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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2.5章 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス
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ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス その8

 病院に運び込まれた親父の手術は明け方になるまでかかった。下腹部に深く鋏を突き立てられてはいるものの、運良く内臓は傷ついておらず、意識はしばらく戻らないが、命に別状はないだろうとのことだった。


 医者からは「帰っても大丈夫だ」と言われたが、そんな気にもなれず、俺は病院の待合室のソファーにじっと座っていた。少し離れたソファーには、司が横になって休憩している。手術が終わるまでずっと起きていたのだから無理もない。


 最低限の灯りしかついていない薄暗い廊下の向こうから、誰かが歩く足音が近づいて来るのが聞こえてきて、やがてそれは俺の前に来た辺りで止まった。その方を見なくても、気配だけで目の前にいるのが八兵衛であることがわかった。


「死なねぇってよ。しぶとい親父だ、まったく」


「そうだね。先代は、昔から諦めの悪い人だった」


 落ち着いた調子の八兵衛は、俺の横に座って背もたれに背を深く預ける。


「僕は先代から、自分に何かあったら君に十年前の事件の真相を話すようにと頼まれていてね。だから今日ここへ来たのもお見舞いのためじゃない。君に話をするためなんだ」


 そう言うと八兵衛は、こちらを見ながら話し始めた。


「十年前の事件の犯人――浅倉武人はただの猟奇的殺人犯じゃない。彼は明確な理由を持って行動し、また〝殺人〟はあくまで結果的にそうなっただけだ。彼は、人殺しを目的としていなかった」


「でも、浮かれたカップル共の根性叩き直すため、ってわけでもないんだろ?」


 小さく頷き、俺の言葉に肯定した八兵衛はさらに続ける。



「彼は元々、普通の人間だった。普通の家庭で育ち、普通に成長し、普通に結婚し、やがて普通に子どもが生まれた。……でも、そこから彼の人生は狂い始めた。生まれた子どもが、彼にとっての〝普通〟から外れていたからだ。……彼の元に産まれた子どもは、心と身体の性が一致していなかった。つまり、身体は男性、心は女性として生まれたんだ。彼の妻はこれを受け入れることが出来た。そして、息子の……いや、〝娘〟の気持ちを優先させてやろうとした。髪を伸ばしてやって、女の子の服を着せてあげて、ぬいぐるみをたくさん買ってやった。だが、彼の方はこれを受け入れられなかった。表向きでは妻を応援しながらも、どこかで息子を〝治療〟する機会を伺っていた」



 その時、思い出したのは浅倉武人の家で手に取ったアルバムだ。あの家には息子と娘がいるものかと思っていたが、二人は同一人物だったということだろう。



「やがて彼の妻が亡くなった。交通事故だった。彼はこれをきっかけに、〝娘〟を〝息子〟に戻そうとした。髪をばっさり短く切って、男の子の服を着せて、ぬいぐるみを捨てて野球をやらせた。でも、息子は息子になってくれない。それどころかますます酷くなるばかりだ。息子を連れて病院をいくつも回ったが、頼りになる答えは返ってこない。そこで、彼が手を出したのがこれだ」



 八兵衛は携帯に映ったうずまきの画像を俺に見せ、再び説明を始めた。


「これは雌雄同体のカタツムリを意味する呪印だ。北日本の奥地で古くから伝わる、身体と心の性の不一致を治すためのまじないのためのものらしい。これを描くだけならまだかわいいものだけど……治療のために、男の子には童貞の生き血を、女の子には処女の生き血を飲ませていたっていう話が残ってる」


「……つまり、十年前の事件がバレンタインの前後に起きたのはただの偶然。真相は、浅倉武人が自分の息子の治療のために起こした事件だってことか」


「……まあ、そういうことになるかな」


 八兵衛は深く息を吐いた。話すのも聞くのも体力を使う話だから無理もない。


「先代の活躍もあってこの事件は解決したけど……それでも、娘が……浅倉拓海が受けた心の傷が癒えるわけじゃない。彼女は精神不安定の状態で施設に入れられて、数々の問題行動を起こした。……特に、バレンタインが近づくとそれは酷くなったらしい」


「……つまり八兵衛は、今起きてる一連の事件の犯人が、その浅倉拓海だって言いたいわけか」


「その通り。そしてきっと、先代もそう確信していたんだと思う。だからこそ、彼はこの街に戻ってきた。ただの模倣犯だと思ったなら、間違いなく君に任せてたはずだよ」


 馬鹿な親父だ。本当に、本当に馬鹿な親父だ。こんな事件、俺に任せて黙って土いじりでもしてりゃ、二度とビールを飲めない腹になりかけずに済んだってのに。カッコつけて戻って来て、そのクセあっさり負けやがって。


 そこで黙って見てろ、馬鹿親父。二代目のケリは、同じ二代目がつけてやる。


「……八兵衛、力貸せ。何がなんでもアイツを止めたいんだ」


「もちろんサ。僕はタマフクローの頼れるサイドキックだからね」





 時刻は午前十時、マスクドライドにて。愛宕が淹れたコーヒーを飲みながらの〝作戦会議〟が始まって早々、意見を述べたのは八兵衛だ。


「僕だって今日まで何もやってこなかったわけじゃない。現ブラッディ・バレンタインが起こした事件の現場位置情報。並びに、事件発生時間、日付は随時チェックして、何か気づいた点があれば初代に報告しようと思ってた。……でも、出来なかった。なんの法則性もないんだ」


 八兵衛は「見て」と言って、手元にあるノートパソコンの画面を俺達に向けた。そこには、各地に何本も赤いピンの刺さった比衣呂市内の地図が表示されている。


「これは事件情報を地図上にまとめたもの。見ての通り、時間も場所もバラバラだ。どうしようもない」


「どうしようもない、ではどうしようもないだろう。そこで知恵を出すのが、タチバナ店主の役目ではないのか?」


「そりゃそうなんだけどさ」と困ったように笑みを浮かべた八兵衛は、眼鏡のつるを指で軽く弾く。


「これだけじゃお手上げだよ。君達はなにか他の情報を手に入れてないの?」


「被害者の共通点だ。なんでも、結婚を間近に控えたカップルばかりが襲われていると」


「……それと合わせてもどうしようもなさそうだね」


 二人揃って息を吐く中、俺はじっと地図を睨んでいた。数多くのピンが刺さったうちの一カ所――石ノ森公園という場所に、何か覚えがあるような気がしてならない。


 あれは遠い昔に聞いた親父の話。たしか親父は若い頃、ここで母さんに――。


 瞬間、「プロポーズだ」と俺は思わず呟いた。「なんだって?」と司は首を傾げ、八兵衛が「どうしたの?」と続く。


「プロポーズだよ、プロポーズ。犯人が狙ってるのは結婚を直前に控えたカップルだろ? 中高生のカップルなら見りゃわかるだろうけど、あともう少しで結婚する奴らなんて見ただけでわかるはずがない。とすれば、奴はわざわざその情報をどこかで仕入れてるってわけだ。そんな場所なんて限られる。例えば、〝公開プロポーズ〟だなんて恥ずかしいことをやらかす奴らが集まる場所とか」


 俺がここまで一気に説明すると、司と八兵衛は目を丸くして揃って俺を凝視した。なんとなく気味が悪い。


「なんだよ」


「いや、ただ翔太朗が知恵を出したことに驚いているだけだ。気にするな」


「……おおいに気にする」


 気を取り直して、俺は八兵衛のパソコンを借りて事件が起きた場所を調べていく。


 雰囲気がいいと評判のレストラン、市内で一番高価なホテル、星がよく見える小高い丘の上。どこもかしこも、永遠の愛を安っぽく誓うにはうってつけの場所だ。


「……ならば、そういった場所で張っていれば、犯人を捕まえられる可能性が高いと?」


「そういうことだ。しかも、奴は同じ場所で二度人を襲わないから、張り込めばいい場所もかなり絞られる」


「だが翔太朗、貴様はそういった場所への知識はあるのか?」


「それは」と言葉に詰まる俺の横をすいとすり抜け、真面目な顔でパソコンを見つめ始めたのは愛宕である。愛宕はしばらくそうしていたかと思うと、ふいに「ここよ」とパソコンの画面を右手に持っていた煙草で指し示した。


「――比衣呂大橋。夜景が綺麗で、ここでプロポーズしたカップルは生涯幸せになるって伝説が流行ったこともある場所。ここならまだ事件が起きてないし、待ち伏せならうってつけだと思うけど?」


「よく知ってるな、愛宕」


「たまたまよ」と愛宕は不機嫌そうに煙草の煙を吐いてそっぽを向いた。


「ともあれ、これで犯人を捕まえられるというわけだ。準備をするぞ、翔太朗」


「いや待て。これだけじゃ不安だ。確実にアイツを捕まえられる方法を取る」


 俺は「なあ」と愛宕の右肩を掴む。


「何よ」


「今日の夜、暇か?」


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