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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 2話 パシフィック・リム
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第2話 パシフィック・リム その5

 警護の当日。俺は都内某所にある撮影所まで向かっていた。開校記念日でたまたま学校が休みだった司も一緒である。休みだからといってわざわざ付き合わないでも構わないのに、律義な奴だ。


「ヒーローだからな。……それに仕方なかろう。乗り掛かった舟だ」


 ため息混じりで司はそう言った。


 最寄りの駅から歩いて10分。大きな通りから一本外れた道をしばらく行くと、高い塀に囲まれた、白い外壁が僅かに色あせた大きな建物が見えてくる。そこが今日の目的地――〝東栄撮影所〟である。比衣呂市からそう遠くない場所にあるため、外からは何度か見たことがあるのだが、中に入るのは初めてだった。


 撮影所の本館まで行けば、百白のマネージャーとやらが迎えに来ることになっている。門のところで受付を済ませて本館の前で待っていると、「お待ちしておりました」という声が背後から掛けられた。「どうも」と答えながら振り返れば――そこにいたのはいつぞや会った気に食わない男――加賀美だった。その顔にべったりと貼りついた微笑みは、相変わらず胡散臭い。


 俺がよほど怪訝そうな顔をしていたのか、司は小声で「知り合いか?」と訊ねてきた。「一応な」と答えた俺は、加賀美から視線を切らないように軽く会釈する。


「ここに来たってことは、アンタが百白のマネージャーか」


「ええ。ということは、貴方達が百白の〝ご友人〟ですね?」


 懐から素早く名刺を取り出した加賀美は、俺と司に一枚ずつそれを手渡して深々と頭を下げた。


「話は伺っております。私、加賀美真かがみまことと申しまして、百白のマネージャーをやっております。以後、お見知りおきを」


 その場で手短に自己紹介を終えた後、俺達は加賀美の案内に従って百白の控室まで向かった。道中、加賀美は白々しいほど明るい喋り方で世間話などを振ってきたが、俺はそれら全てを「ああ」と「そうだな」の二通りの答えで斬り捨てた。どうにもこの男の笑い方は信用出来なくて、喋る気になれない。あれなら、百白の見せる自尊心丸出しの微笑みの方がまだマシだ。


 控室の前まで来ると、加賀美は「私はスタジオの方を見に行かねばなりませんので」と言って去って行った。その背中が廊下の角を曲がるまで視線だけで追っていると、司が「あの男がどうかしたのか?」と訊ねてきた。


「別に。ただ、なんとなくアイツの笑い方が信用出来なくてな」


「……まあ、それは否定しない。しかし、今は目の前の事態に集中しろ」


「わかってる」と返しながら控室の扉を開ける。すると百白が「待っていたよ!」と大げさに両腕を広げて俺達を出迎えた。真っ白のライダージャケットに合わせるのは、同じく真っ白のレザーパンツ。なんだか猛烈に馬鹿っぽい。先ほどから張りつめていた緊張の糸が力なく緩んだ気がした。


「おい、百白。なんだその恰好は」


「見てわからないかな? 衣装だよ衣装! カッコいいだろう?」


 司は「本物の阿呆だ」と呟いた。まったく同感だ。仮にも狙われている身だというのに、危機感というものが備わってないのか。


「阿呆とはイヤな言い方だなぁ。ボクはキミたちを信頼してるからこそ、こうやって余裕でいられるんだよ」


「褒めたって何も出んからな」と司は冷たく言い放ち、手近なところにあった椅子に腰かける。


「それよりも、まずは今日の予定を聞かせて貰おうか。それを把握しておけば、少しは貴様を護りやすくなるだろうからな」


 百白の説明によると、今日の撮影は、この場所で最も大きなAスタジオでのアクションシーンがメインになるらしい。なんでも、大勢のスタントマンを使った大掛かりな撮影で、それゆえにどうしても今日の予定は外せなかったのだとか。色々とオトナの事情があるのはわかるが、やはり百白の都合に振り回れている感が否めない。


「大勢……ってことは、それに紛れて犯人が出入りするかもな」


 俺の意見を百白が、「その点は大丈夫」と即座に否定する。


「妙なことが起きないように、本人確認はきっちりやってる。それに、普通の警備員だっている。簡単には入ってこれないハズだよ」


「残念だ。貴様が殴られるところを間近で拝めるかと思ったのだが」


「……一文字クン、念のために聞くけど、ボクのことを護りに来てくれたんだよね?」


「どうだろうな」と言って司は鼻で笑った。


 それからほどなくして、間もなくリハーサルが開始することを伝えに控室まで加賀美がやって来た。「行こうか」と席を立つ百白に連れられ部屋を出た俺達は、揃ってスタジオまで向かった。


 道中、百白と並んで歩く加賀美に向かって司が「なあ」と話しかけた。


「カガミ、聞きたいことがある。モモシロを恨む相手に心当たりはないか?」


「それはもちろん、大勢いらっしゃいますよ。多すぎてわからないくらい」と加賀美はさらりと答えて笑う。続けて百白も笑い、「止めてよ」と加賀美にじゃれついた。


「ですが実際、ヒーローをやっていた時の百白さんは敵を大勢作ってきたように思われますが?」


「かく言うキミも〝敵〟の一人だったんじゃないのかい? あの頃のボクに散々怒られただろう?」


「ええ。ですが、あの百白さんに怒られた日々があったからこそ今の自分があるんです。敵だなんてとてもとても……」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか! それでこそ加賀美クンだ!」


 互いに互いのご機嫌を取り合って、なんとも気持ちの悪い奴らだ。辟易する俺に代わりわざとらしく咳払いした司は、「それで」と言ってふたりの会話に割り込む。


「具体的な心当たりはないということでいいのか?」


「申し訳ありませんが、見当もつきませんね」


 加賀美は笑みを崩さないままさっぱりとそう言った。





 Aスタジオに入った瞬間、何十人もいるスタッフがこちらを向いて「お疲れさまでーす!」と一斉に声を揃えた。そのあまりの声の大きさは、肌が痺れるほどである。芸能界というのは華やかな世界だとぼんやり思い込んでいたが、想像よりも体育会系らしい。


 市民体育館ほどの広さのスタジオは、赤い絨毯が敷き詰められていたり、シャンデリアが天井から釣り下がっていたり、白い布がかけられた円卓がいくつも用意されていたりと、全体がパーティー会場めいたセットになっている。これらが全て百白のためだと考えると、金の無駄遣いと言わざるを得ない。もっとマシなことに金を使ったらどうなのか。


「じゃあ、行ってくるよ」と言った百白は、セットの中央へと向かって歩いていった。何人ものスタッフが続々と百白の元へと駆け寄り、ぺこぺこと頭を下げて挨拶する。こうして傍から見ていると、さながら猿山の大将である。


「こんな状況で、いい気なモンだな」


「同感だ」と言って司は不満げに鼻から息を吐く。「私の方は不審人物がいないか確認してこよう。翔太郎はここで待機を頼む」


「任された」と言って司を見送ったはいいものの、ひとりでいてもすることがない。仕方がないので、あくびを堪えながら着々と進む撮影準備を眺めていると、隣に立っていた加賀美が「気に入りませんか」と声を掛けてきた。


「気に入るとか気に入らないとかじゃない。こういうことに興味が無いだけだ」


「まあ、近頃そういう方は少なくありません。本郷さんのような年齢の方ならなおさらです」


 何が面白いのか、自分の発言にひとりで笑った加賀美は、ふと真面目な顔つきになって俺を見た。「なんだよ」とぶっきらぼうに訊ねると、奴は「本郷さん」と丁寧な物腰で始めた。


「もしも差し支えなければひとつお聞きしたいことが。貴方と天道さんはどういうご関係なのですか?」


「差し支えあるから答えなくていいのか?」


「と言うと、何か〝特別〟なご関係なので?」


「別にそういうんじゃねえよ。ただ、アンタと喋りたくないだけだ」


「残念だ。それほど私がお嫌いですか」


「ああ。初めて会った時から、なんとなくな」


「そうでしたか」と薄ら笑いを浮かべた加賀美は、ひょこりと軽く頭を下げると、俺に背を向けどこかへ行こうとした。どこか人を小馬鹿にしたようなその後ろ姿を見て、黙っていられる俺ではない。脊髄反射で口から飛び出てきたのは「待てよ」のひと言である。


「おや、お喋りする気になって頂けましたか」


「いや、そうじゃない。天道には二度と近づくなってことを、お前に忠告しておこうと思っただけだ」


 すると足を止めた加賀美がゆっくりとこちらへ振り返り、薄ら笑いの貼りついた顔を向けた。


「何故、貴方にそんなことを決められなければならないのでしょうか?」


「アイツは俺の妹だからだ」


「…………妹さんを苗字で呼ばれるのですか?」


「色々あるんだよ。家庭の事情ってヤツだ」


「なるほど。そうでしたか。それなら納得だ」


「納得したなら安心だ。もう二度と天道に絡むんじゃねえぞ」


「さあ、それはどうでしょうか。何せ私は、彼女のビジネスパートナーです。切っても切れない関係なんですよ」


 そう言うと加賀美は再び歩き出し、監督らしき男の元に近寄って、何やら談笑を始めた。


 やっぱりアイツは気に食わない。ただの好き嫌いだろうなんて言われれば、それまでの話だが。


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