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第3話 ニキータ その6

〝貴方の選択に対する正当な代償を支払って頂きます。次の比衣呂大橋での撮影を楽しみにお待ちください〟。


 百白へ届いた手紙にはこのようなことが書かれていたらしい。差出人は、やはりと言うべきか〝バランサー〟。自作自演かはまだ定かではないが、これで終わりにしたいところだ。


 マスクドライドでこの件を話し合う中、「しかし妙だな」と言い出したのは司である。


「妙って、何がだ」


「衆目がある比衣呂大橋での撮影ならば、そこにいるのは関係者ばかりではない。予告通りのことが起きれば、過去の二件と違って私達が襲撃者を撃退したことは秘密にはしておけないはずだ。とすれば、今回のモモシロの目的はなんだ?」


 司の問いを置き去りにしたまま、「妙な点ならまだあるよ」と俺達の会話に割り込んできたのは八兵衛だ。


「一件目の百白襲撃事件と、それ以降の事件を比べると、その特徴が大きく異なっているんだ。一件目の時は〝痛い目に遭わせてやる〟としか書いてなかったのに、次の事件と今回では、ご丁寧に襲う場所を指定してる。〝悪党の美学〟はわかるけど、それなら最初からそうしろって話じゃない?」


 火のついた煙草を片手に、「それなら」と愛宕まで話に加わる。


「二件目の襲撃犯が使ってた装備の出所も調べてみた方がいいんじゃない? 一件目とそれ以降の犯人が違うなら、例の〝テンドウアスマ〟と違って、何かヒントが残されてるかも」


『同感』という声はカウンターに置いてあるパソコンから聞こえてきたものである。見れば、髪の毛で隠れた岬の顔がアップで映っている。「なんでお前がいるんだよ」という俺の声を余所に、岬はさらに続けた。


『あそこの撮影所ならアタシの知り合いが働いてる。犯人の襲撃映像も、誰かが撮ったものが残ってるかもしれない。こっちで当たってみるわ』


 意見の連鎖はそこでようやく収まった。深く息を吐いた俺は、「よし」と言って皆を見回す。


「とりあえず、難しいことはお前達に任せた。俺は来た奴をぶん殴って捕まえることに専念する」





 襲撃予定日の当日。クリスマスを五日前に控えた街は、平日だというのに賑わっている。学生が軒並み冬休みに入っているせいだろう、若い奴らが特に多い印象である。


 比衣呂市と礼田市を結ぶ、ここ比衣呂大橋にも多くの人がいる。撮影のために一時的な交通規制が敷かれているおかげで車通りは無いが、やはり遠巻きに人が近づくのはどうすることも出来ないらしい。


 今日の撮影では、『敵に完敗して落ち込む百白をかつての師が激励に来る』という場面を撮る予定とのことだ。数分もないシーンのため、本来ならば合成でも十分らしいのだが、この〝師〟として出演する某大物役者がかなりのリアル志向で、「極力合成は使いたくない」と意見して、わざわざここまで出向いたのだという。言い出した本人が未だ現場に現れていないのは、さすが大物といったところか。


 百白は簡易の折り畳み椅子に座り、加賀美と話し込んで大物が来るのを待っている。緊張した面持ちは、撮影へのプレッシャーからくるものではないだろう。


 橋の中頃で欄干にもたれ掛かって、撮影スタッフと野次馬達を交互に眺めながら、俺は横にいる司に「こんなところでも〝変身〟するのか?」と訊ねた。


「無論だ。女子高生の姿よりもずっとマシだからな」


「でも、どこで着替えるんだよ。ここには電話ボックスも無いぞ」


「下に着こんでいるから安心しろ」


 黒革のジャケットのポケットに手を突っ込み、赤いマフラーに顔を半分埋める司は、白い息を吐きながら「それよりも」と続ける。


「聞きたいことがある。翔太朗、テンドウ先輩について何か知らないか?」


「天道がどうかしたのか?」


「近頃、学校を休みがちらしい。受験の準備だとは思うのだが、コハナが少し気にかけていてな」


 ――天道が遠くに引っ越すということは、学校内ではあまり知られていないことなのだろうか? 家の都合なんかもあるだろうし、何よりプライベートなことなので言うわけにもいかず、俺は「そうなのか」と何も知らないフリをした。


「でも、司の言う通り受験のための準備だろ。3年ってなにかと忙しいぞ」


「……だといいのだがな」


「なんか引っかかるところでもあるのか」


「いや……亡くなった兄について話す彼女を見て以来、なんとなく彼女が心配なだけさ」


 その時、野次馬達から悲鳴に似た歓声が聞こえてきた。どうやらお待ちかねの大物役者の登場だ。見物客の間を縫って現れるというのがいかにも目立ちたがり屋だが、そうでないとこの業界でやっていけないのだろう。


 人波が徐々に割れていく。現れたのは大物役者、ではなく――〝アージェンナイト〟のそれによく似たスーツを着る何者かだった。


 白銀だった装甲は鮮やかな蒼に染め直されている。腕から肩に掛けて刻まれた茨の刻印はそのままだが、特徴的な翼を模した形の巨大な眼は、色映えを意識してなのか蒼から黄色に変わっていた。


 ざわついているのは野次馬だけではなく撮影スタッフも同じだったが、しかしこちらは様子が少しおかしい。「アレだよな」「たぶん」と言いながら、疑惑の目を突如現れたヒーローに向けているのは、いったい何を確認しているのだろう。


 そんな俺の疑問を解決したのは百白の叫びだった。


「泥棒クン! よくここに来れたものだねえ! 痛い目を覚悟した方がいいよ!」


「なるほど、あれが盗まれたスーツか」という理解と共に――マズイという確信が脳裏をよぎる。いくら罪悪感に苛まれて盗んだものを返そうとしたって、こんな公衆の面前は返却場所として選ばないはずだ。


 ――つまりアレは、アイツは――。


「――翔太朗っ、食い止めろ! 〝バランサー〟だ!」


「わかってる!」


 叫ぶと共に駆け出した俺は、勢いそのままにバランサーの顔面に向けて拳を突き出す。その一撃は奴の右頬を正確に撃ち抜いたものの、奴の蒼い装甲には通用せず、バランサーは微動だにせずそこに立ったままである。


「……効かないってか?」


 答える代わりに、奴は両手のひらを突き出して俺の胸を思い切り押した。強い衝撃と共に後方に飛ばされた俺の身体は、背中から地面に着地してそのまま橋の上を転がり、やがて欄干にぶつかって止まる。たったあれだけであの威力だ。本気で殴られたらたまったものじゃない。


 本物の悲鳴が上がると共に、野次馬達が遠のいていく。転がっている際に口の中を切ったらしく、舌の上に鉄の味がする。俺は何とか立ち上がりながら、口内に溜まった唾を吐き捨てた。


「ほ、本郷クン! 無事?!」


 駆け寄ってきた百白に「平気だ」と返しながら、全身に奔る痛みを逃がそうと深呼吸を繰り返す。


「それよりアレ、弱点ねえのか」


「そんなもの、あればボクが聞きたいくらいだよ。〝アージェンナイト〟は無敵だから」


「なら、お前が代わりに戦え」


「顔の装甲が若干薄い。実を言うと、撮影用にあの部分だけ作り直したんだ」


「先に言えアホ」


「ゴメン。なるべくなら壊されたくなくて。ホラ、保険が利くとはいえ、結構高いからさ」


「ふざけろ」


 話しているうちにだいぶ痛みが治まってきた。足を軽く捻ったようだが、動けないほどでもない。前方を見据えれば、奴がこちらに向かってゆっくりと歩み寄ってきている。互いの距離は既に10mもない。俺は拳を顔の前で構え、奥歯を噛みしめる。


「なあ、百白を狙って何になるんだ? こんなアホを殴って捕まっても、つまらないだけだぞ」


「……ソコを、どイテくだサイ」


「退かねえよ。目の前で殴られそうになってる奴を放って帰ったら、寝覚めが悪いだろ?」


「……恨ンでモイナイ人を、傷つケられマセン」


「――見た目の通り、青臭い正義感だな」


 いつの間にか〝ファントムハート〟に着替え、戦闘準備を終えた司が俺の傍に立つ。


「大人しく投降しろ。そうすれば、痛い目に遭うのだけは避けられる」


「出来まセン。……モウ、やるト決めタんデス」


「ならば――痛い目に遭え」


 瞬間、駆け出した司は片足で踏み切り跳躍し、飛び膝蹴りをバランサーの顎に食らわせる。体重の乗ったその一撃はさすがに効いたのか、バランサーは腕を顔面の前に構えたまま背中を丸め、防御姿勢の形になる。


「――一気に決めるぞ、翔太朗っ!」


 司の叫びが響く……が、その声に俺が動けなかったのは、どうしてもアイツから俺達と戦う意思が感じられなかったからだ。


 握っていた拳が自然と解かれる。全身の力が少しずつ緩む。しかし一方の司といえば、さすがというべきか攻撃の手を一切緩めることはない。


 肘で撃ち、膝で撃ち、拳で撃ち――息もつかせぬ乱打を、反撃する間もなくただ受け続けたバランサーは、ついに身体の体勢を崩した。司はその機を逃さぬように奴の右腕を取り、後頭部を押さえると――軸足を蹴って前に転ばせ、そのまま奴の顔面をコンクリートに叩きつける。


 容赦の無い一撃。硬いものが砕ける無情の音が響く。マスクの装甲が割れ、その一部が俺の足元まで飛んでくる。


 ――これで終わり。そう思いかけたその矢先、バランサーの左腕が司の手首を掴み、そのまま強引に腕を振って投げ飛ばす。


 自由落下する司の身体を間一髪のところで受け止め、「平気か?」と訊ねると、「問題ない」という答えは即座に返ってきた。


「しかし翔太朗。貴様、何故戦わなかった?」


「悪いな、腹が痛かった。でも、もう終わりなんだからいいだろ?」


 バランサーは両手と膝を地面に突き、肩で息をしている。元より戦意があまりない上、装甲に致命的な傷がついた今、アイツにもう勝ち目はない。


「おい、お前。勝負はついたぞ。大人しく諦めて――」


 その時、俺が言葉を呑み込んだのは、割れたマスクから僅かに見えた奴の顔が信じがたいものだったからだ。


 見間違えるわけがない。あの眼は、あの涙に濡れた、あの弱々しい瞳は――。


「……天道、なのか?」


 バランサーは……天道は俺の問いに答えることなく立ち上がると、ふらふらとした足取りで欄干に近づき足を掛け――止める間もなく橋から落下していった。


 大きなものが水面を割る音が聞こえる。我に返った俺は欄干から身を乗り出して川を見たが、天道の姿は既にどこにも見当たらなかった。


これにて3話終了です。

4話目はまた少し先になりますが、よろしくです。

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