ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス その2
〝初代タマフクロー〟、本郷弘が引退したのはもう二年近く前の話になる。「体力の限界」を理由に第一線を退くことを決めた本郷弘であったが、それでも街を守りたいという思いは消えず、比衣呂市の守護者としての役割を誰かに託すことにした。
しかし、誰を二代目にしようか。世間一般の中小企業社長と同じように後継者問題に頭を悩ませた本郷弘は、ステキなアイデアを思いついた。
「そうだ。ちょうどフリーターやってる息子にヒーローをやらせりゃいい」
こんな安直な考えの元、本郷弘は自分の息子に白羽の矢を立てることにした。
無論、息子は父の頼みを断った。「そんなものやってられるか」、「コスプレで街を出歩けっていうのか」、「だいたいその名前はヒーローとしてどうなんだ」、「母さんに悪いと思わないのか」、「クソ親父」、「くたばれ」等々……息子は様々な言葉を彼に浴びせたが、彼は一切怯むことなく息子に自分の役目を押し付けると、「農業で食ってく」などとのたまって田舎へ飛んだ。
こうして、二代目タマフクローが産まれた。いま思い出しても腹が立つ。
「――しかし、こうして再会出来たんだ。よかったじゃないか」
「くたばれ」と俺は地面に吐き捨てた。軽く笑って受け流した親父は、「相変わらずだな」とどこか嬉しそうに言った。
「しかし、相変わらずといえばこの街の治安もだな。声がすると思ってちょっと路地裏を覗いたら、そこに倒れてる男が女性の首筋に手を掛けようとしていた。パトロールはちゃんとやっているのか、タマフクロー?」
「うるせえ。見りゃわかんだろ。やってるよ。それよりも何しに帰ってきたんだよ、親父は」
「別にそんな棘のある言い方しなくていいだろ。お前の活躍を見に来ただけだぞ」
「そうか。なら見れてよかったな。さっさと帰れよ」
「そう冷たいこと言わないでくれ。せっかくお泊りセット持参で来たんだぞ。今日はお前の家に泊まらせて貰うからな」
そう言って親父は肩に掛けていたバッグを俺に見せつけた。瞬間、我慢ならないほど頭にきた俺は親父に掴みかかりそうになったが、寸前のところで司が俺の腕を引いて止めた。
「放せ、司。二年近くも我慢してきたんだ。せめて一発殴らせろ」
「ファントムハートだ。それにな、翔太朗。ここは我慢だ。せっかく久しぶりに親子が再会したのだぞ? 色々あったのかもしれんが、腹を割って話せば解決するはずだ」
「こんなクソ親父と話すことなんてあるか。道路にへばりついたガムと話してた方がマシだ」
「じゃあ、父さんは道に落ちた軍手と話す」
「ああ、そうしてろ。不審者として通報されて警察連れて行かれても迎えには行かないからな」
「落ち着け翔太朗。そう意地になるな。親子なんて、いつ話せなくなるのかわからんのだ。話せるうちに話しておいた方がいいと思うがな」
例えば明日、親父がこの世から消えたとしても、俺は別に後悔しない自信がある。むしろ清々するだろう。ひとりで豪華に寿司パーティーなんて開くかもしれない。しかし、心から慕っていた父親が忽然と姿を消したという過去を持つ司を前にして、そんなことを言えるわけもない。
俺は渋々「わかった」と頷き、親父に人差し指を向けた。
「司に免じて言い訳の時間をくれてやる。泊めるかどうかは話を聞いてからだ。仕事が終わったら帰るから覚悟しとけ」
「ああ。熱いコーヒーを用意して待ってるぞ」
そう言うと親父は夜の街へとスキップで消えていった。
凍えるような空気が外から内から身体を冷やす。深いため息は白いもやとなって、空へと消えていった。
〇
特に大きな問題もなくその日の仕事を終え、俺は午前四時前に帰路についた。今日ほど「帰りたくない」と思った日は無い。もし、今が冬ではなくてもっと過ごしやすい季節だったら、俺は野宿を選んでいたかもしれない。
マンションの六階にある自分の部屋を外から眺めてみれば、リビングから灯りが漏れている。どうやら親父はまだ起きているらしい。「待ってる」なんて口だけで、もうすっかり寝ているものだと思ったから少しだけ感心した。
屋上から自室のベランダへと降りて窓を開けると、親父が「おかえり」と俺を出迎えた。「ただいま」というのもなんとなく嫌で、「おう」と応じてマスクを脱ぎつつ風呂場へ向かえば、既に湯が張ってある。怖いくらいに気が利きやがる。何が目的だ、クソ親父。
訝しく思ったものの、しかしありがたいことには間違いないので、仕事着を脱ぎ捨てさっさと湯につかった。冷え切った身体が一気に熱され痛くて気持ち良い。強張った身体が解され、溶けていくような心地だ。
三十分ほど風呂でのんびりした後でリビングに戻ると、親父が二人分のホットコーヒーを用意してテーブルについて待っていた。いよいよ何を言い出すのか怖い。
「……田舎でガキこさえたわけじゃねぇだろうな」
「もしそうだとしたら家に帰ってない。勘違いするな、お前は怖くないぞ。母さんが飛んでくるのが怖いんだ。父さんだって、まだ死にたくないからな。とりあえずこっちに来て座れ。話をしよう」
ここまできて四の五の言っても仕方がないため、俺は親父の対面に座った。親父は俺の前にコーヒーを差し出すと、「仕事はどうだ」とのんびり言った。
「……なんとかやってる。面倒ごとも多いけどな」
「そうか。最近は、あのアージェンナイトが引退したせいで犯罪発生件数が増加したとかで、結構大変って聞いたから、心配でな」
「……わかった。もう腹の探り合いはいい。さっさと言い訳したらどうだ? なんで俺にこの役目を押し付けたのか」
「言い訳なんてする必要ない。あの日、言った通りだ。父さんは体力の限界で、この街にはヒーローが必要で、その役目にはお前が適任だった。それだけ」
「そうかよ。わかった。なら話は終わりだ。さっさとここから――」
「おっと。その先は言わない方がいい。じゃないと、お前はこの寒空の下、家を追い出される羽目になる」
あくどい笑みを浮かべた親父は優雅にコーヒーをすすった。その表情を見た途端、何やら不吉な予感がして、ぞくりと背中に寒気が走る。
俺は恐る恐る「どういう意味だ?」と親父に訊ねた。
「どうもこうもないだろう。あんな〝お嬢ちゃん〟と毎晩のように一緒に出歩いているのが世間様にバレたら、ヒーローなんてやっていけると思うか?」
この野郎、なんで司が女だってことがわかるんだ。〝司〟は男でも珍しくない名前だし、マスクで隠れて顔は見えないし、ボイスチェンジャーを使っているから声でわかるということもない。アイツが女だとわかる要素は何一つとしてないというのに。
もしかしたらただカマをかけただけなのではと思い、「なんのことだよ」とすっとぼけたが、「ファントムハートのことだ」と切り返されてどうしようもなくなった。
「お嬢ちゃんに忠告しておいてくれ。性別を隠したいのなら、女物の香水は使わない方がいいってな」
「アイツが香水? そんな匂いしたか?」
「ああ、あれは間違いなく香水の香りだ。色気づきたい年頃なんだろうさ」
そう言うと親父はコーヒーを一気に飲み干してから、「とにかく」と続けた。
「今の父さんはあくまで〝一般市民〟。ヒーローが年頃の女の子と不純異性交遊なんてしているのを見かけたら、市に報告する義務がある。まあ、その女の子がただの女の子だったら、もしかしたらかるーく注意を受けるだけで済むかもしれないけど、その子は非合法ヒーローときたもんだ。こりゃーもしバレたら大変だぞ。職と家を失うだけで済むといいけどな」
実の息子を脅しやがって。これが親のやることか。よほど殴ってやろうかと思ったが、今立場が下なのはこちらだ。自分の太ももを思い切りつねって怒りを堪えた俺は、なんとか「わかった」と絞り出した。
「目的はなんだ」
「そんな難しい顔するな。たいしたことじゃない。ただ、しばらく泊めて欲しいだけだ」




