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鏡の国と夜の国  作者: トロ
5/6

【未完成】3(1-3).街、そしてとある図書館


空は青く晴れわたって、空気はきぃんと冷たく澄んでいます。

街は雪化粧。

ひとびとの口もとにある息は白く、街の屋根にも道の脇にも、雪がふわりと積もっておりました。

「んー?」

そう、彼等は遺跡をあとにし、宿をとってある街に戻ってきたところです。

まばらに人のゆきかう往来で、一行の先頭をゆく瀬綺が、額に手をかざして目を細めました。

「ねえね、たかつぐサン。アレさ、お坊ちゃんじゃナイ?」


その宿の前、入口からは少し離れたあたりに、幾人かの人物が立っています。

「パー、パー!」

遠く、風にのった声が届いてきました。

小柄な人影が、ぐんと背伸びをして、おおきく手を振っております。

緑色のもこもこした外套に暖かな襟巻きをまいて、おもいきりのばしたその手にはめているのは、しっかりと生地のつまった白いミトンの手ぶくろ。身体の後ろでなにかぴょんぴょん跳ねて揺れているのは、細い一本のおさげに編んだ、綺麗な亜麻色の後ろ髪です。

「パパー!パパだー、パー、パー!」

すっかりはしゃいだようすのその少年の後ろには、数人の娘たち。これは、東堂の屋敷のメイドたちです。みな落ちついた色味の、仕立ての良い揃いの外套を着込み、少年の喜びようをにこやかに見まもっているようす。

近づくにつれ、かれらのそばに、赤い実や黒い実を目にはめ込んだ数体の雪だるまも、にょっきりとたたずんでいるのもわかってきました。

「パパー、おかえりなさいー!」

「しづき…」

全身をばねにして元気いっぱいに飛びついてきた少年を抱きとめて、崇継は複雑な表情をしました。

「人前ではきちんと『父さん』と呼びなさいと言ったろう」

「うんー、わかった!」

しづきと呼ばれた少年は、絶対にわかっていなさそうな、嬉しげな満面の笑みで元気に頷きます。えへへぇと顔じゅうで笑って、赤くなった鼻先を、崇継の外套の胸あたりにぐりぐりと擦りつけています。

控えたメイドのひとりが、くすくすと笑いながら報告しました。

「しづきお坊ちゃんが、お外で旦那様を待つんだっておっしゃって、聞かないんですよぅ」

「しづき、みんなを困らせてはいけないよ」

「はーい、ごめんなさーい!」

やはり元気に答えるさまも、やはりとても嬉しそうなのです。まるで陽光がきらきら散るように、やわらかな花のほころぶように、爛漫と幸せそうです。

それは、実に綺麗な少年でした。

十四、五歳ほどの、まだあどけなさを残す容貌。小柄で華奢な身体つきは、上等のコートに包まれていてもその繊細さがうかがえます。柔らかな亜麻色の髪はよく手入れされているようで、その一本ひとすじが、冬の澄んだ陽射しにきらきらと煌めいていました。

崇継は、護衛のふたりを振り返ります。

「ありがとう、今日はここまででいい。部屋に控えて、休んでいてくれ」

ここでしづきが、きょとんと不思議そうな顔をしました。

出かけたときにはいなかった人物が、帰ってきた顔触れのなかに増えていることに気づいたのです。

「パパ、このひと、だぁれ?」

「ああ」

崇継は、唄莉と、自分にしがみついて身体の陰から唄莉を覗くしづきを見比べました。

「彼はね、私の古い知り合いで、人形師の唄莉さん、だ。遺跡で偶然会ったんだよ。唄莉、これは私の息子で、しづきという」

「こんにちは、はいり…さん? しづきです」

しづきは、おずおずとした様子で、ぺこりと頭を下げました。

さすがに崇継にしがみつくのはやめていますが、その身体の陰からおそるおそる窺うようなおじぎで、片手は人形師のコートをきゅっと掴んだままです。

「はい、こんにちは。唄莉だ、よろしくね。…崇継殿。息子、というと、この子もやっぱり人形かい?」

「ああ。この子は私の、……人形師としての最高傑作だよ」


そのとき、唄莉の外套の袷から、ちょこんとちいさな鼻先がのぞきました。

(余談ですが、唄莉はこのとき、しっかりと外套を着込んでいました。寒かったので寒いよと訴えて、灯真からせしめていたのです。おかげで灯真は帰りの道中、ひとりだけ外套を着ていませんでした)

しづきが、ぱあっと目を輝かせます。

「唄莉さん!唄莉さん、なにかいるよ!それなあに?」


《白い生き物の名前は? 眠る前にはつける余裕がなかった。》

「じゃあ僕がつけていい!?」

しづきは、ぴょんぴょんと跳ねまわりそうなようすです。

「あのね、ぼた雪、ぼた雪だよ! この子はね、ぼた雪!」

「ぼた…? 牡丹雪のことかね?」

「ぼた雪だよ!ぼたって降るから、ぼた雪なんだって。きのうね、いっぱい降ってたの。それでね、めいささんに教えてもらったの。僕いい子にして、ずっと窓から見てたんだよ!」

しづきは、古株のメイドの名前を出します。このメイドは、さほど重要でないことについては少々ばかり適当な知識をしづきに吹き込むところがあり、しづきはいつもそれを素直に信じているのでした。


しづきは、白い生き物…ぼた雪と名付けたそれを抱かせてもらって、ご満悦です。両手でぼた雪を抱えて高くかかげます。くるりと一回転して、ぎゅうぎゅうと抱きしめては、なめらかな毛並みに、すべすべの頬をすりつけて、

「やわらかいー。ぼた雪、あったかいねえ、ひげ、くすぐったいよ」

くすくす、きゃっきゃっと笑っているさまを、唄莉はすこし呆れたように眺めました。

「なんというか…見かけはさすがに崇継殿のドールといったところだけれど、そのわりに幼い言動をとる子だね。キミの人形にしては珍しい気がする。彼は生まれてまだ間もないのかい?」

「いや…」

崇継は言葉を濁します。


「ねえ唄莉さん」

しづきが、くるりと回って唄莉にきらきらした目を向けました。

「この子にはきょうだいはいるの?」

「僕もねえ、たくさんきょうだいがいるよ。でもみんな、いつかお家を出てくんだよ。それはね、ふつうのきょうだいたちなの。でもそうじゃなくてね、特別なきょうだい!」

「僕ね特別なきょうだいはねえ、兄さまがね、ふたりねえ、いるんだよ。写真があるから僕知ってるんだよ。僕とおんなじビスクなの」

しづきはしっかりと腕にぼた雪を抱きしめながらニコニコします。


あどけなく懐っこい 笑顔と笑顔のあいだの、ふと表情が変わる刹那、その瞼の伏せようや口もとの結びように、なんともいわれぬ色気が漂うのです。

「前言は撤回しよう」

唄莉は肩をすくめます。

「…やっぱり、さすがは『美の東堂』、崇継殿のドールだね。こうして見ていると、同性のボクでさえ、ちょっとゾッとしてしまうような美しさだ」

「この危うい美は、表面の造作だけの問題でもないのかな。崇継殿の人形は往々にしてそうだけれど、思念の選びかたが、やっぱり繊細なんだね。それから本体と魂とのバランスか。勉強になるなあ。しづき、といったね、触ってもいいかい?」

「え」

「やめておいてくれたまえ」

きょとんと首を傾げたしづきがなにかを言うまえに、横から崇継がきっぱりと口を挟みました。しづきの頬に両手をのばしかけていた唄莉が、ぴた、と手を止めます。

「だめかい? 残念だな、」

「その子は特別なんだよ。私にとっても、ね」

淡々と会話をつむぐ人形師たちの傍らで、えへー、僕、とくべつ? と、しづきはホニャリと嬉しげに笑っておりました。



「なんかさー」

灯真にあてがわれた部屋に押し掛けて、瀬綺は彼のベッドを大々的に略奪しておりました。

うつ伏せの大の字に寝転がって、足をパタパタさせています。

休みたかったのに横になれないため、灯真はしかたなく椅子にかけて、手荷物の点検などをしています。

「たかつぐサンって、アタシらがお坊ちゃんに近づくの、ビミョーに避けてない?」

「」

「あー、やっぱり灯真もそう思ってんだー」

「…仮にそうだとしても関係ない」

灯真は、鞄の底からでてきた携帯燃料を、むずかしい顔で見据えました。うっかりしていて、使用期限がけっこう昔に切れています。はたして、まだ使えるでしょうか。

「僕らは僕らの仕事をするだけだ」

灯真と瀬綺が、遠い街の貴族・燈坂から承けた依頼は三つ。

ひとつ、地下聖堂まで導く指針を東堂崇継に届けること。ひとつ、地下遺跡の道中での崇継の身の安全をまもること。

そしてみっつめは、燈坂へ返却される地下聖堂への指針と、崇継から燈坂のもとに送り出される人形たちとをまもり、無事に燈坂のもとまで送り返すこと、でした。

いまの時点で、ふたつ目まではほぼ完了したといってもかまいません。あとは屋敷へと帰る崇継についていって、燈坂への届け物を預かるばかりです。



《ちゃっかり馬車に乗る唄莉。》

「手持ちもないし、ボクが眠る直前のあれこれが思い出せないから、どの拠点に戻ればいいか分からないんだ。この五百年の間にあったことも教えてほしい。思い出し次第出立するから、しばらくご厄介になれないかい?」






「今回も、やはり駄目でしたか」

忘れられた街の、廃棄された図書館で、年代物のカウンターテーブル越しに紫記子が言いました。

相対するのは、古炉那と春祓。

埃っぽい空間にいくらも転がってある椅子のうち、来客用に手入れされたそれを引っぱってきて、春祓が座っています。古炉那はその傍らの椅子に同じように腰かけ、膝のうえに両手を上品に組んで、静かに控えておりました。

「駄目だった。それで次は目当てを変えてみるつもりだ、だからしばらく次のやつはいらん。それを伝えにな」

「了解しました」

山とある古い書物のうち、一冊を膝のうえに置いたまま、紫記子は頷きます。そうして染みだらけの革表紙に指先をすべらせて、背筋はまっすぐ伸ばしたまま、すこし首を傾げます。

「…ですがそれをおっしゃるために、わざわざのお越しなのですか。いつもあなたのなさっているように、『鳩』の言伝や水盤の通信でも、十分に用は果たしますでしょうに」

「なに、すこし立ち寄っただけだ。ちょうど今回は道中だったんでな」

「なるほど。単純な論理ですね、理解しました」

ショートボブに切りそろえた、黒とみまがうほどに濃い紫の髪に、金糸でふちどられた黒いカチューシャを飾り、見開けばぱっちりと大きいだろうに、胡乱げに閉じられた半目はいつものとおり。

自身も実力のある人形師でありながら、情報屋、口入れ屋としても有能な紫記子は、『春祓』の人形を求める数多の有象無象を篩にかける立場として、彼とはもう長いつきあいになります。

「それにしても」

紫記子は、拭きあげられた卓上に出されている三つのティーカップに目を向けました。

底の見えているものと、三分目まで減っているもの、そして琥珀色の紅茶をまだなみなみとたたえたままのカップがひとつ。自分と古炉那のカップに紅茶をつぎたすために、彼女はティーポットに手をのばします。一式揃ったティーセットには、白い陶磁の肌に、おなじ青い花模様がえがかれております。

「これほど次々と試してみても人形遣いに出会えないとなれば、古炉那さんはもう、戦人形としてではなく、別の生きかたを考えてみても、よろしいのではありませんか?」

「……どういう意味だ」

紫記子の言葉に、春祓は、スイ、とすくい上げるように顔をあげます。

睨みつけるような、鋭い眼です。紫記子が、あら、と首を傾げます。

「お伝えできませんでしたか。言葉が足りず、失礼いたしました。私は、古炉那さんは戦うことには向いてはいないのではありませんか、と申し上げたのです。銃後に回る身のふりかたを考えてみるのも、よろしいのではないでしょうか」

「おまえは」

春祓の低い声には、隠しもせずに低温の怒りが煮えていました。

「こいつらが何のため生まれてきたと思ってる」

「」

「たたかうために生まれたモノに、その意義を果たせてやれずに、しあわせもなにもあるか」

紫記子はきょとんとしました。といっても、生来の半目の目元のせいで、謝罪もどこかぼんやりした印象です。

「お気に障りましたか。申し訳ありません、他意はないのです」

「行くぞ、古炉那」

古炉那は、席を立った春祓の背と紫記子とを見比べて、ぺこりと紫記子にお辞儀をします。

そうして、ふわりとした黒いドレススカートの裾を揺らして、少年姿の人形師の後を追いました。

慌てたような動作でありながら、どこか優雅で柔らかな動きでした。



「古炉那 おまえは、おれの歴代の子どもたちのうちでも最高の力をもってる」

黒手袋に覆われた春祓の両の手が、古炉那の頬を包みます。

けぶる睫毛にふちどられた、古炉那のはしばみ色の瞳が揺れました。

「心配するな」

春祓は、硬く虹を散らした凍り雪のような乳白の眼で、その揺れをゆるさぬように見据えるのです。

幼い声音が、低く、囁きました。

「おれが、おまえをかならず、直してやる」

(わたしは……)

人形のむすめは、ざわざわとゆらぐ胸のうちの行方もつかめないまま、ただ目を伏せて声にうなずくのでした。

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