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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 2話 パシフィック・リム
29/92

第2話 パシフィック・リム その1

第2話にあたる部分は全て今日中に投稿予定です。

 年中無休のヒーローに週末の楽しみというものは存在しない。俺達にとっては土曜も日曜も形式的のものに過ぎず……いやむしろ、そういった日の方が忙しくなるのだから、楽しみなんて言っていられるわけがない。戦時中でもないのに〝月月火水木金金〟とは、なんとも笑えない話だ。


 しかし、その週ばかりは特別だった。俺は普通のサラリーマンと同じように、週末が来るのを心待ちにしていた。一日一日が終わりを迎えるたびに、来る土曜日までの日数を指折り数えたりなんかした。


 ……だから、この状況は自業自得なのだろう。ヒーローたる俺が週末を楽しみにするなんて、あってはならないことだったのだ。


 土曜日の午前10時現在、石ノ森駅前にて。俺の左腕は司の繰り出した飛びつき腕ひしぎ十字固めによって痛めつけられている。コンクリートに倒れ込み、痛みに耐える俺と、俺の左腕の肘関節を逆方向に曲げようとする司を、通りを行く人は珍獣か何かを眺めるような目で見ている。


「司ちゃん!」と悲鳴に似た声を上げるのは一緒にいる来華である


「カッコイイ!」


 バカ野郎。止めろ。なに惚れ直してんだ。


「きっ、きっ、貴様は何故こんなところにいる! 説明しろっ!」


 関節技を完璧に極めながらも、頬だけはきちんと赤く染め、恥じ入る乙女ぶっているのがなんとも腹立つ。必死に司の腕をタップして、「説明するから!」と訴えると、十字固めを緩めた司は俺の背中に馬乗りになり、顎を持って腰を逆側に反らせた。


「貴様の言葉なんぞ信じられるかっ!」


「キャメルクラッチだ!」と来華は目を輝かせる。


「カッコイイ!」


 なんでもいいのか、お前は。


 司が俺を痛めつけている理由は、きちんと説明する必要があるだろう。コイツだってただの気まぐれでこんなことをする女ではない。もちろん、理由があるからといって全てが許されるわけでもないが。





 三日前の水曜日まで話は遡る。朝食兼昼食である95円のカップラーメンを寂しくすすっていると、やけに上機嫌の来華から突然電話があった。俺が「もしもし」と言うより先に、『次の土曜日なんだけどさっ!』と鼻息荒く始めた来華は興奮気味に続けた。


『司ちゃんと遊びに行くからっ! センセーも予定空けておいて! 一緒に行こっ!』


「待て。なんで俺が行かなくちゃいけないんだ。お前達ふたりで仲良く行ってこい」


『司ちゃん、恥ずかしがって逃げちゃうかもしれないんだもん! センセーは見張り役としていなくちゃいけないのっ!』


 わざわざ高校生の遊びに付き合うのもアホらしい。しかし、来華は一度それと決めたらよほどのことが無い限りは曲げない女だ。ここでいくら断っても時間の無駄だと早々に悟った俺は、「あーあ、本当にメンドクセーよまったく」という腐った思いを1ミリも隠そうとしない声色で、「わかった」と返す。


「行ってやる。今回だけだからな」


『さっすがセンセー! 話がわかる男!』


「でも、俺が見張らなくちゃいけないって、司になにやらせるつもりなんだ?」


『ふたりで一緒にプリクラ撮って、かわいいパンケーキ食べるの! それで、一日かけていろんなお店回って、ほとんどなんも買わずに帰っちゃうの!』


 瞬時に頭に過ぎるのは――来華と一緒にわけのわからん決めポーズでプリクラを撮る司。主役であるはずのパンケーキよりも自分の顔が大きく映った写真をSNSに上げる司。「甘いもの控えなきゃー」とか抜かしながらクレープの食べ歩きをする司。絶妙に気持ち悪いキャラクターを「かわいー♡」と適当に褒める司。だが、そのキャラクターの小物は身に付けようとしない司。


 イマドキの女子高生のように休日を過ごす様々なバリエーションの司が想像されて、俺は思わず噴き出した。そんなアイツを拝めるのなら悪くないと、途端に興味が湧いてくる。


「でも、よくもアイツがそんなことにOK出したな」


『テストの総合点で勝負してたのだよ! 負けた方が勝った方の言うことを聞くって条件で!』


 なるほど。これが司の言っていた、〝本腰を入れてテストに臨まなければならない理由〟か。あんな大層なことを言っていて負けたのだから、とんだ笑い話だ。


「楽しみだな」と俺が言うと、来華はこちらの鼓膜が破れるほどの勢いで『うんっ!』と返事をした。電話の向こうでどんな風に笑っているのかは、簡単に想像がついた。


 そして――〝デート〟の当日。待ち合わせ場所に来華と共に現れた俺を見た瞬間、一切の迷いなくこちらへ駆け寄ってきた司は、必殺の飛びつき腕ひしぎ十字固めを繰り出した。恐らく、自分が〝普通の女の子〟をしている様を見られたくないという思いからの行動だったのだろう。ふざけやがって。


 司が俺を関節技のオンパレードから解放したのは、騒ぎが大きくなってきてだいぶ人が集まってからのことだった。身体中痛むのを我慢しながら立ち上がり、「映画撮影のテストでして」と何度も頭を下げると、通行人は訝しげな顔をしながら去って行った。


 騒ぎを鎮めている間に、来華が司に俺がここにいる理由を説明したらしく、司は俺に「すまなかったな」と謝った。その頬はまだ僅かに赤い。


「しかし、貴様はこの場には必要ない」


「いくらなんでも必要ないってのは言い過ぎだろ」


「いいや、この言い方でもまだ優しいくらいだ。消えろ、くたばれ、地獄へ落ちろと言われなかっただけまだ良かったと思うのだな」


 あらゆる関節を逆方向に曲げられてタダで帰るわけにはいかない。こうなりゃ意地でもパンケーキを食う司を拝んでやるぞと、改めて俺は決意を固める。


「絶対に帰らないからな。お前は、俺の前で、パンケーキを、美味そうに食え」


「悪いが、そうはならない。絶対にな」


 なんて往生際の悪いヤツだろうか。こうなれば対司用最終兵器の出番だ。来華を傍に引き寄せた俺は、その小さい身体を盾にして一気に勝負を決めに掛かる。


「そもそも、俺を呼んだのは来華だ。文句ならコイツに言え」


「ああ、言ったさ。そして、幸運なことにそれが通った」


「なんだそりゃ。どういうことだ?」


 恐る恐るこちらへ振り返った来華は、「ゴメンね」と言って申し訳なさそうに微笑んだ。



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