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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第3章 1話 バッドボーイズ2バッド
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第1話 バッドボーイズ2バッド その2

「この馬鹿者が。恥を知れ」


 夜の仕事の打ち合わせのため、俺の部屋まで来た司がまず言い放ったのがこの台詞だった。


 出会って二秒で罵詈雑言は想定内だが、腹が立たないと言えば嘘になる。小競り合いになるのは百も承知だが、黙っていられるわけがない。


 俺は「馬鹿って言った方が馬鹿だって、小学校で習わなかったか?」と返しながら司を部屋に招き入れた。


「ああ、そうだったな。それなら貴様は大馬鹿だ。とにかく、今日の件は本当に呆れたぞ」


 今日の件というのは、確認するまでもなく来華についてのことだろう。それはわかるが、あの件で俺が呆れられるというのがわからない。


 あんなふざけた進路を希望したのは間違いなく来華自身の趣味嗜好のせいである。いやむしろ、いたいけな女子高生である来華をあれほどまでに魅了した司の魅力に責任があるとまで言ってもいいかもしれない。何にせよ、俺にはひとつの負い目も無い。


 考えれば考えるほどに強気になってきた俺は、胸を張って「俺が何したっていうんだよ」と言い返す。するとすぐさま司から、「馬鹿はやはり物覚えも悪いのだな」などと返ってくる。一歩も引くつもりはないらしい。


「悪かったな。どうせ俺は一昨日の昼飯も覚えてねぇよ。だからなんでお前がそんな喧嘩腰なのか見当もつかない。もったいぶってねぇでさっさと教えろよ、その理由を」


「教えてやる。来華があんなことを言い出したのは、元を辿れば貴様がいつぞや『俺達はヒーローを目指している』などと適当なことを言ったのが原因だ。彼女は未だ貴様のあの発言を引きずっている。あれがなければ、私がコハナから顔を合わせる度に『いつヒーローなるの?』と言われることもなかったわけだ。どうだ。その鳥頭でも理解出来たか?」


 司の言葉により、勝負は瞬く間に劣勢になった。確かに俺も来華から、「いつヒーローになるの?」と聞かれることが度々ある。そしてその度に話を逸らすのに苦労している。おはようから放課後まで来華と一緒に過ごしている司なら、その質問を受ける回数は俺とは比べ物にならないくらい多いだろう。


「さあ、何か私に言うことは?」と司は俺に詰め寄った。もはや勝ち目が無いのを悟った俺は、「悪かった」と頭を下げ、バツの悪さを誤魔化すために素早く話題を切り替えた。


「そういや司は、進路希望調査になんて書いたんだ?」


「それがいま関係あるか? 私は、貴様の軽口を正そうとだな」


「いいだろ。隠すなよ。なんて書いたんだ? ヒーローって書いたのか?」


「だから、関係がなかろう。それに、私は既にヒーローだ。今さら書く必要も無い」


「それならあれだ。ステキなお嫁さんだろ。お前も一応女の子だからな。純白のウエディングドレスに憧れたっておかしくは――」


 瞬間、正確なジャブが俺の顎を撃ち抜いた。ぐらぐらと揺れる視界に立つ司は、頰を赤くしながら「その軽口を正せと言っている」と吐き捨てた。


 いつか来華に「司の夢はステキなお嫁さんだ」と教えてやる。絶対だ。





 準備を済ませて外へ出て、それからふたりのヒーロー活動が始まる。


 夜中市内の見回りをして、何事もなく活動が終わったことはただの一度もない。この街では毎日、何かしらのトラブルが起きる。それは例えば酔っ払い同士の喧嘩だったり、少しグレーな集団による暴走だったり、コンビニ強盗だったり車上荒らしだったり、大きなものから小さなものまで多様である。〝商売繁盛〟なのはいいことだが、一日くらい何もしない日があってもいいのではないかと毎日のように思う。


 その日も数件のトラブルを片付け、やがて時刻は十一時四十五分を回った。銀色に鈍く光る髑髏のマスクを被った司――〝ファントムハート〟は「そろそろだな」と呟いて、俺の肩を軽く叩いた。


「私は先に帰る。後は任せたぞ」


「ああ、しっかり寝ろよ。夜更かしは肌の大敵だからな」


「今さら私がそのようなことを気にすると思うか?」


「気にした方がいいぞ。ステキなお嫁さんになりたいならな」


 司はサヨナラの代わりに俺のみぞおちへ拳をぶつけてから去っていった。 


 ひとりになってからも夜の活動はまだ続く。


 住宅街、商店街、駅前、外れた通りにあるコンビニなどを見回り、小さなトラブルをいくつか解決し、ふと気づけば午前三時。新聞配達のカブが走る朝の音が聴こえはじめてくるのを確認してから、俺は仕事を切り上げた。


 三月。暦の上ではとっくに春だが、夜明け前はまだまだ泣きたくなるほど寒い。もうひと月もすれば快適な季節だが、四ヶ月後にはウンザリするほど暑くなる。地道に活動しているヒーローにとって、四季なんてものは往々にして「クソ喰らえ」である。


 自宅マンションの屋上へ戻ってきた俺は、「どうにかして春で季節が止まらんもんか」と呟きながらフェンスに足をかけ、自分の部屋まで降りようとする。


 暗がりから「それは無理じゃないかね」という声が聞こえてきたのはその時のことだった。


 突然のことに驚きながら振り返ると、そこにいたのはくたびれたスーツを着た中年男である。安いシシャモみたいに生気の感じられない顔つき。なで肩、猫背の体つきはいかにも頼りない。


 妙な奴ではあるが、悪人というわけでもなさそうである。とりあえず俺はフェンスにかけていた足を下ろし、「何の用だ」と訊ねてみた。


「あんたのことはよく知ってるよ、タマフクロー。いや、本郷翔太郎って呼んだ方がいいのかな。数年前に父親からそのマスクを譲り受けて、それ以来この街でヒーロー活動をしている。マスコミには知られていないけど、アージェンナイト引退のキッカケを作った張本人だ」


 前言撤回。どうやら悪人か、そうではなくてもそれに近い人物らしい。


 俺は拳を握って固め、警戒を強める。


「もう一回聞くけど、何の用だ?」


「待ちなさいよ。自分で言うのもどうかと思うけど、怪しい男じゃあない」


 男はそう言ってポケットから何かを取り出してこちらへ放り投げた。警戒しつつ拾ってみれば、それはシンプルなフォントで作られた名刺だった。


「……警視庁警備部第一課、警部補、藤堂重蔵」


 俺が名刺を読み上げると、藤堂とやらは懐から警察手帳を出してニッと笑った。信用ならない男だが、この肩書は本物らしい。


 警察とヒーロー。似たような存在にみえて、その性質は大きく異なる。


 警察の主な役割は、既に起きた事案に対する対処とその事後処理。一方、ヒーローの主な役割は街の監視と現行犯の逮捕。犯罪への抑止力、と言い換えてもいい。

 つまり警察とヒーローは、請け負う仕事の領分が違う。水と油、犬と猿という仲でもないが、協力することもほとんどない。


 そんな奴が俺に会いに来た。さて、どんなろくでもない用事か。


 俺は名刺を丸めて懐に入れる。


「それで、天下の警察様が、なんの用があって俺のストーカーなんてしてんだ?」


「協力を頼みたくってね。タマフクローではなく、本郷翔太郎としてのあんたに」


「猛烈に断りたい気分だな」


「それは構わないけど、色々困ると思うよ?」


「勝手にしろ。下手なことしたら、こっちもマスコミに騒いでやるよ。警察の横暴だってな」


「だろうね。言うと思ってた。でも、困るのはあんたじゃなくってあんたの周りだ」


「……どういうことだ」


「あんたの相棒。ファントムハート。許可も貰わず人知れず活動をする本物のヒーロー。かくしてその正体は、普通の女の子だ。まったく、驚くよ」


「……警察ってのはずいぶん物知りだな」


「知ってるのは彼女のことだけじゃあない。あんたが救った天道ひより。あの子だって、本来なら罰を受けなければならない立場の子だ。それなのに、今でもあの子はなんのお咎めも受けずにお天道様の下を歩いてる。不公平だねぇ、まったく。そろそろお巡りさんの役目かもしれないねぇ」


 藤堂は薄ら笑いを口元に浮かべて俺を見た。すぐにでもぶっとばしてやろうかとも考えたが、司と天道のことを考えれば、そういうわけにもいかなかった。


 俺は拳を解き、深く息を吐いた。藤堂はどこ吹く風の様子で大きくあくびをした。


「とりあえず、こんなとこじゃ寒くてしょうがない。あんたの部屋で熱いコーヒーでも飲みながら、ノンビリ話しましょうや」





「それにしても、案外いい部屋に住んでんのね。おれも警察引退して、ヒーローにでもなろうかな」


 藤堂重蔵は部屋中をじろじろと見回しながら、俺の淹れたインスタントコーヒーをやけに美味そうにちびちびと飲んでいる。熱湯を頭から掛けてやろうかという思いをなんとか堪えながら、俺は「それで」と話を促した。


「俺に何を頼みたいんだ。警察が出来ないような汚い仕事か?」


「そんなこと頼むわけないでしょうが。仮にも警察なんだからさ」


 藤堂は「心外だ」とでも言いたげに首をすくめる。


「あんた、〝特装隊〟って聞いたことない?」


「ない。アニメかなんかの名前か?」


「……家庭教師でしょうが、仮にも」


 呆れたように息を吐いた藤堂はコーヒーを一口すする。この男は俺について、どこまで知っているのだろうか。


「警視庁警備部の中に創設されるはずだった幻の部隊、〝特科装甲隊〟。それを略して特装隊。暴徒鎮圧用の装備で身を固め、夜ごと街中を常に警戒。緊急事態が起きた時には単独、またはバディにてそれに対処。まあ謂わば、警察内部のヒーローってところ。許可を得ないでの自警行為を規制する諸々の法律が制定された当時、この部隊を創設する話が持ち上がったけど、予算やら市民の反対やらで立ち消えになった。当時はニュースにもなったはずだし、学校でも習ったとは思うんだけど」


「必要のない記憶は寝たら消えるように出来てるんだよ、俺の脳みそは」


「……羨ましいね。いや、皮肉じゃなくて本心で」


 藤堂は冷笑的な瞳で俺を見る。よくあれで「皮肉じゃない」なんて言えたものだ。


「それで、最近になってその特装隊創設の話が再び持ち上がって、異例の急ピッチで組織の編成が行われた。その原因が、ひとりのヒーローの引退だ」


「誰だよそれ」と訊ねると、藤堂は「自分が引導を渡した男を覚えてないとは言わせないよ」と諭すように言う。さすがの俺も、引退したヒーローというのが、百白皇――あの〝アージェンナイト〟のことだというのにすぐ気付いた。


「あの白い目立ちたがり屋が引退してから、仕事が忙しくなったと思わないか? 実際、犯罪率は上昇傾向にある。……さて、以上を踏まえた上であんたに依頼したい」


 残っていたコーヒーを飲み干した藤堂は、表情を引き締め俺に言った。


「本郷翔太朗。あんたに、特装隊の特別相談役になってもらいたい」


「……ひとつだけ、質問がある」


「どんとこい」


「給料は?」


「市民の笑顔が給料だ。警察と同じくな」


ステキなレビューを頂きました!

感謝です!

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