キル・ビル その3
翔太郎と別れて男を追えば、予想通りと言うべきか、奴は三人の男と合流した。三人とも外国人で、全員揃っているところを見るとただの旅行者としか思えない。
私の悪い予感が杞憂で済むのならばそれでいい。否、それがいい。しかし、もしもそうでないとしたら――そしてもしも、何かが起きてしまったら――。
そういう〝もしも〟の時のために私達がいる。だから行動する。翔太朗曰く、〝面倒ごとに首を突っ込むのがヒーロー〟なのだから。
男達はパンフレットを片手に、談笑しながら施設内を歩き回っている。しかしその程度で私の眼は誤魔化せない。私から言わせて貰えば、周囲に向けられるその視線が何かを探す者のそれであるのが丸わかりだ。何を探しているのかは知らないが、少なくとも、忍者の街を楽しみに来た者の行動ではなかろう。
やがて男達は何かを見つけたのか、同じ方向へ早足で歩いていった。「ようやく動いたか」と思いつつその後をこっそり追えば、男達は忍び装束を着た誰かに話しかけている。――と、よく見れば話しかけられているのはコハナではないか。何故、彼女が独りでいるのか。翔太朗は何をやっている。
コハナは男達の持つパンフレットを指さしながら何かを説明している。ボディーランゲージ豊かなところを見るに、きっとカタコトの英語で説明しているに違いない。何を話しているのだろうと思い、人混みに紛れてそっと近づいてみると、外国人相手でもひるまず明るいコハナの声が聞こえた。
「オーケーオーケー! 〝マキビシリング〟オーケー! ミートゥー! レッツゴー!」
そう言うとコハナは男達を引き連れて歩き出した。
……翔太朗には、「知らない人について行かないのはもちろん、知らない人を先導するな」とコハナに教育して貰う必要がある。
〇
司と来華の二人がどこかへ消え、取り残された俺は名取と向かい合って座りコーヒーを飲んでいる。時折、名取は「ねえ、翔太朗さん」と前置きをして質問をぶつけてくるのだが、これがまた怖くて堪らない。司の身長と体重だとか、司の将来の夢だとか、司の初恋の人だとか……そんなことを知ってどうするつもりなのだろうか。
通算十二度目の「ねえ、翔太朗さん」が名取から投げられたのは、二杯目のコーヒーを飲んでいる最中のことだった。
「なんだ。また司の質問か」
「いえいえ。今度は翔太朗さんに聞きたいことがありまして」
「まあ、答えられることならなんだって答えるぞ」
「翔太郎さんって、ずいぶん司さんと仲がよろしいみたいですけど、どういったご関係なんですか?」
「……別に。ただの知り合いだ」
「あら、そうですか」
意味ありげにそう言った名取は、コーヒーを一口飲むと、間隔を置かず「ねえ、翔太朗さん」と口を開く。
「……今度はなんだ」
「来華さんがどこへ行かれたのか、わかります?」
「さあな。司に会いに行ったんじゃないのか」
「いいえ、違います。マキビシリングを獲りに行ったんです。司さんと〝指輪交換〟でもしたい、というところなんでしょうね。司さんはそんなものを目当てにここを出て行ったわけじゃないのに、可哀そうな人」
「……なんでそんなことわかるんだよ」
「女の勘、ですよ。私なんかには少し早い言葉かもしれませんが」
そう言って名取は口元を抑えてくすくすと笑う。俺の背中には冷たいものが通った。
頼むから早く帰って来てくれ、二人とも。
☆
男達と行動を共にするコハナは、施設内のあちこちを歩き回り、壁面に書かれた文字を難しい顔でじっと睨んだり、アトラクションに興じたり、道行く係員に声を掛けたりしている。そして時折、男達とハイタッチを交わして喜びを分かち合う。
どうやら、先ほど聞こえた〝マキビシリング〟とやらを手に入れるため、施設内各所でクイズに答えているらしい。それがどんなものかはわからないが、コハナが欲しがるということは、ヒーローが関係していることに間違いないだろう。
それにしても、男達は悪事を働く素振りを毛ほども見せない。コハナと共にクイズを楽しみ、そして大げさなまでに喜ぶ様は、まさしくただの観光客だ。彼らの目当てはコハナと同じ〝マキビシリング〟で、私の心配は空振りだったということだろうか?
「……私の勘も存外たいしたことはないな」
口の中でそう呟きながらも、やはり捨て置くことは出来ずに追跡を続けていると、男達はコハナと共にアトラクション施設へと入っていった。首無しの落ち武者や白装束の幽霊などが看板に描かれたそこは、『戦国墓場』という名前のお化け屋敷である。
私はお化けの類を苦手としていない。そもそも、ヒーローに苦手なものなどあってはいけない。ゆえに男達の後を追ってもよかったのだが、ヒーローというものは暗がりから突然声を掛けられると咄嗟に手が出る習性を持っている。下手をすれば足も出る。ゆえに、私があそこに入ると騒ぎになる恐れがあるから、そうしない方が賢明だ。
そういうことで、私は『戦国墓場』の出口へ先回りして、コハナ達が出てくるのを待った。しかし五分待ち、十分待ったが、コハナ達は出てこない。あの中で出題されるクイズに苦戦しているのだろうか?
十五分ほど待ったところで、やがてひとりの男が出口から姿を現した。それを皮切りにして他の男達もぞろぞろと出てくる。しかしその中にコハナの姿はない。
――……当然だ。コハナは、あの男達が〝運んで〟いるのだから。
男達のうち一人は、『墓場』の中に入る時には持っていなかった大きなボストンバッグを持っている。人一人くらいならば――それこそコハナならば楽に入る大きさのバッグだ。大方、『墓場』の中で薬でも嗅がせてコハナを眠らせ、隠していたバックに彼女を入れたというところだろう。誘拐犯か。白昼堂々いい度胸だ。
沸点を超えた怒りが却って頭を冷静にさせている。私は口内で「なるほど」と何度も呟きながら、〝一仕事〟終えて談笑する男達へ近づいた。
「おい、貴様ら。二度は言わんぞ。私の友人を返せ」
驚いたようにこちらを見た男達は、互いに顔を見合わせて人を小馬鹿にするような笑みをこぼした後、何事も無かったかのように歩き出す。
――どうやら、二度は言わんという言葉の意味がわからなかったらしい。
「……日本語がわからん自分達を恨むのだな」
私はボストンバッグを持つ男に向かって走り出し、勢いそのまま顔面に掌底を入れた。怯んだ男が二、三歩後退したところへ、追撃の肘打ちを鳩尾と顎に一発ずつ叩き込む。あえなく膝から崩れ落ちていく男の手からバッグを奪い、素早く中を見てみればやはり、眠らされ、手足をひもで結ばれた状態のコハナがいる。
「……貴様ら、覚悟しろ。世界で一番大切な私の友に、手荒な真似をした罪は重いぞ」
振り返れば、男達はこちらを睨みつけながら拳を前に構えている。その手に光るのは刃渡りが20センチほどのナイフである。
やる気か。ならば、好都合だ。
先行して飛び出して来た男の愚直な一刺しをかがんで躱し、脛に向けて蹴りを放つ。前に倒れ込んできたところを目がけて喉を拳で突き、留めの膝蹴りをこめかみに入れればそれで終わり。
――一人。
仲間がやられているうちに背後から近づいてきた男の下腹部に後ろ蹴りを入れる。悶えている隙に裏拳で頬を打ち、その勢いを利用して放つ回し蹴りで顎を飛ばす。
――二人。
残る男は「来るな!」と何度も叫びながらその場でナイフを振り回すばかりで、こちらに向かってくる気配が無い。なんだ。日本語が喋れるではないか。
私は構えを取らずにゆっくりと男へ歩み寄る。「来るな! 来るな!」と繰り返していた男はやがて泣きそうな顔になると――こちらへ背を向け、一目散に逃げ出した。
いつの間にか私達を囲んでいた人垣が悲鳴と共に割れ、男の逃げ道を作る。その後を追うべく私の身体は反射的に動いたが、一歩踏み出したところで足が止まった。
私はコハナを看なければならないし、気絶した男達の拘束もしなければならない。
だから後は任せたぞ、ヒーロー。
〇
「ねえ、翔太朗さん」
「……なんだよ」
「そろそろ司さんとのご関係を認めたらどうなんですか? ただのご友人ではないんですよね?」
「だから、さっきから何度も言ってるようにただの知り合いだ。仲は悪くないけどな」
「……ねえ、翔太朗さん」
「……言っとくけど、もう司関係の質問は無しだぞ。うんざりだ」
「いえ、そうではなくて……。何か、変な声が聞こえませんか?」
店の外へと意識を向けてみれば、確かに何やら外が騒がしい。有名人か何かを見つけたうるさい女が声を上げている……というわけでもなさそうだ。ヒーローとしての経験が告げている。「どうやら〝時間外勤務〟らしいぞ」と。
席を立って店を出た俺は、周りの様子を伺ってみた。多くの人が通路狭しと、まるで怪物から逃げるように青白い悲鳴を上げながら走っている。人混みのせいで何があったのかはわからないが、緊急事態には間違いない。
「――いったい何があったんでしょうか」
背後からの声に振り返れば名取が微笑みを浮かべ立っている。半分呆れつつ「何しに来たんだ」と言うと、名取は「運命を感じ取って」などと乙女チックにもほどがある答えをこちらへ投げ返し、自分の胸を強く抱いた。
「素敵な予感がするんです。きっと、司さんが関係しているんだと思います」
「夢見てるんじゃねえよ。危険かもしれないんだからレストランに戻ってろ」
「嫌です」
ただでさえ女は厄介なのに、調子づいた十代の女となれば、これはもう無敵と呼んで差し支えない。何でもない時であれば勝手にやらせておけばいいのだが、事態が事態だ。そういうわけにもいかないだろう。
言って聞かせても無理なことは初めからわかっていたため、俺は名取の腕を掴んでこちらに引いた。名取は冷静に「止めてください」なんて言ったが、「止めるもんか」と答えてやってなお引いた。
その時のことだった。「どけよ!」という怒声が逃げまどう人の中から聞こえてきて、人の波が左右に割れた。その向こうに見えたのが、司が「怪しい」と断言した外国人の男である。その手にはナイフが握られている。
「……犬並みの嗅覚だな、アイツ」
こうなると名取はさすがに「運命」なんて言っていられなくなったようで、身体を強張らせてその場に固まっている。「逃げろ」と言って軽く背中を押してやっても動かないところを見るに、どうやら足がすくんで動けないらしい。
「……あ、あの……翔太朗さん。私、私――」
「心配すんな」と言って名取を背後に隠した俺は、こちらへ迫る男に向かって「おい」と声を掛けた。
「おとなしく捕まっとけよ。痛い目に遭いたくないだろ」
「うるせぇ! どけ!」
――ああ、わかったよ。それなら痛い目に遭え。
男は走る勢いのままナイフを突き出す。躱さず、左脇で挟むようにそれを受けた俺は、軽く握った右拳を思い切り男の顔面に叩きこんだ。
床に落ちるナイフ。力なく崩れる男。呆気ない幕切れ。
「出稼ぎなら余所でやれ」と吐き捨てた俺は、背後の名取を肩越しに見た。その眼にうっすらと溜まる涙を見た俺は、どこか安心して息を吐いた。
〇
事件が解決して数分後。今さらになってやって来た警備員へ事情を説明していると、ふいに名取が背中へ抱き着いてきた。どうやらよほど怖かったらしい。いくら大人ぶった顔していても、薄皮が一枚剥がれればただの子どもだ。
警備員への説明を終えて後のことを任せた俺は、未だ背中に顔を埋める名取へ「終わったぞ」と声を掛けた。
「だからもう泣くな。ホラ、司達を探しに行くぞ。きっとアイツらも、この事件に関係してる」
「いえ、泣いていません。ただ、こうしていたいだけですから」
その時、何か猛烈に嫌な予感を覚えた俺は半ば本能的に名取の腕を振りほどいて距離を取った。しかしすぐさま追ってきた名取は、今度は俺の胸に顔を埋めながら腕を背中に回す。すぐに逃げようとしたが、名取は「大声出しましょうか?」なんて女の武器を光らせて俺の動きを制した。
「……何が目的なんだよ」
「先ほど、〝運命を感じ取って〟と言ったでしょう。あの時は司さんとの運命だと思っていたのですが……違うとわかりました。翔太朗さん、あなたとの運命だったんです」
「……名取。血迷ったこと言ってないでその手を――」
「陽子と呼んでください。ええ、そちらの方が耳心地良いでしょう」
そう言いながら顔を上げた名取は、口元に笑みを浮かべて俺を見た。
助けてくれ、司。
〇
事件から二週間後。いつものように秋野邸に迎え入れられ、いつものように来華の部屋に通されると、いつものように「いらっしゃーい!」というゴキゲンな声と共に来華が俺を出迎えた。
あの日を境に来華の機嫌がいいのは、放課後、名取が石ノ森女子高に現れなくなったからで、そんな名取が司の代わりに誰に熱を入れるようになったかと言うと、それは他ならぬ俺である。
夕方、街中を出歩いていると名取に会うことがしばしばあって、その度に俺は「いつか家まで押しかけて来るのでは?」という恐怖に襲われる。いっそのこと愛宕辺りを〝彼女〟として紹介して諦めさせようかとも考えたが、「そんなことをしたら刺されるのでは?」という懸念が勝ってやめにした。
さてこれは事件後にわかったことだが、来華をさらおうとした男達は、外国人旅行客を装って人に近づき、油断したところをさらい身代金を要求するという手口を用いる誘拐の常習犯だったらしい。司が誘拐を阻止してくれたから何事もなかったが、もしそうじゃなかったらと思うとゾッとする。
「それにしても、司ちゃんには頭が上がらないなあ」なんて言いながら来華はシャーペンを動かして、見ているだけで目眩がしそうな方程式をすらすらと解いている。
「命の恩人! これはもう、一生親友でいなくちゃ恩返し出来ないね! 間違いない!」
「俺にも感謝しろよ。誘拐云々はともかく、もう名取が司を追いかけてないのは俺のおかげだぞ」
「えぇー? でも、いまになって考えると、センセーがいなくってもわたしたちは大丈夫だったし……」
そう言って無邪気に笑った来華は小指に光る指輪を俺に見せつけた。四つ菱の形をした鉛色の飾りがついた、ずいぶん派手で悪趣味な指輪である。
「なんだよそれ」と訊ねると、来華は「ヒミツ」と答えて人差し指を唇に当てた。
〇
「さあ行くぞ、翔太朗。今日もヒーローの出番だ」
「わかってる――って、司。その小指につけてる指輪って……」
「ああ、今日届いてな。似合うだろう?」
「……想像に任せる」
「……おい、なんだその答えは。おい翔太朗! はっきり答えろ!」
「お前がいいならいいんじゃないか」
「おい! その言い方はなんだ! この指輪は――」
☆
…………ひとつだけ説明してやろう。あの指輪は〝マキビシリング〟。事件解決の礼に『ニンジャタウン』から贈られたもので――コハナと私の友情の証だ。
ふたりは仲良し!
次の短編はおよそひと月後の投稿になります。
追記(8月2日)お久しぶりです。今月の短編は投稿が遅くなるかもです。というのも、想定外に長くなりそうだから。五万文字程度の長さになりそうな予感があります。
次回のお話は初代タマフクローについての話。翔太朗くんのお父さんが出てきます。八月中の投稿を目途に書いておりますので、もうしばしお待ちください。
ではまた。




