満に思っていた節があったらしい。だとすれば、特装隊の創設について世間から強烈な後押しを受けているこの状況は、継枝にとってまさに望んでいた通りのことなのだとか。
「ま、そもそもなんとなく怪しいとは思ってたんだ。特装隊創設のプロセスが短すぎる割に、装備の性能はピカイチ。あの裏工作大好き警視正のことだ。前々からイロイロと手を回してたんだろうさ」
藤堂は愛宕の淹れたコーヒーを呑気にすする。
「で、そのことについて問い詰めようかとしたら、おまえたちと会ったあの倉庫に呼び出されてな。大人しく行ってみりゃ案の定ワナで、警視正の息がかかった警官に囲まれたってわけよ。念のため拳銃持っておいてよかったよ、まったく」
「でも、さっきからお前が言ってるのは全部状況証拠だろ。継枝が黒幕だっていう決定的な証拠は無いのかよ」
「そらそうなるよな。警視正は用心深い人だ。おまけに、大事なところはしっかり自分でやるから、本人以外から情報がもれるってことはない。……でも、そこが弱点なんだ」
藤堂は懐からコンパクトなテープレコーダーを取り出すと、再生のスイッチを入れた。
『やあ、どうもどうも柳田組の皆さん。そう警戒しなさんな。俺はただ、あんたたちにとっておきの話を持ってきただけなんだから――』
再生されたのは継枝の声だった。喋り方はわざと胡散臭くなるようにしているし、声は作っているようではあるが、この渋い声は間違えようがない。
「甲斐組のやつらが、柳田組に盗聴器を仕掛けてたらしくてな。警視正があいつらのところに行った時の音声が残ってたんだよ。ご丁寧におれの喋り方のマネをしてくれてたみたいだけど……声紋を調べれば一発アウトだ。そうなりゃ、あとはいくらだって証拠が出てくる」
「それなら、俺なんて頼らないでいいだろうが」
「……本郷。おれがいま警察行って、真犯人は警視正だって証言して、信じてくれるやつがいると思うか? 間違いなく信じてもらえない。というかこんな証拠、警視正のシンパに握り潰されるだろうな」
「だったら、マスコミでも頼れ」
「社会的制裁じゃあ完全には潰せない。ネットに流すのもおんなじ理由で却下」
「……なら、なんで俺を頼ったんだ」
「あんたは警察じゃない。ヒーローだからな」
「答えになってねぇよ」
「まあ、そう言うなって」
にやりといやらしく笑った藤堂は、俺の肩を軽く叩いた。
「とにかく、向こうのアキレス腱はこっちが握ってることは間違いない。あとは、じっくりじっくりと追いつめてやるだけだ」




