表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第3章 1話 バッドボーイズ2バッド
64/92

第1話 バッドボーイズ2バッド その5

〝クロカブト〟を装着した俺達三人はビルの屋上に出た。こんなものを着込んでいるにも関わらず、街の喧騒ははっきりと聞こえる。眼前にあるディスプレイに映る視界は、さすがに肉眼と比べればやや狭いが、とりあえずは申し分ない。着心地はまるで肌と一体化したようで、おまけに装甲の重みもほとんど感じない。超がつくほど高性能だ。俺達の血税がこんなところに使われているのだろうか――とは、あえて考えないことにした。


『おまえたち。聞こえるか?』


 ビルの外へ出ている藤堂の声がイヤホンから聞こえる。「聞こえる」、「ばっちりです」と俺達が口々に返した後、藤堂はさらに続けた。


『正面のビルの前にトラックが一台停まってるのが見えるな? そのビルはこの辺り一帯を縄張りにする柳田組の事務所でな。で、今さっきそいつらのビルに、柳田組と敵対する甲斐組の奴が乗り込んだってわけだ。今は大人しくしてるけど、あと数分もしないうちにドンパチ始まるだろうさ』


「それなら、事が起きる前に止めに入った方がいいんじゃないのか?」


『本郷にはわからんだろうけどな、事が起きてからしか動けないのが警察だ。風邪薬を風邪の症状が出る前に飲むか?』


「そりゃそうだけど……頼りねぇな」


『まあ、そう言うな。何か動きがあったら俺の合図を待たずに動け。派手にやれよ』


 藤堂からの通信が切れると、四ノ原は長い息を吐いた。


「それにしても、こんなことにわたしたちが手を出していいんでしょうか。暴力団関係なら、わたしたちじゃなくってマル暴の管轄のはずです。縄張り争いにはうるさい組織だったと思うんですけど」


「それを黙らせるだけの力が、継枝警視正にあるってことだろ」と野水が返す。


「それだけ力のある人だったら、わたしたちなんかよりも、もっと経験のある人がこの役に適任だったと思いませんか?」


「馬鹿。あんな立派で力のある方が選ぶほどの人材だってことだろ、俺達は。自分の力をもっと誇れ。なあ、本郷」


 俺は継枝さんに選ばれた人材というわけではない。しかし、ここでそれを言うと話がややこしくなりそうだ。


 そういうことで俺は「ああ」と答えたのだが、それを聞いた四ノ原は深くため息を吐いた。


「……同意しないでください、本郷さん。コイツ、すぐ調子に乗るんですから」


「変なことを教えるな。本郷、四ノ原の言うことは無視していい」


「なんですか、その言い方」


「なんだ。文句でもあるのか」


『おぅい、おまえたち』


 睨み合うふたりに藤堂の声が割って入る。


『仲がいいのは喜ばしいけど、そろそろ気を引き締めろ。これから始まる仕事はかなりの荒事だぞ』


「とは言いましても、要するに大規模な喧嘩でしょう。生身ならともかく、こんなものを着ている以上、わたしたちが負けることはないと思いますが」


『まあ確かに、野水の言う通り。それを着ていれば、普通の大人なら何人向かって来ても負けないだろうさ。でもどうにも、相手は普通じゃないらしい』


「……それってどういう意味ですか?」と四ノ原が恐る恐る訊ねる。


「俺にも詳しくはわからん。だが情報によれば、とんでもないモノ持ってるって話だ」


「なんだよ、そのとんでもないモノって――」


 俺が口を挟んだその時、何かと何かがぶつかり合うような音が響き、空気が僅かに振動した。眼下にいる街行く人々は一斉に足を止めて、音の響いてきた方向を見ながらスマートフォンを構える。


 一瞬の静寂――再びの轟音。


 正面のビルの壁が内側から突き破られて、獣のように取っ組み合うふたつの大きな影が飛び出す。


『そら出てきたぞ。普通じゃない、とんでもないモノが。……まあ、想像以上だが』


 現れたのは、3mはあろうかという人型の作業用重機だった。片や赤い色を基調とした、両手足に炎の装飾があしらわれたデザイン、片や落ち着いた迷彩色に毒々しい紫の蛇が胸部に刻まれたデザインと、見た感じに受ける印象は全く異なるが、全体的に丸みを帯びたその形状は互いによく似ている。頭部にあたる部分にはコックピットが搭載されており、胴体から伸びる太い腕と脚は、鈍重そうな印象を受ける。

赤い機体が迷彩色の機体に対して馬乗りになり、がむしゃらに拳を打ち付けている。迷彩色の機体もなんとかもがいてはいるが、決着はそう遠くないところにあるだろうということがわかる。


 しかし驚くのは、そんな荒ぶる〝巨大ロボット〟が出現したにも関わらず、逃げない通行人がいるということである。野次馬根性丸出しで、「ヤベー!」なんて叫びながらスマホを向けて撮影するその姿勢は、一流の戦場カメラマン顔負けだ。というか、アホだ。インスタだとかツイッターだとかがそんなに大事か。


『とりあえず、俺は野次馬連中に避難を促す。あとはそっちでなんとかしてくれや』


 そんな適当なことを言って藤堂は通信を切った。いくら放任主義といえど限度がある。


 小さく息を吐いた四ノ原は、「さて、どうしましょうか、ふたりとも」と慎重に呟いた。


「正直、わたしたちの装備でも、真っ直ぐ行って勝てる相手じゃないと思います。ここはまず作戦を立てた方がいいかと思いますが」


「作戦っていっても、そりゃ――」


「突っ込むしかないだろ」


 俺の言葉を先取りした野水は、ビルの屋上から先陣切って飛び降りた。なるほど。無計画を地で行く男が俺以外にもいた。


「ああもうっ!」と苛立ったように吐き捨てた四ノ原がその後を追い、最後に俺が飛び降りる。一歩先を行った野水は既に、組み合う奴らの傍に立ち、「止めろっ!」と怒鳴り声を上げている。


「お前ら、まとめて逮捕してやるっ! その機体から降りろっ!」


 赤い機体は動かなくなった迷彩色の機体の両足をもぎ取ると、それを投げ捨てながら野水の方を向いた。


「うるせぇヒーローだな! すっこんでろ!」


「……ヒーローなんかと一緒にするなっ!」


 逆上した野水は黒い警棒を右手に持ち、赤い機体に真っ直ぐ突っ込んでいく。俺と四ノ原はそれに遅れて走り出した。


 赤い機体は俺達を迎え撃つべく、その長い腕を薙ぎ払うように振り回す。


 跳躍――が、最低限の動きで敵の一撃を躱そうとしたにも関わらず、スーツの出力により俺の身体は想定以上に宙に浮いた。その隙を狙ってか偶然か、鉄の拳が俺の身体を目がけて飛んで来る。


 空中でそれを躱せるわけがなく――その一撃をモロに喰らった俺は、ビルの壁に叩きつけられた。


 強く揺らいだ視界は黒く塗りつぶされ、何も見えなくなる。砕けたコンクリートが身体中に降り注いでくるのがわかる。あちこちから悲鳴が聞こえる。


「本郷っ!」


「本郷くんっ!」


 返事ができなかったのは受けた攻撃のせいだけじゃない。あれだけの一撃を受けたにも関わらず、まだ立てる程度の痛みしか受けなかったことに驚いて声が出なかったのである。


「……とんでもない性能だな、こりゃ」


「無事なのか無事じゃないのか! はっきりしろ、本郷!」と野水の声が鼓膜に響く。先ほどの一撃よりも、こちらの方が痛いくらいだ。


「大声出すな。無事だよ。ピンピンしてる」


「だったら手伝えっ! ビクともしないぞ、こいつっ!」


「……だから、大声出すなっての」


 使い物にならなくなった頭部の装甲を脱ぎ捨てた俺は、瓦礫を掻き分け立ち上がった。視界が開けて見晴らしがいい。辺りに舞う白い砂煙の向こうには、奴と戦いを続けるふたりの姿が見える。


 警棒を構えた俺は、真っ直ぐ赤い機体を見据え――強く足を踏み出した。


 どれだけ大きな機械だって操縦するのは人間だ。


 ――それなら――。


 一撃、二撃、三撃。次々と放たれる拳を避けながら接近する。


「ちょろちょろするんじゃねぇっ!」


 痺れを切らした奴が大きく腕を振りかぶる。そこに隙を見出した俺は、ぐっと脚に力を込めて跳躍し、勢いそのまま奴のコックピットを目がけて警棒を突き刺した。


 瞬間、作動する電子警棒。弾ける青い光。中にいた男は操縦桿を持ったまま気絶して、機体の機能は完全に停止した。


 まったく、重労働にもほどがある。これなら、いつものようにヒーローやって、「変態」なんて罵られた方が百倍マシだ。





 それから五分としないうちにパトカーに乗った警察官が続々と現れて、混沌としていた事件現場には速やかに秩序が与えられた。辺りには黄色い規制線が張られ、集まっていた野次馬はとっとと追い返され、そして騒ぎを起こしていた奴らにはしっかり手錠が掛けられた。


 しかし、それで万事解決、仕事終了、さあ解散だ、飲みにでも行こうとならないのが警察である。事件現場に残って周囲にいる人に話を聞いたり、被害が出た建造物や道路の状況を確認したりと何かと忙しい。


 俺は正式な警察官ではないから、こまごまとした仕事が与えられるようなことはなかったが、しかし事件の当事者ということで根掘り葉掘り話を聞かれる羽目になった。


 結局、警察の元を解放されたのが午前二時。その時間では電車なんてものは当然走っていないから、駅の近くのネットカフェで朝まで時間を潰して始発に乗り、自宅のマンションに着いたのが七時過ぎ。シャワーを浴びて寝間着に着替えてベッドに倒れ込み、気づけば昼の一時半。


 気付けのために淹れた熱いインスタントコーヒーを飲み、こんなことがいつまで続くのだろうかと勤務初日を終えたばかりだというのに既にウンザリしながらテレビをつけたその時、俺はようやく事の重大さに気が付いた。


『警察の〝ヒーロー部隊〟。巨大ロボット相手に大立ち回り』


 昼下がりのワイドショーを賑わせる太文字のテロップ。偉そうなコメンテーターによる、「もう少し周囲に被害を出さず解決出来なかったのでしょうか」という勝手なコメント。


 そして何より、画面にデカデカと映る戦う俺の顔。


 帰ってからソファーに投げ出したままだったスマートフォンを恐る恐る見れば、何十件と残る司並びに来華からの着信。


 立ちくらみを覚えた俺はそのままソファーに身体を投げ出し、天井を見上げながら今後の身の振り方を真剣に考えた。


1話終了です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=955220014&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ