第3話 ホット・ファズ その6
石山曰く、警察を名乗る怪しい男と取引をしたのはこれまでに四回。百白のところをクビになった直後に男の方から接触があり、脅されるまま二束三文でパワードスーツを作り続けていたらしい。
話を聞く限りでは、石山が製作したパワードスーツは事件に使われたそれと同一のものであると考えて間違いなさそうである。問題となるのは男の正体だ。
その男は本当に警察なのか。警察ならば、いや警察でないとしても、何故そんなことをするのか。
テロが目的ならもっと直接的な行動に移っているだろう。社会の混乱が目的なら、方法が回りくどすぎるだろう。何かへの復讐なら、もっとわかりやすくやるはずだろう。向こうの意図がさっぱり読めない。
「――それは、実際に会って聞くしかなかろう」
司がそう言うのは、男に会う算段がついたからである。
その日の夜。俺と司は比衣呂市の川沿いにある廃倉庫にいた。空コンテナの陰に身を潜めていた。石山から男へ連絡を取らせ、「スーツの制作過程で問題が起きた」と言ってここへ呼び出したのである。俺達とは別方向で捜査を進める四ノ原に今日のことを伝えなかったのは、男が本当に警察関係者であった場合、情報が筒抜けになってしまうことを恐れたためである。
長年誰も寄り付いていないのか、倉庫の中は埃っぽい上にかび臭い。光源となるものは壊れた屋根から差し込む月明かりしかなく、目が慣れていない状態だと1m先もロクに見えない。おまけにあちこちに空になった大きな貨物用コンテナが転がっていて、注意せずに歩くと頭をぶつけそうになる。
現在時刻は十一時。待ち合わせの時間まで残り十分。男の姿は未だ現れない。時間通りに現れるのか、それとも石山が男に危険を知らせたのかは定かではない。
司は周囲を伺いつつ、「時に翔太朗」と話しかけてきた。
「その男とやらに貴様は心当たりがないのか?」
「ねえよ。付け髭、野球帽、サングラスでニタニタ笑う男なんて、怪しすぎて警察官やってられるわけないだろ」
「そうではない。誰彼構わずスーツをばらまくような、いかにも愚かな警察官に心当たりは無いのかということだ」
「無い」ときっぱり答えると、司は「なんのために警察の真似事をしていたのだ」とぼやいた。少なくとも、妙な男とお近づきになるためでないことだけは断言できる。
背後からとんとんと肩を叩かれたのはその時のことだった。身構えながら振り返ると――暗がりにいたのはなんと四ノ原と野水の両名である。「なんでこんなところにいるんだ?」という言葉が口を突いて出たのは必然のことだろう。
「お前こそ、なんでここにいるんだ」と野水は俺と司を交互に見た。「こんなところに若い女連れ込んで、マズイことしてるんじゃないだろうな」
「き、貴様っ! 何を言うかっ! 私と翔太朗が不純異性交遊など――」
「んなわけあるか。お前達こそ何してんだよ。ヨリ戻したのか?」
「ちっ、ちっ、ちっ、違います! 捜査ですよ捜査! ていうか、本郷さんがなんでそんなこと知ってるんですか?!」
「声がでかい。控えろ、四ノ原」
呆れたようにそう言った野水は、俺の横にそっと並んだ。
「実は、一連の事件の装備提供者がここに来るって情報を掴んでな。張り込んでるってわけだ」
「奇遇だな。俺もだ」
「……これは〝本物の警察〟の仕事だぞ。特別相談役やら探偵やらの出る幕じゃない。余計なことをするな」
「その〝本物の警察〟が、事件の黒幕って可能性もあるんだぞ。お前達だけに任せてられるかよ」
「……本郷、それは誰から聞いた――」
その問いかけを遮ったのは、倉庫の外から聞こえてきた「いたぞ!」という叫び声だった。身体はその声に弾かれたように動き始め、俺と野水は競うようにして倉庫の外へと出た。
瞬間、視界に入ってきたのは――ぼぅっとした顔で自らのこめかみに銃口を突きつける、藤堂の姿だった。
「おう、おまえら。久しぶりだな」
呑気にそう言ったのと同時に、藤堂が背中から強烈なライトで照らされる。目を細めて光の先を見れば、そこにいるのは大勢の警察官だ。追われているのが藤堂であることは一目でわかった。
「拳銃を下ろせ!」「観念しろ!」「これ以上迷惑掛けんじゃねぇ!」
様々な怒号をのっぺりとした表情で聞き流した藤堂は、ふいにこちらへウインクしたかと思うと、一目散に駆け出した。俺達は警察官と共にその後を追ったが、中年の割に逃げ足の速い藤堂は既に川岸。あちこちから響く「おい止めろ!」という声にも一切耳を貸さず、「よいしょー」というなんとも気の抜ける掛け声と共に、未だ冷たい春先の川の中へと飛び込んだ。
居合わせた警察官達はライトで川面を照らし続けたが、その日、藤堂が再び姿を見せることはなかった。




