ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス その6
もやもやした気分のまま自宅へと戻ると、玄関の前に体育座りをした司が待っていた。俺を見た司は「待っていたぞ」と言いながら立ち上がり、扉に背中を預ける。家主を家に入れるつもりはないらしい。
「……どけよ。色々あって疲れてるんだ」
「事情は知っている。後をつけて、話を聞かせて貰ったからな」
ストーカーかよ。胸を張って言えることじゃないだろう。しかしそんなことを言う気力もなく、俺は「そうかよ」と言いながら司を横にどかして扉に手を掛ける。
「待て。あのままでいいのか。貴様でも勝てなかった相手をひとりで追うと、御父上はそう言っているのだぞ?」
「やりたいって言ってんだからやらせとけよ。俺はもうアイツに関わらないことに決めた」
扉を開けると、家主より先にその隙間から司がひょいと家の中に飛び込んだ。「俺の家だぞ」と言ったが、司は「わかっている」などと返すばかりで家から出て行く気配は無い。露骨にため息を吐いて迷惑であることをアピールしてみたが、効果は見られない。もう知るか。好きにしやがれ。
「子どものように意地を張るのは止めて、御父上を止めろ。それが出来るのは翔太朗だけだ」
「家庭の事情には首を突っ込まないんじゃなかったのか?」
「これは既に家庭の事情ではない。人の命が掛かっているのだぞ」
「そうかよ」と適当に答えながら司の横を通り抜けた俺は、脱衣所の扉を僅かに開け、その隙間から身体を滑り込ませると、中から素早く鍵を掛けた。
司は外から脱衣所の扉をドンドンと叩く。
「翔太朗。このままでいいはずがない。貴様だってわかっているはずだ」
「黙っててくれ、風呂に入るんだ。一応言っておくけど、入ってくんなよ」
そこまで言い切ると、ようやく司が何も言わなくなった。せいせいした。このまま帰ってくれれば一番なのだが、人の気配は未だ扉の向こうにある。ここを出ればきっと、司の小言はまた始まるだろう。
長期戦を覚悟しながら服を脱いでいると、司の声が外から聞こえてきた。
「……翔太朗と御父上との間に確執があるのは百も承知だ。だがな、それでもきっと、今の翔太朗が翔太朗でいられるのは、御父上のおかげでもあるはずだ」
何も言葉を返さずに、俺は風呂場の扉を開けた。
〇
――今でもはっきり覚えてる。あれは、小学三年生の夏休みのことだ。
俺が言い出したのか親父が言い出したのか、それとも母さんが夏休みなのに暇そうにしている俺を見かねて「連れてけ」と言ったのかは定かじゃないが、俺達は二人で市内のプールへ出かけていた。俺は流れるプールをひたすら泳ぎ、親父はプールサイドでぼんやりしていた。当時は一緒に遊んでくれなかった親父を恨んだが、今思えば、夜の仕事のせいで疲れていたんだろう。
人の隙間をぬってざばざば泳いでいると、何やら大きな声が聞こえてきた。水から顔を上げてプールサイドを見てみれば、大柄の男二人がカップルに絡んでいるところが見えた。何を話していたのかは覚えていないが、揉め事が起きていたことには間違いない。
そこへ首を突っ込んだのが親父だった。親父は男達の間に割って入って、「まあまあ」と情けない笑みを浮かべた。
親父と男達との間にどんな会話があったのかは知らない。だが、親父は男達に殴られた。親父は豪快に鼻血を吹き出しながら倒れ、それを見た男達は逃走。絡まれていたカップルも、二言、三言、親父に何か言ったかと思うと、「後は知りません」とばかりにどこかへ消えていった。
プールを出た俺は、親父に近づきこう言った。「ダセー」と。そんなクソ生意気な俺に親父はこう返した。「まあ仕方ない」と。
「翔太朗。今のお前にはわからないかもしれないけどな、大人には守らなくちゃいけないものが多すぎる。自分に、世間体に、何より家族。で、父さんは色々あって、そこに他人も加わるんだから大変だ」
「よくわかんない。やり返せばよかったじゃん」
「やり返してもよかったさ。でも、やり返せば家族が守れない。翔太朗だって、明日からご飯が食べられなくなったら困るだろ?」
「困るけど、かっこ悪いお父さんはキライだよ」
俺の答えに少し困ったような顔をした親父は、「まあいいさ」と言って笑った。
「とにかく、これだけは覚えておいてくれ。父さんは家族を守る。たとえお前に嫌われたとしてもな」
〇
「司。今日のこの後の予定は?」
「特には入れていない。それがどうした?」
「気が変わった。俺達もブラッディ・バレンタインを追おう。手伝ってくれ」
「無論だ。しかし、どういう風の吹き回しだ?」」
「別に。ただ、思い出したくもないことを思い出しただけだ」
「そうか。…………しかしその前に、すべきことを忘れていないか?」
「わかってる。……その、悪かったな、司。俺、ガキみたいに拗ねて、お前の話を聞こうともしてなかった」
「それはいいさ。しかし、もっと他にやるべきことが――」
「待てよ。それもわかってる。でも、親父はどうせ電話に出ない。だから、親父を止めようとするならブラッディ・バレンタインを追えばいい。そうだろ?」
「まったくもってその通り。しかし、やるべきことはまだ――」
「頼むからそれ以上言うな。わかってる。親父に謝れって言うんだろ? でも、それは会ってからの話だ。言っとくけど、会えたとしても謝るかはわからないぞ。善処するけど期待はするな」
「そこに口を挟むつもりはない。親子の問題だからな。ただ、私が言いたいのはそうではなく――」
「まさか、昼間のマスクドライドのコーヒー代を払わせるのか? 俺はあれに一口も――」
「服を着ろッ! 急いで風呂を出てきたのかは知らんが、乙女の前で肌を見せるなッ!」
「……なんだよ、そんなことか。デカい声出すなって。タオルは巻いてるだろ? 気にすんな」
「気にする! おおいに気にする!」
意外とうるさい奴だと思いつつ、「わかったよ」と返した俺は、パンツを履きに脱衣所へと戻った。




