第1話 ジャスティス・リーグ その6
昼はどこにでもいる家庭教師、夜は覆面を被った不審者として小市民的ヒーロー活動を続けている俺に、百白の専属ボディーガードをやっている暇なんてものはない。そもそも、あのバカと四六時中一緒なんていくら金を積まれたってゴメンだ。
だから俺は噂の〝ヒーロー狩り〟を返り討ちにすることに決めた。それが一番手っ取り早いし、何より頭を使わずに済む。華が無いのは認めざるを得ないが、それは今に始まったことじゃない。
俺が取った作戦は単純明快。酔わせた百白に夜の街を歩かせて、それに釣られたヒーロー狩りを逆に捕まえてやるというものだ。餌が手元にあるのだから、それを有効活用しない手は無い。
時刻は夜の11時過ぎ。渋谷にある行きつけのバーでブランデーを二杯飲んだ百白は、人気の無いビル街を千鳥足で歩いている。ビルの屋上から屋上へと飛び移りながらそれを追いかけるのは、俺と司のふたり。お互いスーツは着込んでおり、既に戦闘準備は万全だ。
今日の作戦に司がついてくると言い出した時ほど、俺は自分の耳を疑ったことはない。あれだけ自分を貶めた相手を助けようとするなんて、よほどのお人好しかただのバカだ。曰く、「ヒーローとしての矜持」らしいが、理解はなかなか困難を極める。
「よくやるもんだ。俺がお前の立場ならこんなことやらんぞ。たぶんな」
「父曰く、〝救いを求める者には応えよ〟。それが例え心底腹の立つ態度の男であっても」
『立派な考えだよ。いや本当に。冗談抜きで』
俺達の会話に突然割り込んできたのは、やけにしおらしい様子の百白の声だった。情報の共有が出来るように、俺達はそれぞれ小型の通信機を耳に着けていた。
『……まあ、ボクなんかが言っても説得力が無いと思うけどさ。でも、事実だ』
「安心しろ。世辞なんて言わずとも、私達が護ってやる。だから貴様は餌の役割を存分に果たせ」
『……本当にあの時はごめんよ、一文字クン。ボクは少々周りが見えていなかった。人気取りのために、何が悪くて何が善いことなのか――』
「もう喋るな。……どうせ、後で貴様を殴ることは変わらんのだからな」
その言葉に小さく息を呑んだ百白は、無言で通信を切った。念のために「本気か?」と司に尋ねると、「ほんの冗談さ」という答えが返ってきた。
「それよりも、翔太郎。気づいているか? 殺気立った者が近くにいる」
「気づくわけねえだろ。エスパーかお前は」
「ヒーローだ」と大真面目な調子で司が答える。
――耳をつんざくほどの百白の叫びが辺りに響いたのはその時のことだった。
慌ててビルの屋上から降りて、倒れた百白の元へと駆け寄る。見れば右足に細い鉄製の矢が浅く刺さっている。痛いことには痛いだろうが、命に関わることではなさそうだ。
「痛い痛い」と泣きべそをかく百白の頭を「あまったれるな」と言ってひっぱたいた司は、矢を掴んで一気に引き抜いた。言葉に表すことの出来ない悲鳴がビルの谷間に響く。この時ばかりはほんの少しだけ百白に同情した。
涙目になった百白を護るように俺と司で囲み、周囲を警戒する。そのまましばらく待ったが、誰かが近づく足音はおろか、風の吹く音すら聞こえてこない。
静寂――闇の中に僅かに光るものが見えて、咄嗟に腕を広げて司達を庇う。次の瞬間に左腕を駆け抜ける、焼けるような痛みと痺れ。視界が白黒に明滅する中、本能的に矢を引き抜いて投げ捨てる。カランカランと音を立ててコンクリートを転がっていったそれの先端は、僅かながらに青白い火花を放っていた。
――電気かよ、クソッタレ。
「……司、そのバカ連れて行け」
「しかし翔太朗ッ――」
「いいから行け。そいつ守りながらじゃ動けねえ」
ほんの一瞬ためらった様子を見せたものの、司は百白を連れてその場から離れていく。
肩越しに見てそれを確認した俺は、意識を集中させて矢の飛んできた方を見据える。左腕が痺れてほとんど動かない。痛みのせいで毛穴から汗が噴き出す。拳を固く握りしめ、大きく深呼吸。「痛みを伝えるな」と全神経に命令する。
「出て来いよ。一対一だ」
瞬間、飛んできた鉄矢。来る方向がわかっているならば避けるのは容易い。
最小限の動きでそれを躱した俺は、もう一度「来いよ」と挑発した。
ややあって現れたのは、一瞬、血染めであるかと錯覚させるほど濃い赤のボディースーツと、稲妻のデザインが施された、バイザー付きのヘルメットを着用する人物だった。
ボウガンを手に持ち、折り畳み式の特殊警棒を腰に付け、拳にはナックルガードを備える。その恰好と装備はいかにもヒーローだ。しかし奴が決して〝それ〟でないということは、その身に纏う異質な雰囲気から明らかだった。
「さっき、矢で腕を撃ち抜かれてな。お前、なんか知らないか?」
偽ヒーローは俺の白々しい質問に答えず、代わりに空いている左手でこちらを指さした。
「……オ前……ヒーローだナ?」
変成器を使っているらしく、声色が合成音声めいていて不気味である。平静を装って「ああ」と答えた俺は、奴の出方への警戒を一層強める。
「こんな恰好してんだ。見りゃわかんだろ。そういうお前はなんだってんだ?」
「ただノ通行人ダ。……オ前タチのよウナ奴らガ、死ヌほド嫌イナ」
――瞬間、奴はボウガンをこちらへ向けて引き金を引いた。半身を捻って矢を躱し、俺は一気に距離を詰めるが、既にボウガンを放り捨てた奴は特殊警棒を構えている。
こちらの胸を狙って真っすぐ突き出された警棒は、先ほどの矢と同じように青白い火花を放っている。
――アレを受けたら不味い。それなら――。
全身に下されたのは、回避ではなく攻撃命令。踏み込む勢いを利用して跳躍した俺は、警棒を飛び越えて奴の顔面に両足で蹴りを入れた。
当たりが浅かったらしく、奴は尻もちを突いたもののすぐさま立ち上がり警棒を構え直す。元気な奴だ。一方、こっちは満身創痍。状況は最悪。
俺は少しでも体力回復の時間を稼ぐため、「なあ」と話しかける。
「なんで百白をそんなに恨んでるんだ?」
「百白ダケじゃナい。俺はヒーローといウ存在全テを憎んデいル」
「勘弁してくれよ。こっちは毎日毎日真面目に働いてるんだぞ」
「おメデタいヤツだな。…………――マすます嫌イになっタッ!」
声を上げると同時に奴は頭上に大きく警棒を振り上げる。
それを見て姿勢を低くした俺は、振り下ろされた警棒が俺の頭を割るより先に、右拳を奴のヘルメットに叩きこむ。
大きく揺らぐ奴の上体。この機を逃す道理が無い。警棒を素早く奪い取った俺は、大きく上体を後ろに反らし渾身の頭突きをヘルメットにめり込ませた。バイザーが砕ける音が頭蓋骨を通して伝わってくる。
仰向けに倒れた奴は、上体を僅かに起こしてこちらに顔を向ける。割れたバイザーから見えるのは、どこにでもいそうなサラリーマン風の若い男の顔だった。既に戦意は感じられないものの、反面、表情は怒りに歪み、敵意に満ちている。
俺は警棒を投げ捨てながら、「もう終わりだ」と男に言い聞かせる。
「大人しくお縄につけ。そうすりゃ、痛い目に遭わないで済む」
男は答えず、黙って俺を睨みつける。そのまましばらく睨み合いが続いたため、俺は仕方なく「二度は警告しないぞ」と脅しをかける。すると男は癇癪を起こしたかのように、被っていたヘルメットを脱ぐと同時に俺に投げつけ、「なんでだよっ!」と喚いた。
「なんでってそりゃ……突然襲われたら普通、自分の身を護ろうとするだろ」
「護るのは自分達のことばかりか?! ヒーローってのは皆そうか?!」
「――いや、違うな」
俺達の間に割って入ってきたのは司だった。百白を安全な場所に置いて戻ってきたらしい。
「私達は全てを護る。その過程で自分の身を護ることがあるに過ぎない」
「言い訳ならなんとでも言えるよなぁ! お前達みたいなクズ野郎どもが――」
「まったく。埒が明かないな」
男の背後に周った司は、その腕を首に回して締めつける。頸動脈を締め上げられ、脳に血液が回らなくなった男は、10秒と持たずに気を失った。一見したところ容赦はないが、必要以上に傷をつけることがない技だ。
気絶した男を縛り付けていると、百白が足を引きずりながら戻ってきた。「終わったようだね」と口にする顔には、既に余裕の微笑みを携えている。
「百白。コイツに見覚えはあるか?」
百白は男の顔をじっと覗き込み、やがて「さあ」と首を横に振った。
「全ッ然知らない。見たことも無いや」
「見たことも無い相手があんな真似するかよ。殺されかけてるんだぞ、お前は」
「だって本当だもの。知らないんだよ、まったく」と百白は悪びれもせずに言って、倒れた男の肩をポンポンと叩く。
どう考えたって知らないわけが無い。記憶容量が猫程度しか無いのか、コイツは。
「何でもいいけど、これで一件落着なことは間違いないね。本当に助かったよ、おふたりさん。それで、今回の件についての報酬なんだけど――」
俺と司は「いらん」と声を揃えた。
〇
翌日のネットニュースには、『〝ヒーロー狩り〟とうとう捕まる』といった見出しの記事が掲載されていた。URLを開いてみれば、視界に飛び込んでくる百白のキザったらしい笑顔の写真。もしやと思い詳しく内容を読んでみると、「夜道を歩いているところを襲われた、元アージェンナイトの百白皇氏が、見事に犯人を返り討ちにした」とある。百白へのインタビューも掲載されていたが、当然の如く俺や司のことについては一切触れられていない。
あの白バカ。やりやがったな。
別に手柄を主張したいわけではないが、やはり些か腹は立つ。今度アイツに会った時には、是非とも一発殴ってやろう。
ともあれ、これにて世間を騒がすヒーロー専門通り魔事件は解決した。いつ襲われるかと肝を冷やしていた人気ヒーローサマ達も、今夜からは枕を高くして眠ることが出来るだろう。
――しかし、この事件にはまだまだ続きがある。
この時はまだそんなことを知る由もなかった俺は、近所の吉田家で買った牛丼をもそもそと食っていた。
これにて1話終了となります。
2話以降は少し間が空くと思われますが、ご容赦を……!




