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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 第4話 ウィンター・ソルジャー
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第4話 ウィンター・ソルジャー その3

 目を覚ますと、俺は硬いソファーに横たわり天井を見上げていた。部屋の中は暗いが、暖房が効いているおかげか暖かい。煙草の臭いに混じって微かにコーヒーの香りがする。恐らくここはマスクドライドだろう。上半身だけ起こすと、温くなった濡れタオルが額から落ちた。


 向かいのソファーには天道がいて、口元まで毛布に埋めて座ったまま眠っている。目元はまだ赤く腫れており、頰には涙の跡が残ったままだ。


「――そろそろ起きる頃だと思っていた」


 聞こえてきた声は司のものだ。見れば司は、窓際の席でひとり、頬杖を突いて空を見上げていた。


「タチバナ店主とヨシノは既に帰宅した。貴様の面倒をずっと看ていたのは彼女。私は単なる付き添いだ」


「そうか。……感謝しなくちゃな」


「ああ。そうするべきだ」


 司は窓の外へと向けていた視線をこちらへ移す。薄目を開けた気怠そうな表情は、「呆れたものだ」とこちらに言いたげである。話しかけると小言が飛んできそうだが、謝らなければあとが怖い。


「その……悪かったな、司。あんなワガママ聞いてもらって」


「別に構わん」と司は、本当に構わない奴なら絶対に言わない台詞を吐いた。


「だが、もうあんなことを言われるのは金輪際御免被る。傷つく貴様を見ているだけの私の立場にもなれ」


 そう残して、ふと席を立った司はキッチンの奥へと消えていく。香ばしい匂いが漂ってくるのは、コーヒーでも淹れているのだろう。「俺の分も頼む」と俺が呼びかけたのに対し、即座に「あまったれるな」と返ってきたところから考えるに、機嫌が悪いのはまだ直っていないらしい。


 全身が痛むし頭もぼんやりする。無理をすれば動けないこともないだろうがやはり億劫だ。コーヒーを諦めた俺は再び背中をソファーに預け、大きく息を吐いた。


「翔太朗、貴様はどう思う」と司はキッチンからこちらへ声を掛ける。


「何をだ?」


「彼女の動機だ。詳しいことはわからないが、モモシロが原因で兄が亡くなったのだろう」


「らしいな」


「貴様はどう思うのだ、彼女の思いを。正しいか、それとも間違っているか」


「復讐に正しいも間違ってるもねえよ。どうせ、ただの自己満足なんだ」


「……ならば、彼女のやろうとしていた行為は無駄だったと?」


「無駄だよ。本気じゃねえなら、何やっても無駄だ」


「本気でない者があそこまで出来るというのか?」


「本気の奴がわざわざ襲う場所を教えてきたりするか? 本気の奴が、俺の下手な説得に応じると思うか?」


 俺は寝息を立てる天道の顔を眺めながらさらに続けた。


「こいつは本気じゃなかった。ただ、止まるところがわからなかっただけだ。だから誰かに止めて欲しかったんだろ」


「……なるほど」


 足音がこちらへ近づいてくる。テーブルに何かを置く音がしたので身体を起こすと、コーヒーカップが白い湯気を立てていた。なんだかんだと俺のために用意してくれていたらしい。可愛くないヤツだ。


「飲め。私のおごりだ。私が淹れたものだからな、味は保証してやる」


 偉そうには言うものの、そもそもこのコーヒーを淹れるために使った豆は店の所有物なのだから、厳密に言えば司の奢りではない。そう思ったが口には出さず、俺はただ出されたものを飲んで「美味い」とだけ呟く。


「そうだろう」と答えた司は誇らしげに胸を張った。





 挽きたての珈琲豆の香りに誘われるまま、重いまぶたが開きます。冬の太陽の透き通った光が眩しくて、わたしは思わず目を細めました。いつの間にか夜が明け、朝になっていたようです。


 レトロチックな調度品が目立つこの喫茶店は、マスクドライドといいます。翔太朗さん馴染みの店で、店長さんや店員さんとも長い付き合いだそうです。


 手の甲でまぶたをこすったわたしは、ふと、向かいのソファーで眠っていた翔太朗さんがいないことに気が付きました。慌てて立ち上がりましたが、身体の節々が痛くて思わず座りなおしてしまいます。


 翔太朗さんはいったいどこへ?


 そう思っているところに、「起きたみたいね」という声が掛けられました。見ると、このお店の店員である愛宕さんという綺麗な女性が、カウンターの向こうのキッチンに立って煙草を吹かしていました。


「あ、愛宕さん! 翔太朗さんは――」


「安心して、お嬢ちゃん。翔太朗は無事。ただ家に帰っただけ。アイツ頑丈だから、殺したって死なないわ」


「そう、ですか……」


 安心はできましたが、顔を見られないのが心残りです。というのも、わたしはこれから警察へ行って、自分の罪を告白するつもりだったからです。そうなると、もう翔太朗さんには二度とお会いできません。せめてサヨナラだけは伝えたかったのに。


 気落ちしているわたしに、愛宕さんが珈琲を持ってきてくださいました。一口飲むと、苦く、それでいてどこか優しい味が胃に落ちて、わたしの心はほんの少しだけ落ち着きを取り戻します。


「それと、これも。アイツから預かったの。アナタに渡して欲しいって」


 そう言って愛宕さんはわたしに何かを手渡します。丁寧に折り畳まれたそれは、翔太朗さんが書いた一枚の手紙でした。







『――お前は真面目な奴だから、たぶん自分の犯した罪を償おうとするんだろうけど、無駄なことだから諦めろ。お前がこの手紙を読むころには、俺が警察で適当な目撃証言をしているころだからな。百白を襲った奴は、背の低い太った男ってことにしておく。いくらお前が「自分がやりました」って警察に訴えたところで追い返されるだけだ。ザマーミロ。


 だいたい、お前みたいな大人しい奴が捕まったところで意味はない。そもそもお前は充分に反省してるんだ。閉じ込められる意味がどこにある? お前が刑務所に入ってるのは税金の無駄だ。勘弁してくれ。

詳しい事情はあえて聞かないけど、お前はとにかくヒーローを恨んでるんだろ? そういう奴はこの日本にきっと大勢いる。だから、そういう奴らが道を踏み外さないように、お前がしっかり導いてやるのはどうだ。その方法は俺にはわからないから自分で考えろ。お前なら出来る。絶対に。根拠は無いけど大丈夫だ。信じて進めばなんとかなる。


 もし何か困ったことがあったら連絡しろ。すぐに駆け付ける。それが俺の仕事だし……何より、俺はお前の友人だ』







 その日。マスクドライドに百白を呼び出した俺は、奴に会うなりその頭に挨拶代わりの拳骨を落とした。「なにさ?!」と涙目で驚いているところへさらにもう一発見舞ってやると、百白は「よくわからないがここは謝っておいた方が殴られないだろう」と打算的に考えたらしく、深々と頭を下げて「ボクが悪かった!」と謝罪した。その態度が腹立たしかったので、俺はもうひとつおまけの拳骨を落としてやった。


 拳による挨拶はほどほどに、俺は「まあ、座れよ」とカウンター席を指差す。


「まずは殴ったことを謝ればいいんじゃないかな」という意見はあったが、それには耳を貸さなかった。


 愛宕に頼んだホットコーヒーがふたつ運ばれてきたところで、俺は知っている限りの事件の真相を百白に話した。


〝バランサー〟とは、ヒーローを恨んでいる奴らが手を組んだ組織であったこと。それを陰から操っていたのが、百白をはじめとした〝成功したヒーロー〟を妬んだ加賀美であったこと。これからはもうバランサーに襲われる心配は無いということ。もちろん、橋の上で百白を襲ったのが天道であることから、天道が持つ恨みの理由まで……知っていることは全て残らず話した。真実を何かひとつでも隠すのはフェアじゃないと思った。


 じっと黙って話を聞いていた百白は、俺の話が終わると「そうかい」とどこか達観したように呟き、のんびりとした手つきでコーヒーにミルクを注いでマドラーでかき混ぜ始める。


「まあ、恨みなんて買いなれてるよ。その天道って子がボクを恨む理由にもだいたい想像がつく。ボクがその子のお兄さんを助けなかったせいで、彼が亡くなったんだと思う」


「ずいぶん冷静だな」


「本郷クンこそ。キミならもっと怒るかと思ってた」


「俺だって、自分では気づいてないだけで助けられなかった奴は何人もいるはずだ。そんな俺が、自分を棚に上げて怒れねえよ」


「そうだとしても、キミの場合は〝助けられなかった〟。ボクの場合は〝助けなかった〟だ。そこにはかなりの差があるとは思うけど?」


「ねえよ。被害者にとってはどっちでも同じ、〝助けてもらえなかった〟だ」


 しばしの沈黙の後、再び「そうかい」と興味無いように呟いた百白は、ミルクの入れすぎでカフェオレのようになったコーヒーを一気に飲み干す。


「……本郷クン。ボクはね、100人を助けるためなら喜んでひとりを犠牲にしてきた。もちろんそれはヒーローとして活躍したいから、みんなに注目されたいからだ。ひとりを助けるよりも100人を助けた方が感謝されるし、人気になるに決まってる。それ以上の理由は無かったんだ」


「その〝ひとり〟を助けるために、俺や司みたいな奴がいるんだ。逆に言えば、どう頑張ったって俺に〝100人〟は助けられない。俺は俺の出来ることをやるだけだ」


「……その言葉、ボクの現役時代に聞きたかったな」


 百白はくしゃっとした笑顔を見せると、「ご馳走さま」と言って席を立った。硝子扉に手を掛けるその背中はどこか満足そうだ。今見せたアレが、きっとヒーローとしての仮面も、人気者としての仮面も脱ぎ去った百白皇としての素の表情なのだろう。いつもよりもずっと親しみやすくていい。


 店を出て行く百白の背中へ、視線もむけずに「サヨナラ」と呟いた愛宕が、俺の表情を伺いながら煙草の煙を吐きつける。こちらは何やら納得がいかないといった表情である。


「なんだよ。なんか言いたいことでもあるのか?」


「別に。ただ、今日の支払いは翔太郎でいいのかなって思っただけ」


 俺は慌てて百白の後を追った。


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