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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 第4話 ウィンター・ソルジャー
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第4話 ウィンター・ソルジャー その1

4話です。

この話とプラスちょっとしたエピローグで、2章終了となります。

 わたしの兄は心優しい人でした。わたしの兄は真っ直ぐな人でした。わたしの兄は負けん気の強い人でした。だから、大学生だったわたしの兄は両親に頼ることを良しとせず、都内のアパートで一人暮らしをしながら、日々のバイトで生活費を稼いでいました。


 1年前の冬の夜、クリスマスの少し前のこと。寒空の下を小走りで行き、バイト帰りの家路を急いでいた兄は、通りかかった路地である光景を目にしました。若い女性が、酔ったふたりの男性にちょっかいを掛けられている光景です。


 兄は心優しい人でした。だから彼女を助けようとしました。


 兄は真っ直ぐな人でした。だから彼女を護るために自らを盾にしました。


 兄は負けん気の強い人でした。だからどれだけ殴られようと、決して諦めようとしませんでした。


 ……強く殴られた際にビルの壁に頭をぶつけた兄は、そこで意識を失い、そのまま帰らぬ人となりました。


 わたしは哀しみました。わたしは泣きました。わたしは嘆きました。


 どうして、どうして兄がこんな目に遭わなければならないのか。優しくって、いつもいつでもきらきらした笑顔を浮かべていた兄が、どうして理不尽に命を奪われなければならないのか。犯人が見つかり、そして捕まっても、その思いが消えることはありませんでした。


 ある日、わたしは知りました。兄が命を懸けて助けたその女性から聞いたんです。「アージェンナイトでもわたしを助けてくれなかったのに、あなたのお兄さんは助けてくれた」、と。アージェンナイトというのはつまりヒーローの名前で、その方は女性が襲われているところを目撃したにも関わらず、見て見ぬふりをして去って行ったそうです。


 ヒーローは人を救うのが役目。だとしたら、なぜ彼は女性を救おうとしなかったのでしょうか?


 調べると答えはすぐにわかりました。同日の夜、その近所のビルで、銃を持った立てこもり犯が人質を取って暴れていたそうです。そしてそれを解決したのが〝アージェンナイト〟。彼は、手柄を誰かに横取りされないようにいち早く現場へ向かうため、目の前で困っている人を見捨てたのです。


 それ以来、わたしはヒーローという存在を恨みました。そんなわたしの前に、ある人がやって来て言いました。「貴女の力になれる」、と。「その恨みをそのままにしてはいけない」、と。……その誘惑に抗える強い心は、わたしにはありませんでした。


 その人は、わたし以外にもヒーローに対してなんらかの恨みを持っている人を集めていました。ある人は、結婚の約束までした恋人をヒーローに奪われてしまったそうです。またある人は、街を歩いていただけで『強盗犯』だという濡れ衣をヒーローに着せられたそうです。


 力も気も弱いわたしにとって、出来るのは資金提供だけ。でも、これが却って好都合でした。人手も、情報もある彼らにとって、足りないのは資金だけだったからです。


 わたしから受け取った資金を使い装備を整え、人気取りに執着するヒーローに鉄槌を下す。遠くの100人を救い英雄として崇められるため、目の前にいるひとりを平然と見捨てるという選択をした方々に、その報いを受けさせる。


 それがわたしたち、〝バランサー〟の役目でした。


〝バランサー〟の事件が話題になるたびに、わたしは迷いました。これでいいのだろうか、と。そのたびにわたしは自分に言い聞かせました。これでいいんだ、と。


 そんな葛藤の日々の中にいたわたしに、あるニュースが飛び込んできました。アージェンナイトがヒーローを引退したというニュースです。その時、わたしはどこかホッとしました。ああ、これで終われるんだと、そう思ってしまったんです。


 でも、そんなわたしの前にあなたが現れました。困っている人を見かけたら放ってはおけない、兄によく似たお人好し。……そんなあなたに出会ったおかげで、わたしは自分の心を忘れずに済みました。


 わかっています。わたしの行いが善くないなんてことは。わかっています。こんなことをしても兄は戻ってこないなんてことは。わかっています。復讐なんかで兄が喜ばないなんてことは。


 でも、いいんです。これはわたしのためですから。マイナスにされたわたしの人生を、ゼロの位置まで戻すためだけの行為なんですから。


 わたしは、わたしの手で、アージェンナイトに復讐します。自分のためだけに。たとえわたしを止めるのが、あなたであろうと。


 もう、迷いなんて、ありません。





 あのスーツを着ていたとしても、この高さから落ちて無傷で済むとは思えない。俺と司は川へ飛び込んだ天道を探すため、街中を走り回った。天道の家にも行ったし、天道の兄貴の家にも行ったし、思い出の喫茶店にも行った。しかし、天道の姿はどこへ行っても見当たらず、また目撃情報を得られることもなかった。無駄だろうと思いながらも電話をしたが、やはり通じることは無かった。


 無論、黒幕だと思われていた百白にも話を聞いた。この事件で得をするのはお前しかいない、と。もしも何か知っているなら全て話せば痛い目には遭わずに済む、と。しかし百白は「知らない」の一点張りでなかなか口を割らない。仕方がないので、司があらゆる関節技を駆使して百白の身体に直接訊いたのだが、それでも答えが変わることは無かった。


「そ、そもそも! ボクがそんなことをするつもりならもっと上手くやるって!」


 百白のその悲痛な叫びには、「なるほど」と思わせる小悪党特有の説得力があった。


 いったい天道がどこへ消えたのか、俺達には見当もつかなかった。それでも俺達が闇雲に動いたのは、逸る思いを押さえつけられないせいだ。何を思ってアイツがあんな行動に出たのか、どうしても知らなければならないと感じた。


 夕方の五時を前にして、太陽はほとんど沈みかけている。指先が痛くなってくるほど風が冷たい。眉間にしわを寄せた司は、握った拳を太ももに叩きつけ、「どうすればいい」と呟いた。


「どうすれば彼女を探し出せる……」


 司は今回の〝バランサー〟が天道であったことにかなり動揺しているようだった。でも、それは俺も同じだ。


 フラッシュバックするのは、橋の上から飛び込む直前の天道の顔。アイツはあの時――。


「……もう一度、天道の家に行ってみよう。もしかしたら戻ってるってこともある」


 半ば願うように俺が言うと、司は「ああ」と声を低くして答えた。


 俺の携帯が鳴ったのはその時のことだ。見れば、愛宕からの電話である。こんな時に何の用だと思いつつも電話を取ると、いつもよりも数倍気だるげな愛宕の声が聞こえてきた。


『もしもし。これからちょっとくだらない話を聞きにマスクドライドまで来て欲しいんだけど、いま大丈夫?』


「悪いけど、くだらない話なら後にしてくれ。こっちは人探しで忙しいんだ」


『ああ、そう。でも、もしその人探しが〝バランサー〟絡みだったら、くだらない話でも聞いておいた方がいいかもしれないわよ』


「……すぐに行く」


『そう言うと思った。コーヒー淹れて待ってるから』


 司に事情を説明した後、俺達は急ぎマスクドライドまで向かった。店の扉を開けるや否や、入り口の前に立っていた愛宕がホットコーヒーの入ったカップを俺達の眼前に突き出す。「そんな暇は無い」と俺達はそれを断ったが、無言で突き出されたままのカップを無視して通ることも出来ず、仕方なく立ったまま一口飲んだ。苦い香りが鼻から抜けて、速すぎる鼓動が少しだけ緩んだ。


「翔太朗、司ちゃん。落ち着いた?」と言って、愛宕は皮肉っぽい微笑みを浮かべる。


「……落ち着いた。ありがとな」


「ならいいわ。とりあえずそこに座りなさい」


 愛宕に促されるまま、カップを片手にカウンター席に座ると、間もなくしてノートパソコンを片手に持った八兵衛がキッチンの奥から現れた。何やら目の周りにパンダのような青あざがあるのは、転びでもしたのだろうか。


 そう思っているところに、「あれね、あたしが殴ったのよ」と愛宕が注釈を入れた。


「喧嘩でもしたのか?」


「そこらへんは本人から説明があるわ」


 俺達の元へと歩み寄ってきた八兵衛は、床に正座して背筋をぴんと伸ばしたと思ったら、そのまま腰を折って頭を深々と下げた。どこへ出しても恥ずかしくない綺麗な土下座だ。訳が分からず唖然として言葉を失っていると、八兵衛はその姿勢のまま「ごめん」と謝った。


 八兵衛の釈明はそこから始まる。






 東栄撮影所で働いている岬の友人は、予想の通り、こっそりカメラを回して俺達の戦いを撮っていたとのことだ。「後で使えるかもしれない」という仕事人的思想からではなく、「ナマの戦いを繰り返し見たい」という超個人的欲望から撮影を始めたというのが、なんとも岬の友人らしい理由である。


 さて、岬から送られてきた映像を見た八兵衛は顔を青くして驚いた。何を隠そう、二人目の〝バランサー〟、下着泥棒の男の装備が自分の作成したものだったからだ。寝不足で倒れるほど熱中して作っていた、例の「最高に僕好みの注文」とやらはそれだったというわけらしい。


 つまり事件の黒幕は、各地のヒーローツール専門店に装備を作らせ、それを使って百白などの人気ヒーローを襲わせていたのだ。自覚は無かったにせよ、事件の関係者がはじめから身近にいたとは。愛宕の言う通り、なんとくだらない話だろうか。


「なにをやっているんだ貴様は。モノを売るときは相手を見て売るのが商売人の常識ではないのか?」


「だ、だって、〝ロケットパンチ〟だよ! 商売抜きでも作りたいに決まってるじゃないか!」


「恥を知れ」と司が八兵衛の脳天に拳骨を落としたのを見送った後、俺は「そろそろいいか」と手を挙げる。


「いまそれを話すってことは、弁明以外に何かあるんだよな?」


 すかさず「もちろん」と答えた八兵衛は早口で続ける。


「注文者は岬の時と同じく〝テンドウアスマ〟だったから、今度は納品先に指定された住所を調べた。そしたら、当然如くそこもダミーだった。でも、アイツらが僕の装備を使っていたということはつまり、どこかでモノを受け取ったっていうことだ。そこで僕は、ダミーで使われていた納品先の住所に出入りしていた運送会社を探った。……すると、僕や岬の作った装備がダミーの住所に届いた翌日に限り、その運送会社が出入りしている倉庫を見つけたんだ」


 そう言って八兵衛は俺達にノートパソコンのディスプレイを向けて、そこに映る地図を指差す。見ればそこは、市内に流れる洗田井せんたい川沿いにある倉庫のようだ。


「ほんの一年ほど前に、ほとんどタダみたいな金額で買い上げられた倉庫らしくってね。ここだったら、〝悪の組織の根城〟にはピッタリだと思う」


 ここに天道がいる。そう考えただけで身体中がカッと熱くなるのを感じる。


 思わず拳を握り締める俺に、「すぐに行くでしょ?」と言った愛宕は既にエプロンを脱ぎ捨てており、車のキーを人差し指でクルクル回している。「ああ」「もちろん」と答えた俺と司は、一足先に店を出る愛宕の背中を追った。


 ――首洗って待ってろ、大馬鹿野郎。何がなんでもお前を止めてやるからな。


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