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第3話 ニキータ その5

 結論を言えば、百白の〝スーパースーツ〟は部屋から消えていた。犯人の目的は初めからこれだったのだ。熱心なファンか、金目当ての犯行かは定かではないが、少なくともバランサー絡みではないということがはっきりわかって、百白は心底安心したようだった。


 しかし、この一件で百白の自作自演疑惑はますます高まることとなる。それは何故か。


 盗まれたスーツは百白がヒーロー現役時代に使っていたそれを改造したもので、一着で高級車が何台も買える代物なのだという。もちろんこれには相当な額の保険金が掛けられており、聞けば、同じスーツがもう3着は作れるほどの金が百白の懐に入るそうだ。しかも、スーツには予備があるから撮影自体には問題が生じることは無い。おまけに、あのスーツがある部屋。それに、部屋の鍵を加賀美が持っていることを知る人物はかなり限られているというのだから、もう怪しいとしか言いようがない。


 物的証拠はともかくとして、状況だけを見れば、誰が黒幕であるのかは一目瞭然だ。無論、本人はシラを切るのだろうが。


「怪我人まで出て、到底捨て置ける状況ではない。本来なら今すぐ動くべきなのだが……」


 司が歯痒そうに言葉尻を濁すのは、今の段階では動けないということがわかっているからだ。証拠も何も無い状態で百白の元に殴り込みなんてすれば、こちらが犯罪者である。


 じっと耐える日々が続き、12月も中盤に差し掛かったある日のこと。俺の携帯に天道から電話が入った。電話を取ると、通話口からはホッとしたようなため息が聞こえてきた。


『よかった。出て頂けないかと思ってました』


「妙な奴からの電話以外は取るようにしてる」と俺は笑いながら返す。


「それでどうしたんだ、電話なんて」


『その……今度また、お会い出来ないかなって思って。ご迷惑ですか?』


「別にいいぞ。なんなら明日でもいい。どうせ暇人だからな」


『お仕事はよろしいんですか?』


「いいんだよ。どうせフリーターみたいなもんだ」


『よかった。……それなら、明日の1時、またあの喫茶店に』


 翌日になって、待ち合わせ場所の喫茶店に10分前に着くと、天道は既に窓際の席に座って俺の到着を待っていた。「待たせて悪いな」と言いながら席に着くと、天道は「今きたところですから」と小さく微笑み、長い髪の毛をさらりと撫でた。


 店内はもうクリスマスに向けての飾り付けが済んでおり、こじんまりしたツリーだとか、各テーブルの上に置いてある雪だるまの小さなフィギュアだとかが目立つ。天井に黄色い蛍光シールがぽつぽつと貼ってあるのは、星のつもりなのだろうか。メニューにも、クリスマス限定と称した〝白いパンケーキ〟や、〝白いコーヒー〟なるものまである。


 天道がその〝白いコーヒー〟とやらを注文したので、俺も同じものを頼んだ。やがて店員がやってきて、カップを俺達の前に置く。白というのはつまり、ただムースを浮かべただけなのだとわかったのはその時のことだった。


 俺は甘ったるいコーヒーを飲みながら、「今日はどうしたんだ?」と天道に訊ねた。


「はい。……その、翔太朗さんにどうしてもお伝えしなくちゃいけないことがあって」


 深刻そうな面持ちで、天道はぽつぽつと言葉を紡ぐ。


「これからわたし、遠いところに行くんです。だから、翔太朗さんにはもう会えないかもしれないんです」


「もう会えないってまた急な話だな。どれだけ遠くまで行くんだ?」


「わかりません。でも、遠いところです」


「家庭の事情か何かなのか?」


「……はい。そのようなところです」


「天道はそれでいいのか?」


「……もう、決めたことですから」


 弱々しいながらもはっきりと言い切った天道は、下唇をきゅっと噛みしめる。まだ迷いがあるのは見るに明らかである。俺をここに呼んだ理由も、きっと話を聞いて貰いたいということなのだろう。


「なあ、天道。お前、まだ迷ってるんじゃないのか?」


「そ、そんなことは……」


「嘘なんて吐くなよ。下手なんだから、すぐにわかるぞ」


 俺は大げさに口角を上げて、ぐっと親指を立てた。


「迷ってるなら俺に話してみろ。一応、お前よりも少しだけ長く生きてるんだ。アドバイスのひとつくらい出来るぞ」


 伏し目がちにじっとこちらを見た天道は、白いコーヒーを一口飲み、意を決したかのように「あの」と言いかける――が、タイミング悪く鳴った俺の携帯電話がその後の言葉を遮った。見れば、知らない番号からだ。無視をして相手が諦めるのを待ったが、一向に鳴りやまない。通話拒否してもすぐさま掛かってくるから同じである。


 なんともしつこい奴だ。苛立った俺は携帯を掴み、「すぐ戻る」と天道に宣言して席を立ってトイレに向かう。電話を繋げると、聞こえてきたのは「酷いじゃないか本郷クン!」という百白の声だった。


『ボクの番号を着信拒否にするし、電話には全然出てくれないし!』


「うるせえ。今大事な話してんだよ。切るぞ」


『ま、待ってよ! コッチだって大事な話があるんだって!』


「手短に言え。十文字以内」


『また手紙が届いた』


「全部テメーの自作自演じゃねーのか」と言いたい気持ちを堪え、「そうか」と返す。尻尾を掴むチャンスがとうとうやってきたのだ。少しでも警戒されるわけにいかない。


『そうか、じゃないよ! 本当にヤバいんだから! それでさ、例によってまたキミたちに護衛を頼みたいんだけど――』


「いいぞ、やってやる。詳細はまた後で」


『さっすがヒーロー! 頼りになるんだから!』


 全て言い終えるより先に電話を切った俺は、早足で天道の待つ席へと戻る。しかしそこに天道の姿は無く、代わりに飲みかけの白いコーヒーと、「今までありがとうございました」というメモ書きが残されているばかりだった。


 二杯のコーヒーの料金、しめて1900円は、既に支払われた後だった。



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