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月給24万円でヒーローやってるけど色々しんどい  作者: シラサキケージロウ
第2章 1話 ジャスティス・リーグ
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第1話 ジャスティス・リーグ その1

お久しぶりです。今日から更新再開ということでよろしくお願いいたします。

更新ペースは遅めになると思いますが、のんびりお付き合い頂けると幸いです。

 これは例えばの話だ。


 線路を走っているトロッコが、何らかの理由によって制御不能に陥った。トロッコの走る先には5人の作業員がいる。この時、あなたはたまたま分岐器の近くにいた。あなたがレバーを引けば、トロッコの行く先は変わって、5人の作業員は助かるだろう。しかし、針路を変えた先の線路にも作業員が1人だけいる。


 助けられるのはどちらか一方。5人か1人。さあ、あなたは果たしてレバーを引くのだろうか?


 これは例えばの話だ。


 状況は先ほどとほとんど同じ。あなた程度の力では、助けられるのはどちらか一方。違うのは、5人の方が作業員ではなく街に住む不良に変わったという一点のみ。


 さあ、あなたは果たしてレバーを引くのだろうか?



 ……これは、例えばの話だ。



 今度は、線路にいるのは1人と1人。片方は作業員。もう片方は世界一の大金持ち。レバーを引けば金持ちが助かる。そうすれば、きっとお礼もして貰えることだろう。新聞やテレビのニュースに取り上げられて有名人になれるかもしれない。


 さあ、あなたは果たしてレバーを引くのだろうか?



 いくら例え話を並べたって仕方のないことはわかってる。でも、覚えておいて欲しいことがある。

 

見捨てられた方にも、生活があって、友達がいて、家族がいて……明日があったということを。そして、その人の死を悲しむ人が、間違いなくいたということを。









 説明しよう。暴力女こと〝ファントムハート〟のヒーローネームを持つ一文字司は、今現在、5人の男を相手取り大乱闘の真っ最中である。自分よりも大きな男達をものともせず、ちぎっては投げちぎっては投げするその様は、ワンダーなウーマンか、そうでなくても可愛げのあるゴリラである。


 説明しよう。司と戦うこの男達は、街の住人に悪さを働く悪人ではない。未成年なのに酒とタバコをやり、釘バットを肩に担いで外を出歩くような不良でもない。引ったくりでもなければ強盗でもない。全員揃って色違いのぶかぶか全身タイツを着るあいつらは変態――もとい、安物戦隊ヒーローである。到底、世界は救えそうにもない格好だが、ご近所さんの平和を守る程度のグレードならあれくらいが丁度いいのかもしれない。


 説明しよう。何故、司が曲がりなりにもヒーローであるアイツらと戦っているのか。それは単純な話、司がアイツらの存在を気にくわないからという理由に尽きるのだが、それだけで終わらせてしまうと諸々誤解が生じると思われる。


 ゆえに、順を追って説明しよう。この戦いが起きた理由を。


 司が投げ飛ばした男が、俺の横を飛んでいくのに気づかないフリをしながら。





 11月に入って急に肌寒くなってきた。季節はいよいよ秋めいてきて、紅葉やイチョウが徐々に色づいてきている。つい先日、季節外れの台風が日本にやってきたせいで、スーパーに並ぶサンマが高くてしょうがない。


 その日、俺は司と共に夜の比衣呂町の見回りをしていた。百白との一件以来、俺達は活動を共にしている。仕事でヒーローなんて面倒なことをやっている俺はともかく、司の方はなんの見返りもなくこのようなことをやっているのだから、ほとんどバカだ。頭のネジが吹っ飛んでいると言い換えてもいいかもしれない。


「しかし、今日の町は静かだな」と司が呟く。その声はマスクに仕込まれたボイスチェンジャーのおかげで、おかしく感じるくらいに低い。


「いつもであれば馬鹿のひとりやふたり、居てもおかしくないのだが」


「日にひとりはバカを殴らないと腕が鈍るか?」


「いいや、平和が一番さ。拳なんてものは使わずに済むのが一番いい」


 それは、過激派ヒーローだったころの司を知っている俺としては到底信じられない台詞だった。きっと、色々あったおかげで丸くなったのだろう――そんな風に考えて、マスクの下でこっそり感慨に浸っていた俺は多分、この比衣呂市において今日一番のバカだったに違いない。


 マンションの屋上で腰を下ろして小休止していると、双眼鏡で辺りを見回していた司が「おや」と声を上げた。


「司、どうした?」


「ファントムハートだ」と司は即座に訂正する。


「翔太朗。やはり、こんな夜にも馬鹿は出るらしい」


「そりゃそうだろ。バカとヒーローは年中無休だ」


 腰を上げた俺は、司の手から双眼鏡を借りて差された方向を見てみる。俺の眼に飛び込んできたのは、学生らしき2人の男が互いを殴り合っている光景だった。すぐそばには女が1人立っていて、なにやら痴話喧嘩の香りがする。


「……でも、できれば首突っ込みたくないな、ありゃ」


「どこぞの誰か曰く、〝面倒ごとに首を突っ込むのがヒーローだ〟、だったな」


 確か、そんなようなことをコイツに言った気がする。なんてくだらないことを覚えているんだ。


「わかってるよ」と返した俺は、司と共に事件現場へ急いだ。


 2人が喧嘩していたのは、寝静まった住宅街から少し外れたところにある公園だ。しかし俺達が着いた時には、既に喧嘩は終わった後で、共に仲良く気を失った男達が残されているばかりだった。渦中の人物と思われた女の姿は消えている。


「哀れなものだな」と呟いた司は大きくため息を吐く。


「まあ、大事にならなくてよかっただろ」


 そこまで大きな怪我はしていないようだし、放っておいても問題ないだろうと思われたが、黙って見捨てるという選択肢を選べないのがヒーローだ。面倒に思いながらも、俺が男を抱き起そうとしたその時、「あれー?」と間の抜けた声が聞こえてきた。その声の主こそ、例の安物戦隊ヒーロー諸君だったというわけだ。


「ここでケンカって聞いたんだけどなー。終わってんじゃん」と赤い衣装を着た男が言い、「なんだよ、ツマンネーの」と青い衣装を着た男がそれに続く。


「まあまあ。いいじゃありませんか」と黄色い衣装の男がもっともらしく言って、「ていうか、アレなんだよ」と言った黒い衣装の男がこちらを指さす。白い衣装の男は、その手に持っていたビデオカメラを無言でこちらに向ける。



「なんだよ。アレってここら辺のヒーロー?」「つっても、見たことねーぞ、あんなの」「まあまあ。それを言うなら僕達だってこの街では新顔のわけですし」「いいだろなんでも。先越されたってのはかわんねーんだし」「なんだよー。横取りかよクソっ」



 男達が何やらブツクサ言っているところに、「おい」と割り込んだのは司だった。


「貴様ら、何をしている」


「何って、見てワカンネー? ヒーローだよ、ヒーロー。街の平和を救ってんの」


「だとしたらそのカメラはなんだ。ヒーローにそんなものは必要なかろう」


「いやいや必要っしょ。てか、これが俺達の商売道具だし」


「馬鹿か、貴様は。カメラで人が救えるか」



「コワ。マジメくんかよ」「やっぱこんなとこ、来なきゃよかったじゃんかよ」「そーだそーだ。どーしてくれんだよ」「ですが、いつまでも東京で活動していても知名度は上がらないから、いっそのこと埼玉まで行ってみようという僕の意見に、みんな賛成してくれたじゃないですか」「んなこと言ってねぇよ」「そーだそーだ。責任とれや」「だいたい、アージェンナイトも引退したんだから、むしろ今がブレイクの狙い目だったべ?」「そうは言ってもですね、東京にはヒーローが多いですし」「でもそこに割り込まなきゃ本物になれねーべ?」



 何やら内輪もめが始まったのを、再び司が「おい」と遮る。その声には先ほどよりも色濃い怒気が含まれていた。


「忠告だ。カメラを捨てろ。それは貴様らに必要ない」


 司の物言いにいち早く反応したのは、あのバカの中では比較的利口そうな黄色い衣装の男だった。


 黄色い衣装の男はまくし立てるような早口で言った。


「お言葉ですが、何故カメラを捨てる必要があるのでしょう? ヒーローは人気商売です。ユーチューブに活動記録を投稿したり、インスタグラムに写真を上げたりと、知名度アップのためにはこれは欠かせません。あなたたちがどれだけの期間ヒーローをやっていたかは知りませんが、そんなことも知らないようではまだまだのようだ。もっとお勉強なさってください」


「なるほど」


 司が冷たく吐き捨てたその4文字は凄まじい熱を帯びていた。この後に起こるであろうことと、それが止めようのない出来事であろうことを同時に理解した俺は、天を仰いでまぶたを閉じた。


「……やりすぎんなよ。アイツらみたいなのでも、減ると困るんだ」


「わかっているさ。私にだって分別はある」


 司はトレンチコートとソフト帽を脱ぎ、それを俺の胸に押し付けた。黙ってそれを受け取った俺は、倒れていた男達を引きずって公園の端のベンチのところまで避難した。


 黒を基調とした中に銀のラインが走る装甲と、ドクロを模したデザインのマスク。すっかり〝ファントムハート〟になった司は、安物戦隊と対峙して、「ひとつ教えてやる」と言い放つ。


「父曰く、〝信念がヒーローを作る〟。意味はわかるか?」



「なに言ってんだコイツ」「わかるわけねーだろ」「イカレてんのか?」「僕達は忙しいんですよ」「帰れ」などの罵声の言葉が司に浴びせられる。雰囲気ってのを察することが出来ないのか、あのカラフルバカ共は。



「……わかった。――ならば、教えよう」


 瞬間、司はその右脚で足元に転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。唸りを上げながら飛んでいったそれは、カメラ係の白い衣装の男の額にクリーンヒットした。


 男は額を押さえながら声にならない悲鳴を上げている。他の戦隊メンバーは、それを見ながらしばし唖然としていたが、司の「どうした」という問いかけでようやく気を取り直した。


「相手はたかがひとり。数はそちらの方が上だ。仲間がやられたというのに、そこでただ突っ立っているつもりか? それとも、仇を取るか?」


 互いに頷き合った男達は、「不意打ちでチョーシこいてんじゃねーぞ!」と自らを鼓舞するように声を張り上げ、司に立ち向かっていった。


 ……それから戦いが始まった。あるいは、ああまで一方的であると虐殺と言い換えてもいいかもしれない。


 投げられ、転ばされ、殴られ、蹴られ……さんざん痛めつけられた男達は、3分ほど戦ってようやく「参った」と白旗を上げた。そこら中に倒れ伏してのたうち回る奴らの姿は、浜に打ち上げられたイルカめいている。


「いいだろう」と吐き捨てた司は地面に落ちていたカメラを拾い上げると、それをコンクリートに叩きつけ、その残骸を入念に踏みつけてからその場を後にした。男達から上がった「ああ」という小さな悲鳴は全く意に介していない様子だ。


 俺は司の後を追おうとしたが、何も言わずにその場を去るのも悪い気がして、「いてぇ」「いてぇ」と口々に言う戦隊諸君に「悪かったな」と謝った。


「まあ、アイツみたいなのは特殊だ。これに懲りずにヒーローやってくれ」


「もうやんねぇよバーカ!」という元気な声が返ってきて、俺は「だよな」と頷いた。


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