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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 1話 ジャスティス・リーグ
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第1話 ジャスティス・リーグ その2

 喧嘩で倒れていた男2人を近所の交番まで連れて行ってから、俺と司は何事も無かったかのように街の見回りに戻った。司は安物戦隊の件についての怒りがまだ収まらないらしく、延々と小言を垂れ流し続けている。「自らの責任を考えたことがないのか」とか、「あんなのならいない方がマシだ」とか、「やはり骨の一本や二本折ってやるべきだったか」とか、その勢いは止まることを知らない。


 このままにしておけば、「やはり奴らの骨を折ってくることにしよう」などと言って戻りかねないぞと危惧した俺は、「もういいだろ」と司を宥めた。


「終わったことだ。司、あんなバカは放っておけよ」


「ファントムハートだ! ……だいたい、貴様は腹が立たんのか。世間から見れば、あれと貴様は同じ存在なのだぞ?」


「一緒にされるのが恥ずかしいだけだ。腹が立つわけじゃない」


「ヒーローとしてのプライドが無いのか、貴様にはっ!」


「プライドだけじゃ人助けは出来ないだろ」


 この正論が効いたのか、それ以降、司は文句を言わなくなった。


 見回りを続けるうちに、時刻はやがて夜の11時を過ぎた。「そろそろだぞ」と俺が言うと、司は「わかっている」と不満げに返す。


〝ファントムハート〟としての活動時間は、日付が変わる前に終わりを迎える。もちろん本人が望んでのことではなく、俺がそうするように言い聞かせた結果だ。学生なら学生としての生活を優先するのが一番だろう。人助けなんて、仕事でないのなら無理をしてまでやるようなことじゃない。


 司を説き伏せるのにはコツがある。とにかく神妙な顔をして、「あんまり来華を心配させんなよ」と泣き所を突くこと。そうすれば万事うまくいく。もしも「ガキが夜遅くまで出歩いて、危ない目に遭ったらどうするつもりだ?」なんてもっともなことを言えば、よくわからない関節技で背骨を折られそうになるか、もしくはよくわからない関節技で手足を同時にへし折られそうになるので注意が必要だ。


 やがて司の家の近くまでやって来て、俺達はそこで別れた。去り際、司は「あとは頼んだ」と言って右手を挙げ、俺は「おう」と手を振ってそれに応えた。


 頼れる相棒が家に帰ってもタマフクローとしての活動はまだまだ続く。「働くか」とぼやいた俺は街の見回りを再開した。


 合法ドラッグが捌かれていたこともある路地裏。空き巣の多い商店街。不良のたまり場となった公園……などなどの見回りを終え、石ノ森駅前まで来たところで時計を見れば午前3時。いつもならもう家に帰っている時間だ。


 寝静まった街の冷たい空気を鼻から大きく吸い込み、耐えがたい眠気になんとか抗う。最後に駅の見回りを済ませて帰ろうと決めて、欠伸を垂れ流しながら辺りをぶらついていると、歩道橋の階段に座り込み、じっと膝に視線を落とす女を見かけた。襟を立てたベージュのコートに口元まで埋め、長い髪を地面まで垂らし、薄暗い街灯にぼんやり照らされているその姿は、見る人が見れば「幽霊だ!」と腰を抜かすことだろう。


 俺はその女に歩み寄り、「大丈夫か?」と声を掛けた。「平気です」という返事は即座に返ってきたが、消え入るようなその声の調子を聞く限り、どうにも大丈夫そうには思えない。


「立てないならタクシー呼ぶぞ」


「私に構わないでください」と、女は顔を上げないままきっぱり言い放つ。なんだか、どこかで聞いたことのある台詞だ。


 俺は面倒に思いながら、「構わないで済めばそれでいいんだけどな」とぼやく。


「でも、そういうわけにもいかないんだ。こっちは仕事だからな」


「ですから、構わないでください。警察の方に迷惑をかけるつもりはありません」


「どっこい、警察じゃない」


 そこで女はようやく顔を上げた。強気な言葉遣いには似合わない、子どものようなあどけなさが残る顔つきをしている。


 俺はそこで「変態」と口汚く罵られることを覚悟したが、幸いなことにそのような暴言を吐かれることは無かった。その代わりに、あからさまに疑わしげな視線で上から下までを見られたが。


「……ヒーロー、ですか?」


「一応な。ほら、立てるか?」


 そう言って伸ばした俺の手を、女は力なく撥ねつける。俺はよほど「なら好きにしろ」と残して行ってしまいたかったが、もしそれで何かあれば〝タマフクロー〟の責任になる。やはり、このまま退くわけにはいかない。しかし得意の拳骨は使えない。


 さてどうしたものかと、少し離れたところで腰を下ろして考えを巡らせていると、やがて女が「もういいです」と立ち上がった。


「帰ります。だから、あなたはさっさと消えてください」


「アンタが帰るんなら、言われなくても消えるつもりだ。歩けるか?」


「馬鹿にしないでください。歩けます」


 そう言って女は足早にその場を去って行く。俺はその背中を「気を付けろよ」と言って見送ったものの、やはりこの暗闇をひとりで歩かせるのは危険だと思い、こっそりとその後をつけた。


 駅から5分ほど歩いたところにある、街一番の高さを誇る高層マンションに女が入っていくのを見届けて、その日の俺の仕事はようやく終わりを迎えた。





 翌日のこと。俺は石ノ森駅前にある喫茶店――〝マスクドライド〟へ赴いた。喫茶店へ行くと言っても、その理由は一杯300円もするコーヒーを飲むためではない。不愛想な美人店員が気だるげに欠伸をする姿を拝むためでもない。あの店へ行くのは、スーツの定期点検のためという理由に尽きる。マスクドライドは喫茶店を隠れ蓑にした、ヒーロー達の〝商売道具〟を取り扱う専門店である。


 店の入り口の硝子扉を押すと、店内を渦巻いていた紫煙が俺を出迎えた。豆を挽く香りが少しも漂ってこないのが、〝普通の客〟がほとんどここへ来ないことを物語っている。


「いらっしゃい、翔太朗。身体の方はもう平気なの?」


 三度の飯より煙草を愛する女店員、愛宕愛乃はそう言って、白い煙を天井へ吹き上げた。


「もうすっかり治ったよ。おかげさまでな」


「おかげさまって、別にあたしはなんにもしてないけど」


「……社交辞令だよ」


「知ってる」


 相変わらず愛嬌という概念を知らない女だ。ため息しながら「そうかよ」と返した俺は店内を見回した。


〝元〟超人気ヒーロー、アージェンナイトこと百白皇ももしろすめらの手下にさんざん荒らされたこの店は、ひと月と経たないうちにすっかりと元の姿を取り戻した。アンティークな調度品も、使い古された肘掛け椅子も、陶器のコーヒーカップやソーサーも、あんな事件など無かったような顔をして、あるべき場所に収まっている。


 店の修繕費を出したのはもちろん百白である。その金額は決して安くは無かっただろうが、俺達があの一件を表沙汰にしていない口止め料だと考えれば、まあ妥当と言っていいだろう。


 愛宕の正面のカウンター席に腰かけた俺は、「〝注文〟は聞かなくていいのか?」と尋ねた。


「悪いわね。ソッチの方は開店休業中なの」


「なんだよ。八兵衛まだ来てないのか?」


「そういうわけじゃないんだけどね」と言って愛宕が人差し指を自分の足元へ向ける。何かと思ってカウンターに身を乗り出して、差された方を見てみれば、そこに倒れ伏していたのはマスクドライドの店主――立花八兵衛だった。何かの作業中だったのか、八兵衛は油で薄汚れた青いツナギを着ていた。それにしても、やけに幸せそうな顔で眠っていやがる。よほどいい夢を見ているのだろう。


「なにやってんだコイツ」


「よくわかんないけど、〝最高に僕好みの注文が入った〟とかで、三日三晩寝ずに作業してたみたいよ」


「アホなのか、コイツは」


「知っての通りよ」と両断した愛宕は、八兵衛の横腹をつま先で鋭く蹴る。「へぶ」といううめき声は聞こえてきたが、しかし起きる気配が無い。これでは仮に水風呂に叩き落しても、コイツは眠ったまま死んでいくだろう。


「ま、こんな調子だからスーツのメンテは諦めて」


 指に挟んでいた煙草を灰皿に押し付けた愛宕は、キッチンの奥へと引っ込み、ホットコーヒーを一杯持って戻ってきた。何かと尋ねれば、わざわざここまで足を運ばせた礼だという答えが返ってきた。愛宕がこんな気の利くことをするなんて、明日はきっと槍が降る。


「ねえ、翔太朗。あのお嬢ちゃんは元気?」


 ふいに投げかけられた問いに、俺はコーヒーをすすりながら「元気だよ」と答える。


「元気すぎて困るくらいだ」


「そう。なら、近いうちにここに来る予定は?」


「わからん。何かあったのか?」


「別に。伝えたいことがあっただけ」


 新しい煙草に火をつけた愛宕は、それを咥えて鼻から息を吸うと、さも不味そうに煙を吐き出した。


「ほどほどにしなよって、アンタから伝えておいて」


 その言葉の真意を聞くのがなんとなく恐ろしくて、俺は「そうか」と言うに留めた。


 奢りかと思っていたコーヒーの代金は店を出る際にきっちり請求された。


追記…1話にあたる部分の残りは、金曜日にまとめて投稿させて頂きます。

よろしくお願いします。

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