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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2.5章 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス
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ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス その7

 現在、比衣呂市を騒がせている通り魔が、過去の事件の手口を真似て犯行を繰り返しているのであれば、現在の事件と過去の事件を比較してみれば何か手掛かりが掴めるかもしれない。そう考えた俺と司は、マンションを出て近所の市立図書館へ向かった。


 新聞、雑誌、さらには昔のニュース映像など……十年前の事件に関連する多くの資料を漁るうち、俺達はある結論に行き着いた。


「今この街で起きている事件の犯人は、模倣犯じゃない」


 確かにふたつの事件に類似点は多い。しかし、あくまで似ているだけだ。よくよく被害者を調べてみるとそれがよくわかった。


〝初代〟が狙っていたのは中学生から高校生の若いカップル。対して、〝二代目〟が狙っているのは結婚を間近に控えた二十代のカップルばかり。模倣犯ならばこの点も寄せてくるはずだ。


 つまり、今この街の平和を脅かす〝ブラッディ・バレンタイン〟は、過去のブラッディ・バレンタインとは異なる目的を持って人を襲っている。だからといって、両者が無関係なのかといえばそういうわけではないだろう。十年前の事件がモチーフに選ばれたのには、何かしら理由があるはずだ。


 俺達はさらなる手掛かりを得るため、当時の情報を頼りにして、かつてブラッディ・バレンタインこと浅倉武人が住んでいた家へ向かった。


 比衣呂市内のはずれ。住宅街から遠く離れ、草木が伸び放題になった荒地が周囲にあるばかりの地域にその家はある。見るに堪えないボロボロの平屋で、強い風が吹けば柱ごと崩れるのではないかと思わせるほどだ。辛うじて読める『浅倉』という表札を確認し、いざ背の高い雑草が占拠する敷地内へ足を踏み入れたはいいが、案の定、玄関扉には鍵が掛かっている。


「さて、どうするんだ、司」


「まさか、ここまで来て回れ右をするとでも?」


「そりゃあそうなるとは思ってねぇけど。でもまぁ、実際こうして鍵が掛かってるわけだ」


「少しは頭を働かせろ、翔太朗。貴様はヒーローだろう。つまり、万が一のことが起きた場合、〝中から助けを求める声がした〟という大義名分を掲げることは簡単なわけだ」


「……物は言いようだな」


 呟きながら、俺は二、三歩下がって助走をつけ、勢いよく扉に身体をぶつける。するとあっけなく鍵が壊れ、俺は蝶番から外れた扉と共に玄関へ倒れ込んだ。


 長年誰も住んでいなかっただけあってかなり埃っぽい。陽の光が辛うじて差し込む玄関はともかく、前方に伸びる廊下は薄暗く、幽霊屋敷の様相である。


 司は俺の服の袖を掴みつつ、「行くぞ」と言った。毎度のことながら、案外かわいいところもある奴である。からかい半分で「怖いのか、こういうところ」と訊ねると、「そんなわけがあるか」という答えと共に拳が背中に飛んできた。


 それから俺達は足元に注意しながら家の廊下を進んだ。携帯のライトで辺りを照らすと、段ボールなどの物が散乱している。きっと、事件後警察が家の中を散々調べたのだろう。


 一歩、また一歩と家の奥へ進むたび、袖を握る司の力が強くなっていく。俺は先ほど受けた一撃による背中の痛みの恨みを晴らすべく、周囲を調べながら「なあ」と司に話しかけた。



「小学生のころの話なんだけどな、学校に宿題を忘れたんだ。それに気づいた時にはもう六時を過ぎてたんだけど、必ず翌日に提出しなくちゃいけない宿題だったから取りに行った。当然だけど、先生を除いて誰もいない時間帯だ。で、俺は校庭からこっそり校内に忍び込んで、教室まで行ったんだけど、西棟と東棟を結ぶ渡り廊下で妙な奴に会ってな。そいつは、赤い洗面器を頭に被った男で――」



「待て。何故そんな話をする」


「雰囲気づくりだよ。いいだろ?」


「よくない。いいわけがない。今すぐに止めろ」


「そう言うなよ。こっからが面白いところなんだ」


「面白いわけがあるかっ! いいか? もし次に同じようなことを言おうとしたら――」


 その時、司が言葉を切り、そして両手で俺の腕をぎゅっと握ったのは、立ち入った部屋の光景があまりに異様だったからだろう。


 本棚、押入れ、机……あらゆるところが荒らされ、部屋中に物が散乱しているのはまだいい。しかし、畳から、壁から、襖から、さらには天井まで……うずまきの模様で埋め尽くされているこの光景は、どう考えても普通ではない。


「……司、気分が悪いなら帰っていいぞ」


「馬鹿を言うな。もう慣れた。……少しだけな」


「そうか。俺は帰りたい。心のトラウマポイントがひとつ増えた」


「馬鹿を言え」


 司は気合を入れるためか、自らの頬を二、三度叩く。


「ここまで来て何も見つけられずに帰れば、それこそただのまぬけだ」


 それから俺達は情報を手に入れるべく、手当たり次第に周囲を漁ってみた。しかしいくら探ってみても、辺りにあるのはアルバムだとか本だとか、CDだとか洋服だとか、とにかく他愛のないものばかりで、事件の手掛かりになるようなものは見当たらない。


 俺は無造作に散らばるアルバムを一冊手に取り、それを開いて眺めてみる。夫婦が一緒に映る姿や、愛おしそうに娘を抱く母の姿。野球のユニフォームを着る息子の姿など、幸せな家族の写真が数多く収められていた。


 アルバムを眺める俺の横にそっと立った司が、険しい顔で息を吐く。


「妻を持ち、二人の子宝にも恵まれ……これだけでは推し量れない不便や不自由はあったのだろうが、少なくともこの男が幸せであったことは間違いないはずだ。それなのに、何故あのような凶行に奔ったのか」


「どうなんだろうな」と呟いた俺は、アルバムを閉じて床へ置く。ふと視線を部屋の隅へと移してみれば小さな仏壇があり、そこには浅倉武人の奥さんの写真が飾られていた。


「……何事も、順風満帆にはいかなかったってことだろ」





 バレンタインまで残り十日を切った。


 通り魔事件は未だ続いており、被害者の数は増える一方である。警察は事件解決に向けて尽力しているらしいが、成果は何も出ていない。ヒーロー達は命に関わる事件に首を突っ込む気はないらしく、どこかの誰かが動き出したという話すら聞かない。不幸中の幸いというべきか、まだ死人は出ていないが、これでは時間の問題だろう。


 脚をやられたあの日以来、奴の姿を見かけたことは一度もない。あの時捕まえていればと、俺は夜が来るたびに後悔した。


 その日の夜も俺と司は、街を見回ると共にブラッディ・バレンタインを探していた。強く吹きつける風も、手先のかじかむ寒さも、降り始めた小さな雪の粒も気にせず、俺達は見回りを続けた。


 住宅街、駅前、そしてその足がホテル街の方へと向かった辺りで、司がぽつぽつと喋りだした。


「翔太朗。ひとつ考えたのだが、貴様の母上に連絡を取って、母上から父上に連絡して貰うのはどうだ? ブラッディ・バレンタインを探すにしても、二人よりも三人の方がよかろう」


「ああ。そう思ってもう連絡した。で、『連絡なんて取りたくない』というお言葉を母上からもう頂戴している」


「そこを何とか説得するのが貴様の役目だろう」


「それが出来たら苦労してねぇよ。一回こうと決めたら意地でも曲げないからな、うちの母親は」


「……貴様の性格は母上譲りか」


「馬鹿言え。俺なんかよりも母親の方がずっと――」


「翔太朗っ! あれを!」


 突然声を上げると共に、司は背の低いビルから路地裏に向かって飛び降りていた。困惑しながらもその後を追って飛ぶと、壁に背を預けて座り、下腹部の辺りを押さえてぐったりとする人がいた。


 フクロウを模したマスクとコンバットスーツ――そこにいたのは親父だった。


「……親父……!」


 視界が一瞬白くなり、それから思考が停止した。本能だけで動いた俺の身体は、覚束ない足取りで親父に駆け寄っていた。近づくと、下腹部には大きな断ち鋏が刺さっていることがわかった。


「親父っ! しっかりしろ! 親父!」


 強く呼びかけると、親父がゆっくりと顔を上げた。


「……翔太朗か。夢、じゃないよな……」


「当たり前だ! こんな夢があるか! いま助けを呼ぶから絶対動くな!」


「……ああ、そうしてくれ。死にはしないだろうが、痛くてしょうがない」


 ポケットの辺りを触ったが、この恰好で携帯電話を持ち歩いているわけがない。「どうすりゃいいんだよ」と焦っていると、司が「私が助けを呼んでくる」と残してどこかへと走っていった。


 瞳孔が開いているのが自分でもわかる。鼓動が異様に速い。天を仰ぎ、「落ち着け」と自分に言い聞かせながら深呼吸したが、まったく効果が無い。


 馬鹿野郎。俺が焦って何になるんだ。落ち着け、落ち着け、落ち着け――と、左の頬に軽い感触がぶつかった。親父の伸ばした手の平だった。


「…………なあ、翔太朗。わかっているとは思うが、これは彼女の……ブラッディ・バレンタインの仕業だ。用心しろ。彼女は強いぞ」


「もういいわかった。だから喋るな」


「いや、喋るさ。お前と喧嘩したまま天国に行くようなことになったら困るからな」


「縁起でもないこと言うんじゃねぇよ。馬鹿親父」


「父親に正面切って馬鹿って言うような息子に育てた覚えは無い――……いや、あるか」


 そう言って親父は力なく笑った。ふざけんな。笑うんじゃねぇ。



「……父さんの育て方が悪くて、お前という奴は、短気で、喧嘩早くて、なんでも拳で解決するような男に育ったけど……それでも間違いなく、性根だけは真っ直ぐのまま育ってくれたと思ってる。だから父さんはお前に、この街を守る役目を継いで貰ったんだ。お前がたまたま近くにいたからでも、この役目を押し付けやすかったからでもない。お前が、お前だから、ヒーローになって貰ったんだ」



「黙れ親父。頼むから、黙ってくれ」


「……これだけ言えれば、残る悔いはあとひとつだ。翔太朗。彼女を、止めてくれ」


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