第3話 ホット・ファズ その1
爆発の被害は大きかった。死者こそ出なかったものの、負傷者の数は重軽傷合わせて百人を超えた。銀行は瓦礫の山と化した。飛び散ったコンクリート片は周辺家屋を傷つけ、付近に停めてあった車の窓を割り、地域住民は一時避難を余儀なくされた。
俺を含めた特装隊のメンバーは、なんとか全員無事だった。崩れ落ちた建物の破片を運悪く全身に受けた俺は、目が覚めたら病院で、検査のために入院することになったものの、とりあえずは問題無いだろうという診断を受けた。その代償として俺の装着していたクロカブトは全壊。四ノ原のそれも爆発時に半壊し、無事なのは、上手いこと身をかがめた野水のものだけであった。――が、こんな事態を引き起こしてしまったのだから、どうせ隊の解体は間違いない。つまり、クロカブトが何機壊れようが、また何機無事であろうが、どうでもよいことなのであった。
それにしても、なぜ突然爆発なんて起きたのか。その原因は、男達が着ていた例のパワードスーツだったという。これは事件の翌日に見舞いにやってきた藤堂に聞いた話だが、あれには細工がしてあって、装着者の意思に反して無理に脱がせると、その十分後に時間差で爆発するようになっていたらしい。
「でも、あの四人がそんな細工したってわけでもなさそうだ。そもそもあいつらがそんな知識を持ってないってのもあるが、一件目の事件の時の証言と同じことが聞けたからな。うだつの上がらん半グレのあいつらのところに、見知らぬ男が突然やって来て、あのスーツを譲ったそうだ。で、その男っていうのがサングラスを掛けて、野球帽を被って、あからさまな付け髭をした、いかにも怪しい男だったらしい」
「つまり、同一人物があんな代物を至る所にばら撒いてるっていうことか。何のために?」
「知らん。まあ、いずれわかる時がくるだろ。お互い、余計な首突っ込まないようにしようや」
いつもながら無責任な男である。
さて、事件から二日後の朝のこと。昨日の夜で検査は終わっていたため、もう退院だろうと思い支度をしていると、青い顔をした医者が廊下からすっ飛んで来て、「お待ちください」と俺を引き留めた。
「本郷さん。申し訳ございませんが、まだあなたは退院できないんです。万が一のことを考えて、一週間は入院させるようにと警察の方がですね」
問題無いという診断は既に受けているのに、一週間ここに縛り付けられるのは堪ったものじゃない。「でも、検査は昨日の夜で終わったんでしょう。問題も無いだろうって聞きましたけど」と俺が強めに言うと、医者は「それはそうなんですがね」と歯切れ悪く答える。
腹の探り合いは趣味じゃなかったため、「悪いところがあるんならハッキリ言ってください」と詰め寄ると、医者は「そういうわけでもないんです」とちぐはぐなことを言って額の汗を拭く。
「と、とにかく、当院ではあなたの退院はまだ認められないのです。それでは」
早口でそう言うと、医者は逃げるように部屋を出ていった。納得はいかなかったが、騒ぎを起こすわけにもいかないため無理に出ていくということも出来ず、仕方なく俺はベッドに戻った。
それから、やることもないままじっと過ごし、味の薄い昼食を食い、再び何もすることのない時間を過ごして、ひたすら身体を鈍らせていると、部屋の扉がガラリと開いた。現れたのは継枝さんである。右手に提げた紙袋には、菓子折りでも入っているのだろうか。
継枝さんは神妙な顔で深く頭を下げると、「この度は大に変申し訳ないことを」と丁寧に謝った。
よく出来た人だと感動すら覚えたが、冷静に考えてみればこれがまともな大人として当然の行動である。見舞いに来たと思ったら、「ここのナースって美人揃いなんだよな」と開口一番に言って、俺のことを羨ましがった藤堂が馬鹿野郎なだけだ。
「頭を上げてください。別にいいんですよ。たいした怪我もしてないんですから」
「いえ。いいわけがない。怪我どころかそれ以上もあり得た事態です。謝って許されることではないかもしれませんが、謝らなければ気が済まない。私に出来ることがあれば、どうぞ遠慮なく言ってください」
遠慮なくと言われたところで、別に継枝さんにして欲しいことなど何もない。これが藤堂相手であれば、今までの恨みを晴らすべく色々と面白いことをさせるのだが。
俺が「本当に大丈夫ですから」と言って押し切ろうとすると、継枝さんは少し不安げな表情になった後、「それならば」と逆に提案してきた。
「今回の件について、金銭的に保障させて頂けないでしょうか。少し意地汚い話になってはしまいますが、誠意というのは言葉だけでは見せられない」
「そんな、受け取れませんよ、お金なんて」
「そう仰らずに」と継枝さんは持っていた紙袋を俺に差し出した。どうやらあの中に入っているのは、〝山吹色の菓子〟らしい。
地獄の沙汰も金次第。貰っておけるものは貰っておくのが道理だとはわかっているが、相手に何の落ち度もない以上、こんなものを受け取っては寝覚めが悪くなる。しかし、これだけ申し訳なさそうにしている継枝さんをそのまま帰らせたら、それもまた寝覚めが悪い。
だから俺は別の提案を持ちかけた。
「継枝さん。それは受け取れません。だから代わりに、俺の入院期間を短くするよう医者に話してくれませんか? 警察の方が一週間は病院に入れとけって言ったみたいで。こんな何もない部屋で閉じこもってるのは性に合いません」
継枝さんは警察組織内でかなりの力を持っていると四ノ原から聞かされたことがある。誰が俺を入院させたかは知らないが、継枝さんの一声があれば、退院までの時間はぐっと短くなるはずだ。
そう考えたのだが――。
「……なるほど。検討しましょう」
継枝さんから帰ってきたのは、いやにはっきりとしない答えだった。
その時の俺は、「きっとこの人は何もしてくれないだろう」という嫌なことを不思議と確信してしまっていた。
〇
案の定というべきか、検査入院はきっちり一週間続いた。その間、俺は一歩も外に出ることを許されず、またテレビや新聞などの娯楽も「脳への刺激が強いから」というよくわからない理由で許されなかった。仕方がないのでトレーニングをして過ごしたが、これがなんのお咎めも無しだったことが却って理不尽に感じた。脳への刺激が良くないのならば、身体を動かすのもいいとは言えないはずだ。やっていることがチグハグ過ぎる。どんな目的があるのかはわからないが、入院という名目で、俺をここに閉じ込めておきたかったのだろう。
一週間ぶりに病院の外へ出ると、太陽の光が眩しかった。風の中に薬品の匂いが漂っていないというただそれだけのことが猛烈に嬉しい。呑気な春の陽気がすでにあちこちに漂っている。
とりあえずは家に戻ろう。それで、干しっぱなしの洗濯物を取り込もう。その後で味の濃いものを食おう。ラーメンとか。
そんな風に計画を立てつつ、病院の敷地内を歩いていると、駐車場からクラクションが聞こえてきた。釣られてそちらの方を向けば青い軽自動車――運転席の窓から顔を出して手を振ったのは四ノ原である。
「お久しぶりです、本郷さん。お迎えに来ましたよ。家まで送ります」
渡りに船とはこのことだ。お言葉に甘えることにした俺は、「悪いな」と言いながら助手席に乗り込む。
「お見舞い、行けなくてすいませんでした。事件のことで色々ばたばたしてまして。全然時間が取れなくって」
「いいんだよ。仕事が一番だろ?」と俺はシートベルトを締めながら答える。
「そう言って頂けると助かります」
明るくそう言っ車をスタートさせた
四ノ原は、ふと後部座席に手を伸ばして何かを掴み、それを俺の膝の上に置いた。見れば、紐で纏めてある大量のスポーツ新聞である。
「なんだよ、これは」
「藤堂警部補からの差し入れです。俗世の知識一週間分詰め込んどけって。そう伝えれば本郷さんならわかるって言ってましたけど……どういう意味ですかね?」
「ああ。入院した部屋にテレビもラジオも無くってな。おまけにスマホは家に置きっぱなしだし、新聞は無いしで、外のことがさっぱりわからなかったんだよ」
「なるほど。……っていうか、よくそんな環境で過ごせましたね。わたしだったらおかしくなってますよ」
「まあ、どんな環境でも慣れりゃなんとかなるもんだ」
「……本郷さんって、ジャングルに放り込まれてもなんだかんだ生きてそうですよね」
「……どういう意味だ、それ」
しかし、差し入れならもっと気の利いたものを持たせればいいだろうに。何故わざわざ古新聞なのか。これではゴミを押し付けられたのとほとんど同じである。
そんなことを考えながらも渡された新聞を適当にめくった俺は、あまりの驚きにより言葉を失った。
どの新聞を見ても目に入るのは特装隊の記事。しかしそれは俺が予想していたように特装隊を叩くようなものではなく、むしろそれとは逆――特装隊を擁護するものばかりだった。
「どんなマジック使ったんだ、こりゃ」
「どうしたんですか、ぶつぶつ言って」
「これだよこれ。この記事だ。なんでマスコミが俺達の味方になってるんだよ」
俺が新聞を何度も指で叩くと、四ノ原はハンドルをしっかり握りながら横目で記事を見て、「それですか」と嬉しそうに言った。
「凄いですよね。聞いちゃいます? 何があったのか?」
上機嫌な四ノ原曰く――本来ならばあの爆発事件は、現場の最前線にいた特装隊のせいにされてもおかしくなかった。マスコミに散々叩かれた挙句、上から責任を押し付けられて、特装隊はあえなく解体なんてことになっても、なんの不思議も無かった。
今そうなっていないのは、それを見越した継枝さんが先手を打ったおかげであるという。
気を失った俺をすぐさま入院させた継枝さんは、続いて記者会見というつるし上げの舞台の主役を自ら買って出た。そして自分の失態を認めて平身低頭、丁重に謝罪した上で、入院している隊員がいるということを語り、涙を一筋だけ目から流した。いわゆる男泣きである。
このような、筋の一本通った人間にマスコミと大衆は弱い。〝人情に溢れる警察官〟というイメージを継枝さんが手に入れたことにより、あの一件で特装隊がバッシングを受けることは一切なかった。
特装隊を叩けないマスコミはどうしたか。ニュースを作るにあたって、叩けないならばとりあえず褒めておこうというのがあいつらである。マスコミの連中は一斉に、特装隊を「ぼろぼろになるまで頑張ってくれるお巡りさん」などと評し、頼んでもいないのに熱心に持ち上げ始めた。野水のあの一件なんて、まるで夢か何かだったかのように。
「――でも、クロカブトが壊れたので、特装隊としてのお仕事はしばらくお休みなんですけどね。とにかく、隊の解散は逃れたってわけです」
「……なるほどな」
メディアを利用するやり口。なんだかどこかで覚えがあると思えば、〝売れっ子ヒーロー〟なんて呼ばれてちやほやされる奴らと同じだ。賢いとは思うが、どうにも好きになれない。
俺はシートに深く背を預け、大きく伸びをする。なんとなく苛立ってしまっているのは、継枝さんが何も言わずに俺を利用したことがまったく気に食わないからである。
あの人が俺を退院させてくれなかった理由はわかった。でもそれなら、ひと言あって然るべきだろう。わざわざ見舞いにまで来たのだからなおさらである。
「……継枝さんも藤堂と同じ人種か」
「な、なんて不謹慎なこと言うんですか。全然違いますって。野水くんがいたら殴られてますよ?」
「そうか? 意識の無い部外者の俺を勝手に入院させて、お涙頂戴のストーリーを語って、マスコミの論調を追い風に変えるなんて黙って人を利用するような芸風、むしろあいつより質が悪いと思うけどな」
「そ、それは……たぶん、たまたまそうなっちゃっただけで」
消え入るような声で苦しく擁護した四ノ原は、眉尻を下げて黙ってしまった。機嫌を損ねてしまったらしい。
「……悪かったな。言い過ぎた」
「……いいんです。本郷さんが利用されたっていうことは、きっと本当のことだと思いますから」
とはいうものの、四ノ原の顔は相変わらず浮かないままだ。わざわざ迎えに来て貰って気分を悪くさせたままでは申し訳ない。
「四ノ原。これから時間あるか?」
「まあ、無いこともないですけど……どうされたんですか?」
「変な話聞かせた詫びだ。美味いコーヒー奢る」




