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鏡の国と夜の国  作者: トロ
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【未完成】2(1-2).地下聖堂2

白い生き物は、崇継が近づくと、広間の外に向けてパッと走り出しました。


その出入り口の先には、長い通路が続いていました。

黒い石をつややかに磨きあげた床は、どこからともない光源に、やはりうっすらと照らしだされています。ところどころに砂塵が降りつもり、走ってゆく白い獣の爪の音が、小さくカチカチと響いてゆきます。

三人は、白い生き物のあとを追いました。

靴底でじゃりじゃりと、砂つぶや石の破片が砕ける音と感触。地下の空気はひやりと冷たく、薄明かりの道の先を走ってゆく小さな獣は、雪のかけらのようにも見えました。

「やっぱ、さーむいー」

瀬綺が小さくぼやきます。吐く息は白く溶けてゆきます。

生き物は、暗い廊下をぱっと走ってはやや進んで立ち止まり、崇継たちが追いつくのを待つかのように振り返っては、その場でじっとしています。そのくせ、かれらが近づくとまた走ってゆくさまは、まるで道案内をしているかのようです。

「アレが人形だったとしてさ」

瀬綺がひそひそ、灯真に話しかけているのが崇継の耳にも聞こえました。

「なんであんな元気に動いてんのよ。どっかに人形遣いがいるってこと? いるはずないじゃん、ここずっと昔に滅びて、ほっとかれた場所なんでしょ?」

白い息。

しんしんと冷え込むうすくらがりは、厚い外套や手袋にも滲みこんでくるようでした。


やがて小さな獣は、長い廊下にならぶ、ひとつの入り口に曲がりこんでゆきました。

「影は…ここにも多分、いなさそうだが」

扉のない、ぽかりと口を開けた部屋の入り口です。灯真は崇継を後ろに控えさせ、入り口の壁際から室内の様子を確かめました。

真っ暗闇…とはいいませんが、先ほどの広間やここまでの廊下に比べると、だいぶ光量の抑えられている、暗い部屋です。

灯真は瀬綺を振り返ります。

「瀬綺」

「あいさ」

少女は頷きました。

念のために彼女が先に部屋に飛び込んでみるのです。とんぼ返りなどして跳ね回ってみます。だがこの囮に引っかかってくるものはありません。

「ダイジョーブ…じゃーないかな。っぽいよ。ダイジョーブだと思うよ」

「わかった、戻れ」

瀬綺が傍らに跳ね戻ると、灯真は崇継に振り返ります。

「東堂さん。念のため、僕らから離れずに行動してくれ」

「ああ、わかった」

崇継が頷くと、灯真は慎重に、室内へと踏み込みました。



崇継は、ランプをかざしました。

入り口の正面、部屋の奥に、大きな石版が据え置かれております。

文字が彫り込まれています。これは、石碑のようです。

「ここは…墓所のようだね。遺体のない戦死者たちの魂を鎮めてあるらしい」

崇継はざっとその文言に目を走らせてから、あらためて周囲をぐるりと燈で照らしわたしてみました。

「いた」

白い生き物は、この行き止まりの部屋の、壁際の一カ所にうずくまっておりました。

躯を低くし、やはり少々警戒している様子。窺うように、首を傾げて崇継たちをじっと見ています。

「灯真くん、ちょっと彼を見ていてくれるかな。見失わないように。瀬綺くんは少し、私についてくれ」

「ああ」

「リョーカイ」

ちいさな生き物のことも気になるが、目の前にまた良質の思念たちがチラついているらしく、人形師はソワソワしています。

ちいさな生き物の行きつく先がここだとあれば、見失うおそれも最早なく。

道中で見逃したぶんの宝までも取り戻したいようすで、部屋のあちこちにちりばめられているらしい、彼にしか見えない煌めきに目を走らせています。獣から目を離さないようにと灯真に頼み、傍らに瀬綺をつれて、いくつかの思念を採取しに歩き出しました。

「…………」

灯真は、ジッと生き物をみつめます。

生き物も、ジッと灯真をみつめます。

無言のまま、両者はしばらく、ジッ…とみつめあっておりました。

ややあって。

「ん!? これは」

集中していた灯真は、突然の声に、ビクッと肩をふるわせました。

白い獣が、その場でピャッと跳ねます。崇継が、驚いた声をあげたのです。

「どしたの」

瀬綺が傍らで声をかけています。崇継は、ちいさい生き物のうずくまる場所からそう遠くない場所に、屈みこんでおりました。

壁に、欠けたような小さなくぼみがあり、石のかけらと砂で埋められているのです。

「これは…」

かれは手袋をはずし、きちんと爪を整えたゆびさきで、くぼみに埋められた砂礫をとりのぞきました。

ころり、と、光る石のかけらが、くぼみの奥から転がり出てきました。崇継はそれをてのひらの上に転がします。目の高さに持ち上げて、眉間に皺を寄せて凝視すると、白い獣に目を向け、つぶやきました。

「そうか、その子はこれのおかげで動いていたか…」

「それなに?」

瀬綺が崇継の手元をのぞき込みました。

「幻結晶は知ってるかな。ごくまれに、深淵のほとりに結晶するエーテル…特殊なエネルギー体なんだが」

「えっ」

とたん、瀬綺がのけぞります。

「えっ、下手にさわったら、あの、とんでもない大爆発するってやつでしょ? やばいやつじゃん! えっソレがそうなの?」

「なに!東堂さん、下手に…下手にさわるな。爆発する、…のか?」

ぎょっとする瀬綺にぎょっとして、灯真が静かに動揺をみせました。

崇継が苦笑しました。指先につまんだ光る石を傾けると、結晶の断面がカチリと煌めき、

「いや大丈夫、これは違うんだ。幻結晶の力を、安定するように誰かが加工してある…こうなった『石』を実結晶というんだが…」

崇継は、何かを探すように周囲を見回しました。

そうして納得したように、口もとを押さえて頷きます。

「…やはり…」

立ち上がると、かれは白い生き物の真上に目を向けました。

生き物はフワッと毛を逆立てましたが、今はその場所から逃げ出しません。人形師の男は、壁際の、なにもない虚空に、ひとすじの罅割れでもなぞるように指先を滑らせます。

「灯真くん」

崇継が傍らの灯真に声をかけます。人形師の落ち着きぶりに、冷静さを取り戻したようすの灯真は、崇継の横顔にチラと目を向けました。

「この小さな人形くんに、君の力をすこし、そそいでみてもらえないか」

「危険では?」

「おそらく問題ないよ。お願いする」

「……了解した」

瀬綺を傍らに控えさせておいて、灯真はその場に片膝をつきます。

白い生き物はビクッと身をすくめますが、やはりそこから動きません。灯真は、その白い毛並みに向けて手をのばしました。


《力を得た生き物は結界を「解く」力を発揮。》


「なにか、いる…?」

瀬綺が身構え、灯真が腰の剣をなかば抜いて、空間の揺らめきと崇継とのあいだに立ちふさがりました。

じわり、ゆらゆらと、夏の陽炎が立つように空気が揺らめいて、なにかの像を結んでゆきます。

「これは…」

崇継をかばいながら、灯真が当惑してつぶやきます。

少年です。そこに何もなかったはずの空間、壁際にもたれ掛かるように、身体をまるめて少年が眠っています。

灰色の髪に紺の衣服をまとい、膝に帽子を抱えた、十五、六歳ほどの少年です。

「やはり君か」

崇継が、呼びかけるともなく呟きました。

「姿が見えなくなって随分経つとは思っていたが…いや、まさかこんなところにいたとは、な」

「え。このヒト知ってるの、たかつぐサン」

瀬綺が、少年と崇継を見比べますと、それらの声が聞こえたのかどうか、じっと身体を丸めていた少年が身じろぎします。目覚めそうなようすです。

灯真が、わずかにまた身構えました。

少年は、んんんぐと低くうなり、ぐいーと伸びをします。ぎゅうと目をつむったまま首を振り、こりをほぐすように肩を揉んで、くあ、と小さなあくび。眉間に険しくしわを寄せたまま、細く開けかけた目をパシパシと幾度かまたたいて…、

「あれ、」

ランプの明かりに眩しげにしかめた目元で、目の前に立つ人影を見上げますと、首を傾げました。

「崇継殿じゃないか。…ん?」

少年は、ぎゅう、と目を細めたあと、

「なんだか…キミ、老けたかい?」

ぱち、と目を丸くして、いきなりそう言ったのでした。



「久方ぶりに会って早々、老けた、はあんまりじゃないかね」

崇継は苦笑します。

どこか幼ささえ残る少年に対し、四十代も半ばをすぎた見目の、痩身の彼は、たしかに実際、この場にいる誰よりもずいぶん、年上ではあるのですが。

「…だが、まあ確かに、老けたと見られても当然かもしれないな。久しく君と会っていないあいだに、様々なことがあったのだよ、唄莉」

はいり、と呼ばれた少年は、こてんと機械人形じみた動きで首を傾げます。

「そうなのか。ん、今はいつなのかな。ボクがキミと会わなくなって、どれくらいなんだろう」

「君と私が最後に会ったのは、五百二十年ほど前だな。正確にいえば、五百二十二年前の秋だ」

「ごひゃ」

唄莉は紫色の目をまんまるく見開きました。

「ご、五百年か…ボクの主観だと、前に崇継殿に会ったのは、十年か二十年前くらいなものだったのだけども…そうか、五百二十二年…。そうするとボクは、だいたい五百年ほども、眠っていたことになる、のかな」

唄莉は大きく目をまたたいて、

「数ヶ月か、せいぜい一年、二年程度のつもり、だったんだけれど」

膝に抱えた紺色の、房飾りのついた大きな帽子を撫でます。

そうしてしみじみと、ため息のような長い長い息を吐きました。

「……寝過ごしたなあ」

「この場所は、おそらく君が眠りについたあと、随分と長らく閉ざされていたからね」

今回見つかっただけ、運が良かったよ。

崇継は唄莉に、慰めなのかなんなのか分からないフォローを入れます。

寝過ごした、で済む範囲か?と、横で話を聞きながら灯真が当惑しています。唄莉は青年と、いつの間にか白い生き物を捕まえて抱きしめている少女に目を留めました。白い生き物は瀬綺の腕のなかで、ジタバタもがいています。

「そのふたりは? 崇継殿のあたらしい護衛かい?」

「ああ。今回、ここへ来るために雇われてもらっているんだ。灯真くん、瀬綺くん。彼は唄莉。人形師で、私の古い知人だよ」

崇継は、瀬綺と灯真に目を向けて、簡潔に紹介しました。

唄莉のほうはちょっと首を傾げます。膝に置いていた帽子の房飾りを弄ると、きゅ、とかぶってから、壁に手をついて立ち上がりました。

「よっと…。古い知人…ボクからすると、古くはないんだけどね…」

「五百年前じゃー古いわよ、仕方ないよ。アタシ瀬綺、よろしく」

瀬綺は威勢よく言いますと、捕まえてる白い生き物の前足をつかんで、強制的にバンザイさせます。

生き物はというと、なんだかしょんぼりしています。少女の腕力にはまったく敵わないため、脱出をあきらめたようです。

瀬綺はそのまま生き物に、黙って立っている灯真の頬をパンチさせました。灯真は剣をおさめて腕組みをしていたのですが、ふわふわの白い前足に、横からぐいぐい顔を押され、仏頂面の眉間に皺をよせざるをえません。

「そんでコイツは灯真で今んとこアタシのパートナー。おなじギルドに登録してんの。ねえこのコほんとに人形なの?」

瀬綺は生き物の前足をまたもバンザイにさせ、ぶらんとぶらさげます。

なかなか乱暴な扱いに、唄莉があわてて手をのばしました。

「やめてあげてくれ、腕がもげてしまう。こっちにおいで。…ギルド?」

「そういうものが、この五百年のあいだにできたのだよ」

瀬綺の疑問に答えるまえに聞き覚えのない単語にひっかかった唄莉に、崇継が横から簡潔に教えました。

「そうか。あとでまた、この五百年にあったことを教えてくれるかい? キミの手を煩わせない範囲でかまわないから」

「屋敷の者を幾人か、この街の宿につれてきている。彼らに聞いてみるといい」

「ありがとう。それで…ええと、この子が人形、なのかだっけ」

唄莉は、腕のなかに奪還した白い生き物を見下ろします。

「人形だね。ただ、ふつうの人形とは違う」

「でしょね。みたことないもん、白イタチの人形なんて」

「白テンだってことになったんじゃなかったか」

「見た目もだけどね」

唄莉が淡々と言を継ぎます。

「結界だとか、封印のために在るタイプの子なんだよ。魂の容量の大半を術のためにとってあるから、自己意思の容量がすくなくて、感情の動きくらいしかないんだ、このタイプは」

「人形師のノウハウとしても、かなり古い技術でね。器用さもいるし、それに…」

崇継は、続けてなにかを言いかけましたが、続く言葉を途中で飲み込んだようでした。瀬綺が目をまたたいて、こちらも何か言おうとしたようでしたが、同じく口をつぐみます。

「…とにかく、この技術を文献から引っ張り出して手がけていた者を、当時から、私は君くらいしか知らないよ。だからこそ、君がここにいるのではないかと踏んだんだが」



《》

「ところで、彼らが護衛なのは分かったけれど」

唄莉は、崇継を見上げました。

「安寿嬢はどうしてるんだい? 留守番かい?」

「……彼女は、もういないよ」

「え。……そうか」

目をそらした崇継の姿に、唄莉は目をみはります。

そして腕のなかの白い生き物のしっぽを、ばつが悪そうにくるくると弄ってから、つんつん引っ張りました。生き物はぴんと両の前足を伸ばしました。

「そう…そうか。…ん、それにしても。なぜボクは、こんなところで眠ってたんだろう」

「私が訊きたいがね、それは」

軽く首を振って、崇継が苦笑します。

「覚えていないのかい」

「眠る前の記憶がどうも曖昧なんだ。まだ寝ぼけてるのかもしれない」

「この子は? 君の人形なのではないかね」

「うーん、記憶にないんだなあ…よく思い出せない。…でもたしかに、それは、ボクがつくった子だって気はするね」

「この子は、君がいた結界を守っていたようだったが」

「そういわれてみると、そのために作った気が…してきたなあ。うーん」

唄莉は腕を組んで頭をひねりましたが、崇継の手元にある実結晶に、ふと目を留めました。

「あれ? その石は、ひとつしかなかったかい? 三つに分けたと思ったんだけどな…ボクはあれをどうしたんだったっけ」

「それは覚えているのか。やはりこの細工は君のしわざなんだな。この子はこの石の力で五百年、動いていたのだね」



「とりあえずは宿に引き上げよう。だがその前に、少し、手伝ってくれないかね」

崇継は懐から、新しい空き容器を取り出しました。

「ここには質の良い思念が多すぎる。ひとりでは、集めきるのが少々骨だと思っていたんだよ」

「ボクは長い眠りから覚めたばかりなんだけれどな。労ってはくれないのかい」

「労られたくはないだろう? 一端の人形師ならば、こんな宝の山を前にして」

「ああ、まあ、そのとおりだね」

頷くと唄莉は、すたすたと灯真に近寄ります。

灯真は、いきなり少年に寄ってこられて当惑しております。唄莉は、腕組みする青年の、その無骨な腕の中に、抱えていた白い獣をすぽんと渡しました。

「えっ」

「抱いていておくれ。いい子にしているはずだから」

「えっ」

灯真は小さなふわふわを唐突に抱かされて、とても困惑しております。

瀬綺がその肩越しに、生き物をのぞき込みます。

「えー、灯真ずるーい!ねえねえ、アタシは? アタシ抱いとくよ」

「キミは腕もってぶらさげるからダメだよ。もげる」

唄莉は大真面目にきっぱり、首を横に振りました。

おもいきり頬を膨らませてむくれる瀬綺のとなりで、眉をハの字に下げて困りながら、人形遣いの青年はじっと、ちいさい生き物を抱えているのでした。




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