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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2.5章 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス
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ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス その1

お久しぶりです。

一日一回投稿で、十日間で投稿完了の予定です。

よろしくでーす。

 この世の中に血の繋がりってヤツほど面倒くさいものはない。コイツがあるばかりに俺達は、背負わなくてもいいものを背負わせられる羽目になる。


 自分で作ったわけでもない借金、「君の親もやってきたんだから」という手前勝手な理由で押し付けられる責任、一銭にもならないどころか処分するのに金がかかる土地、不相応な名声、権力、地位……その他諸々。色々な呼び方があるが、まとめてしまえばコイツらは〝しがらみ〟だ。まったく重苦しくって仕方ない。


 そのしがらみを上手く利用する奴もいる。そのしがらみが呪縛になって人生を棒に振る奴もいる。俺の場合はどちらなのだろうか。たまに考えることはあるが、そのたび、真ん中に〇をつけて考えるのをやめる。


 どんな奴にもお袋がいて親父がいる。誰にだって、俺にだって。


 たびたび思う。「あの親父じゃなかったら」と。たびたび思う。「あの親父があんな職に就いていなかったら」と。たびたび思う。「なんで俺はこんな仕事をしているのか」と。


 でも、いつものように誰かを助けた時。そして、極めて稀に「ありがとう」と言われた時。俺は頭の片隅でふと考えて苦笑する。


「血は争えないな」と。





 正月ムードもすっかり去った一月の半ば過ぎ。冷たい風が曇った窓を時折カタカタと叩いて揺らしている。まだ五時前だというのに空を見上げれば既に暗い。天気予報では「身に染みる寒さ」なんてかわいい言葉で誤魔化しているが、染みる程度じゃ済まされない。夜中に街を出歩けば、全身を小さな針でプスプス刺されているような気分になる。


「外に出たくないな」と俺はひとりで呟いた。「だったら夜は泊まっていけば?」と応じたのは、現在期末試験に向けて絶賛英語を勉強中の金持ち女子高生――秋野来華である。家庭教師である俺の手を1ミリと借りずに、来華が勝手に勉強するのは、俺達にとっては馴染みの風景だ。もちろん、秋野夫人には秘密である。


「冗談言うな。泊まれるわけないだろ」


「いーじゃん別にっ。部屋はたくさん余ってるよ?」


「そういう問題じゃない」と言うと、来華は「だよねー」と言ってヘラヘラ笑った。この調子で悪い男に引っかかったら、阿修羅のごとくキレるであろう女がひとりいるので、早いところ改めて欲しいものだ。


「ところでさっ、センセー。最近、この辺りがなにかと物騒だけど、まだヒーローにならないのっ?」


「まだ準備中でな。それに、物騒なんてことないだろ。比衣呂市にだってヒーローがいるんだぞ。目立たないけど」


「物騒だよっ! 知らないの? 〝ブラッディ•バレンタイン〟のウワサっ!」


「知らん。新しいヒーローか?」


「というよりも、悪役ヴィランだね」と来華は言って妙に神妙な顔つきになる。「わかったから勉強しろ」と言ったが、当然ながら俺の言うことに来華が耳を貸すはずもなく、ペンを動かす代わりにブラッディ•バレンタインとやらについて語り始めた。


 ブラッディ・バレンタインとは、かつて比衣呂市を騒がせた猟奇的殺人犯である。迫るバレンタインデーに浮かれるカップルを狙って傷害・殺人を行っていたことから、この妙にカッコつけた名前で呼ばれるようになったらしい。


 犯人の恐ろしいところはその犯行手口にある。


 犯人の犯行が始まったのは、バレンタインのひと月前。襲うのは決まって、いかにも幸せそうなカップルだった。通り魔的に二人を襲い、逃げられないように痛めつけた後――男の左手親指を切り落としていたのだという。


 この一連の事件で殺害された人数は二名。傷害に至ってはその被害者は三十人を超えていたらしいが、警察の活躍もあり事件はきっかり十年前に解決。犯人である〝ブラッディ・バレンタイン〟こと、浅倉武人あさくらたけとは五年前に獄中死したのだという。


「つまり、事件は解決したってことだろ?」


「だったら、物騒だなんて言わないよっ!」


 そう言って来華は手元にあった週刊誌を俺の顔に投げつけた。折り目のついたページを開いてみれば、見出しには、『通り魔被害。これで三件目』とある。ざっと記事に目を通してみると、どうやら最近、比衣呂市内で起きている通り魔の犯行手口が、十年前のブラッディ・バレンタイン事件の時と酷似しているとのことだ。ただひとつ違っているのは、切り落とされているのは親指ではなく薬指という点のみらしい。


「確かに、物騒だな」と言って俺は雑誌を投げ捨てる。「でしょ?」と目を輝かせた来華は、散歩前の柴犬のように俺にすり寄る。


「てことでやろうっ! ヒーロー! センセーならこの街を救えるよっ!」


「断る。それに、もし万が一俺がヒーローになったって、このブラッディとかいうやつを捕まえるのは警察の役目だ」


「いいじゃん! やろうよっ!」


「やらん」と押し切った俺は、うらめしそうな顔をした来華が何か面倒なことを言い出すより先に、ダメ押しの一打を加える。


「それにアレだ。やるとなったら司も一緒なんだぞ。俺だけだったらまだいいけど、お前は司にそんな危険なことやらせたいっていうのか? 相手はただのチンピラじゃなくて、殺人犯かもしれないんだろ?」


「それは」と言葉に詰まった来華は、がっくりと肩を落とした後、何も言わずに勉強に戻った。


 嗚呼、美しき哉、女の友情! 面倒ごとを躱すには、脅したり理詰めで説得したりするよりも、情に訴えかけるのが一番である。


 それにしても〝二代目ブラッディ・バレンタイン〟とは、厄介な奴が現れたもんだ。既に事件になっているならヒーローではなく警察の役目だとは思うが……用心するに越したことは無いだろう。


 大人しく英文を書き連ねていく来華を眺める俺は、今日の〝夜の仕事〟について考えを巡らせた。





「――時に、翔太朗。目の前の信号が赤になった時、我々はどうすればいいのか知ってるか?」


 何故俺が、このような幼稚園児レベルのことを司に訊かれたのかといえば、それは俺にもわからない。ただ、その日のヒーロー活動の最中に来華との会話をふと思い出して、会話がてらに「〝ブラッディ・バレンタイン〟って知ってるか?」なんて訊ねたらこのように返されたので、それが関係しているのは間違いない。


「翔太朗、答えろ。赤信号の意味するところは?」


 司が再度そう訊ねてきたので、仕方なく「止まれってことだろ」と答えると、司はわざわざ髑髏のマスクを脱いで満面の笑みをこちらに見せつけ、「その通りだ。よく出来たな」と猫なで声で言った後、子供をあやすかのように俺の頭を撫でた。馬鹿にしてんのか、コイツは。


「どうだ? 腹が立っただろう?」


「ああ。お前じゃなきゃ殴ってる」


「だろうな。だが、貴様は先ほどあの程度のレベルの質問を私に投げたのだ。おあいこだな」


「どういう意味だ?」


「……本気でわからんのか?」


「本気でわからないから聞いてるんだ」


 人差し指で軽く額を押さえて深く息を吐いた司は、「そういう男だったな、貴様は」と心底呆れたように吐き捨てる。


「いいか? ブラッディ・バレンタインの存在は言わば、この周辺で活動するヒーローにとっては義務教育のようなものだ。知らんはずがなかろう」


「そんなに有名なのか」


「そんなに有名だ。現に、私の父も奴を追っていた」


「そうか。じゃあ、そいつの〝二代目〟については?」


「……なんだそれは? そんな輩がいるのか?」


「なんだよ。知らないのか? あれだけ俺を馬鹿にしてたくせに?」


「…………父曰く、〝知らないことが罪ではない。知ろうとしないことが罪なのだ〟。その二代目とやらについて、詳しく聞かせろ」


「いや、俺も詳しくは知らん」


「……歯を食いしばれ翔太朗。今から貴様を――」


 その時、遠くから何やら女の悲鳴が聞こえてきた。あわや俺に掴みかかるところだった司は一転して身を翻し、マスクを被りながら駆け出していく。切り替えの早い奴だと思いつつその後を追って走ると、路地を曲がろうとしたところで、先ほどの声の主らしき女とばったり鉢合わせた。


「あ、あんた達ヒーローでしょっ?! どうにかしてっ!」


 一も二もなくそう言って路地裏の方を指した女は、俺達の横をすり抜けて駆けて行く。何事かと思い女が指した方を見れば、太った金髪の男が中年男の襟首を掴んで締め上げている。それを見た司は前に出ながら、「おい」とドスの効いた声を出した。


 予言しておこう。俺の出番は来ない。


「貴様、その手を離せ。でないと、痛い目に遭うことになる」


 司の声に振り返った男は、中年を突き飛ばして「これでいいか?」と笑う。「十分だ」とこれに応じると共に駆け出した司は――走る勢いを利用して跳躍、男の顎に向けて蹴りを繰り出した。


 激突――いとも容易く巨体は膝から崩れ落ちる。相変わらず容赦のない一撃だ。追い討ちをかけないだけ以前よりマシだが。


「お疲れさん」と司の働きを労った俺は、突き飛ばされた中年に歩み寄り「大丈夫か」と手を差し伸べた――が、伸ばした手が掴まれるより先に、俺は慌てて腕を引っ込めた。


 日焼けした肌、余裕綽々のニヤケ面、無駄に整えてある髭、年甲斐もなく後ろで束ねた髪型。見間違いようがない、コイツは――。


「いいじゃないか。久しぶりに会ったんだから、少しくらい優しくしてくれたって」


 俺はほとんど反射的に「うるせえ」と返し拳を固める。握った拳を目の前にいるコイツの顔面にぶつけないのは、最後の良心というヤツだろう。


「知り合いか?」と俺に訊ねる司に、「知り合いどころじゃない」と返した俺は、目の前の男をマスク越しに睨みつけた。


「……なんでここにいるんだ、クソ親父」


「なんでってそりゃ、父さんの故郷だからな、この街は」


 尻を手で払いつつ立ち上がった親父は、俺の肩をバシバシ叩いた。


「元気してるみたいだな、翔太郎。……いや、今はタマフクローって呼んだ方がいいか」


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