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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第3章 1話 バッドボーイズ2バッド
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第1話 バッドボーイズ2バッド その4

 俺を襲ってきたのは野水明のみずあきら。眼は鋭く、短く刈った髪型に広い肩幅と、いかにもスポーツマンな風貌の男。喧嘩の仲裁に入ってきたのが四ノ原飛鳥しのはらあすか。小柄だが、負けん気の強そうな瞳と態度が、どこか〝委員長〟という役職を想起させる女。両方とも警官で藤堂の部下――つまり、〝特装隊〟の一員だという。


 しかし、重要なのはそこではなくて、なぜ野水が俺を投げ飛ばしてきたのかということである。そして、その原因は他でもない藤堂であった。


「いやあ、顔合わせついでにお互いの実力を知って貰おうと思ってさ。で、実力を知って貰うなら、試合形式よりも本気の方がいいでしょ。だから、野水にはちょっと騙されて貰ったってわけよ」


〝詐欺師・藤堂〟はしたり顔でそう語った。いつか捕まれと俺は思った。


 顔をしかめて息を吐いた野水は、続けて俺の方へ向き直す。


「それで、あんたは何者なんだ? 見たとこ、警察じゃないみたいだけど」


「本郷翔太朗。特別相談役ってことで、あの詐欺師に無理やりここまで連れてこられた」


「なるほど。あなたが、警部補が仰っていた特別相談役なんですね」


 四ノ原は感心したように目を丸くする。


「普段はどんなお仕事をなさってるんですか? やっぱり、警備関係のお仕事を?」


 わざわざ「ヒーローだ」と名乗るのがなんとなく恥ずかしくて、「私立探偵だよ」と適当なことを言って誤魔化した俺は、壁にもたれてニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべながら俺達を眺める藤堂へと歩み寄った。


「それより、今日の目的はただの顔合わせか? それならそれで、さっさと帰らせて欲しいんだけどな」


「どっこい、そういうわけにもいかない。本当の目的はもっと別にあるんでね」


 そう言うと藤堂は身をひるがえし、上へと続く階段へ足を掛けた。


「ついてきな、三人とも」


 互いに顔を見合わせた俺達三人は、ぎこちなく頷き合った後、藤堂の後を追って階段を上った。


 二階に昇ると、大きな扉が俺達を出迎えた。懐から鍵を取り出した藤堂は、それを使って扉を開けて、「さあどうぞ」と俺達を部屋の中へ案内する。


 言われるままに部屋に入ったはいいが、明かりが点いていないせいでほとんど何も見えない。正面に窓はあるものの、厚い暗幕で覆われており、光が一切入らないようになっている。床がカーペットになっていることから、広いオフィスのような造りになっていることは想像できるが、そうなると部屋全体に僅かに漂う機械油の匂いの正体が不明である。


「藤堂警部補、ここまできて秘密主義でいるのもどうかと思われますが」と四ノ原は強い口調で言う。


「わかってるから焦るな。すぐ面白いモン見せてやる。腰抜かすなよ」


 藤堂は「光あれ」と呟いて、電灯のスイッチを押した。瞬間、部屋中が明るくなる。


 LEDの強い光に眩んだ視界に映ったのは――白と黒のパトカーカラーで塗り分けられた、スマートな見た目の人型の装甲だった。


 クワガタの鋏のような銀色の二本の角に、複眼めいた青い瞳。赤い稲妻模様が刻まれたバックルが特徴的なベルトに下げられた黒い警棒。ひどく趣味的な見た目である。来華が見たら、きっと大喜びすることだろう。


 俺達三人が言葉を失っていると、藤堂がしたり顔で説明を始めた。


「特装隊に支給された装備、強化外筋骨格〝クロカブト〟。パンチ力350kg、キック力900kg、100mを9秒ジャスト、垂直飛びは10m。ついでに電磁警棒を装備。オリンピアンも驚きのスペックだ。おまえたちはこいつに命を預ける」


「ヒーローかよ」と俺が思わず呟くと、藤堂は「まさにそれだ」と頷いた。


「特装隊のコンセプトはずばり〝正義の味方〟。お巡りさんを卒業したおれたちは、警察でありながらもヒーローにもなる。どうだ、いい考えだと思わないか?」


「自分はそうは思いません」と即座に答えたのは野水である。


「なんだ、野水。ヒーロー嫌いか?」


「ええ、嫌いです。大嫌いですよ。あんなのを好きなヤツの気持ちも、あんなのになろうとするヤツの気持ちもわかりません」


「落ち着いてください、野水くん。今のはあくまで警部補のたとえ話です。本当にヒーローになるわけじゃないですよ」


「わかってる。でも、たとえ話だって気に入らないんだよ」


 その時、入り口の方から短い咳払いが二度響いてきた。振り返るとそこにいたのは、紺色のスーツ姿の男だった。白髪が目立つが体格は良く、口元のほうれい線からは多くの苦労が見て取れる。


 その男が警察関係者で、なおかつ三人の上司だということがわかったのは、男を見るなり俺以外の三人が一斉に敬礼したからである。男は「楽にしていい」と三人に促すと、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。


「あなたが、藤堂の推薦した〝特別相談役〟ですか」


 これぞ警察官と言うべき、威厳の感じられる声だった。藤堂なんかよりもずっと信用できそうだと瞬時に確信した俺は、「はじめまして」と丁寧に頭を下げる。


「本郷翔太朗です。よろしくお願いします」


「私は継枝数人といいます。申し訳ない。本来ならばこのようなこと、一市民であるあなたにお任せするようなことではないのですが、恥ずかしいことに、人手も、経験も、我々には足りないものでして。ひとつ、よろしく頼みます」


 そう言って継枝さんは深々と頭を下げた。藤堂とはエライ違いだ。本当に同じ警察官なのだろうか――などと訝しく思っていると、あいつは大きなくしゃみをした。そのままくしゃみをし続けて肺炎にでもなればいい。


 継枝さんはクロカブトを見て満足そうに目を細め、それから野水と四ノ原を、最後に藤堂を順番に見た。


「藤堂。先に話していた通りだ。今日の夜、奴らに必ず動きがある。準備しておけ」


「了解致しました。特装隊の隊員一同、全力で任務に当たらせて頂きます」


「頼むぞ。緒戦でこけたら、さすがの私も庇いきれん」


 継枝さんはそう残し、秘密基地を後にした。行儀のよい敬礼でそれを見送った警察官三人は、彼の足音がすっかり聞こえなくなった辺りで緊張が解けたのか、そろって深い息を吐いた。


「驚きましたよ。まさか、警視正が来るなんて」と四ノ原が呟き、「来るなら来ると始めから言ってください」と野水がそれに続く。


「おれだって驚いたよ。まさか、直々にご視察とはね」


 藤堂は何かを思案するような、それでいて何も考えていないような表情で、ポリポリと頭をかいた。


「まあいいや。とりあえず、これから時間が来るまで待機だ。その間に、アレの使い方でも覚えてればいいさ」


「待ってください。待機とは、つまりわたしたちは何を待って、何をすればいいんですか?」


「たいしたことじゃあない。この辺り一帯を縄張りにしているヤのつく自営業の皆様方が、今日の夜に大規模な抗争を起こすってタレコミがあったらしくてね。おれたちはそれを止める。アレを使ってな」


藤堂は俺達を見回してにやりと笑った。


「せっかくの仮装パーティーだ。派手にやってやろうじゃないか」





 時刻は午後四時を回っている。遮光カーテンの隙間から覗く街の様子は大変賑やかである。行き交う人が絶えることはない。


 特別相談役なんて大層な肩書を与えられたものだから、どんな仕事を任されるのかと思ったが、単純そうで助かった。ただいつもと同じように、迷惑者を片づければいいだけだ。妙な恰好をしなければならないというオマケ付きではあるが、考えてみればそれもいつもと変わらないことである。


 俺は頃合いを見計らって秋野夫人へ「ひどい風邪を引きまして」と連絡し、家庭教師の仕事に休みを貰うことに成功した。「辛いのならしばらく休んでもいいのよ」という涙が出るほど優しい言葉も頂いたが、なるべくならそれに甘えたくはない。家庭教師の仕事を休むということは、その分、毎月の収入が減るということである。それは困る。なんとしてでも明日からは通常通りに出勤したい。


 夫人への連絡を済ませた後、続けて俺は司の番号をプッシュした。コール音が数度響いた後で通話が繋がり、『どうした』という声が聞こえてきた。


「ああ、急に悪いな。実は、今日どうしても外せない用事があって、夜は一緒に行けそうにないんだ。ひとりで回ってもらえないか?」


『珍しいな。何かあったのか?』


「遊びに行くわけじゃないから安心しろよ。詳しいことは顔合わせてゆっくり話したい。色々と事情が複雑なんだ」


『なるほど。それなら今は無理に聞かないさ。なに、ちょうど明日は学校も休みだ。今日くらいは私ひとりでもなんとかなる』


「助かる。じゃあ、また明日にでも連絡する」


 司は『ではな』と言って電話を切った。出会ったころとは聞き分けの良さに天と地ほどの差がある。人は成長するものだ。


 心配事が片付いて安堵していると、四ノ原が野水を連れてひょいと背後から近づいてきて、「奥さんですか?」と気安げに訊ねてきた。俺はスマートフォンをポケットに戻しながら、「そんな甲斐性がある男に見えるか?」と返す。


「まあ、見えなくもありませんけど」


 四ノ原はそう言って含みがあるように笑う。


「それはそうと本郷さん、ちょっといいですか? 野水くんから話があるんです」


「話?」


「そうだ」とやけに偉そうに言った野水が、こちらへ歩み寄ってきた。眉間にしわを寄せて睨むような目つきをしているものだから、喧嘩でも売られるのかと思い身構えていると、野水はふいに勢いよく頭を下げ、「悪かったっ!」と謝った。何がなんだかわからない。頭でも打ったのか、コイツは。


「……どうしたんだよ、急に」


「さっきのことだ。俺はお前を投げ飛ばした。悪党じゃない、お前をだ。だから謝った。それだけだ」


 ようやく合点がいった俺は、「それか」と思わず笑ってしまった。


「終わったことだろ」


「謝らなけりゃ気が済まなかったんだ」


「だったらすぐに謝ってくれりゃよかったのによ」


「恥ずかしかったんだから仕方ないだろ」


 まるでガキである。しかし、悪い奴ではないということはわかった。俺が「もう気にすんなよ」と言うと、野水は「すまん」ともう一度頭を下げて、それを見た四ノ原が「はいこれで仲直りです」と笑顔で締めくくった。こいつは野水の保護者か何かなのだろうか。


 それから無暗に時間ばかりが過ぎて、何もしないまま夜の九時を過ぎた。あと一歩先にある春の空気を先取りした馬鹿が街にワンサカと集まってきたせいで、窓の外の騒がしさが一層増してきている。筋者の抗争なんてものが本当に起きるのかと疑問に思わざるを得ないほどだ。


 そう考えているのは俺ばかりではないようで、壁に寄りかかって立つ野水にもあくびが目立つ。四ノ原の方は表情を引き締めてクロカブトのマニュアルを眺めているものの、貧乏ゆすりが止まらないところを見るに、内心、ひたすら待つばかりの時間に飽き飽きしているに違いない。


 その時、突然部屋の中で『くるみ割り人形』が賑やかに鳴り響いた。何かと思えば、藤堂の携帯に着信があったらしい。着信音まで気の抜ける男だ。


 着信音に合わせながら鼻歌を歌いつつ受話口を耳に当て、「はいはい」と言いながら通話を繋げた藤堂は、十秒としないうちに「わかった」と言って電話を切った。


 藤堂は携帯を懐に戻して、のんびりと言った。


「しっかり化けろよ、おまえたち。どうやらそろそろ出番らしいぞ」


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