第2話 日本で一番悪い奴ら その5
それから俺達は現場にいた警官から詳しい話を聞いた。
銀行の中にいるのは全部で四人。つい一時間ほど前に構内にあるATMを破壊していたところをパトロール中のヒーローに見つかって、そのまま立てこもりを始めたらしい。即時で警察に囲まれて、何をとち狂ったのか「資本主義の否定のためにその象徴である銀行を破壊する」だなんて、もっともらしいことを今しがた言い出したとのことだ。
構内の監視カメラは破壊されており中の様子はわからないものの、人質は取られておらず、周囲をぐるりと警察官に囲まれているため犯人達は既に袋のネズミ。それでも警察が手を出せないのは、犯人達が全員揃って装備しているパワードスーツのせいである。下手に刺激した結果、無理やり外に逃げ出した犯人が、周囲の一般市民に危害を加えるなんてことが起きれば、大変な責任問題になる。
「つまり、何かが起きりゃぜーんぶおれたちの責任。逆に言えば、この事件を解決すりゃぜーんぶおれたちの手柄だ。核家族状態のこの隊にも、どーんと人員を裂いて貰えるかもしれん。気合入れていこうや」
藤堂は無責任にそう言って締めくくった。指示をすればいいだけで、働かなくてもいい立場の奴は気楽なものだ。誰が一番苦労すると思っていやがる。こちとら、いつ自爆するのかわからない爆弾を抱えながらの肉体労働だってのに。
俺の心配など知る由もない〝爆弾男〟の野水は、「いつでもいけます」などと言いやがって気合十分である。そして、そんな野水を先ほどから睨んでいるのは四ノ原だ。こっちの方もいつ爆発するかわからない。
こうなると、この場にまともな人間は俺だけだ――と思ったところで、俺は考えるのを止めた。B級ヒーローなんて明日の見えない商売で日銭を稼いでいる俺がなんかまともなら、この国の警察はおしまいである。
「で、どうやって突入するんだ」
俺が訊ねると、藤堂は空を指さした。目線を上に移しても、分厚い雲が月を隠す光景が見えるばかりだ。
「天井だよ。天井をぶち破って中に入るんだ。下手に横の壁に穴開けたら、そこから脱出されるなんてことも考えられるからな」
そういうことで銀行の屋根に上った俺達三人は、藤堂から来るはずの突入の合図を待っている。下を見れば、地元警察署の警官が拡声器を通して「大人しく出てきなさーい」と犯人への説得を試みている最中である。無駄なことを続けているのは、〝所轄のプライド〟というヤツのせいだろうか。ドラマでたまに見かける通り、地元警察と警視庁本部の警察には溝のようなものがあるらしい。
待機が始まっておよそ三十分。「こんなこといつまで続けるんだ」と苛立ったように声を上げたのは野水だった。
「突入するしかないだろ。何を臆病なことやってるんだ」
四ノ原がこれに、「我慢してください。それとも、そんなに人を殴りたいんですか?」と喧嘩腰で応じる。
「なんだ、その言い方。いいか? 俺は警察官としてやるべきことをやっただけだ」
「へえ、無抵抗の相手の膝を折ることがやるべきことなんですね」
「無抵抗じゃない。銃で撃たれたんだぞ、俺は。それに、ああいう奴は馬鹿な犬と同じで、駄目なことは駄目だとしっかり教えてやる必要がある。じゃないと、また同じことを繰り返すぞ」
「そんな言い訳をするなら今すぐここから降りてください。野水くん、あなた、今度は犯人を殺しますよ」
「殺さない。俺は警視正と約束したんだ。特装隊として働いている以上、もうあんな真似はしないって」
「……今までの自分の行いを思い返してください。言葉だけで信じられると思ってるんですか?」
「信じられなきゃ勝手にしろ」
「はっきり言わなきゃダメみたいですね。態度で示せって言ってるんです」
「態度よりも行動で示してやる。お前は俺がどんな男か、わかってるはずだろ」
「ええ、そうですね。イヤっていうほどわかってる。自分勝手で、ワガママで、何でもかんでもひとりで決めちゃって……どこかに出かけるっていう時ですら、わたしの意見を一度でも聞いてくれたことがあります?」
「今それ言うかよ? 付き合ってた時のことなんて関係ないだろ」
「……お前ら、これから仕事なんだから――」
「本郷さんは黙っててください。これはわたしたちの問題です」
「そうだ。プライベートの問題に口を挟むな」
ああ、猛烈に帰りたい。今すぐ帰りたい。帰って胃薬をがぶ飲みしたい。というか、こいつらそういう関係だったのか。よくもまあ平気な顔で一緒に仕事なんてしてられるものだ。
犬も食わない痴話喧嘩を続けるふたりを横目に、藤堂へ通信を繋げた俺は「知ってたのか?」と訊ねた。
『まあ、一応はな。職場恋愛禁止ってわけでもないし、許してやれや』
「許す許さない以前に気まずいんだよ、こっちは。どうにかしろよ、上司だろ」
『こじれた男女の仲をどうにか出来るほど、上司って立場は万能じゃあないけど――ちょうどよく突入の許可が出た。これで許せ』
「許す」
通信を切った俺は未だ言い合いを続けるふたりの間に割って入り、「合図が来たぞ」と伝えた。ふたりとも、まだ何か言いたげではあったものの、渋々矛を収めて拳を構え、強硬突入の姿勢を取る。
「……本当に壊して大丈夫なんですよね。あとで請求がウチまできませんよね」
「今さらそんなこと言うな。怖気づいたのか?」
「ちょっと気になっただけです。なんでそんな言い方なんですか?」
「いい加減にしろよ、お前達。一、二、三でいくからな」
拳を強く固め、息を深く吸って集中し、足元を見据える。
一、二、三――。
合図と同時に三人同時に放った拳は見事に天井を突き破り、俺達はコンクリート片と共に構内へと落下した。着地しながら周囲を見れば、聞いていた通り犯人と思わしき連中が四人いる。全員そろって着込んでいる、騎士のようなデザインをした黄金色の派手なパワードスーツは、〝資本主義の否定〟を掲げる奴らが着るものとは思えない。
「大人しくお縄につくか? それとも、少し痛い目に遭うか?」
「ふ、ふざけんな! 警察が妙なカッコウしやがって!」
「……言いたくないけど、お互い様だろ、そりゃ」
誰かが「うるせぇ!」と叫んだのを皮切りに、奴らは自棄になったようにそれぞれこちらへ突っ込んでくる。一番近くにいた奴が無暗に振り回した腕を躱した俺は、そいつの脇腹を目がけて、少し手加減して拳を放った。
確かな手応え――だがその一撃は、奴の動きを止めるには至らなかった。奴は苦しそうに「イテェな!」と喚きながらも攻撃の手を止めない。
派手な見た目だけあって、あのスーツはずいぶん頑丈なようだ。それなら加減しないでも大丈夫だろう。次は本気で気絶させてやる。
攻撃を躱しながら奴の顎へと拳を放つ機会を伺っていると、突然腕の自由が利かなくなった。背後から忍び寄ってきた他のひとりが、俺を羽交い絞めにしたのである。
「やっちまえこんなヤツ!」
「任せろ!」
奴は瓦礫の中から鉄の棒を見つけると、頭上にそれを構えて思い切り振り下ろす。慌てて身をかがめると、その一撃は俺ではなくて俺を羽交い絞めにしていた奴の脳天に直撃した。金属同士がぶつかる鈍い音が響いた後、男は力なく仰向けに転がる。愉快な奴らだ。トムとジェリーか。
「テ、テメェ! よくも俺の仲間を!」
「逆恨みすんな。自分でやったんだろ」
「関係あるかよ! ぶっ飛ばしてやるから今度は動くんじゃねぇぞコラ!」
男は走り込む勢いを利用して、腰ほどまでしか足の上がっていない弱々しい蹴りを放つ。難なくそれを避けた俺は、今度は加減のない一撃を男のみぞおちに入れた。
「ぐぇ」と小さなうめき声を上げた男は前のめりに倒れこむ。男が気絶したのを確認してから周りを見てみれば、残った奴らも野水、四ノ原の両名によって無力化させられた後だった。
それから俺達は男達のスーツを無理やり引き剥がし、しっかりと手錠を掛けた。全ての作業を終えた四ノ原は「終わった終わった」と言って頭部の装甲を脱ぎ、額の汗を拭う。
「これで一件落着。案外、楽勝でしたね」
「いや、まだ終わってない」
小さくそう呟いた野水は、手錠を掛けた男のうちのひとりに歩み寄る。その静かな足取りに殺気めいた何かが感じられて、俺は思わず野水の前に出た。
「野水、何するつもりだ」
「安心しろ。さっき言った通り、手荒なことはしない」
「信じられると思うか?」
「信じろ。約束は守る」
そう言うと野水は俺の横をすり抜け、あぐらをかいて座る男の前で腕を組んで仁王立ちする。それを一瞥した男は怯える様子もなく床に唾を吐いて野水を睨んだ。
「なんだよ、犬のお巡りサン」
「お前、なんでこんなことをした」
「シホンシュギのヒテーだよ、ヒテー。俺たちはシソーがあって行動してんの」
「本当の理由を話せ。二度は言わない」
眼底に杭を打ち込むような重い視線。野水の迫力に圧されたのか、男は渋々「金だよ」と吐き捨てた。
「それだけか」
「それだけだよクソッタレ。金が欲しいのに理由がいるかよ」
「わかった。もういい」
「なんだよ。話せって言った後はもういいってか?」
「ああ。お前はもう喋るな。口を開くだけ無駄だ」
「何を――」
男の首を捕まえてそのまま床に押し倒した野水は、握った拳を無慈悲に振り下ろした。
――あの野郎。
身体ごと突っ込んで野水を抑えつけたものの、既に拳は叩きつけられた後である。頭に血が上ってどうしようもなくなった俺は野水の首を掴み、拳を構えていた。
「ふざけんなテメェ。何が信じろだよコラ」
「落ち着け、本郷。大丈夫だ」
「何が大丈夫だ。もう勝負はついてただろうが。あれ以上手を出したらお終いだろうがよ」
「ほ、本郷さん! ちょっと待って!」
俺の背後で四ノ原が声を上げた。肩越しに振り返ると、野水が顔面を砕いた〝はずだった〟男が仰向けになって倒れているのが見えた。恐怖により過呼吸気味になってはいるものの、まったくの無傷である。野水の拳は男の頬薄皮一枚のところを掠め、床に穴をあけるのみに終わっていたのだ。
野水は俺を跳ね除けて立ちあがると、ぶっきらぼうに呟いた。
「だから言ったろ。約束は守る」
「……悪かったな、疑って」
「気を付けろ。今度やったらお前相手でもただじゃおかない」
そう言うと野水は恐怖に顔を歪める男を指し、それから他の男達も次々と指しながら力強く宣言した。
「いいか、お前。いや、お前達全員だ。刑務所を出てからもし同じようなことをまたやってみろ。次に砕けるのは床じゃあないぞ」
溺れたようにはうはうと息を漏らす男達は、「はひ」と辛うじて情けない返事をした。
〇
犯人一味を連行して銀行を出てきた俺達は、目が悪くなるほどのカメラのフラッシュと割れんばかりの拍手に出迎えられた。眩しさに目を細めながら周囲を見れば、マイクを持ったレポーターやらカメラマンやら、大勢の報道関係者が人垣を作った警察官に抑えられている姿が見える。「お疲れ様です!」「なにかひと言頂けますか?!」などの声があちこちから聞こえて、無視をするのも感じが悪いかと思い、答える代わりに手を振ろうとしたが、司に見られた時のことを考えて止めにした。
「なんか、こういうのって落ち着きませんね」
「これで特装隊の名前が売れるんだ。我慢しろ」
「……大人になりましたね、野水くん」
「俺はもともと大人だ」
野水の答えに四ノ原は笑い、また野水も満足げに微笑んだ。どうやら、ふたりも仲直りらしい。胃が痛む心配がなくなって何よりだ。
これにて全て一件落着。これをきっかけとして、きっと特装隊の名声は上がるだろう。そして隊は拡張され、近いうちに〝特別相談役〟なんて存在は必要なくなるだろう。そして俺は騒がしくも平凡な元の生活に戻ることが出来るだろう。
晴れ晴れとした気分でいると、良くないことが起きる気がする。たいていの場合その予感はとんでもない勘違いなのだが――その日は違った。
衝撃。そして、爆発音。
無我夢中で近くにいた四ノ原達を、出来るだけ遠くへ突き飛ばす。
気を失う直前に俺が最後に見た景色は、逃げ惑う人々の姿だった。
第2話終了です




